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『こんにちはー…』
次の日、昨日の事があって来にくかったけど…一度、引き受けた事は最後までしなければッ!と、意気込んで重い足を旧校舎に運ばせた。
それに…図星だったからと言って、逃げる様に帰ったのは大人げなかったかもしれない。
家に帰ってからひっそり反省。
車の付近に渋谷君と麻衣、何故か黒田さんと――…会いたくなかったリンさんがいた。
リンさんを視界に入れないようにして…って、何やら不穏な空気が流れている。
《なんだ…?》
『なにか…あったんですか?』
負の感情をいち早く察知したジェットは、眉間の皺を薄くさせ僅かに目を輝かせた。
昨日、我を忘れて黒田さんを殴ったりしてたからジェットとヴァイスには来るのを控えてもらおうかと思ったんだけど、ヴァイスは家で待機でジェットは無理矢理ついて来た。
瑞希は知らないが――…昨日の夜あんな事があって瑞希を心配で半ば無理矢理押し切って来たジェット。
視界に映るリンさんにジェットは鋭く睨んだ。
《(いつか…殴ってやる)》
ジェットの主想いから来る復讐の炎は――知らぬが仏と言うやつだろう。
ジェットは睨みながらニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「それが…」
「あたし襲われたんです」
《はぁ?》
訊かれて困った顔をした麻衣を尻目に、黒田さんは…妄想もここまで来たら危ないんじゃないかってくらいの発言をかました。
――ある意味…すごいよね…。
私なんか何かを視ても視えましたーなんて他人に絶対言わないのに。
迫害される恐ろしさがこの子には判らないのかな。瑞希はやや冷たい顔で黒田さんを見遣った。
瑞希の横ではジェットが素っ頓狂な声を上げていた。
「二階の廊下を歩いてて、そしたら急に誰かが荷物を崩してきたんです。 逃げようとしたら、すごい力で髪を引っ張られて首を絞められて……」
黒田さんの被害妄想な話は尚も続く。
そこで一旦言葉を止めた彼女は――…すごく言いにくそうに溜めて、重い口を動かした。
「その時、声が聞こえたんです。――お前の霊感は強いから、邪魔だ、って」
「――それはいつごろ?」
渋谷君が顎に手を当てながら冷静に尋ねる。
「始業前よ。教室に戻ったのが……」
「一時限目の途中」
いつなのか訊かれて答えたのは黒田さん、ではなく彼女の隣に立っていた麻衣であった。
麻衣と黒田さんは同じクラスだから…記憶に残っていたんだろう。って、黒田さん…授業遅刻したのか。…下らない見栄の為に。
瑞希は軽溜息を吐いた。
――ん…?
呆れながらも黒田さんを見てたら、彼女の首に赤い跡がついていた。首を絞められたって言っているから…その跡なのか?
『黒田さん…その首……』
大丈夫なのか気になって彼女に声をかけたら、黒田さんはきょとんと目を丸くした。
渋谷君やリンさんに麻衣の視線も黒田さんの首へ向けられる。
「ああ、霊に絞められた時についたのよ」
《こいつ…莫迦か》
『……大丈夫なの?』
注目されて嬉しそうな彼女の首へと、瑞希は栗色の瞳を細めながら手を伸ばす。 麻衣も心配そうにしている。
「少し…痛いですけど…」
《この餓鬼…被害妄想だけじゃなく自虐行為もあるのか…?―――瑞希?》
黒田さんを見て顔を顰めていたジェットは黒い髪を靡かせて、瑞希に近寄る。
首筋の赤い後に手を添えてたけど……そこからは霊気も妖気すら感じなかった。つまり、霊によって掴まれた訳じゃないって事だ。
近寄って来たジェットも私が何を調べていたのか判ったのか――…
《こいつの自虐行為だ。…ここまで来ると……最早滑稽だな》
と、その金の瞳を鋭くさせて黒田さんを睨んだ。
そんな我が式神に苦笑する。――…そんなに黒田さんが嫌いなのか。
黒田さんの件にしろここにいては何も出来ないからと、渋谷君はベースに向かおうと一同を促した。
麻衣は黒田さんを気遣いながら、渋谷君の背中を追い掛けていて――必然的に、私はリンさんと二人っきりに……。 あ、ジェットもいるけど。
――気まずい…。
『リンさん昨日は…話を訊かずに帰ってしまって……すみませんでした』
「いえ、私も過ぎた事を言いましたから」
気まずい空気が少し緩んだ。
「ですが……」
『――?』
校舎に入る寸前で、リンさんが歩みを止めて振り返って―――…互いの瞳がかち合う。
「私は貴女を知りたいと思っています」
『ぇ…』
静かに放たれたリンさんのその言葉は染み込むように耳に入った。
それでも私は――人間と言う生き物が……
「それだけは判って下さい」
『……』
嫌い
嫌いなんですよ……リンさん…。
『そんなこと…』
それに、この調査が終われば関わり合う事もないじゃないか。知りたいとか…戯言に過ぎないじゃないか。
否…何を考えているんだ…私は。まるで離れるのが嫌なみたいに…。
「貴女の過去に何があったのか…気になりますが、瑞希さん自ら話してくれるのを待つことにします」
『……』
私から過去を話す事なんてしないし、人と距離を縮めるなんて事も怖くて出来ない。
だけど…そんな風に言ってくれて嬉しいなんて――…そんなはずはない。……嬉しいなんて――……。
リンさんはうっすら優しげに微笑んでいて、真っ直ぐ向けられた瞳から逃げられない気がした。
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