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抗えない何かに喚ばれた――…?


 第二話【闇に佇む洋館】





森下典子さんは今回の依頼者で、家族構成は彼女の兄、その兄の奥さんとお子さんと一緒に暮らしていると訊いた。

お兄さんは仕事で海外に出張中、お子さんは八歳になる女の子だそうだ。

家には家政婦さんが出入りしていると話していたので、彼女のお兄さんは余程儲かっているのだろう。会社を経営しているとか典子さんが言っていたのを思い出す。かく言う私も、山田家の仕事で、お金には困っていないが…使い道もなかったりする。


『っ、(これは…)』


典子さんがオフィスを尋ねて来たのが三日前。

ナルの宣言通り、典子さんの家に来たわけなんだけど――…。


『(これは酷い)』


典子さんは古い家だと言っていたから、日本家屋をイメージさせていたが、“洋館”と言った方が正しいような家だった。

まあその点は問題ない。問題なのは、目の前に広がる光景の方だ。


《おーすご〜い》


ヴァイスが隣で感嘆の声を上げた。

リンさんが運転する車でレンガ造りの門を潜り、庭園を通ってやっと見えた建物が、今回の依頼者である典子さんが住んでいる家。

門を通った辺りから、ちらほらと霊体が視えていた。洋館に近付くにつれて、霊が増えていき――…


『っ』


車から降りた私の視界いっぱいに、沢山の子供の霊がうじゃうじゃと映り込んだ。

あまりの多さに思わず口元を手で覆う。


《おい、大丈夫か?》


ふらりと後ずさったら、トンッとジェットの胸にぶつかった。けど、彼に御免と言葉をかける余裕もなく、子供達に“視える”と気付かれないように、息を凝らす。


〈キャー〉

〈こっちだよー〉

〈くすくす〉

〈あっ、また人が来たよ〉

〈敵かな?〉

〈敵かなー〉


これ以上視ないようにして、目を閉じる。

庭園にも、家の窓からこちらを窺っている人影も、全てが霊で。くすくすと笑う甲高い声や、追いかけっこしている女の子達の声、四方八方から聞こえる子供独特の高い声音に、気分が悪くなる。


〈助けてっ〉

《瑞希?おい大丈夫か?》


視界を閉じると必然的に耳が鋭くなってしまって、訊きたくない情報まで何処からともなく耳朶に届いた。


〈助けて!母上っ!〉


――これは…、


〈ぼく帰りたい〉

〈お母さん、どこなの?どこにいるの?〉

〈お母さん!ひとりにしないでっ〉

〈帰りたいんス〉

〈お母さん!〉

〈お母さんっ!!〉


これは、この敷地にいる霊の思念だ。

彼等が強く念じている、心残りの“声”が、感覚が鋭くなってしまった耳が拾ってしまう。

と同時に、三日前の朝に引き摺られた夢に出て来た“声”は是だと気付く。そして悟った――私は視えない力に喚ばれたのだと。

私があの夢に引き摺られたのも、典子さんがSPRを尋ねて来たのも、偶然じゃない、“必然”だ。


「どうした?」

「ああ……うん」


瑞希と同じく麻衣が隣で呆然と立ち止まっていて。ナルが、いきなり立ち止まった瑞希と麻衣に片眉を上げた。

ナルの声に、典子さんとリンさんが振り返って、典子さんがふわりと笑った。


「古い家でびっくりしたんでしょう。戦前に建った家なんですって。私は、ちょっとロマンチックかな、と思ってたんだけど」

「……そうですね」

『……』


居心地悪そうにしている後輩を、まさか彼女も“視える”のかと驚いて凝視したのに……どうやら麻衣は、立派な洋館に驚いたらしい。

だが麻衣のその顔は釈然としていないのを私は見逃さなかった。もしかして、“視えてない”が、麻衣は不穏な空気を感じ取っているのか、な?


《おい、大丈夫か?》

《あれ?瑞希様どうしたのーう?》


ナルに声をかけられて、麻衣の様子を目視して、意識が逸れたからか、ふっと囚われていた意識が浮上して、息をゆっくりと吐き出した。

想像以上の霊の多さに、身構えていなかったから、霊気に当てられてしまった。視たところ悪霊らしき霊はいないのが救いかな。


《お前ッ!うるせぇ!!そこらへんで遊んどけ、莫迦が》

《何よー》

《おい、瑞希、顔色悪いぞ》


――ちょうどそこら辺に子供の霊が沢山いるじゃねぇか。

精神年齢が低いヴァイスにお似合いだとジェットはわざとらしく鼻を鳴らし、頬を膨らませるヴァイスに向かって舌打ちして、主に目を向ける。


『大丈夫』

《……嘘じゃねぇだろうな。気分が悪いなら強制的に連れて帰るぞ》


前を典子さんと麻衣が会話しながら歩いていて、ナルとリンさんがその二人に続いているのを、後ろで少しだけ離れて歩きながら、心配するジェットに笑いながら答える。


『…無理やりは、帰れないかも』

《あ?》

『ほら、三日前の夢。囚われそうだったの寸前で起きたから大丈夫だと思ったんだけどね…』

《……まさか原因がここにいるって言うんじゃねーだろうな?》

《どういうこと?》


ジェットの金の双眸がすいっと細くなったのを苦笑して、こくりと頷く。

敷地内に足を踏み入れた瞬間から、力の持った“何か”は、私に気付いたに違いない。力を持った霊だから、近くにいる沢山の子供の霊ではない。恐らく家の中を住処にしているはずだ。


――悪霊まで堕ちてないといいんだけど…。妖怪とかいたら、それはそれで厄介だし。


《チッ》


キャーと笑って駆け抜ける女の子の霊を横目にジェットは舌打ちをし、私は嘆息した。


『また、子供達に同調しちゃったら…』


――力をコントロール出来ないかもしれない。

こんなにも母を求める霊が集まっている中で、霊体が近くにいて気が滅入りそうな状態で、自分を律せるか不安でたまらない。もし、力を暴走させちゃったら、調査どころではなくなる。

ナル達に結界術の力を持っているとバレてしまう上に、ナルに私の事を知られてしまう。ナルになら最悪話せるけど、麻衣には…知られたくない。可愛い後輩に白い眼で見られたくないから……怖いんだ。

頼りなのは、ジェットとヴァイスだけ。もしもの時は、ジェットに力ずくで気絶させてもらおう、その方法しかない。




「近寄らないで頂戴ッ!気味が悪いわ!!!」

『っ、ママ…』

「ママなんて言わないで!!アンタみたいな気味の悪い子なんてっ私の子なんて思ってないわ」

『っ!!!』



ここに棲みつく霊の思念に、奥底で閉じ込めていた記憶が、思い出したくもない記憶が――…ぶわッと鮮明に蘇る。



「なんなの…それ……」

『!やめてっ!ママっやめてっ』

「この化け物ッ!!!」

『やだっ、やめてっ…いたい』






《安心しろ》

『…ん』

《俺がいるから、肩の力を抜け。気を張りすぎるのも、付け込まれるぞ》

《“俺が”じゃなくて“俺たち”でしょー!ヴァイスだっているもん》

『ふふっ、ありがとう』


普段は無愛想なジェットが頭を撫でるので、自然と笑みが零れた。――大丈夫、私にはジェットもヴァイスもいるんだ…あの頃とは違う。

自身を落ち着かせるためにそう呟いて、深呼吸する。



落ち着け。

囚われるな、自分を見失うな。“私”は、ここにいる。過去に囚われるな――…。





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