1-4 [4/32]
案内された会議室は、我々のベースとなる。
ここまでの道のりで何度鼻を鳴らしたか分からない松山先生…正直先生とつけたくないその人物は、ガラリと音を立てて扉を行儀悪く開けた。
「お待ちしておりました」
すると、無人だと思われた室内に、見覚えのある生徒がいるではないか。
「安原!お前授業は」
「三年はもう短縮授業ですから」
「受験は大丈夫なのか」
「御心配なく」
全校生徒の署名を持って渋谷サイキックリサーチに依頼に来た生徒――安原修だった。
彼にも、高圧的な態度で怒鳴り散らかす松山先生。
霊能者軍団を眉唾ものだと邪険にしていたからの態度だと思っていたが違うらしい。松山先生は、学校の生徒にもあんな態度なのか。見解を改めた。
松山が偉そうに椅子に座る傍ら、優し気な表情で安原さんはあたし達に頭を下げてくれた。
今日初めて、あたし達を肯定してくれる人物に出会えて、ほっとしているあたしがいた。
安原さんと瑞希先輩が、目礼して二人で笑みを浮かべたのを見て――…あたしの女の本能がぴきーんと唸る。って対したもんじゃないけどね。二人が仲がいいのは分かった。
何らおかしくはないと思われるでしょう。だけど忘れちゃいけないよ!瑞希先輩は、人と距離を取りたがる御人だってね!友達とも適度な距離を取っているのに、安原さんにはソレがなかった。
真砂子と同じ…間柄?のような。それとはまた少し雰囲気も違うけど、そんな感じ。先輩が心を許してる人なんだって。あたしには分かった!だって瑞希先輩がした笑顔は本物だったもん!とにかく親密そう。
「さて!ベース確保したところで、まずはどうする?」
「そうだな…各事件に関わった生徒たちに話をきいてみようか」
『そうね。もうすぐ授業も終わる時間だし異論はないわ』
ぼーさんの一声にあたしの思考が切り替わった。
「麻衣探してきてくれ」
「どうやってさ?!」
――またこのナルはッ!
あたしに無理難題を押し付けるッ!初めて来る学校でどうやって探せって言うのさ!
ムカッと眉を上げて抗議しようとしたあたしを見かねたのか、「あ、じゃあ僕が」と、なんと安原さんが名乗りを上げてくれた。
安原さんなら短時間で集めて来てくれそうな――そんな安心感を与えてくれる不思議な人だ。瑞希先輩と系統は違うけど…んーなんて言ったらいいかな、包容力とか安心感とかそんなところが似ている。これが年上のなせる技なのか。
「その方が早いな。お願いします」
ナルも異論はなく、むしろそちらの方がスムーズに事が進められるだろうとお願いした。
ナルが協力をお願いしたぼーさんは、ナルの指示に従う姿勢な為、瑞希先輩もあたしも文句はないから、すんなりと方針は決まるかと思われた。
「手っ取り早くやってくれ。俺も忙しいんでな!」
コイツがいなければ。
「先生はお帰りくださって結構です」
「そうはいかん。生徒を管理するのが俺の仕事だ」
――ホント最悪ッ。
第一印象からずっと最悪な印象を保っているコイツはある意味勇者だ。見習いたくない、反面教師としてなら、なんも文句はないよ。
ナルの抑揚のない淡々とした喋りが、あたしの怒りを爆発させないよう抑えてくれていた。
「事件に関わった以上彼等も依頼人のようなものです。依頼人のプライバシーは守ることにしていますので」
「子供にプライバシーがあるか!」
「歳がいくつだろうと依頼人は依頼人です。どうぞお引き取りください」
どんどん声を荒げるソイツと、痛くも痒くもないと流れるように躱しているナル。
聞いているだけのあたしの怒りのボルテージが溜まっていく。
チラリと安原さんを盗み見れば、彼は瑞希先輩と苦笑し合っていて。その光景は、あたしにこの教師の態度は二人にとって珍しいことで日常茶飯事なのだと知らせてくれていた。
「俺がいちゃ都合の悪いことでもやらかすつもりか?俺は霊能者なんかを入れたやつの言い分が聞きたいんだ」
「では、校長室へどうぞ」
ぷっと噴き出す音が、固まった空間に響いた。
ぼーさんだ。あたしが噴き出しちゃったのかと、一瞬だけ焦った。
「そりゃそうだ。依頼したのは校長だもんな」
うまいねナルちゃんと呟くぼーさんの顔は、笑いを隠しきれていなかった。もちろん、あたしも。
何を言われたのか理解できなかった松山のあの顔。傑作だ。
徐々に怒りから顔を赤くさせた松山先生は、椅子に座った時と同じくガタリと大きな音を立たせて、立ち上がり――…
「構わんさ!なにかあったら校長の責任だからな!」
と、耳障りな捨て台詞を放ち、これまた嫌な音を立てて扉の向こうへと消えてくれた。
ナルの意外な?攻撃と、最後まで煩かった人物が退場したことにより、静かになったベース。
「かー!バッカじゃないの!このハゲ!生徒の前に自分の性格管理しろっての!そーゆーのを負け犬の大声ってんだよ!」
じわりと怒りがにじみ出て、本人が立ち去ったからこそ、吐き出せなかった怒りを口にした。いや、正直叫んだと表現した方が正しい。
本人がいた時に叫んでいれば、かっこよかったものを。
消えた扉を指さし、ポーズを決めている彼女に、ぼーさんは苦笑しつつ「遠吠えだ麻衣……」と、訂正を入れた。内心スカッとしたのは内緒だ。
「おもしろいなあ谷山さんて」
『いい子でしょ』
いきなり豹変した姿に、安原さんは目を丸くさせ、瑞希先輩は柔らかく笑い彼に答えていて。
我らが所長様は、呆れた視線を注目されているあたしに寄越してくれた。
怒りとは違う羞恥心から顔が赤く染まる。先輩に褒められて照れるべきか、間違いを恥ずかしく思うべきか、それともナルにあんな眼で見られた事に落ち込むべきか。パニックで、あわあわした。
――落ち着け、ナルにはいつもあんな眼で見られてるじゃないか。
うッ。それはそれで落ち込む現実っ。
「ナルちゃんの毒舌がいつ飛び出すか楽しみにしてたんだけどなー」
『ふふっ確かに』
「瑞希ちゃんは、俺等に忠告してくれた本人だからさ、あからさまに言わないだろうって信じてたけど……少しひやひやしたぜ」
『失礼ですねー』
「でもナル、良く耐えたね」
「だよなー。ほとんどナルに暴言吐いてたもんな、あの教師」
きょとんとしている安原さんが見えた。
そうよね!この容姿端麗なナルが、毒を吐くように見えないもんねっ!あたしも見た目に騙された口だよ!
「豚に説教しても意味がない」
容姿端麗眉目秀麗の所長の言辞は、破壊力がありました。安原さん絶句。あたしも絶句。
→
- 127 -