4-4 [18/32]



またもまともに寝れず緊張した一夜過ごして迎えた水曜日。



「どーしたんだ、そんな難しい顔して」


ここ皺寄ってんぞ、そう言って自分の眉間をトントンと叩く人物を見上げる。

考え事をしながら歩いていた為、自分が今どこを歩いているのか意識してなかったらしいと気付く。同時に、ベース付近へと戻っていることにも気付いた。ここが外だったら電柱に頭をぶつかるまで思考に耽っていたに違いない。声をかけてくれたぼーさんに感謝だ。

ぼーさんと一緒にペアを組んでいたジョンと目が合い、どちらともなく微笑み合う。

すかさず上から、「なーに目と目があったからって微笑み合ってんだ」って拗ねた様子で、わざとらしく頬を膨らませてツッコまれた、あれは挨拶代わりだったのに。特に意味もなかったので、私もジョンもスルーさせていただいた。


『更衣室の件、……今日でしたよね』

「ボヤだっけ?十二日周期だとか言ってたな…安原の少年は。あそこは真砂子ちゃんと綾子ペアが向かったはずだが…なにか良くないモンでもいたのか?」


各自一旦バラバラに作業に向かってから私と明良さんは適当に霊を滅して回った。


「いや…それはないか。昨日俺達で行ったんだった」


瑞希が見逃すわけねーなとカラカラ笑うぼーさんにつられて私の口元が緩む。

うん。その通りで、更衣室にいた目ぼしい霊は滅した後だ。然し忘れてならないのは他にも霊がいるわけで。浮遊霊なのだから文字通り浮遊して移動している。いつまた更衣室に霊が集まるか定かではない、逆も然り更衣室から他の場所へと姿を隠すかもしれない。


『私が心配なのは、新たな霊があそこを拠点にしないかな〜って思って…もしくはボヤ騒ぎを起こしていた犯人…これは私が消した…とは思うのですが、犯人だったのか分かりませんから断言できないですし、今日新たに火事が起こるのなら別の場所も考えられるなーと考えていたところでした』

「うげぇ。新しいボヤ騒ぎの犯人が出てくるって?キリねぇな」

『そうなんですよね〜。親玉がいるわけでもない為、大本が叩けない以上……地道な作業はまだまだ続きそう』


ガランとした物寂しい廊下に二人分の疲労が込められた溜息が落とされ、あ、一人分の苦笑も追加で。

怪現象などは一つの場所に固執しているわけだから、通常では場所を移動することはまずあり得ない。

共喰いで大きくなったソレが場所を変れば、報告される内容も変わる。だってそれまでその場にいた霊は食べられてしまっているのだから。それ以上怪現象が起こるわけがない。

ぼーさんやナルは、超能力者が生徒の中にいてその人がありとあらゆる場所で降霊術をしているから、様々な怪現象の報告が上がっているのではと話していたけど……。

脈略もなく、隣を歩く彼が顔を上げ、「そういやあ」なんて、話題を変える兆しを見せたので、小首を傾げる。ぼーさん越しにジョンも顔を傾げていた。


「お前さん、安原の少年となんかあった?」


疑問文なのにクエスチョンマークが付けられてない。上がらなかった語尾から、察した。なかなかぼーさんは観察眼が優れている。

昨日から今日にかけて、私と修君の間に目に見えておかしい態度なんてなかった。ならば、ぼーさんが私達の間になにかあったと思うきっかけは、恐らくベースにて何度か逸らされた視線。それを見逃さなかったわけね。

さりげなく逸らされたあの一連の仕草は、見られていてもさほど不自然ではなかったように思えるのだけれど。現にジョンは、青天の霹靂っといった具合のリアクションを見せている。

疑問を的確に把握したぼーさんが、私が言う前に答えをくれた。


「瑞希は意外と分かりやすい事に俺は最近気付いた」

『えっ。私のポーカーフェイスは自分で言うのも変ですが、ナルと同じくらい鉄壁だと自負してるんですけど。自信なくしますね』

「ンなもんに自信を持つな」


これみよがしに送られた溜息には呆れがあった。

腹が立たないのは以前に比べぼーさんとの距離が近いからかな。それともこれが麻衣が言ってたぼーさんの兄貴力なのか。なるほど、麻衣と並ぶと兄妹にしか見えないのは、ぼーさんが醸し出す兄貴臭のせいだったのね。なるほどなるほど。


『なにもないですよ、喧嘩もしてません』

「それにしちゃあ、よそよそしくね?」

『そう言われましても、心当たりないですよ』


霊が視えるなんて電波なこと言い出したと引いているのだとしたら、そもそも今回の調査に首を突っ込んでない。修君は無駄を嫌う性格をしているもの。

ナルと気が合うに違いない。ってそうじゃない!脱線しそうになった思考を元に戻す。修君の様子は変でどこかよそよそしいのは否めないけれど、力の事を告白した以外で思い当たる理由が他なく、ぼーさんに訊かれてもはっきりと答えられない。


「あーま、深く考えることでもないのかもな〜」


あっけらかんな物言いは、私を気にしてくれている心遣い。うんうんと頷いてフォローしてくれているジョンの優しさも身に染みる。

お節介焼きだとか無遠慮な人だとか、今まで散々マイナスな感情から毛嫌いしていた節があった、……私の事です。視点を変えて物事を捉えれば、ぼーさんは人当たりが良く人に好かれる。彼がいれば自然と人が集まるくらい。

最初が悪かったんだと思う。初対面の事件から嫌煙して、良いところも沢山あるというのに見ない振りをして。

負の感情を受け止めてくれたからって手の平を返す私って…現金だったんだ。自己嫌悪。


「瑞希さん、明良さんと一緒なかったんどすか?」


きょろきょろと周りを見渡すジョンの仕草は可愛い。いやジョンが可愛い。私よりも一つ年上なのに、童顔でこの可愛さ。性別が女の子だったら、加護欲も相まって男が放っておかないでしょうね。


『明良さんは野暮用で外へ出てますよ。あ、皆さんのお弁当も買いに行くと言ってました』

「えっ!一人で?言ってくりゃあ、俺も手伝ったのに。全員分の弁当は重かろう」

「そうどすね」

『とか言って、ぼーさんサボりたいだけなのでは』

「そうどすね〜」

「…デスネ」


明良さんと校内を回ってたら、警戒しているのか霊は先日よりも少なかった。喰われたせいなのもある……のか?思い出したくないわ。

この分だと真砂子の方にも霊達は寄り付かない、逃げまどっている事だろう。坂内君のように学校に執着しているモノはいないようだから、真砂子に存在を勘付かれない。

妖怪へ生まれ変わってる途中だから視えないという考察は、頭が痛くなるので私の心の平穏の為に出来れば外れて欲しい。ホント、短気なジェットがいなくて助かった。

「瑞希も明良さんも、飯ぜんぜん食ってねぇけど、…」と、お腹が空いてないはずがない、朝も昼も食べてないだろと、言い訳が挟む隙をくれず立て続けに曖昧に微笑んでおく。





「あっあの深い意味はないんだけど、ひょっとしたら別のとこかなーなんて。放送室とか――…」


ベースとして借りている会議室は、定期的に松山が顔を出し舌打ちというオプション付きで愚痴って行く。

だから、ぼーさんが開けようとしているドアの先に、松山が我が物顔で居座っているのではと嫌な疑念を抱くのは至極当然で。一歩廊下へ出て用事を済ませ戻るこの瞬間は憂鬱だ。


「おっ」


ぼーさんも同じ気持ちだったらしい。明らかにほっと胸を撫で下ろしているのが斜め後ろから窺えた。

私もそっと小さく息を吐けば、ジョンから苦笑が返って来た。

ジョンの苦笑は、眉を八の字に下がるのが通常で。苦く笑っているというよりは、まぁまぁ分かりますよと言われているような苦笑で、不快に感じるどころか何故だか癒されるから不思議。


「なんだぁ彼氏と二人っきりかぁ?若いもんはええですのぅ」

「?」

『?』


ぼーさんが出入り口をその図体のでかい体で塞いでいるので、


「…ったくうマジメな話してたのに〜」


恨めがましい声音から、室内にいる人物と感情を読み取る。

麻衣、だよね。はて、彼氏とは?ナルの事?茶化されるのが嫌いなナルに、麻衣を通してからかったのだとしても不機嫌になるのは目に見えているだろうに。思わずジョンと顔を見合わせ違いに小首を傾けた。


「いやだな滝川さん」

「照れるな照れるな」


滝川さんを促して中に入ろうとしたら、麻衣の他にいた人物の声がして。


「気を利かせて下さいよ。いいところだったのに」


――え、彼氏って修君?

目を丸くして、ぼーさんの背後から顔だけ見せたら、バチッと修君の視界に入った。なんだナルじゃなかったの。いたのは麻衣と修君だけ。

ん。あれ?修君ナルに手伝いとしてついて行ったんじゃ…リンさんもいないし、修君だけ帰って来たの?想定外なものでもあったのかしら。


「…少年や、少しオジサンと話をしよう」

「はぁ」

「気持ちはわかるが状況と場所を考えにゃいかんぞ」


ごそごそと、真顔で修君と肩を寄せ合って秘密な会合を開いている男二人は視界から外し、ジョンと共にホワイトボードを見上げた。

教科書のようなお手本の几帳面なリンさんの字と、これまたリンさんに似ている筆跡――言わずもがなナルの字を辿って、彼等が担当していた調査の結果を知り。

真砂子と綾子さんの方の新しい情報も捜し……は、記されてなかった。一度も戻らずそのまま除霊に徹しているわけか。梃子摺ってる?


「やはりこーゆーことにはムードっちゅーモノがだね、」

「あ。そうですね。じゃあ次は頑張ります」


性質の悪い冗談を前に、沈黙するぼーさんに同情。背後で繰り広げられるだろう茶番が予想がついた。


「……麻衣が好きなのか?」


恐る恐ると問われたというのに。


「好きですよ」


彼は間髪容れずに通常の人間ならば隠したい感情を吐露した。狼狽えたのは修君ではなく、ぼーさん。後、麻衣も。

明良さんと回って気付いた点や、除霊した場所と数をホワイトボードへの記入を終えて一息。

さてと振り返ったらやっぱり顔を赤くしている麻衣がいた。修君は麻衣の方を一切見ずにぼーさんを凝視し微笑んでいる。……ほくそ笑んでいる、と表現した方が正しいかもしれない。振り回されているぼーさんは気の毒だけど、ちょっと面白い。


「あっ!でも…渋谷さんも好きだしなー綺麗だし、」


茹でタコの如く真っ赤な可愛いほっぺをつんつん突いてみる。

冗談とも取れる告白にここまで真っ赤になっている様は、彼女の純粋さを浮き彫りにしていた。

告白され慣れていないからという理由よりも、他人がいる場所での受け答えに困るソレにキャパシティーが超えたと考えるのが妥当で。冗談だと判っていても照れる麻衣が少女って感じで可愛い。


「でも――…滝川さんはもっと好きです」


ぼーさんの片手を両手で包み込みターゲットを変えた修君に対し、ジョンもオロオロしているではないか。

助けを求める眼差しに、ここにももう一人純粋を地で行く人がいたと一人で笑った。こくりと一つ頷き、『あらやだ。修君』と一声。企み通り二人が私を見たので、心底驚いたといった表情を浮かべて。


『ホモだったの』


と、言ってやった。ぼーさんと麻衣を標的に…いやぼーさんはいいや。その辺にポイっ。麻衣を標的にするのは、見逃せないよ。笑って流せる子じゃないから。その類の冗談は、止めて欲しい。

やや間をあけて。「…………少年、」ぼーさんの絞り出した第一声が心情を的確に表している。


「はい?」


軽やかな修君の返しもまた心情を的確に表していた。心なしかスキップしそうな、弾んだ問いかけ。うん、活き活きとしているわね。

げっそりと効果音が聞こえてきそうな疲労の溜まったお顔をしているぼーさんを見て、麻衣が現実に帰って来た。混乱と困惑の時間は過ぎ去ったみたい。


「遊んでるだろ……」

「もちろんです」

「大人で遊ぶなよ…」


――会って間もない人間に際どい冗談を…。度胸あるよね修君。

まあ修君ですし、苦笑してぐったりなぼーさんの肩をぽんっと加減して叩き、フォローになってないフォローをした。

これまでだったら天と地がひっくり返ってもしない行動。珍しいと自分でも思う。のろのろと頭を上げたぼーさんの目が丸くそして嬉しそうに細目なったのを間近で目撃し、なんとも言えない気持ちにさせられた。

適度な距離を保って人付き合いをしていれば悩まなかった感情の起伏。

胸の中でせめぎ合う複雑に絡まって溶け込む感じは、過去の私が喉から手に入れたかったもので、少し前の私には不要だったもの……だと思う。現在の私がどう思ってどんな願いを持っているのか、自分の事なのに自分が分からない。


『(自己分析するのは…苦手だ)』

「子供で遊ぼうとするからですよ。で、お仕事の方はどうですか?」

「…きかないで」


切り替えが早い修君に対して、ぼーさんは大人げなく…上司と部下の板挟みでストレスを溜めた中間管理職の如く、哀愁漂う背中を修君に披露していた。

うん。大丈夫だな。そう感想を零したのは私一人だけではなかったようで、傍観していた二人が意識せずホワイトボードの前へ集合する。


「大変?」

「はあ…」

「原さんの指示どおりに祓ってるんですけど、なんや手応えがないゆうか……」

「そっかー…。先輩はどうでした?」

『私も手応えはなかったかな。いても力の弱い浮遊霊だったし、滅しておいたけど普段だったら放っておくレベルよ』


祓う力を持っている人は視えなくても肌で感じられる。ジョンもそのタイプで、言葉を濁しているのを一瞥して。助手としての出た後輩の素朴な問いに、一旦構えないで思ったままに音へ変えた。

隠れてない…つまり簡単に捕まえて素直に消えてくれた霊達は、悪さなんて出来ないレベルの弱さ。魔王に立ち向かう装備なしの村人Cってな感じだった。

それに夜に比べてやはり午前と午後は少ない。これからまた増えるだろう。


『(引っ掛かる点はいくつか…)』


――閉じ込められている。既に蠱毒の儀式が始まってる、故に学校の敷地外へ逃げれない?

まるで私達結界師がこの地に結界を張っているのではと疑うくらい、目に見えて怯えているくせに逃げない。ヴァイスのコトもあるから外へ逃げられないのは明白だが……それならなぜ入って来れたのか、これも引っ掛かる謎の一つ。






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