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「いいえ。かなり古い建物です」

「古い建物なら、当然、家鳴りもしますね?木造ですか?」

「ですけど、……家鳴りだとはとても」


動物の仕業かどうかの疑問を一つずつ打ち消していくナルと、そのナルに怒るでもなく答える典子さんを横目に、瑞希はヴァイスに向かって栗色の瞳を細めた。

悪戯するなと牽制されたヴァイスは、ちぇーっと口を尖らせて床に寝転がって駄々を捏ね始めた。


《ヴァイス、つまんなーい》

「誰かが拳で壁を叩いたとしか思えない音なんです。けれど家族は全員その場に揃っていて、壁を叩いたとしか誰かなんているはずがない……そういうことが何度もあって……」

《この前もヴァイス獲物喰べそこねたー》

「家で以前に事故や事件があった、というようなことは?」

「聞いていません」


駄々を捏ね始めた我が式神の存在は、敢えて見なかった事にして、私は視線をテーブルに落として思考する。


「変な音以外の異常はありますか?」

「開けたはずのないドアが開いていたり……物の位置が変わっていたり。そんなことなら終始あります。部屋が揺れた気がして、地震だと思ったら地震なんてなかった、ってことも……」

「物の位置が変わるというのは?」

《瑞希様、無視しないでよーう》

「置物の位置が変わっていたり、間違いなくしまったはずのものが失くなっていたり、反対に絶対にあるはずのないところにあったりするんです。何かを捜しているときって、そんなものですけど、でも……あるはずの抽斗を捜してもなくて、別の場所を見て、改めて最初の抽斗を開けたら、一番上に無造作に置いてあったりするんです。置時計の向きが、ちょっと眼を離した隙に変わっていたり……」

「地震というのは?」

「ちょうど地震のときみたいに、カタカタ家具など揺れる音がして……確かに揺れているように感じることもあります。でも、テレビを点けても地震情報なんてありません。それどころか、他の部屋はまったく揺れてない、ということもあるんです」


ナルは、霊なのかどうか、疑問を一つずつ消しているが――…これは霊の仕業だ。

私は、どんな霊が彼女の家に棲みついているのか考える。典子さんから漂っている気配は、微弱だけど霊の気配だ。妖気は感じないから、妖怪の仕業ではないだろう。

なら何故霊は典子さんの家にいるんだろうか?典子さんが引っ越したその家で怪奇現象は起きているなら、先に棲んでいたのは霊の方。

出ていけとでも言っているなら、もっと過激な現象が起こっても可笑しくはないんだけど…話を訊くと、たいした被害ではなさそう。という事は、霊は住人を追い出そうとはしていない、のかな?


「異常のせいで怪我をされた方はいますか?」

「いいえ。その……特に実害があるわけではないんです。差し迫って不都合があるというわけでもないんですけど……。ひょっとしたら本当に気のせいで、実は何でもないことなのかもしれません。そんな曖昧なことでも調べていただけますでしょうか」

「もちろん御依頼さえいただけば調べますが。――実は何でもなかった、という結論になっても構いませんか?」

『(んー…わかんない)』


そもそも視える私は、霊や妖怪を消すだけだったから、ナルみたいに何故?だとか周りの状況から考えた事なんてなかった。

現地に行けば、霊と話をするだけで知りたい情報は得られるわけだから、疑問を打ち消したりしない。だから、ナルより専門知識は劣る。


「きちんと調査さえしていただければ、どんな結論でも不満は申しません。とにかく家に来て、徹底的に調べてほしいんです。気のせいならそのように納得したい……そうでないと、気味が悪くて……」


っと、考えを巡らしている間に、ナルはこの件を引き受ける決断をしたらしい。耳に届いた言葉に意識が浮上して、私は頼まれる前に立ち上がった。

いきなり立ち上がった瑞希に、麻衣がきょとんと見上げたので、苦笑して資料室を指差しておく。資料室にはパソコンで作業しているリンさんがいる。

ナルは話の途中で席を立つ瑞希に見向きもしなかった。おろおろする麻衣だったけど、


「依頼書を作成するために、お話を録音させていただいてよろしいですか?」

「え……ええ。もちろん」


続いたナルの科白に、来客中なのに席を立った瑞希の行動の答えに行き当たって、うむむと唸る。


――先輩ってば、ナルが指示する前に何が必要なのか察したんだー。そう言えば、旧校舎の調査にナルが来た時も、旧校舎階段についてあたしの話を録音してたなー。

以心伝心しているナルと先輩に、少なからずもやっとしたけど、瑞希先輩も頭の回転早いんだなーって羨ましくなった麻衣だった。


『リンさん、ナル依頼を受けるみたいです。ボイスレコーダーって何処にありますか?』


麻衣が悶々としている頃、私はリンさんがいるであろう資料室の扉を開いていて。

心の中で、御免リンさん…リンさんの分の紅茶を結局淹れられなかったと、伝わるはずもないのに謝罪をした。

私の胸中を知らないリンさんは、「…ナルがですか?」と、眉を寄せた。ので、こくりと頷く。


『興味を持ったみたいですよ。それに……』

「?それに…?なんですか?」

『多分、無駄足にはならないと思いますよ』


リンさんは少なからず、私の霊視の力を疑っていないので、彼になら言ってもいいかと私には珍しく人を信じてそう口にした。

言われた方のリンさんは、「そうですか…」と、手を顎に当てて何やら思案して、数秒立ち頷いてボイスレコーダーを手に取った。


「私も行きますよ」


心なしか目元を緩めたリンさんを見上げて、頷いて彼と資料室を出た。

リンさんって身長が高いから、目を合わせるのに見上げないといけないので、首が痛くなる。私の身長って百六十もなくて(いや…ぎりぎり百六十はあるか…?)……まあとにかく、リンさんは百八十センチは優に超えているに違いない。

しかもリンさんは片目を前髪で隠しているため、目を合わせにくい。

ジェットは彼のことを陰湿だとか言っていたけど…リンさんはイケメンな分類に分けられると思う。

けど、ナルみたいに無表情で身長も高いから麻衣に怯えられるんだ――と、目下で行われているナル達のやり取りを、典子さんの家族構成や家の配置、怪奇現象の話をもう一度彼女に尋ねているのを眺めて、私は関係ないことをぼんやりと考えた。

頭脳戦はナルに任せることにしたのだ。

私は現場を見ないことには、なにも出来ないから。っと言っても、私の正体と能力を教える選択はなくて、雇用内容は事務なのだから、求められる機械の操作や労働はするが、能力は使わない。

卑怯かもしれないけど、山田家に来た依頼ではないので、無償で力を使ったりはしないよ。そこら辺の線引きはしっかりと引かせて頂く。


《なに、なーに?あの女の家にいくのー?》

『(うん)』


でも、喰べちゃ駄目だからね!と、目線に乗せてトコトコと小首を傾げながら近寄るヴァイスを見遣る。

ヴァイスが動く度に、彼女の銀の髪がさらさらと靡いて、雪のような肌をしているから――ヴァイスは儚い美人さんって感じの印象を受ける。だが中身が子供っぽいからか、きょとんとする仕草も子供のようだった。


《ジェットまた機嫌悪くなっちゃうよー》

『……』

《だって、コイツらと行くんでしょー?山田瑞希として行くんじゃないんでしょー?》


私への依頼ではないから、危険はないって安心させようとしたんだけど……思わぬヴァイスの物言いに、うッと言葉に詰まった。

そうだSPRの一員として調査に行くなら、ジェットもヴァイスももちろんついて来るだろうから、人と時間を共にすると知ればジェットは不機嫌になる。――…どうしよう。


《ジェットは、毛並みも腹の中も真っ黒なんだぞぅ》

「瑞希、訊いているか」

『ぇ、』

「…訊いていなかったのか。三日後、森下家に行く」


――三日後って…火曜日では?平日じゃないか!

ジェットの反応は気になるが、調査のメンバーに私を組み入れているなら、行くしかないけど…。ナルってば、私が受験生って事を忘れていないだろうか。

ああー日本人ではない彼に察しろと言う方が酷か。ナルは教授だし、大学受験に奮闘する学生の気持ちは判らないのかもしれない。

ぼーっとしていたから、ナルの声に我に返るともう典子さんは帰った後で。麻衣がきょとんと丸い目を寄越して、リンさんは訝しみながら、ナルは呆れた眼差しを私に向けていた。


『わかった』


ヴァイスが隣で頬を膨らませているのを横目に、私はそっと吐息を零す。

段取りとか全く判らないから、ナルに詳しくはリンに訊けと言われて、お泊り道具は必要になるのかーとその間ジーンの身体はどうしようとか、ジェットの姿を脳裏に浮かべたままそんな事を考えた。


《ヴァイスはどうしよーかなー。あの女の家は暑いかな?》


何はともあれナル達と調査に出かけるのはこれが初めてになる――…と、気合を入れるように酸素を吸い込んだ瑞希は知らなかった。

負の縁が知らず知らずの内に繋がったことを。






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