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恐れていたことが現実に――…。
第五話【私の秘密】
ベースにて。
《お帰りなさいッス〜ぴ》
「まーた失敗しやがったな」
礼美ちゃんの部屋でポルターガイストが起こった為に、恐怖であの部屋では寝られないと言った典子さんは礼美ちゃんと二人で彼女の部屋で、香奈さんは自分の部屋で寝ることにしたみたいだ。
なんとか場も収まり、戻ってきたら、野狐がまだベースにいて、ソレを眼にして、どっと疲れが押し寄せた。
いろんな事があって疲れている私の足元に、タックルされる勢いで駆けつけられて、力なく笑う。
「その程度で、よく拝み屋なんてやってられるよな」
「ええ、ええ。どうせあたしは非力ですよ。悪かったわね」
松崎さんが自信満々にお祓いしたのにポルターガイストが起こったから、またも滝川さんが文句を言ってるのが聞こえたけど、私は二人の口論を聞く元気もなかった。
「……でも、ちょっと危険な気がしない? コンロが理由もなく火を噴くのよ?自動発火でしょ?ポルターガイストにしちゃ高級すぎない?」
「自動発火って何?」
「なによ、ちょっとは利口になったと思ったのに、あいかわらずね」
「ごめんねー。あたし、誰かさんみたいに、有能なプロじゃないもんでー」
「……そう何度も責めなくたって、責任は感じてるわよ……」
《お前、まだいたのか》
《ひぃぃっ。こ、こここわいっすぴ》
――あー…またあの二人が口論し始めたー…。
と、半ばうんざりとしたのに、何でか我が式神のジェットと野狐の仲も悪いみたいで。心なしか頭痛がした。
「まあまあ。こいつが無能なのは、今に始まったことじゃない。――自動発火ってのはな、読んで字の如し。火の気のない場所で、勝手に火を噴くのを言う。こういうポルターガイストはかなり高級」
「それって危険なんじゃないの?」
ズルズルと重い身体を引き摺って、皆とやや離れた椅子に座る。
モニター前に座っていたリンさんの隣りに座って、一息を吐いた。リンさんの隣りは、何でか落ち着く。
座った際に、チラリと視線を寄越されたから…きっと、私が力を使う所をカメラで見てたんだろうなと思考する。台所には機材は設置してなかったけど、礼美ちゃんの部屋にはカメラ置いてたし、バッチリと見られていたに違いない。
視線は合わせなかったけど、リンさんの視線に心配の色が見え隠れしていて、ついでに滝川さんからも寄越される鋭い視線にも気付き、嘆息した。
「怖いんだったら帰っていいぞ」
冷やかな声音が聞こえて、私が言われているのかと思って顔を上げたら、声の持ち主――ナルは、麻衣に絶対零度の視線を向けていて。
視界に映る麻衣は、目に見えて青ざめて怯えているではないか。
『(…ナルってば、相変わらず冷たいわね)』
松崎さんはともかく、麻衣はこの道に慣れてないのに。松崎さんだって、薄気味悪いと言ってるくらいだから、怖がるくらい当たり前だと思う。
視えてる私は…驚くことはあっても、あまり怖いとは思わない。力が強い存在と直面した時は、恐怖を感じるけど、霊や妖を麻衣ほど怖いと思えない。
麻衣とは違って私が視える人だからだろうけど――…でも、余計なものが視えるって、意外と気力を使うのよね。
「ま、なんとかなるだろ」
思考の渦に流されていた意識が、意味ありげな滝川さんの言葉で浮上した。
そうだった…見られてるんだよね。あんなに気をつけていたのに、大勢の前で力を使ってしまった。後悔はしてないけど、追及されそうな予感にうんざりする。
奇異なものを見る眼差しも、排除する眼差しも、もう見たくない。
「ガスは元栓を閉めた。これでもう、少なくともコンロが火を噴くようなことはないからさ」
滝川さんは、そう言い終えて、ナルと麻衣から私に焦点を合わせて――…突き刺さる視線に、ついに来た!!と思った。
「それよりも、だ。俺は、瑞希ちゃん。君に訊きたいことがあるんだがなあ」
『……』
滝川さんのその言葉に、室内にいた全員の視線が私に集まった。
我が式神のジェットとヴァイス、それから何でかまだベースに居座っていた野狐の眼も集まり、微妙な空気が間に流れて。探るような視線に辟易した。
言いたいことがあるなら、もったいぶらずに早く言えばいいものを。
この空間で、麻衣だけがきょとんと瞬きしていて、滝川さんが何を言いたいのか察しているのは麻衣を除いた面々だけ。
『何でしょう?』
「瑞希ちゃん、この家に来てから体調が悪いって言ってたよな?寝不足だと言ってたけど」
『……』
「寝不足にしては、昨夜、睡眠を取っているはずなのに、尚も顔色が悪い」
普段よりも血の気が悪い顔を指摘されて、麻衣が「うんうん。確かに…」と頷いているのが視界の端で映る。
滝川さんが話せば話す程、隣に立っているジェットの纏う空気が重いものに変化していくのを肌で感じて。ジェットが私の事を大切にしてくれているのを自覚しているので、彼が怒りを爆発させないか内心ハラハラした。
このような形で、麻衣や皆に隠していた能力の事がバラされるのは、望んでいないけど、それよりも今はジェットの怒り具合の方が心配だった。
彼が怒りに呑み込まれると、私でも止めるのに苦労するのだ。
ヴァイスは、止めるどころか加勢しそうだし……我関せずって感じのジェットが怒りを爆発させると被害が大きい。
『…それがどうかしましたか?』
「で、さっきの台所の件だ」
ナルは、滝川さんを止めることなく話を伺っていて、彼もまた気になっているのだろうと思った。
松崎さんも、興味なさそうにしながらも私に目を向けていて。リンさんだけが、探るような眼差しをしていなくて、リンさんの変わらない様子が私のギリギリな精神を保たせてくれていた。
“台所”と訊いて、麻衣が、あっ!そうだった…と、顔色を変えた。麻衣の純真無垢な瞳にも、怪訝な色が宿る。
「ガスの元栓を閉めても、消火器で消えなかった火が、嬢ちゃんが前に出て“ヴァイス”と言っただけで消えた」
滝川さんが、ヴァイスの名前を口にした瞬間――…呑気に子供の霊と遊んでいたヴァイスの様子がガラリと変わった。
子供の様な蒼の瞳には、殺気が籠り、ゆらりとキューティクルな銀の髪が逆立っている。
――いつもは、ジェットが彼女を宥めてくれる役なんだけど……。
ジェットも、ピリピリしているので、頼めるはずもなく。寧ろ二人係で本能に従って行動しそうで、止められるか気が気じゃない。
私は、滝川さんの話を聞きながら、二人を注意深く見ていた。だから、リンさんが滝川さんが式神の名を口にしたのにピクリと反応していたのには気付かなかった。
「それから、香奈さんが危ないと言って二階に上がったかと思えば、ポルターガイストが起こった。嬢ちゃんが、まるで予知したみたいなタイミングでだ」
『……』
「まだあるぞ。ポルターガイストによって、香奈さんに向かって倒れそうになっていた本棚が、嬢ちゃんが間に入った途端、意思を持ったかのように壁側に戻った。――これは、あり得ない現象だな」
そこで、言葉を切った滝川さんは、私を鋭い眼差しで見据えた。負けじと私も、見つめ返す。
「お前さん、何をした?」
――断定的な物言いですか。
確かに、私が結界で元に戻したけれど、滝川さんの詰問はまるで罪を犯した者を追い詰めるようなやり方だ。あまり、気持ちのいいものではない。
「だんまりか。――お前さん。霊、視えてるんだろ?」
「…えっ」
麻衣は目を見開いた。
「だから、この家に来てから気分が悪いんだ。そう考えた方が辻褄が合うってもんだぜ。ナル、お前さんもそう思うだろ?」
「あぁ」
ぼーさんに問われて、ナルは頷いた。
瑞希が何かを隠して、他人と距離を取っていることは漠然とだが感じていた。旧校舎の調査の…催眠の後の会話で、彼女が人間が嫌いと知って、それは確信に変わったわけだが。
他人と距離を取っている瑞希だから、こちらから無理に訊かなかった。それが最善だと思ったから。
目の前でぼーさんに詰め寄られているこの状況で、瑞希を庇わなければ――…と思う自分がいたが、それ以上に、どんな力を秘めているのか研究者として知りたい願望が頭をもたげて、素直に返事をしてしまった。
けれど。瑞希の栗色の瞳が無に変わったのを見て、選択を間違えたと思った。
瑞希と溝が深まった瞬間。
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