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再び巡り巡って逢う頃に――…縁は複雑に絡み合うだろう。
第一話【依頼の嵐】
閑静な住宅。
ひと際目立つ和式建築。周りに建っているのが洋式の物だからか、余計に目を引く建物――…。
今まさにその重々しい建物内へと足を踏み入れようとしている男女がいて。二人は正装――男は白装束、女は黒装束を身に着けていた。
彼等を待ってましたと迎え入れたのは、御老人――執事のようだった。
「旦那様、」
二人は、執事を一瞥し奥へと案内された。
執事に旦那と呼ばれた男性もまた御老人で、彼が付き添っているベッドには、三十歳前後の男性が横たわっていた。
青白い顔で横たわる男性の横には、彼の親だろう男性もいて。漂う雰囲気は重苦しく、居心地の悪いものだった。案内された二人が入れば途端に全員の視線が集まる。
「良く来てくださった!見て欲しいのは孫の…」
しゃがれた音は最後まで鳴らなかった。反対側にいた横たわる男の親らしき男性が嘲笑したからだ。
「親父、そいつ等が親父の言ってた有名な一族?どこにでもいそうな優男と小娘じゃないか」
「馬鹿者ッお前は黙っとけ」
「その方は、我々の事をご存じない様だ」
「依頼の際の暗黙の了解も含めて、ね」そう言葉を付け加え、細い瞳を更に細めたのは、来客者の男の方。それにひやりとしたのは依頼主の御老人。
彼等は、常連さんを介して依頼を受ける。依頼人を信頼に値しないと判断されれば、依頼を受けないのだ。
彼等はこういった現象を解決してくれる最後の砦――…馬鹿にしたり怯えたりなど言語道断。ちゃんと息子にも説明したというのに、霊的な類を信じない息子は、あろうことか暴言を吐いてしまった。
依頼主は、“彼女”の仕事ぶりを知っていた。男と女――…否、男と大人と子供の狭間にいる成人していない少女。
依頼主は、どちらが立場的に偉くて、恐ろしいのか知っていた。“彼女”の表情に変化が見られないのにほっと安堵すべきか、はたまた激怒する前触れだと怯えるべきか。
どちらにせよ機嫌を損ねてしまえば、孫は助からない。
そんな事は分かりきっているだろうに、このバカ息子は!依頼人は音にせず罵り、嘲笑した自分の息子を睨んだ。孫の命の手綱を握っているのは“彼女”だ。
『明良さん』
亜麻色のウェーブのかかった髪を優雅で揺らして声を出した彼女は、明良と呼んだ細目の彼を名で窘め、目線は依頼を受ける羽目になった元凶に向けていて。
二人がホンモノで、解決策は“彼女”にあるのだと遅からず理解した息子と、依頼主は仲良く唾をごくりと飲んだのだった。
その道で有名な彼等を呼ぶ羽目になったのは、孫が原因不明の病気で倒れたから。
これまたその道で有名な方にこれは我々の手に負えないと言われ、最後の頼みの綱である二人に来てもらったのだ。
死人のように眠り続ける孫は、もう半年以上もこのままで。彼等に見放されたら、誰を頼ればいいのか分からない。神に祈るように、依頼主は“彼女”が何を言うのか縋る想いで見守った。
「――鬼女が憑りついていました」
『もう何も憑りついていないので、彼は直に目を覚ますでしょう』
呆気なく終わって、依頼主も彼の息子もぽかーんと口を中途半端に開けたまま二人を凝視した。
“彼女”は、右手を上げて下へ向けた仕草だけで、事が終わったのだと言う。
鬼女とはなんの妖怪なのか、鬼女に憑りつかれた原因が孫にあるとか、事細かに説明をされたが頭に入らず。ただただ孫が助かったと喜びを噛みしめた。
息子は、最後まで信じてなかったようだが――…依頼主と息子が本当の意味で喜ぶのは、数時間後に半年ぶりに視線を交わした孫を目の当たりにしてからだ。
その時には、あの二人はいなくて、依頼主の御老人は感謝をし涙を流した。
□■□■□■□
「外れでしたね」
『呪われた可能性があると聞いたのだけれどね』
無駄骨だったわと悩まし気に溜息を吐いたのは、先程仕事を終えたばかりの有名な一族である“彼女”で、葉山瑞希その人だ。
彼女の隣を付き添うように歩いているのは、明良と呼ばれた山田明良。瑞希とつい最近再会を果たしたばかりの人だった。
『呪祖ではなかったけど…あの人そう長くないわ』
「憑りつかれていた人ですよね?一応、鬼女について説明しましたが……理解してない様子でしたし、」
『生気を吸い取られてたもの。目を覚ましても反省して行動を改めなければ、また同じ羽目になるに違いない』
「そうなんですけどね。まあ一応説明はしてあげたのですし、それ以上は気に病む必要はありませんよ」
苦笑しつつばっさりと切り捨てた明良さんの横で、そうねと返す。鬼女は滅した。
女の怨念などで妖怪になる鬼女に憑りつかれていた彼は、女遊びが激しかったのだろう。想像に容易い。目を覚ましても今後またも女の恨みを買えばどうなるかまでは手に負えない。
的確な指導を保護者がしてくれればいいんだけど――依頼主の姿を思い浮かべて、瑞希はそっと小さく息を零した。
『今回も外れ。中々尻尾を出さないわね』
「…そうですね」
『はぁ。まだまだ道は長い、か』
瑞希様と名前を呼ばれ、隣に目を向けると、彼の姿はなく。いつの間にか歩みを止めていた。
私も動きを止めて、明良さんを見上げる。明良さんは、思いつめたような複雑な顔をしていて。私はその先を聞きたくないと思ってしまった。どくんと心臓が大きく跳ねた。
「私は瑞希様と再会できて本当に救われたのです」
『……うん』
「復讐を誓って生きた八年は、お世辞にも幸せとは言えませんでした」
『……』
「瑞希様が生き残っていた、私にはそれだけが唯一で……ですから、瑞希さま復讐などはもう…、」
止めませんかと言われる前に言葉を遮った。
確かに復讐は疲れる。一年、また一年と過ぎていく中で、記憶は薄れ、虚しさだけが胸に残る。それでも復讐の炎が消えないように憎んで、魘されて。
復讐だけを思って生きるのは疲れる、それでも私はそれだけを目標にして生にしがみついて来た。それ以外の生き方なんて知らない。
明良さんは付き合ってくれると言ってくれたけど…私の我儘に付き合わせるのは可哀相なのかも。せっかく一族から解放されて、人の世に溶け込んでいるのに再びこちらに関わらせるのは、私の我儘だ。
山田一族として依頼を受けていると知った明良さんは、是非自分もと言ってくれたけど。
――呪い関係は私が動こう。
けれど、諦めるとは返せないから。明良さんの言葉は曖昧に濁した。
『明良さん、早く帰ろう。遥人さんが待ってるよ』
私の義父――葉山遥人の家に、明良さんはお世話になっている。
明良さんと遥人さんは直接は血のつながりもなく面識はなかったようだが、明良さんの事情を知っているのは父の母方の血筋である遥人さん以外にいなかったから。
明良さんは遥人さんの仕事を手伝いながら、山田一族へ寄せられた簡単な依頼をこなす生活をしている。
『明良さん、せっかく…』
「瑞希様」
今度は私が遮られた。
「私は山田明良です。この名を誇りに思っています。あなたに再び巡り合えた、これ以上の幸せはありません」
『でも、でもね…もうこちらの世界に関わらない生き方もあるのよ?今からでも遅くは、』
「瑞希様、今度は私に瑞希様を守らせてください。御父上を守れなかったからこそあなたを守りたいのです」
『私はそうやって明良さんを縛り付けたくないの。お父さんのことはもういいのよ』
明良さんは、まっすぐと私を射抜いて。子供に言い聞かせるように、しゃがみ込んで目線を合わせた。
念を押すように、山田は誇りだと言われ、私はそれ以上なにも言えなかった。
明良さんが、復讐の炎を消すつもりがない私にあれ以上なにも言わなかったように、私も、私を守りたいと誓うように目線を合わせた明良さんに何も言えなかった。
嗚呼、そうだった。
「何処までもお供致しますよ。復讐の道だろうが地獄だろうが、何処までも」
山田一族は排他的で仲間意識が強いんだった。
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