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「今日はアルバイトの日でしたね」

『……』


悪夢も見ず爽やかに起きてリビングにて私を迎えてくれたのは、ジーンではなく、式神でもなく、遥人さん宅にいるはずの明良さんだった。

数秒遅れて、結局神社に帰らず、私の家に泊まったのを思い出す。

明良さんは、エプロンを付けて、手際よく朝ごはんの用意をしてくれていた。


『うん』

「朝からですか?」


コーヒーの香ばしい香りと、卵がじゅわりと焼ける匂いに、胃を刺激されテーブルに意識が奪われながらもこくりと頷いてみせた。

ふと、テーブルに乗っていた新聞が視界に入り、緑陵高校の文字に思考が切り替わる。反射的に新聞を広げ、文字を追う。

緑陵高校は、最近良く聞く学校の名前だ。最初は集団登校拒否に始まり、次が更衣室の火事、記事にはならなかったが自殺した生徒がいるとかなんとか――これには心当たりがある。私はそれに関わったから。

正確には自殺未遂なんだけど…どうせあの学校のコトだ。見せしめとして、敢えて訂正などしてないのだろう。

彼の名前は坂内智明君。いまだ目を覚ましてない、気になって彼の母親に電話で確認しているから間違いない。たぶん、彼は生霊となってあの学校を漂っている可能性がある。

生徒会を引退してからあの学校には行ってないから確認する機会がなかったが、これはいい機会かもしれない。

新聞には黒い犬に手足を咬まれた生徒が続出してパニックになったと書かれてあった。記事によれば教師には黒い犬なんて見えなかったとある。これが本当ならば、“いる”のだろう。


「こら」


私は、それ以前からこの高校を知っていた。

緑陵高校は有名で、我が校が偏差値を上げたい為や部活動や行事などの参考にしたいからと、数年前から交流があるとかで。郵送すればいいのに、交流がてらとかで何度か書類を運んだことがあったから。

内心勘弁してよ…なんて思っていたけど、学力テストなんかで必ず上位に名前を連ねているある人に出会い、その考えは改めた。その人も生徒会長だったから、私としては珍しく意気投合したんだよね。彼とも久しく会ってない。メールは来るんだけど。


『――ん?』

「瑞希様は御顔を洗って来なさい」


新聞を奪われ、ぽんっと丸められた新聞で頭を優しく叩かれ、背中を押された。


『はーい』


右手で頭を撫でながら、反論せずに洗面所へ向かう際――…くすりと忍び笑う音がしたのを私の耳は聞き逃さなかった。瞬時にソファにいるジーンを一睨みし、明良さんに瑞希様と呼ばれて渋々顔を洗いに行く。

ジーンの顔には、年相応な私が見れて面白いとはっきりと書いてあった。

明良さんにもジーンにもお互いの話を説明してから、二人は短期間で仲良くなっていて。

余談だが、ジーンに山田一族の事を話した際にジーンは知らないと吃驚していたが、実は忘れていただけだったようだ。

明良さんを紹介して、ここまで話したのだからジーンに隠す必要もないと、父親の名前と当主だったと、一族が私達を残して絶滅した事だけを除いて話せば、父の名前に首を捻ったかと思えばあっと大声を出して思い出していた。遅いって。


――それもそうよね。

ナルに会ったんだったら、ジーンとも会ってるよね。ナルの義父と私の父は仲が良かったようだしジーンと会ってない方がおかしいわ。なんでその考えに至らなかったんだろう。



『明良さんは今日は依頼一件入ってたっけ?』

「はい。前回の依頼と似たような案件です」

『一応、ヴァイスを連れて行ってね』


食パンをかじって咀嚼。

遠出だから日帰りは叶わないのだから、不安は一つでも消しておきたい。

明良さんの腕を疑っているわけではないけど、この季節力が有り余っているヴァイスを扱き使って欲しい願望もあるのだ。

「ありがたく」と笑う明良さんにジェットも連れて行って欲しいんだけど…ねーと愚痴を零せば、「瑞希様は無理をなさいますから」と窘められ、そして後方から噴き出した音がした。――ジーンめ許さん。

明良さんが作ってくれたスクランブルエッグは、ほんのりとバターの味がして。

昔は良く食べていた味だと泣きそうになったのは秘密だ。


「瑞希様が気になっていた学校ですが」

『緑陵高校?』

「山田への依頼お断りしましたけど良かったのですか?気になるのでしょう」

『個人的にはね』


これに実は個人的に関わっているとジェットや明良さんに知られたら、小言をもらいそうなので詳しくは話さない。

ジーンは知ってるのよねーチラリと見遣れば、ちょうど視線が合って何も言わないでよと視線に乗せる。


『マスコミのネタにされてるような案件には手をつけないわよ』

「えぇ。マスコミの事がありましたから瑞希様が行くと言い出したらどうしようかとこの明良ひやひやしておりました」

『大げさすぎ』


明良さんと軽い言葉のやり取りをして、どちらともなくふふふと笑う。

なんだか懐かしくて、昔は出来なかった依頼の話をしてるなんて不思議で、とても可笑しかった。見る限り明良さんも同じ気持ちなのかな。

瑞希も明良も想像してなかった――まさか、この高校からの依頼を何度も断っていたマスコミ嫌いのナルが、今日、依頼を受ける決断をするとは、最後まで想像していなかったのである。


『行って来ます』

「行ってらっしゃい」

《いってらっしゃーいっスぴ》

《早く帰って来いよ》


ドタドタと起きて焦って見送りに出てくれた式神達と、明良さん。

遠くからもジーンの声も聞こえて、瑞希はくすぐったそうに笑って、もう一度行って来ますと大きな声で告げた。




 □■□■□■□



明良さんと各々の依頼へと向かってから三日後の月曜日。


『ナルがこの依頼を受けるとはね』


案にマスコミ嫌いなのに、どうしたと意味を込めて。軽い口調で、私は車内でナルを見た。

本格的に調査を始める前に、現場をその目で見てその後調査方針と機材の数やらを決める為、ナル指名で私、麻衣、滝川さんの四人で緑陵高校へと向かっている最中だ。

湯浅高校の下調べの際もこのメンバーだったわね。

あの事件は、滝川さんが持ち込んだものだったから、最初からいたが、何度か手伝ってもらったからとはいえ最初から滝川さんをメンバーにいれるなんて、今回は珍しいというかナルらしくないことばかりだ。


「そりゃあ先輩、あんなに頼まれたら冷血なナルだって頷きますって〜」


ギロリとすかさず睨まれているのに気づいているのかいないのか、谷山麻衣は呑気に、「あれで断ったらあたし人間かどうか疑うところでしたよ〜」と、けらけらと笑っている。


――度胸があるよね、麻衣って。

ナルに睨まれたら悲鳴を上げるのが麻衣だったのに、たまに?麻衣は度胸がある。

彼女の中で、ナルが怒らない境界線を本能的に察知しているのかもしれない。もしくは、恋する乙女心でナルの怒りの臨界点を把握しているのか。


「僕は瑞希の知り合いが他校にいたことが驚きだった」

『それって私に友達がいないって思ってたと言いたいの』

「そうは思いませんけど!あたしもびっくりしましたー」

『私もあの人も生徒会長だったからね』


運転席から「男か?女か?」と愉快そうな野次に、麻衣が優し気な男の人だったと返答。

バックミラー越しにニヤニヤとした滝川さんの眼とかち合って、少しうんざりした。私と彼は、そんなんじゃなくただの友達だ。言うなれば、同じ大学を志望するライバルでもある。学部は違うと思うけど。


『滝川さん、予め言っておきますけど』

「おっなんだなんだー」


滝川さんと言いながら、私は助手席からこちらに身を乗り出している麻衣を見つめた。一瞥した際、バックミラーにいる滝川さんの顔が心なしか輝いて見えたのは謎だ。

きょとんと首を傾げる麻衣にも向けて忠告をする。血の気が多そうな二人と…この場にいない綾子さんが心配だ。ナルはまあ大丈夫だろう。言い返したりしそうだが、私もそれくらいはしなくちゃ鬱憤溜まるものね。


『学校内で暴力沙汰は止めてくださいね』

「あれ瑞希先輩、お顔がこちらに向いたままなんですけど。あたしにも言ってます?言ってますよね!」

『うん。麻衣、くれぐれも、くれぐれも暴力沙汰は止めてね』

「二回言った!ちょっとぼーさん、あたしには優しい先輩が二回も言った!」


麻衣が、滝川さんの肩を叩く。

叩かれた彼が内心、瑞希から話しかけられるなんて貴重だから嬉しかったのに、言われた内容に落ち込んでいたなんて――車内にいた全員が察しがつかなかった。


「いてッ。おいコラッ俺は運転中っ!」

「暴力なんてしませんよう。ね、ぼーさん」

「おう!マスコミに注目されてんだろ?下手なこと出来ねーよ」

『……マスコミがいなかったらするつもりだったんですか』

「ちょ、今のは言葉の綾!しねーよ、俺年下には甘いの」


どーだか。と、ナルと私の心情がリンクした。

初対面でボロクソ言って来たり、人が隠していたことを暴いたり、どこが年下に甘いのか詳しく知りたい。

二人は本人に知られたら、お前らは別だと言われそうなことをひっそりと思っていた。


「先輩っあたしのことも信じてくださいよっ!暴力なんて振るうように見えますっ?!」


ぼーさんと違ってと鼻息を荒くさせた麻衣に、滝川さんがおいっと器用にも運転しながらツッコミを入れている。今日も今日とて二人の息はぴったりである。

『だといいんだけどね〜』と小さく呟いた私の声は、隣に座っていたナルだけが拾った。

平和を切り取ったような穏やかなこのやり取りは、いろんな意味でもうすぐ無くなるのだと知っているのは私だけだったのです。






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