2-5 [10/32]


「持ってる情報はそれで全部か」

『……』


先輩が顔を露骨に顰めた。


「引っ掛かるものが一つでもあれば、今ここで吐いておけ。後で事態が急変したら瑞希お前の責任とする」

『なんか隠し事をしている前提に聞こえるのは気のせいかしら』

「前科があるだろう」


「なにかあったっけ?」思わず口を挟んだ。

二人の間に乱入した後にしまったと舌を出す。瑞希先輩は、ナルにまた何か大切な物を隠しているらしいけど、先輩に前科などあったかな?


「お前は馬鹿か」

「うッ」

「犯人の目星がついておきながらメンバー全員にひた隠しにし、危うく殺されかけた一件があっただろう」


ぎょっと目を丸くさせた安原さんに、当の本人は安心させるように朗らかと笑って。

『あれはもっと上手くいく算段で――…』と、火に油な言い訳を所長に返していた――…その返しはマズイとあたしでもわかるよ、先輩。

リンさんや、彼女の式神に後日談として話を訊いた――確か、屋上から突き落とされそうになったとかなんとか。その前にも自分に憎しみが向けられるように小細工をいくつかしていたから、ナルが釘を差すのも当然かな。

先輩って変なところで頑固だから…口をすっぱくして言っておかないと、気付いた時には大怪我を負ってそうで怖い。


「失敗だったろ。反省しろ」


ナルは、頭に手を当て、頭痛を訴える。さも頭痛の原因は、先輩にあるのだと判らせるために。

瑞希先輩は納得がいかないのか、唇を尖らせている。滅多にしない年相応な仕草に、ぼーさんが頬を緩めていたなんて、あたしは見なかったことにした。


「お前が何かする度に、僕にまでとばっちりが回ってくる」


あ〜。

事情を知らない安原さんと発言者を除いたメンバーの声が揃った。さり気なく先輩も入ってたけど。

先輩の――それって私のせいなの?心の声があたしにまで聞こえた。

リンさんって保護者目線なのか、ナルや瑞希先輩を良く心配しているように見える。だから先輩が考えているようなナルのとばっちりを受けているんじゃないと思う。ナルの反応が怖いから、否定の言葉は出せないので、音にせず違うよーと叫んでおいた。


『今回はそんなんじゃないの』


ソレは認めたも同然で。

穏やかな雰囲気が似合う安原さんまでも、顔を険しくさせる。


『あの犬の霊には違和感があった』

「そういやあアレはどこにいったんだ?」

「あの犬に怯えて他の霊が姿を見せないとは考えられないか」


観念したのか現段階で“引っ掛かる”内容を話し始めた彼女に、すかさず質問が飛び交う。

安原さんまでも、「違和感って、どこらへんが?」と、事情を知らないはずなのに彼女の言っていることが真実なのだとばかりに問いかけていて。勢いのある数々にびっくりして、あたしは出遅れた。

『校内を歩き回って探してみたのですが、いなかったですね。隠れているのでしょう』そう、ぼーさんに答えて。

『それは私も考えたけど…今のところ分らないわ』と、次にナルに答えて。最後に、『いや…あれ……』、安原さんには、言葉を濁していた。途端に、ナルの麗しいお顔が険しくなる。


『霊というより…』

「まさか妖怪って言いてぇのか?俺瑞希の式神以外で初めて見たわ〜」

『妖怪とも言えない、不確かな存在?妖怪の一歩手前…みたいな』

「なんだそりゃあ」

「放っておけば妖怪に身を落とす?」


あ〜なるほど!明るくぼーさんが相槌を打った。


「それが瑞希さんが感じた違和感?」

『うん。で、次に疑問なのは、そんな不確かな存在を、一体誰が呼び出したのか』

「あー確かに。普通でも幽霊一人呼び出すのも、奇跡みたいなもんだしな〜……前みたいに力を持った人間がいるとか?うわっめんどくさくなる予感が」

「仮にそうだと考えて、その力を持った人間もしくは元凶には心当たりはあるのか?」


クエスチョンマークついてるのに、眼力はそうだろと言っている。

ぼーさんにも、先輩を助ける様子は見られない。安原さんは、聞き役に回ったみたいだ。そしてまたあたし出遅れている。


「……」

「……」

『……』

「――瑞希」

『坂内君の霊体と会った。ケンカを売られたので買おうと思います、以上』


――え、え?



「ええぇッ」


思いの外、大きな声になってしまった。

安原さんが瞠目していたのが見えた。耳から脳まで響いちゃったのかな、ゴメンね。

構えてなかったところに唐突に放たれた爆弾。せんぱ〜い、爆弾を落とすなら、心構えが出来てからにして下さいよ、あたしの平穏の為に次から是非そうして欲しい。


「坂内君って……自殺したとかいう?」


素朴なぼーさんの疑問には、瑞希先輩と共に安原さんも暗いものを背負ってだんまり。…――学年違うけど安原さん坂内君と仲良かったのかな。


「その霊が犬を呼び出したとか言い出すつもりか」

「いやいやナルちょっと待って。おじさん聞き逃しちゃったみたいでよ、もう一回言ってくんねぇ?ケンカって言わなかったか」

『いいや。坂内君は直接は関わってない……んじゃないかしら。――えぇ。売られたケンカは買う主義なんです』


聞きたくなかったー!!

ただ生徒の幽霊に出逢っただけの報告なはずなのに、そう遠くない未来で先輩がはっちゃけてなんかとんでもなく大きな事件を起こしそうな予感がひしひしと。

ぼーさんもあたしと同じくそう思ってるのね!二人で仲良く口元を痙攣させた。


「それは個人的な理由か?」

『うん。個人的な理由。――彼は私を怒らせた』

「調査には関係ないんだな」

『………』


瑞希と名を呼ぶ際に溜息も、やけに大きく木霊した。

すると先輩は、ナルとぼーさんにも目もくれず机に向かって手紙みたいなのを書き始めた。


『迷惑はかからない様にする。もちろん仕事には影響でない様にケンカを買いますう』


先輩……車内であたしに忠告したセリフをあたしも今そっくりそのままお返ししたい。そのタイミングで頬を膨らませた先輩あざと可愛い。


「公私混同とは珍しいな」

『分はわきまえるつもりよ』


書き終えたらしい文を片手に立ち上がった瑞希先輩は、次にポケットから別の紙を取り出した。長方形の紙。

紙の中心に四角の模様が書かれていて、ぼーさんとナルがその紙を凝視している。なに、あれがなにか知っているの?あたしにはただの紙にしか見えない。妙な沈黙に、ごくりと唾を飲む。


『――で、ナル。頼みがあるんだけど』

「…なんだ」

『この調査に、一人“私のトコ”の人間を追加してもいいかしら』

「(それって…)」

『もちろん個人的な理由からだから、料金は発生しないわ。今回の調査の間だけタダで助手として扱ってもらってもいい』

「いいだろう。くれぐれも邪魔はするなよ」


淡々と広がる応酬に、ただただポカーンと口を開けた。さっきから全然話についていけなくて、口が挟めない。

ぼーさんが、「大丈夫なのか?」と、眉を寄せて。

瑞希先輩が取り出した紙が、ぐにゃりと不自然に曲がって――安原さんとあたしは息を詰めた。


『なにがです?』


瞬きを一度して、開いた先に――…先輩の姿が二つあって。思考が停止した。

瑞希先輩が二人いる……あたしの呟きは震えていて。私服姿の先輩と制服姿の先輩。驚いているのは何故かあたしと安原さんだけで。

制服姿の先輩は、私服姿の先輩を見つめていて、感情の読めない栗色の瞳が不気味に思えた。


「それって瑞希の…あー」


ぼーさんがチラリと安原さんを見遣って、言いたい事が彼女に伝わる。

『あぁもういいんです』と、半ば投げやりに。


『修君ならもういいかなって。こうなってしまって…どうせバレそうですしね、それなら自分から後で説明します』


安原さんを見ずに放たれた苦笑に、茫然としていた頭がやっとはっと覚醒した。

私服姿の先輩があたしの知る先輩で……ぼーさんと会話しているのも私服姿の方の先輩だし、じゃあもう一人の先輩は?ナルもぼーさんも、どうして何も言わないの?


「そうか」


と、頷いたぼーさんがいつもより大人に見えた。


「勝手に決めていいのか?そーいうの当主の許しとか必要なんじゃねーの?いくら瑞希が本家の人間だとしても……大丈夫なのか?」

『あぁ。それなら大丈夫です』

「あそこは厳しいって風の噂で聞くぞ」

『ホント大丈夫ですって。現当主は寛大でお優しいんです』


ふっどうだかと鼻で笑うナルに意識が移る。

冷ややかな先輩の眼差しが、彼に突き刺さっているのに、ナルも冷ややかに彼女を見た。

じっとりと言った表現が似合う見つめ合いの後、先輩は口を開いたのだった。それが制服姿の先輩に向けての指示なのだと知ったのは数分後で。制服姿の先輩の正体を知るのも数分後だった。


『数珠を家に置いて来てしまったから、持ってきて欲しいの』

〈分かりました〉

『三つともね、持ち出したらそれをこの手紙と共に明良さんに渡して』

〈?分かりました〉

『ヴァイスには明良さんと一緒にここへと伝えて。お願いね』

〈分かりました〉


私服姿の先輩は、声も先輩と瓜二つだった。否、先輩そのもの?






- 133 -
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -