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『チッ、しぶてぇな!』


尚も後ろを這ってついて来る化け物。――しつこい。

人通りが多い道に出れば知らない誰かに被害が及んでしまう…と、くねくねと間がくねりながら人ごみを避けて走る。走る、ただひたすら走る。

焦っているから、普段は気を付けている口調が荒くなってしまう。余談だがカンナは熱くなった時や機嫌が悪い時に、口調が荒くなる。


―――あ。


『チッ』


右に曲がった細い道の前方に帽子を被った男性が黒猫の前でしゃがみ込んでいる。

素通りしてもいいんだけど…あの男性が狙われないという確証はない。


『オッサンっ!』


近所迷惑とかこの際関係ない。あたしは声を張り上げて道路の脇に座り込んでいる男性に呼びかけた。…どうせ男性にはあの化け物は視えないだろうけど。

顔上げた帽子の男性と視線がかち合う。

緑と白のストライプの帽子を被った男性は――見るからに怪しかった。普段なら声をかけない。

目が合った男性はあたしの顔を見て目を見開いた。


「カンナサン…?」

“キヒヒ、キキッ”


男性の呟きに重なって不気味な笑い声が狭い道に響き渡る。


『あーもうっ、うっさいッ!ついて来ないでよ、化け物めっ!――おい、オッサン、ボサっとすんな!』

「え、オッサンって…アタシのことっスか……?」


暫く固まったままで走って来るカンナの姿を見ていた男性は、オッサンのフレーズに何やらショックを受けていた。

それに答えるかのように――…側にいた黒猫が「にゃーん」と鳴き、―――その鳴き声にも男性はしくしく涙目になる。


『ほら、オッサン立って!』


未だに座り込んでいる怪しげな男性の右腕を掴み、無理やり立たせる。そして――…またも駆け出す。


“オォォォォォォ”


「なに、なんスか〜」

『うっさいわ!死にたくなければ黙って走って!』


男性はえ〜とふざけた声を出し、帽子が飛ばされないように左手で押さえてカンナに引っ張られながら走る。

引っ張られながら男性の目線は鋭く化け物に向いていて。トンっとあたしの肩に黒猫が乗った。


『落とされないでよ』


―――捕まっておいてと黒猫に言うと猫は「にゃん」と返事をしてくれた。

金色の瞳でカンナを見つめる黒猫は人の言葉が分かるらしい。賢いな。カンナはふっと笑った。




どのくらいそうやって走っていただろうか―――……ふと辺りを支配していた空気が軽くなった気がして立ち止まる。

後ろを見ても前を見ても、もう何処にもあの化け物はいなかった。

あたしは力が抜けたようにへたへたと地面に座り込んだ。


「大丈夫っスか〜?」

『はぁ…助かった……』


隣で帽子のオッサンがオロオロしているのが伝わる空気の震動で分かったけど、あたしは呼吸を整える事で忙しい――質問には答えなかった。

黒猫が座り込んだあたしの足にすり寄る。


「もう大丈夫っスよ、虚は近くにいませんよ」

『…虚?』


帽子のオッサンの物言いに眉を寄せた。

それではまるでこのオッサンもあの化け物が視えていた言い方で、いやそれよりも“虚”と言う言葉が気になった。


――この男は何かを知っている?


『あの化け物は虚と言うの?とうより、君…あの化け物視えていたのか……』


茫然と、目の前に立ってこっちを覗き込んでいた帽子のオッサンを見上げる。

オッサンはキョトンと目を丸くしたのち――…器用に片眉だけ上げてチラリと黒猫と目を合わせた。


「アナタ…カンナサンですよね?」

『そうだけど、なんでオッサンが知ってるの』


立ち上がって制服についた砂を払う。黒猫はぴょんっとオッサンの隣に飛び降りた。

オッサンはあたしをジロジロ見ていて――カンナは不機嫌そうに目の前にいるやや無精ひげを生やした男に目をやった。


『なに、オッサン…私のストーカー?』


カンナの「オッサン」発言を上回る「ストーカー」発言に目に見えて肩を落とす男。カンナは男をストーカーと断定。


「カンナサン…アタシの事覚えてないンすか?」

『はあ?いや、初対面だからあたし達。あたし長いこと海外にいたからオッサンと会った事ないはずだけど?』

「え…」


あたしの答えにオッサンは悲しそうな眼になって…黒猫はポツンと消え入りそうな声で「にゃーん…」と鳴いた。


「なるほど。生まれ変わったンすね…」

『――え?』

「いえ、なんでもありません」


何かに納得した男は何を思ったのか深くかぶっていた帽子を取った。


「アタシ浦原喜助って言うんス。――以後お見知りおきを」


怪しげな男――喜助の顔は陽の光に照らされて髪はキラキラ金色に輝いていて、意外に精悍な顔した優男だった。





――ズキッ


『っ、浦原喜助って…』


“浦原喜助”

その名前を聞いた途端、激しい頭痛カンナを襲った。頭を抱え込むカンナに、喜助と黒猫は目を細めた。


『っ』

「アナタの…今の名前は?」


あたしの名前知っていただろッとか、今の名前って何だッとか、普段だったら突っ込んでいた疑問も激しい頭痛に飲み込まれる。

何故か答えなければいけない気がして――…ストーカーなオッサンに名前を言ってしまって。


『っあ、っ、え、越前カンナ……』


鋭くカンナを見据えていた喜助は――…、「越前、ですか」と、悲しそうにそう呟いた。






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