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渋谷サイキックリサーチには、様々なお客さまが来る。


「あのう……」

「はい?」


お客――と言えるかどうかわからない。お客というよりも、間違って入って来た迷った通行人と言った方がいいのかもしれない。

オフィス自体がお洒落だし、周りのお店も若い人たちを対象にしたお店が連なっているからか、喫茶店だと誤解して来る人が絶えないのだ。

その度に、麻衣がここは心霊現象を調査する事務所であると説明している。

偉いなーと思いつつ、私は、届いたばかりの本と葛藤していた。

お客でもないのに、自ら人間と関わりたくないってのが本音だけど、来客者よりも古書に目を奪われる。届く本は新刊もあるけど、何処から手に入れたのか物珍しい古書もある。

目の前にあると気になるもんで、ナルに借りて読んだりしているためアルバイトをし始めた頃よりも、知識が増えた。将来役に立つか判らない知識だけど、一族のために役立てようと目論んでたりする。


「あの、ここが渋谷サイキックリサーチでいいんですよね……?」

「はい。そうです」

「こちらで奇妙な出来事について調べてくださると聞いたんですけど……」


本日も来店された方は、間違えてきたのだろうと思っていた。が、麻衣とのやり取りに私は思わず顔を上げた。

オフィスに戸惑いながらも足を踏み入れた女性は、麻衣を見て室内を見渡して、念を押すように彼女にそう尋ねていて。ここがそういった場所だと知っていて来店されたのだと知った。

女性は柔らかい印象を受ける人で、腰が低くタレ目で目元が柔らかい。

第一印象で悪くは捉えられないだろうと彼女を特徴を感じつつ、私はそれよりも気になることがあった。


『(この感じ…)』


初めて訪れる場所に緊張している風の女性を、麻衣がソファーに勧めて、それから給湯室にお茶を淹れに立ち上がる彼女を手で制した。

麻衣には不安がる女性の相手をしてほしくて、私が淹れて来るからと目配せする。ちゃんと意図を汲んだ可愛い後輩は、任されたと力強く頷いてくれて、私はふっと口角を緩めた。




――コンコン

ナルがいる所長室をノックして、


『ナル、依頼者が来たよ』


来訪者が来たと伝える。

約三か月の間で、ナルにたいして敬語も抜けてあだ名呼びも大分慣れた。あだ名呼びだと思っているのは麻衣くらいだろう。“ナル”って名前だしね。

同世代の男の子を呼び捨てにするのって初めてだ。だから何だって感じだけど、私の父親を知っているナルを愛称で呼ぶのは、最初は戸惑ったがちょっとだけ嬉しかったりする。ほんのちょっとだけ、ね。

「わかった」と、返答を耳にしながら、給湯室へと向かう。

ナルは紅茶しか飲まないから、必然的にお客様にも紅茶を淹れている。麻衣も同席するだろうから、自身の分もいれて四人分用意した。


『……』


リンさんは……受けるかどうかも判らない話を彼が訊くとは思えないから、四人分だけ。ナルに呼ばれるとも思えない。

そこまで思考して、私は思った。リンさんって不憫だ。利用される時はとことん扱き使われるのに、皆が集まる時は除外されるなんて。後で、彼にもお茶を淹れてあげようと一考した。


「それで、どういった御相談でしょう」


気が進まないのか、無愛想に話を切り出すナルの声が、静まり返った事務所に響き、給湯室まで聞こえた。

ナルは、心霊現象が関わっていると断言出来る依頼も一蹴りするので、今回も受けないのだろう。興味がそそられないと受けないんだ、きっと。


――だけど、困った人をそのままには出来ないよねー…。

二十代前半の依頼者の女性を脳裏に浮かべて、私はどうしたもんかと考える。彼女の周りから霊の気配を感じる。と、言っても彼女自体に憑りついているわけではないので、そこまで危険ではないみたいだけど。


「あの……家が変……なんですけど……」

「変、と言いますと」

『……(そんな言い方しなくても)』


突き放すような声音で、冷やかな眼を女性に向けるナルを私も冷やかな眼差しで見遣って、彼女の前に紅茶を置いた。

ナルと麻衣の前にも置いて、さりげなく二人から少し離れた場所に腰を下ろして話しに耳を澄ませる。

お茶を出した瞬間、女性が頭をぺこりと下げてくれたので、礼儀正しい方なのだと窺い知れた。守ってあげたくなるような、そんな空気を醸し出している。いい人なんだろう。


「その……変な音が、するんです」

「具体的に」

『緊張されなくても、大丈夫ですよ。この人、いつもこんな感じなので。面白みのない顔しているでしょう?』


言いにくそうに口を噤む依頼者とナルの間に乱入した。

これでは話したいことも威圧されて、話せないでしょう。そう思って、ナルを指さしてくすくすと笑って見せる。

柔らかく笑う瑞希と、その横で麻衣が肩を揺らしているのを見て、女性は幾分肩の力を抜いた。


「……」


冷たい視線が私の頬に突き刺さっている、そちらを確認しなくても絶対に突き刺さっている。

でもね、仮にも相手は女性で、ナルや私よりも年上なんだよ。敬うべきだと、…思うんだ。

こういった内容の依頼は何も初めてじゃない。古い家なら家鳴りは当たり前だし、新築でないのなら屋根裏にネズミやイタチが棲みついている可能性もある。

霊ではないのかとビクつく来訪者には悪いけど、それは専門の駆除の人に来て貰えと言いたくなることも多く、ナルがイライラするのも判らなくはない。でも、これは“当たり”だ。


『変な音って、どんな音なんですか?』

「……壁を叩く音、なんですけど……。床を踏み鳴らすような音がすることもあります。……誰もいないはずの部屋から聞こえるんです」


勧めてあげると女性は紅茶に口を付けて、私とナルを交互に見て、話を続けた。

内容的にはありふれた現象だ。訊くだけでは、ネズミなのか霊なのか判らない、…普通の人ならね。私の眼では、これは霊的現象だって判断出来る。確証はないだろうから言わないけど。


《美味しそうな匂いがするー》

「ドアをノックする音がして、でも、ドアを開けても誰もいない、とか……誰も行ったはずないのに、階段を昇る足音がする、とか」

《ヴァイスの好きな匂いがプンプンしてるー》

「たまたまそんなふうに聞こえただけで、気のせいなんだと言われればそれまでなんですけど、でも……昨年、転居してからなんです。だから、その……」


女性――森下典子さんの話を訊くにつれ、無表情だったナルの眉が人知れずぴくりと動いた。

麻衣は私みたいに口出しすることなく、やり取りを静観していて、ヴァイスは典子さんの背後から鼻をくんくんと鳴らしている。

野生の勘というか…人間じゃない気配をキャッチしたんだろうけど……ヴァイスの様子が誰の眼にも視えないのは、ほっとするべきか否か。私だけにしか視えないってのはこんな時辛い。吹き出したくても吹き出せない。


「新居は集合住宅ですか?」

「いいえ。戸建てです」

「新築?」


――おっとー…ナルってば喰い付いた?

心なしか前のめりになっているナルを目視して、私は意外だと瞬きした。麻衣も同じ事を思っていたのか視線がかち合って、どちらともなく、くすりと笑みを零した。





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