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実際に教室を見て回ってからの所長の指示は迅速だった。

ホンモノか判断のする為の材料を助手のあたし達が、駆けずり回って集めてくる。あたしは一年生、先輩は二年生、ぼーさんは最高学年の三年生と手分けして。

この時期だから登校している三年生は少数だ。ぼーさんズルいと文句を垂れたのはあたしだけの秘密だ。


「おかえりーどーだった?」

「やっぱり、ほとんどの人がやったことあるって。やってない人数えた方が早そうだよ」


あたしが聞き込みから戻って来るのが一番最後だったみたい。

よっと手を上げて労ってくれたぼーさんはくつろいでるし、瑞希先輩はナルと喋ってる。


――先輩とナル…なんだかピリピリしてる。


「僕の方も同じような結果でしたよ」


おっと安原さん…あなたまで。しれっと報告するから当然のように頷いてしまった。


「安原さん…すっかり使われちゃって…」

「いいんですよ」


苦笑して余裕な態度をしてみせた安原さんは大人である。いつの間にナルは安原さんまでも扱き使うようになったんだ。知らなかったぞ。


「あーもー勘弁してくれよ!学校をあげてのコックリさんだぜえ!?どんだけの霊がここにいると思うよ!?」

「どんだけ?」

「霊の満員電車ってトコかしら」


チラリと霊視体質の先輩を一瞥すると、バチッと視線が合いそうになって慌てて逸らす。

視える先輩やゴーストハンターのナルは、自分の手に負えない癖にコックリさんをする人間をいつもバカだと言う。彼等の主張は正しくて耳に痛いけど、視えないからこそ好奇心が擽られるんだよね。で、やっちゃうの。

あたしも経験談があるから、ホント耳に痛い。


「ナルちゃんよー。本気でやんのー?やなんだよねーコックリさんってとんでもねえ霊を呼び出してたりするからさー」


幽霊の満員電車とか嫌な表現だなー。

ってコトはさ、今も幽霊と密着してるの?うげ〜最悪じゃん。先輩大丈夫かな?前みたいに体調が悪くなったりしないのかな?あたしの心配を余所に、


「そこをなんとかお願いしま……」

「そーだっ、除霊のやり方教えるから君がやれ!そーだそーしよう!そりゃいーわ!」


ぼーさんは、またも除霊をして回るのは嫌だと安原さんに駄々を捏ねている。

もうっいい大人でしょっ!しっかりしてよね〜。

ぼーさんってば、視えないのに除霊するのは疲れるからイヤ〜って毎回嫌がるんだよね。あたしとか百歩譲って瑞希先輩になら目を瞑るよ、でも依頼主である安原さんにソレはどうかと思う。


「だってー。んじゃお前松山の態度見てやる気でるかー?」


胡乱気に見遣れば、怯んで言葉に詰まっていたぼーさんの会心の一撃があたしの胸にッ。

「すみません…松山はああいうやつなんです」と、フォローを入れる安原さんが眩しい。ああいう奴だって知っていても、やる気出ないよー。賃金貰ってるから仕事しなきゃだけどさ、やる気でないよね。


――うん、あたしもぼーさんのコト言えないや。ぐうの音も出ないよ。

安原さんがいるから、あたしは下手に何も言えない。

多分、ぼーさんもナルも気を遣って、このメンバーで唯一霊を認知出来る瑞希先輩にどうなのか聞こうとする兆しがない。

協力してくれている安原さんに悪いなと思いつつ、あたしにとって先輩の方が大切だから、むやみに秘密は漏洩しないよう努力する。あたしって偉いでしょ。


「生徒達もね、あいつに関しては匙を投げてるんですよ。人の意見なんか訊くやつじゃないですから、こっちが大人になって我慢してやらないと」

「(う、わ〜)」


本音?本性?

にっこりと笑う安原さんの後ろに黒い靄を垣間見た。こういうのを二面性とか言うんだろうか。わからん。


「あっそんじゃ松山に何か言われたんじゃねぇの?安原クン。俺らんとこに依頼に来ちゃってさ」

「大丈夫です。僕は成績いいから」

「…なかなかいい味出してるでないのキミ」

「ありがとうございます」


はははと頬が引き攣る。

ずいぶんと、個性が強いですな。あーだからかな?先輩と気が合うのは。先輩も本音を隠す性分の持ち主だしお互いに気を背負わなくて楽なのかも。





「――日本中にコックリさんをやってる学校がどれだけあると思う?」

「…ああ何故うちの学校に限ってこんな風になったのかってことですよね」


ナルの意図を的確に受け取った安原さんスゴイ。あぁと頷くナル。先輩も頷いている。


「(あ、良かった。調子戻って来たみたい)」

「素人が降霊会をやったからといって必ず霊を呼べるものじゃない。仮にコックリさんで浮遊霊を呼べたとして――その中にたまたま強いやつがいて害を及ぼすというのも分からなくはない」


引っ掛かると呟くナルに疑問符を飛ばしているのは、どうやらあたしだけ。


「しかしそれだけにしてはこの数は異常だ」

「まあなー」


「――で、だ」と、中途半端に切ったナルは、感情の読めない眼で瑞希先輩を見下ろして口火を切った。


「瑞希の見解は?」

『……』

「参考までに瑞希の見解を知りたい」


おいおい、と間に入ろうとしたぼーさんを視線で黙らす。ナル怖い。

無言で見つめ合う所長と先輩の突然始まった攻防戦を初めて目撃した安原さんが、おろおろと戸惑っているのも見てしまったけど。これに関してはフォロー出来ん。

いつまで冷戦を繰り広げるのかな〜っと大人しく見ていたら、沈黙を破ったのは、ナルからで。


「ぼーさん」


このタイミングで名を呼ばれたぼーさんは、大げさに肩を揺らした。


「数が多すぎて除霊するにも大本が分からない。全員が揃うのを待つまで、手当たり次第にやってみるしかないだろうな」


まるで他人事のようにそう言って、ナルは口角を上げた。滅多に見られないその笑みは、悪魔の如く。整った顔立ちを更に引き立てていた。

うげっと反応する音が横から聞こえた。言わずもがな、ぼーさんである。

このメンバーで除霊が出来るのはぼーさんと先輩。が、然し。安原さんに隠している先輩は、除霊するとは絶対に言わない。となると、ぼーさん一人だけの仕事になる。あの報告件数を一人で……た、たいへんダナ〜。

彼女の秘密を守りたい、でも終わりが見えない仕事は軽く拷問。

揺れるぼーさんに、にやりと笑いを見せるナルは、やっぱり悪魔にしかみえない。先輩…あたしとうとう悪魔まで視えるようになりました。


「それはーなるべくー勘弁願いたいな〜なんちゃって」


へらへらと空気を軽くしようと笑うぼーさんとナルの意識が、瑞希先輩の顔面に突き刺さる。

俺って歳だしと弱弱しく放たれた音を、ちゃんと拾った彼女は、安原さんを窺うように瞥見して、数秒間を置いて溜息を一つ吐いた。

怒ってない風の、それも呆れたように眉を下げた先輩の反応に、あたしはおっと声を上げそうになってしまって。寸前で堪えた。せっかくの希望の兆しをせき止めてしまったら、あたしも悲しいもんね。ナルの威圧からも解放される。


「何か掴んでいるんじゃないのか。瑞希はいつもそうだ肝心な情報は最後まで取っておく」


ナルの追い打ちが待ったなしで降りかかる。

前までは素人だからと逃げ道があったが。それも正体がバレてしまっている今はもう効力を持たない。ナルは私が一族の当主だって知ってるわけだし、どの面下げて素人ですなんて言えるのかと自分でも笑える。

容赦ない黒曜石の双眸に、再度小さく吐息をついた。

肝心な情報ね……私だっていつも意地悪で提示しないんじゃないのよ。場の混乱を避ける為だったり、あー今回は私の私的な感情からまだ言いたくないんだけど。

と、押し黙ってる短い時間で、瑞希が思考を巡らせているとは、彼女の頭の中を覗かない限り誰も知りえない事だった。


『なにが知りたいの』


おぉぉー今回はナルが勝利を手にした。

ぼーさんとあたしは瞬きを繰り返して、先輩の降参の合図を咀嚼する。

先輩の秘密はなるべく守りたいのは本心、それを覆しているのは先輩が味方だと心強いからさ。すみません先輩。手のひらを返しました。


「今回はいるのか」


――あ、そっか。

湯浅高校の時とかあたし達の学校の時とか、特殊ケースばかりで、最初から霊が視えたためしがなかったんだっけ。今回はどうなんだろ。

犬の霊もばっちり見ちゃったし、いるんだろうな。ナルも頭から断言した物言いをしてる。

しかし…大丈夫かな。話について来ていない安原さんを見、彼の方を一瞥もしない先輩を見て、あたしは内心生きた心地がしなかった。先輩の事だから、安原さんになら打ち明けてもいいと考えてるのかもしれない。

じゃなければ慎重派の先輩が、その場の流れだけで意見を変えるとは思えない。


『ナルも視たでしょ』

「その他に。コックリさんの儀式によって集まった霊はどれくらいいるんだ」

『正確にはわからないわ』


不明瞭な返答に、ナルの眉が不快に染まる。ぼーさんも疑問符をその顔に乗せた。

言葉なくリアクションのみで、詳しく話せと訴えている二人に、先輩は言葉を選ぶようにゆっくりと喋る。


『いるにはいるのよ…気配はする』

「あの時と同じような感じか?」


口を開いたぼーさんに、瑞希先輩は一拍置いて、否定した。


『似てるけど、違いますね。ここの霊は何かに怯えて姿を消しているような…そんな感じです。もしくは、何かを仕出かす為に機会を窺っているような、そんな気配』

「曖昧だな」

『話が通じる霊を一人でも捕獲出来たら、また変わってくるんだけどね』


ぼーさんの次に口を開いたナルに向かって、先輩の苦笑が向かう。


「んじゃあ除霊は無駄骨ってか?」

『んー煽るにはいい方法だと思いますが……所長はどうお考えで?』

「全部か」


――全部、とは?

意味が解らず首を捻ったのは、あたしだけじゃないようで。

周りを見渡すと、ぼーさんも先輩も安原さんも、大量の疑問符を飛ばしていて、ほっと胸を撫で下ろす。下手に分かりませんなんてあたしが言ったらさ、いつものように馬鹿にされるもんね。皆が束になれば悪魔にだって勝てる…かもだもん。





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