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一【日常の崩壊】
『はぁ、はぁはぁ…』
日々夢見が悪くなっていくのと同時に――…この頃“化け物”に狙われるようになった。
――何故、こんなモノが視えるのか。
――何故、こんなモノが他の人には視えないのか。
それは全く分からない。どうやったらあの化け物を回避出来るのかも分からない。
だけど――……あの化け物に襲われた人は死んでしまう。それだけは知っている。
だからあの化け物に会ってしまったら気づかれる前にひっそりと息を殺し…見つかれば必死に逃げる。いつもそうしていた。
『はっ、はぁはあ』
遭遇する時はいつだって夕方過ぎだったのに――…何故今日に限って朝からなんだッ!
「姉貴?」
『な、なに』
蜘蛛の様に地面に這いつくばって気味の悪い化け物が、あたしとリョーマの背後を一定の距離でついて来ている。
息を切らしながら自転車をこいでいたら、後ろに座っていたリョーマの訝しんでいる声が聞こえた。
「大丈夫なの?顔…ものすっごい青いけど」
『はぁ、はあ…』
ドンッ
『!』
“キキキキッ”リョーマが喋っている間にも、背後の化け物は曲がり損ねた壁にぶつかっていた。
もう大丈夫かと振り返って見たら――アイツはのっそり巨体を起き上がらせこっちを見て笑っている。白い仮面の下から化け物と視線が合った気がした。
『チッ』
“キキキッ、逃げられると思うなよォォォ”――今回のは言葉も喋れるのかよッ!
しゃがれた雄叫びを耳にしながら――…カンナは発狂したい気分だった。
『(こっちにはリョーマだっているってーのにっ)』
リョーマは今日大事なテニスの試合が控えている。怪我をさせるわけにはいかない。
「息も切れてるし。どうせ遅刻だからゆっくり行こうよ」
『あーもうっ、ちょっと黙ってて!』
珍しく心配してくれている弟にそう叫ぶ。
カンナの顔は焦りと恐怖と――今朝の夢見のせいで血の気はなく青白くなっていて病人のようだった。尋常ではない姉の姿にリョーマは眉を寄せた。
「…姉貴?」
もうすぐ、もうすぐリョーマの学校に辿り着く。吐く息荒くあたしは迫りくる恐怖にただひたすら前を向き自転車をこいだ。
“はぁーやぁくぅぅ喰わせろォォォォォー”キーンコーンカーコーン
青春学園のチャイムの音が辺りに響いている。――もうすぐだ。
『着いたっ』
「サンキュー、っと」
先ほどのチャイムは朝礼の合図だったんだろう、辺りには登校している生徒は一人もいない。いるのは二人の姉弟と化け物の三人だ。
『いいから早く行って!』
“キキッ”――はっ!
ゆっくり自転車を降りた弟の背中を文字通り押して門の中へと促す。と、すぐ背後でしゃがれた楽しそうな声が聞こえた。
振り返らなくても分かる、蜘蛛のような化け物に追いつかれてしまったのだ。
冷や汗を流しながら急に黙ったカンナにリョーマは門をくぐった所から、振り返って訝し気に見ていた。
『っ、あっ』
逃げようと思った刹那、自転車と一緒に宙を舞った。
「――え、姉貴?」
化け物の手に自転車ごと吹き飛ばされたカンナにリョーマは驚愕する。
まるで視えない“何か”に、姉貴が飛ばされたかのようで…。そこまで考えて気付く。―――もしかして姉貴は“何か”から逃げていたのか?
『来るなッ!大丈夫だから、早く学校の中へ入れッ!』
“なに?まだ動けるのかぁあ”カンナは茫然としているリョーマに叫び、つぶれた自転車を放置してぶつけられた塀から立ち上がる。
弟が放心したまま頷いたのを確認して―――……あたしは自分の足で駆け出した。
あの化け物から逃げる為に。
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