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所変わって、屋上にて。明良と瑞希は、しっかりと防寒をして外に出ていた。


『“視た”んでしょ、あなたの一つの未来を』


逃げているかなと危ぶんでいたが、しゃがみ込んで震えている彼を見付けそう問いかけた。ぶるりと不自然に揺れた彼の反応が、答えをくれている。

縁が結ばれているから、私を通して、あの映像が彼にも伝わっている。

生きてはいても、今の坂内君は剥き出しの魂の状態。言うなれば、裸で敵の前へと送り出されたようなものだ。瞬殺である。今までこの状態で助かっていたのが不思議なくらいだ。


――少しは反省しろとこのままにしていたけど、それもこれまでね。


「っ、ぼ…ぼくは」


フェンスから視える光景すらも吐き気を催すから。屋上の真ん中で震えるように座っている坂内君の姿は自業自得でも同情を誘う。


「ぼ、ぼくは…くわれるのか…あ、あいつに」


自分の仕出かした事の重大さを理解した?

理解してなくても、恐ろしさは身に染みたに違いない。もういいかと一つ小さく息をはいた。

その小さな音にすらビクついた彼の背中を擦って、混乱の最中にいる彼を戻そうとした。のだけれど――…


『あれはあなたの一つの未来。このままここにいれば、アレの餌食になるわ』

「君は…今更死ぬのが怖いのかい?」

『明良さん』


一緒に付き添ってくれていた明良さんが許さない。

細い一族特有の色素の薄い栗色の瞳を大きく見開かせ、冷淡な問いかけ。坂内君の背中を擦りながら、彼を見上げる。


「あの映像を見せられて今更怖気づいたのかな」


擦っていた背中の震えが治まり、のそりと上げられた顔が僅かに怒りで染まっているのを横で見てしまった。


「君に判りやすく説明してあげようか」


明良さんもまた彼の怒りを煽るのが上手で。

簡単に煽られる坂内君にも、大人げなく続ける明良さんにも、どうしていいのか分からず見守るしかなかった。かける言葉が見当たらない。

ふむと技とらしく、口に手を当てる仕草をした明良さんの細い瞳が、余所者を排除する色に変貌していて――…明良さんのこれまでの苦労や気持ちなどが痛いほどわかってしまうから。


「君が呪符を使った呪いはね、形を変えて同時に蠱毒も作られていた」


呪詛には多種多様な方法がある。蠱毒も、呪符もその一つに過ぎない。

本来は、蠱毒と呪符は、別物。ヲリキリさまの呪符により、霊が集まったからと云えど、蠱毒という呪詛まで発動したのかはまだ解明していない。

霊が集まりすぎて蠱毒が発動したのか、故意的なものだったのか。


「ヲリキリさまによって集められた霊達が、なぜ壺の中で起きる蠱毒のような現象に陥っているのか、まだ判りません」


同じ疑問を持っていたらしい明良さんが、私の疑問を読んで先に答えをくれた。彼もまだ分かっていないようだ。


「しかし君が行ったヲリキリさまによって、沢山の人間が霊を呼び寄せてしまった」


これだけは判ると冷たい温度で続ける明良さんと、坂内君の反抗的な眼差しが空中でぶつかる。


「その霊が互いに共食いを始めて、君は不思議に思わなかったのかな?――いずれ君も餌の一人に成り得る事に、浅はかにも気付かない」

「っ、ぼくは…なにも。ただ強い霊が残って、アイツを殺してくれるとばかりっ」

「自分の手を汚さずに?」


悔しそうに顔を歪める坂内智明を、明良は温情の一切ない眼力で見下ろした。


「呪いという手段を使って?殺そうと?何を利用しようと、殺意がある君は立派な殺人者と変わらない」

『明良さん!』


松山はまだ生きている。阻止をさえすれば、彼はまだ引き返せるの。

声を荒げてはみたものの……私は、明良さんが私の代わりに悪者に徹しているのだと気付いているから、それ以上非難の声は出てこない。

明良さんと坂内君に気付かれない様に注意し、坂内君のポケットにそっと彼の名前が書かれたヒトガタを紛れ込ませて、立ち上がる。


『私達一族はね、呪いを決して許さないの』


あの日が起こらなくても、我々は人を呪う行為の依頼は極力受けなかったと聞いている。


『将来の夢がゴーストハンターなら知っているんじゃない?私達一族の名字くらいは』

「…まさか、あなた達…」

「山田ですよ」


可哀相なくらい目を見開かせてひゅうッと喉の音を立て息を止めた坂内君を、今度は私が見下ろした。


『覚えておいて、私達一族は決して呪いを許さない』

「っ、それで?僕をあの化け物のエサにするつもり?」

『だからと言って、あなたのように人を見殺しにはしないわ』

「……」


あの映像から正気を取り戻した坂内君の目が、だんだんと冷静に戻って気丈に振る舞おうと此方を見上げていて。私の意図が分からない彼は、困ったように眉を下げた。


「僕を…助けてくれるんですか」

『呪いを諦めてくれるなら』


一歩下がって明良さんの隣に立って、悩む坂内君を二人で見つめる。


「でも僕はアイツが憎い」

『それでも呪いは許さない』

「じゃあっ!僕はどうしたら良かったんだっ!」

『あんなものに縋らなくとも、生きて見返してあげればよかったでしょ!ゴーストハンターになって有名になるとか、見返す方法は沢山あるでしょうがッ!なんで呪いなんかに手を出したの!』


――甘ったれな、子供のようなことを言わないで。

カッと一瞬で頭に集まった血をなんとか沈める。ふ〜っと深呼吸。彼は頼る人を間違えた。


『どうしようもない壁にぶち当たるコトなんて生きていれば何度でもあるわ』

「それこそ今更…」

『助けてくれる友達なんていなかったの?心配する両親はいなかったの?ほんの少し周りを見るだけで何か変わるコトもあったんじゃないの?いいや…少しでも変わろうとした?』


それは貴女にも言える事ですよ…と、傍観に回っていた明良は思った。

再会する前の瑞希も一族以外の人間を嫌って…いやあれは怖がっていたと言った方が正しいかな、成長した瑞希は一層人を拒絶していて。

このような悲しい成長は、きっと彼女の父も望んでなかっただろう。

救いなのは、彼女が困っている人間を放っておけない優しい性格を持ったままなところ。霊や妖怪、人間など種族関係なく――…手を差し伸べる彼女は、根本的なところで人を拒絶していない。

昔ほど素直に人間の友達を求めていないが、かと言って冷たい人間に成りきれていない。ホント不器用な御方だ…と、明良は思った。


「でもっ僕はっ!」

『あなた生きてるわ』

「――…ぇ、」

『あなた生きてるのよ』


何を言われたのか分かってない坂内君の瞳孔は、みるみると信じられないといった感情を見せた。

許容範囲外の報告に彼は理解するよりも口元が吐息と共に弧を描いて――…両目が左右に揺れれていた。

生きていると知って捨てていたはずの希望が戻ったのと同時に、沢山の犠牲者を作っておきながら自分が助かると知って喜んでしまった罪悪感、仕出かしてしまったことの大きさ――様々な想いがせめぎ合い、複雑な胸中だった。


「…ほんとう、ですか」

『えぇ。今のあなたの状態は生霊、肉体に戻らなければそのまま死んでしまうけどね。どうする?呪殺を諦めて反省してくれるなら、ちゃんと導いてあげる』


選択肢があるようでない提案を一つ。

自殺未遂をしていても、生きられるなら生きたいのは皆同じ。トドメに両親が泣いていたわよと言えば、ややあってこくりと彼は頷いて。瑞希がふわりと笑みを零した。


『(例の夢について詳しく訊きたかったのだけれど……坂内君が無事に身体に戻れてからかな)』


と、坂内君が考えを改めてくれて呑気にほっと胸を撫で下ろしていた私は、その後苦労するのを知らなかった。

なにかしらの作用が働いて学校の敷地内に入れても出れないと頭を抱えるのは、次の日の事で。

仕方ないからと、念のために明良さんが念糸で坂内君と繋がったのがその日の午後の事。明良さんは基本的な術は使えるから念糸くらい朝飯前だ。

夜中に明良さん達に内緒で、ヴァイスと抜け出そうとして――…ヴァイスが視えない力に敷地内へとはじかれるのを見て、頭を抱えて。そんな頭が痛くなる調査二日目の火曜日だった。



因みに、瑞希と明良が屋上を訪れてからの会話を、ジーンが物陰から聞いていたなんて、誰も気付かなかった。






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