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「旧校舎の時も、そう考えれば綾子がガラスから守られたのも辻褄があう」

「あ!そうね。…そうだわ」

「黒田女史が、嬢ちゃんが視えないくせにーって癇癪を起した時、吹き飛んだだろう?俺はあれだけが引っかかっていたんだが……嬢ちゃんが何かしらしたんじゃねーかって、俺は思うわけよ」

「そう考えると辻褄が合うわね」

「嬢ちゃん一人だけ、霊はいないって言ってたしな」


こんな時は息がぴったりな滝川さんと松崎さんの詰問に、無表情で見遣る。


『……確かに』


重い空気に押しつぶされそうになって。それでも懸命に前を見据える。

ジェットとヴァイスの理性が保てているのを横目で確認し、私は、ナル、松崎さん、滝川さんを見て、彼等の眼が疑心に染まっているのを、やっぱりなと何処か落胆しながら溜息を吐いた。

麻衣の方は怖くて見れなかった。


『私は、霊が視えます』


ひゅうッと息を呑む音が、麻衣の方向から聞こえて。

部屋の隅に避難していた野狐は、おろおろと瑞希とぼーさんと呼ばれている男を交互に見ていた。


「何で言わなかった」


ナルの口から出たのは、瑞希を責める言葉。


「また、だんまりか」


私は、ナルを冷やかに見遣って、何も答えなかったら、今度は滝川さんが責める言葉を吐いた。

滝川さんは…詰問の手を緩めないつもりらしい。

大体、何で私が“視える”と、話さなければいけないのよ。全てを話さなければならない関係でもなければ、全てを打ち明ける信頼関係もない。そこまで彼等を信用していない。


「何で黙ってるのよ!」

「ちゃんと話してもらわねーと困るんだけど。さっきのポルターガイストだって、嬢ちゃんが起こしたと疑われるんだぜ」


答えなくても、滝川さんは私が元凶だと疑ってるじゃない。


『視えると、なんで言わないといけないんですか』


喚く滝川さんと松崎さんを睨み、そう言ったら、二人は絶句していて。ナルにもチラリと視線を投げて言葉を続けた。


『私は“助手”として、所長に雇われてます。ですが、仕事内容は、事務処理が主だったはずです。ナル、そうでしょ?』

「……あぁ」

『私は助手として求められる仕事をしているだけで、それ以上の能力は必要ないでしょう。ですから、言う必要もないと思うのですが』

「だから言わなかったと?」


ナルに、肯定の返事をする。


『言う必要がありますか?何でわざわざ視えると教えなければならないのですか』

「おいおい、仕事内容云々はそちらで解決してくれよ。嬢ちゃん、仕事内容はともかく、こっちは命を懸けてんだ。少しでも情報があれば言うのが人の道理なんじゃねーの?」

「そーよね。ここに霊がいるって知ってて、今まで何もしなかったんでしょ?それって、人としてどーなのよ」

『………では、聞きますが』


――人として?

ああ…これだから人間はッ!


『私が、“視える”と言って、あなた方は信じますか?この見るからに素人の私が、“視える”と言って、この中の何人が信じてくれると言うんです』

「それは話してくれねーと…」

『無駄です。言ったところで、松崎さんに自意識過剰なんじゃないのと、黒田さんに言ったみたいに一蹴りされるのが目に見えています』


うッと言葉に詰まった松崎さんを見ることなく、滝川さんを見据えて指をさす。


『その眼』

「あ?」

『その眼ですよ。人を疑う“眼”。……私は、その眼を見るのが一番嫌いなんです』


眉を顰める滝川さんと、その外野に淡々と言葉を紡ぐ。この際、はっきりとさせておこう。


『霊が視える。こんな能力、望んで手に入れたわけじゃないのに、視えると知れば、異端として扱われて、蔑まれる。霊能者には、本当に視えるのかと疑われ、時にはその力を利用される。滝川さん、あなた方の眼は私が一番嫌いな眼です』


滝川さんは、言葉が出ないようだった。それは松崎さんにしろナルにしろ当てはまることで。

淡々と話す瑞希にジェットの頭は少し冷えたみたいだ。


『それなのに、私にあなた方を無条件で信じろと?』

「お互い信じるために、隠し事はない方がいいと思うんだが…」


最初の勢いがなくなった滝川さんは、煮え切らない返答をもごもごと言った。

松崎さんは、何を考えているのか判らないが、私から視線を逸らしていて。ナルは、真っ直ぐこちらを見ている。


『この際、はっきりと言っておきましょう。私は、人間が嫌いです。それも霊能者が一番嫌いです、出来れば私の目の前に現れて欲しくないくらいに嫌いです』


そんな言葉が瑞希から言われると思ってなかった、ぼーさんは言葉を失った。

瑞希は、綾子と自分には少し冷たかったけれど、麻衣やナルにたいしては優しそうな感じだったので、ここまで拒絶されるとは思ってなかったのだ。

否、拒絶される原因を作ったのは自分か――…と、半ば、茫然としながらそう一考した。

完全に、彼女と自分達の間に高い壁が出来た。





 □■□■□■□



霊能者は、嫌い。

だって私が大好きな父や、一族を殺したのが力を持った霊能者だったから。私にとって憎むべき存在だ。なのに、私自身も霊能者だなんてなんて皮肉だろう。

私は滝川さん達を冷やかに見ながら、内心、自嘲した。

山田一族の人達が亡くなってしまって、何で私は生きているのだろうと、何度思ったことか。

ジェットやヴァイスがいたから、私は今日まで生きている。

二人がいなかったら、私は生きていることに絶望して、もうこの世にはいなかったかもしれない。

今では、父や一族を根絶やしにした霊能者を探すのが私の生きがいになっている。だから、私は、山田家当主として、仕事をこなしているんだ。“山田”の名を語る私の噂が流れれば、私の前に姿を現すだろうと信じて。


『滝川さんが言っていたのは、私の式神の力です』

「……式神?」


私の“霊能者が嫌い”発言に、思いのほかショックを受けている様子の滝川さんと松崎さん。

自分のせいで流れてしまった重い空気を払拭させようと、話を無理やり進めた。


『ええ、式神』

「式神って、式じゃなくてっ!?」

「瑞希ちゃん、式神なんてもん持ってんのかっ!?」


驚く滝川さんと松崎さんに頷いて見せる。

式神って何?っと疑問符を飛ばす麻衣に、誰も教える余裕がないくらい驚いていて、ナルも珍しく目を剥いて驚いていた。

当たり前だけど、リンさんには話していたから、彼は驚いてないけど――…リンさんを除いた全員の見事な驚きように、思わず苦笑した。


「ねぇ、式神って何?瑞希先輩っ、式神と式って何ですか?どう違うんです?」

『んー…見せた方が早いかもね』


ここで初めて麻衣に声を掛けられて、内心びくびくしてた私だったけど。

麻衣の瞳には、侮蔑の色はなくて、知らないものを知ろうとしている必死さしか伝わらなかった事に、ほっと胸を撫で下ろした。

彼女は、後輩だけど仲良くしてたから、麻衣に拒絶されたら立ち直れなかったかも。まだ彼女の無垢な瞳が私に向けられている現実に、じんわりと胸が温かくなった。





『ヴァイス、ジェット』

《……何だ》

『話し、聞いていたでしょ』

《なんで、あたしがコイツ等に姿を見せないといけないわけー》


何もいない空間に話しかける瑞希を見て、ぼーさんは、“ヴァイス”とは名前だったのかと一人ごちた。

瑞希は、ヴァイスの“あたし”と言った一人称に、彼女の怒り具合を察して、苦笑する。


『見せるだけで、いいから』

《……俺は、あの男は嫌いだ》

《あたしも嫌いッ!瑞希様がいなかったら、今頃喰べてるよ》

『あー…うん。でも、ジェットもヴァイスもいるから…私は大丈夫だから。ね?』


案に、滝川さんと松崎さんに拒絶されても二人がいてくれたら、屁でもないと意味を込めて、笑い掛ける。

外野は、私と何も見えない空間を交互に見ていた。

ジェットは幾分か怒りを抑えてくれていたので、私はヴァイスの蒼の瞳をじっと見つめて、もう一度大丈夫だからと告げる。と、ヴァイスは渋々だけど、納得してくれて。

ヴァイスとジェットは、顔を見合わせて、視えない人にも視えるように妖力を少しだけ上げて――…皆の前にその姿を現したのだった。


『雪女のヴァイスと、黒狼のジェットです』





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