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「ねねね、ぼーさん!あたしにも退魔法ってでくるかな」

「あん?なによイキナリ」

「あ〜…うーんと、ちょっとは役に立てるかな〜って」


瑞希先輩の式神達に守ってばっかりだし、ナルがいう超能力はホントにあたしにあるのか自分でも疑問で――…ぼそぼそ口の中で吐き出された本音は、全員の耳が拾った。

足手纏いなのだとずっと溜めていた彼女の気持ちは、察してあげられなかった。

拝み屋や霊能者の立場の気持ちを想像してもホントの意味で理解はできないのと同様、ただの女子高校生な麻衣の気持ちもまた私達は理解できてなかったんだ。あまりにも違和感なくこちらの世界に染まっていたから。

でもそれは頑張って染まって背伸びしていた結果なのだと知れば、それでも役に立ちたいと健気な訴えは、恋する乙女の夢の会合を知らぬ存ぜぬな我々の心を震わした。



「お前に除霊されるようじゃ、俺たちゃー終わりだよ…」

「なにおう!?」


妙な沈黙を破ってくれたのは、唯一の大人組であるぼーさんで。


『麻衣…ぼーさんは麻衣をバカにしてるわけじゃなくてね。麻衣の気持ちは分かるけど…霊能者とか拝み屋っていろいろと苦労して今があるから、じゃあやってみるかってなふんわりとした気分で習得されると、私達の努力と過去はなんだったんだっていう悔しさとプライドが――…』

「すとーっぷ、ストップ!それ以上詳しく言わないで。俺、心がめげそう」

「な、なるほど……先輩達も大変なんデスネ」


バカにされたんじゃないと誤解を解いた麻衣が遠い目で首肯した。悟りを開いている目だ。

なんだかんだ言っても教えてくれるらしい。ぼーさんの体が此方を向き、よく見てろよと添えて。「指をこう組む」と、お手本を見せた。


「う?こ、こう?」

「これが不動明王印。このままで姿勢を正して“ナウマクサンマンダバサラダンカン”」

「はい?」

「“ナウマクサンマンダバサラダンカン”マントラってやつだ。これを唱えて消えなかったら、剣印を結んで気合いを入れる」


――うんうん。カタカナ長いの困惑するわ。

私は、結、滅、と短い単語に慣れているから麻衣の戸惑いが手に取るように判る。理屈よりも本能で動く節があるこの後輩には、気合いの一言は難しいかも。内心苦笑して、ぼーさんの説明を擬音語を使って付け加える。


『深呼吸して気持ちを空っぽにするイメージで組んで、息を吐き出すときはふんッて』

「ふんって何、ふんって」

『分かりやすく表現したんです』

「ハイ先輩、わかりやすかったです!吸ってふんッですね!」

「あーなるほどな」


子供と一緒かと笑ったぼーさん、余計なお世話ですっ。麻衣は拗ねて頬を膨らませた。ぷうっと風船のよう。茹でタコになったり風船になったり麻衣の頬は表情豊かだ。

もっと下品な表現を使用していいのならば、トイレで大をする際に力を込める…そんなイメージよ!ふんッて力む時はそんなイメージが麻衣には分かりやすいかなって。男性がいる為、言えないけど!これでもうら若き乙女だから!羞恥心あるから!


「しっかし、真砂子があれじゃ困ったな。明良さんやお前さんがいるにしたってよ、人手はあって得はあれど損することはねぇ。真砂子本人は視えなくても分かるって言い張ってるけど…どうだか」

「ナルは日本じゃ一流だって言ってたじゃん」

「んー……真砂子は口寄せが得意なんだよなー」

「くちよせ?」


雑談へと流れ話題がころころ変わり、真砂子の能力に集中した。これにジョンも興味津々といった具合で意外だった。

それよりもせっかくぼーさんに印を教わったのに、練習はいいのかな。途中で引っ掛かったり間違えれば効果は現れないんだよ。もしも危機的な状況に麻衣が一人で残されていたら……ゾッとする。

いつもぼーさんやジョン、私などが付いていてあげらるわけではないので、麻衣が自分の身を自分で守りたいと意気込む姿勢は願ってもなかったことで。難易度が高くても、出来れば彼女には習得して欲しい。安心する手立てはいくつあっても困らない。


――そりゃあ、式神の一人を麻衣に護衛させる事は可能だわ。

彼等が大人しく従ってくれるかどうかは、悩みどころで。苦笑いしか出てこない。

麻衣の能力が完全に開花したら、彼女の身の危険を案じることもなくなる。代償として、こちらの世界からは逃げられなくなる。偏見と拒絶の寂しい世界。知らなくてもいい、経験しなくていい不必要な世界。


「霊を自分に乗り移らせて質問に答えたりするんだが…考えてみりゃコックリさんと同じだよな」

「僕何かで読んだことあるんですけど、霊媒には二通りあるんやないかて。霊媒とEPSと、」

「ああ、デイヴィス博士の論文じゃないか?」

「やと思います」


心なしか瞳をキラキラとさせるぼーさん…ナルのファンなんだっけ?ジョンもEPSなどの知識が豊富で、ぼーさんに顔を綻ばせて頷いた。ジョンもナルが好きなのかな。

博士がナルだと知らない二人がナルの正体を知ってしまった時の反応が見たいかも。驚くだろうな…尊敬する人物が、唯我独尊男だと知った時のぼーさんの姿がとても気になる。だからって他人の秘密を勝手に口にはしないよ。節度は守らなくちゃね。


「博士が言うには霊媒にはEPS…テレパシーの能力者やサイコメトリストの可能性もあるんやないかて」


ちょっとした休憩時間、精神的にも休ませておきたいと。傾聴しながらコーヒーを啜る。

駆けずり回ったり精神的にキツくてほとんど眠れない調査の際は、コーヒーに非常にお世話になっております。飲み過ぎは体に良くないとは知ってる。美肌に効果があるらしい事もね、知ってる。止められない、止まらない。


「サイ…なに?」

「サイコメトリスト、サイコメトリーの能力者。物を通してそれに関する過去や未来を知る超能力なんだって」


こういった事に免疫も知識もそんなにない修君の戸惑いを解決してあげようと、口を開いたけれど。

目が合っていたのに、逸らされて――…異変に気付かなかった麻衣が喋ってくれて。閉口した。代わりと言ってはなんだが、ぼーさんとジョンの二人からの視線を感じ苦笑を贈る。


「デイヴィス博士は自分がサイコメトリストやから、そういう発想になったんですやろけど……オリヴァー・デイヴィス博士はイギリスのSPR――心霊調査協会の研究者でPKとEPSの両方が出来る少数派の超能力者なんです」


――どうしたんだろう。ん?って思った後、修君の話題の時には避けられなかったから安心していたのに。

やっぱり気持ち悪かった?結界師なんて、身近に化け物がいて恐ろしくなった?不安に苛まれて、信じたい気持ちが薄れていく。


「博士の兄弟にユージン・デイヴィスゆう人がいはるんですけど、この人は完全な霊媒やと博士は言わはるんです」

「どゆこと?」


きょとんと瞬きする後輩の可愛さに落ち込みそうだった気分を無事に浮上させた瑞希は、


「例えば…ドイツ人の霊を呼べばドイツ語、ギリシャ人ならギリシャ語で喋る。こうゆうのは珍しんです。霊が憑依したんやなかったらありえへんことですから」


安原とのやり取りを見ていたぼーさんがチラチラの心配そうな眼差しをしているのにも気付かず。ジョンも横目で見ていたとは、自分を見ていたなんて夢にも思っていない。


「そういえばテレビの心霊特番とか外国人の霊を呼んでも日本語でしゃべるよね」

「あれは笑えますよね」

『(なるほどね…)』


くすりと隣と笑い合う後輩を視界に入れ人知れず納得。

私は言葉を交わさずに感情を知る術は…基本的になく、視える世界が全てだ。生きている人間も死んでしまった人間も、生死しているだけの違いで。つまり、霊が日本人なら日本語をアメリカ人なら英語だ。私に便利な変換機能はない。


「霊媒の中には予言や当てものが得意な人もいてます。そうゆうのは霊媒ゆうよりもEPSである可能性が高いんやないかて博士は言うてはるんです」

「…真砂子は予言も当てものも得意だったな。つまり、真砂子は霊媒っつうよりサイコメトリストかもしれないわけか。霊を視てるというより学校というものを通してサイコメトリーしてるかもしれない、と。――瑞希はどう思うよ?」


突然の質問。唇を開閉して悩む。

霊能者と一般人や拝み屋とは、こういってはなんだが世界が違う。文字通り視えている世界が違うの。

視えてない人間があーだこーだ理屈を捏ねて視えない世界を理解しようと奮闘したり、拒絶する材料にしたりする。

人間に個性があるように、視え方感じ方はその人その人により異なる――…それを解明しようとするのは、中々難しいんじゃないかな。他人がその人にならない限り。学者の思考回路は私にはわからない。


『真砂子自身が霊媒だと言ってるのなら霊媒なんですよ』

「瑞希はそっち派か。それって真砂子が友達だからとか?」

『違いますよ。結界師の私が結界術について一番理解しているのと同じく、真砂子も自分の力は自分が一番知っていると思っているでしょう。他の霊能者も同じですよ、先天性であってもそうでなくても、能力と向き合うのはその人ですから……他人がごちゃごちゃ言っても、本人がそうだというならそれが正解なんですよ、きっと』


――その能力も眼も、その人の物だから。


「あーなるほどなぁ〜そう言われてしまえば」

「そうなのかもしれまへんね」

『えぇ。と言っても、学者は納得しないでしょうけどね。所為、水掛け論ですよ、解釈の仕方も人それぞれですし』


どれを信じるのかはその人次第、自由だ。


「まあ頭を使うのはナルに任せとこうや。っちゅーわけで麻衣、お前何か感じないか?」

「いっ!?」


ぐるりとぼーさんの双眸が標的を変えて。


「ちょっちょっといきなりそんな、」


とんだ飛び火だと麻衣は焦った。


「あ。谷山さん言ってたじゃないですか。火事が起こるの放送室じゃないかって」

「ホントか」

「(安原さんっ余計なことをっ)」


彼等の勢いに正直引く。あわあわする。

心の中で安原さんを恨んで、「う。え、イヤ…さっき居眠りしてそんな夢を……」と、あまり言いたくはない夢の話をした。

さっきの夢にも、自分の理想を詰め込んだような物腰の柔らかいナルが出てきたし、それを言うのは憚れる。というか、正直あのナルの話はしたくない。

あたしだけの秘密にしたい――…なんてね!恋する少女特有の思考の渦に巻き込まれ、麻衣の頬がうっすら赤く染まる。


「それで!?」

「だからね、ただの夢だってば」

「なるほど。よし、麻衣!いい子だから寝ろ」

「ちょっと、ぼーさんっ!?」

「お前の夢には絶対意味があるって!情報収集の為だ、寝ろ!」

「更衣室の除霊はホンマに原さんと松崎さんが行ったんです!」

「ぐーぜんだってば!」


ジョンまで参戦してぼーさんとのタッグに思わず叫んだ。


「お前前回もその前も事件に関係する夢を見てるじゃねえか」

「だからって急に眠れるかいっ!」


渾身のツッコミ。


「まあまあ、今夜になれば分かるじゃないですか。放送室で火事が起これば谷山さんの夢がアテになるってことでしょ?」


麻衣が先輩に助けを求めるよりも早くに、近くに立っていた安原が嬉しくないフォローしてくれた。


「谷山さんも火事のことが当たったら協力態勢を取るということで」

「うー…」

「少年いつから麻衣のマネージャーになったんだ。頼もしいわ」


ぼーさんが頭を抱える麻衣に苦笑を一つ零して。


「今からです。どんどん仕切りますよ」

「君、はじめは猫かぶっとったやろ」


安原には小声で文句を零した。言われた本人はほけほけと笑っており、ぼーさんの眼が知れず薄目になる。


「どーりで」

「?なにがですか?」

「瑞希と仲がいいわけだ」


本音を隠さなくなった瑞希は、どちらかと言えばナルに性質が似ている気がするが。安原ともどことなく似ていると思っていた。

外面というかキャラを作ってやんわりと人間関係を築こうとしているところが、なるほど似ているんだな。二人は仲がいいから似ていると言われて嫌がりはしないだろうと踏んでいたが見事に裏切られる。

猫よりも狸が表現として正しい安原の顔面は複雑かつ神妙な胸懐が刻み込まれていた。

「似たようなことを谷山さんからも言われましてね」と返答があり、「僕と出会ったときより滝川さんと瑞希さんの距離が近く見えるのですが…何かありました?」と、まるで数十分前の瑞希との応酬を見ていたのかと疑いたくなるような既視感を覚える音吐を聴いて、脳が数秒処理する時間を用いた。

加えて探るような眼差しを受け、彼女に対する違和感の答えを見出して。なるほど若いな、誰に言うわけでもなく口内で転がす。

対して安原は、滝川の返答は不要だとばかりに険しい顔を引っ込め、ニッコリと含み笑いを唇に手を当てながら零してみせた。

これは……さっきの俺を茶化した時の笑みだと、なんだまたからかわれたんだなと安堵した滝川を、またも裏切る言葉が雑談を続ける面々に聞こえない音量で吐かれた。


「あなたは敵ではなさそうですね。安心しました」

「敵って…物騒な……って、おいおい敵だったらどうするつもりだったんだ」

「そうですね、ある事ない事吹きこみ(社会的に)、近付けないようにします」


ここで気付いた。笑ってるのに目が笑ってねぇ!ひくりと口端が痙攣する。誰に不名誉なことを吹き込むつもりなのか、訊かなくとも察して冷や汗が。

俺の他に誰を敵だと認定したのか末恐ろしいものを見た後の動悸が止めとけと忠告している。それと自分は見当違いな心配をしていたのだと知ってしまった。


「……冗談だろ」

「さぁて、如何でしょう?」


滝川に最早、はぁぁ〜んとしたり顔を披露する余裕はなかった。

現場でこんな会話に命の危機を抱くとは思わなんだ。脳内で思わぬ場所に伏兵がいたぞーと叫ぶ兵隊の姿で賑わっていた。





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