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――何でこんな時間にリンさんが…?




「瑞希さん」


リンさんの周りは五つの式がいる他には誰もいない。渋谷君はいないみたいだった。

いや…それより……いつから彼はここにいたんだろう。二人と会話していた所を聞かれていたのだろうか…。どうやって誤魔化そう。

固まった表情のまま、頭はいろんな事を考えていた。


「それはこっちのセリフです」


しまった!と、普段の彼女なら顔に出すこともしないだろう瑞希と――見つめ合っていたリンさんだったが…息を吐き出しながら呆れたように言葉を放った。


「こんな時間に…女性である貴女は何をしてるんですか」

『そ、れは…』


旧校舎に結界を張りに来ました、なんて言えないし…。

混乱したままの脳みそで考えが纏まるはずもなく、瑞希は目を左右に泳がせた。

リンさんはこちらをじっと見ていて、それがまた瑞希に焦りを加速させる。


『……』


私は口を何度か開いたり閉じたりして何て誤魔化そうか考える。


『あー…学校に忘れ物をしてしまいまして…それで』

「それで?」

『…気になって見ていただけですよ。リンさんは一人でどうしたんですか…?』

「私は何かないか車でカメラの映像を見ながら待機していたんですよ」


――なるほど。それで私がここに来たのが車内から見えたのか。


微妙な空気が二人に流れる。


《…瑞希今夜はもう帰ろう》


――うん。


リンさんの探るような空気に――…黙っていたジェットが静かに帰宅を切り出した。


『(仕方ない…結界は明日にしよう)』


私も今日の所は帰るべきだと判断してコクリと頷く。


『私は用事も終わったので…これで失礼しますね』

《ヴァイス》

《ふぁ〜い》


「瑞希さん」


背を向けて早々に帰ろうとした瑞希をリンさんは呼び止める。


「あの時…」


――あの時?


「私を庇って貴女が怪我をなさった時……お礼を言わなければいけなかったのに、反対に無礼な事を言ってしまい、すみませんでした」

『……』


無礼な事…とは、リンさんの日本人が嫌い発言だろう。

私もその後、人間自体が嫌いと言い返したので…相殺されたと思ったんだけど。存外リンさんは礼儀正しい。

私は全ての人間が嫌いだけど、一番嫌いなのはこんな考えしか出来ない自分で。だけど。

だけど――…父親譲りのこの亜麻色の髪も、同じく栗色の瞳も私の自慢。唯一、私が他人に好きだと胸を張れる部分だ。


「それから怪我をもさせてしまい……すみません…。まだ足、痛むのでしょう?」

『…いえ』



日本人の父親は好きだけど――…


――私は、日本人も嫌い。

――人間そのものが嫌い。


そう思うしか出来ない自分も―――……嫌い。



瑞希はリンさんに返事しながら、その表情に陰りを灯した。

リンさんは瑞希のその表情の変化を見逃さなかった。


《そうか、こいつだったか》

『――ぇ』


突如聞こえた低い怒りが潜んだ声に――我に返る。

瑞希を怪我させたヤツを探す事が目的だったジェットとヴァイス。

瑞希を怪我させた後輩は麻衣だったので、仕返しは止めたが…瑞希が庇った男性がコイツなら存分に仕返しが出来る――と、二人はニヤリと悪どい笑みを浮かべた。


『(っちょっと、待ってー)』


――仕返しなんて私は望んでないからー! 慌てて、ヴァイスの袖を握る。

それを見たジェットは「……チッ」と舌打ちしてリンさんに向かって歩んでいた足を止めてくた。


「あの時、私は日本人が嫌いと言いましたが…貴女にああ言ってもらえて嬉しかったです。 私は瑞希さんのことは嫌いではありません。むしろ……」


――貴女が気になります。


静かにお互いがお互いの目を見つめる。

普通の人ならば…恋に浮き立つ瑞希の歳頃ならば、このリンさんのセリフに頬を染めるだろうけれど。 目の前に立っている彼の話を聞けば聞くほど――…瑞希は無表情になっていく。


『……』

「貴女は人間が嫌いだと言っていましたが…それは」

『あなたには関係ないことでしょう』


リンさんの言葉を遮る。それ以上聞きたくなかった。

あの時、歴史から日本人が嫌いと言った彼に――…個々の関係にその問題で壁を作るのは頂けないとは言った。その事は、私が人間が嫌いだと壁を作っている事にも当てはまってしまう。

きっと彼はその事を私に指摘しようとしている。 そんな事、判っている。だけど――…


『私があなたに言ったことは客観的に見ての言葉です。 私は…人間嫌いを克服しようとも思いませんし、これからも人間は嫌いです。人と仲良くなるつもりもありません』


判ってるけど――……私は人と距離を作る。

慣れ合うつもりなんて毛頭ない。 敬語を使う事だって、それは私の拒絶の姿勢から。


―――この一定の距離からこちらに入って来るな!

私は冷たい瞳で、人形のような表情のない顔でリンさんを見遣る。





「それは…貴女が秘めている“力”のせいですか?」

『――ッ!』

《!!》

《っ!?》


目を見開き息を呑んだ瑞希にリンさんは淡々と言葉を続ける。


「瑞希さんに近寄ったり、誰かが瑞希さんに失礼なことを言ったりすると――私の式がざわつくんです。……瑞希さん貴女は私と同じようなモノを持っているのではないですか」


リンさんの言葉は疑問文なのに、語尾は上がっておらず断定した物言いで。



――やめてッ!

――やめて、やめて!これ以上私の中に土足で入って来ないでッ!!


手が震え始めた瑞希を見てジェットは焦った。


《(これ以上は…こいつが壊れてしまう)》

『な、にを……なにを…言ってるのか、私には、わかりません』

「瑞希さん」

『――失礼します…』


震える声で、震える手を握りしめて――リンさんを見ないで私はその場を去った。




《…大丈夫か?》

『……』

《大丈夫。…大丈夫だ、大丈夫、俺達がいるだろ》


慰めるようにジェットが瑞希を抱きしめる。


《瑞希様…》

『…うん、ありがと』


心配げな二人を安心させるように――…瑞希は笑みを零す。

だけど、その微笑みは何処か悲し気で儚かった。







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