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「今、そこに誰かいた」
「誰もいない」
突き刺さる視線に平常心を装う私も、麻衣が指差した方向を見遣った。
「さっきまで、いたの。中を覗いてた」
『(――ぇ…)』
窓の外にいたのは、様子を窺っていた女の子の霊だ。まさか…、
《おい、瑞希。この娘…視えるのか?》
《え、でもヴァイスたちは視えてないみたいだよぅ?なんでだろー?》
「……子供だったよ」
麻衣の言葉に、再び沈黙が訪れた。
典子さん達は脳裏に礼美ちゃんを思い浮かべたみたいだが、私は、麻衣が霊を視えたことに目を丸くした。
「礼美ちゃん?」
一瞬だけだったとしても、視えたみたいで。否、視えたというより、本能で異変を察知して感覚が鋭くなったみたいな…そんな感じだ。ひょっとしたら…麻衣は鍛え方によっては、視えるようになるかもしれない。
――昨日、家に来た時も、何か感じ取ってみたいだしね…。
麻衣には時々驚かされる。
「分かんない。影になって顔は見えなかったから」
「礼美にはお部屋にいるよう、言ったんですけど……」
香奈さんは、そう言い掛けて、顔を曇らせていた。
松崎さんの話によると、香奈さんは、礼美ちゃんと典子さんに邪魔者扱いされていると感じているみたいだったから、麻衣の言葉に疑惑をより濃くしたのだろう。
違いますよと言いたくても言えないジレンマに襲われる。
またも事件が起こりそうになったら、香奈さんの心を壊さないように、典子さんと礼美ちゃんにそんなつもりないんだよって、そっと手を差し伸べよう――…と、思考していたら、
誰もが香奈さんを盗み見て、気まずい空気に耐え忍んでいて。香奈さんは、キッと眼を吊り上げて、ドタドタと台所を後にしたのだった。
《わぁ〜》
《あの女、御冠だな》
怒りに染まった素早い動きに、見送るしか出来なかった。だけど、どたどたと階段を上がる音まで聞こえて、私は、はッと顔を上げた。
『待って、香奈さんっ!』
「先輩?」
台所にて火事を起こした女の子のグループは、私達が火を消したのを見届けてから、二階――礼美ちゃんの部屋に駆け抜けて行ったのだ。
つまり、香奈さんは霊の巣に自ら足を踏み入れようとしている。
きっとボスであるかもしれない人形に憑りついている立花ゆきに報告しているだろうから、失敗してぴりぴりしているところに、邪魔だと思っている香奈さんが現われたら、威嚇行動だけでは済まされない。
いきなり叫んで焦ってる私に戸惑った視線と、探るような視線が集中したけど、もうやけくそだ。
私に何かあるとバレてしまってるから、もう躊躇いはなかった。どうせ麻衣以外は関わりのない人達なんだから。開き直った。
『香奈さんが危ない!!』
えっと麻衣が戸惑っているのが伝わったけど、ナル達の反応を見ることなく、私も二階に駆け上がる。
背後から麻衣達が追い掛けて来るのも音で判ったけど、そちらに目を向けなかった。
《え〜なに、なに〜》
『香奈さん――…、っ』
「下に降りて、お庭に出た?」
「本当に?お外に出て、お庭から台所を覗き込んでいなかった?」
「……ううん」
女の子なら、誰だって一度は憧れるお姫様のようなアンティーク家具で統一された可愛らしい礼美ちゃんの部屋は、電気もつけてなくて。窓からぼんやりと茜色が射していた。
部屋の真ん中で、あの人形で遊ぶ礼美ちゃんに、香奈さんはヒステリック気味に詰め寄っていて――…ちょっと異様な光景だった。電気をつける余裕がない香奈さんの代わりに、私がぱちッとつけて、室内は明るくなった。
子供の霊は一定の距離を取って二人を見守っていて、礼美ちゃんが持っている人形からひやりと強い力が発してる。
「お姉ちゃんに、お部屋にいなさいって言われたんでしょう?なのに勝手にお部屋から出たの?お外に出た?何をしてたの?台所の様子が気になったの?」
「……ちがうよ」
「誰か子供が覗き込んでたの。礼美ちゃんだったんでしょう?」
「瑞希先輩っ、香奈さんが危ないってどういう――…」
キツい詰問に、礼美ちゃんは肩を震わせていて。
違うって言ってるのに何で判ってくれないのって、彼女の泣きそうな顔から、伝わる。
『まずい』
「え?」
「礼美じゃない!」
顔を険しく変化させた瑞希先輩に、再び尋ねようとして口を開いた麻衣だったけど、礼美ちゃんの大声に何事かと彼女に意識が向かう。
同じく、香奈さんと礼美ちゃんのやり取りと見ていたナルと滝川さん、松崎さんと典子さんの意識も礼美ちゃんに集まった。
忘れがちだけどリンさんはベースだ。この部屋にカメラを取り付けているから、今頃ベースから見てるだろう。
「ちがうもんっ!」
揺れ動く礼美ちゃんの感情に比例して、部屋全体が縦揺れし始める。旧校舎の時みたいな、ポルターガイストだ。
今回は礼美ちゃんが起こしているように見えるが、礼美ちゃんに味方している女の子の霊達の仕業で。礼美ちゃんの感情に影響されて、力を暴走させている。
『礼美ちゃん』
壁をドンドンッと強く叩く音までして、立っていられるのもやっとな震動に、何が起こってるのか理解できてない礼美ちゃんは混乱して、余計に感情が乱れる。
彼女に前から抱き着いて背中を優しく叩いてあげる。と、焦点があって色素の薄い瞳とかち合ったので、ひとまず大丈夫かと笑みを零す。
「香奈さん、ここは危ない……」
麻衣の声が背中越しに聞こえて、
「香奈さん!」
彼女の切羽詰まった声と、松崎さん達の息を呑む音に、焦って香奈さんを振り返る。
地震のような揺れに混乱と恐怖から震えて動けない香奈さんの背後から、彼女の倍はある本棚がぐらりと揺れて――…焦った外野の声に、振り返ろうとしている香奈さんの怯えた瞳とかち合った。
それを目にして、瞬時に香奈さんに忍び寄る危険を悟る。どうすればいいかなんて考える暇はなかった。
『(包囲、定礎)』
咄嗟に礼美ちゃんの頭を抱えて、右手で人差し指と中指を立て結界を張るポーズを取って、右腕を大きく振り下ろした。
『――結』
本棚の前に四角の結界を出して、一瞬だけ力を緩めてトランポリンのように柔らかくさせて大きな本棚を元の位置に無理やり押し返す。
飾ってあったクマのぬいぐるみや、本が零れ落ちてはいたが、重そうな本棚は無事に壁際に戻ったので、ほっと、安堵して、大きく息を吐き出して肩の力を抜いた。あんなのが倒れたら、香奈さんは大怪我を負っていただろう。
――良かった。
一向に衝撃が来なくて、恐る恐る後ろに目を向けた香奈さんもほっと胸を撫で下ろしており、香奈さんには目撃されなかったが……、
倒れようとしていた本棚が、空中で突然止まって勝手に元の位置に戻った本棚を目視しただろう面々の方向を、怖くて見れなくて。
だけど、確実に。
突き刺さる視線が強くなった。
ジェットとヴァイスもいたんだから、自分で動かなくて彼等に頼めば良かったかなと、少しだけ後悔した。後の祭りだけどね。考えるよりも先に体が動いたのよ、仕方ない。
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