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あたしは、今朝ぱちりと目を開けたその瞬間から今この瞬間までずっとそわそわしている。心が落ち着かない。

何故かって?悩みがあっても大抵のモノは、一晩寝れば忘れるタイプのあたしを困らせている理由は二つある。二つの共通点は、バイト先。そうつまりここ――渋谷サイキックリサーチで働いている人間についてだ。


「はいっ。どーぞッ」


二人とも、建物内にいるにはいる。いらない面子もオフィスに揃っている。

呼んでもいないのに当然な顔して居座るコイツ等が来る前に――…二人とリンさんしかいなかった時刻に…あたしが出勤した時には先輩たち既にいて、顔を見合わせたもん。彼女も出勤しているのは知っている。

あたしやナル達に対して今までのように接してくれないかもしれないと心配になっていたというのに、さ。

彼女も彼も通常運転だった。こっちが焦っているくらいだ。……二人がふつ〜通りだから余計にあたしが焦るのだ。


――気まずそうにしてくれたら、あたしだって空気の一つや二つ読めるってものなのにさ〜。

まったく気を遣っておくれよ、なんてお門違い方向に思考を転がす。

普通、知られたくない家の事情なんかを勝手に暴かれたら、バレた方もバラされた方もどんな顔して会えばいいのか分からず、とりあえす距離を測るでしょ!なのにさっ。


「(ナルも瑞希先輩も普段通りなんだもんッ!)」


拍子抜けするって。


「(あたしが来る前に二人…いやリンさんも交えての三人で腹割って話したのかもしれないけどッ!そう考えると逆に気になるって!あたしだってここの一員なんですけどッ!?)」


あたしの苦労も知らないで、我が道を進む二人とリンさんの様子を思い出し、ふつふつと怒りが頭をもたげた。

ぼーさん、ジョンと真砂子に綾子のいつものメンバーにお茶を淹れ、ぼーさんにはアイスコーヒーを出したあたしは、鼻息荒く一人掛けソファにドスンッと座る。

あたしも親がいない、それは先輩も知ってる――…奨学金生だからって親身になってくれたのがきっかけで。

瑞希先輩にも父親がいないならさ、あたしに言ってくれても良かったじゃん。あたしばっかり教えて…あたしばっかり先輩頼ってる。やっぱりあたしが後輩だから?全部は話してくれない?先輩に母親がいないのは教えてもらってるけど父親の話は知らないかった…真砂子はなにか知ってる様子だったのに!あたしも真砂子も同じ歳だってーのっ!

頼ってくれない寂しさと、自分だけが取り残された悔しさに、頭も心もぐちゃぐちゃだ。


「あ。なんかムカムカして来た」

「なんだよ急に」


斜め左からぼーさんが呆れた視線を寄越したのをきっかけに、その場にいた全員の目が集まり、


「え。声に出てた?ごめ〜ん、気にしないでね」


詳しく話すつもりもなかったから、へらへら笑って誤魔化した。


――そうよ、あっちも気になるけど、こっちにも問題があるのよ!麻衣、頑張れっ!

瑞希先輩の御実家に興味を持っているぼーさんや綾子がいる。先輩の一族が持つ力を脅威だと話していたのを訊いて、あたしも化け物だとか人間じゃないとか言いたい放題だったような…。

山田一族の話を思い出して整理すると――…霊能者は霊が視えても払えない人が多い。真砂子みたいに。

だから霊は視えないけど払える力を持つ拝み屋、つまりぼーさんや綾子みたいな人達がいる。で、どちらの力を持っているのが“山田一族”

ぼーさんは…いつだったか、山田一族は霊を滅することが出来るから人間をも意図も簡単に消せるのではないかと、彼等に深追いするのは危険だと話していた。その場に、瑞希先輩もいた。


「(先輩は…どんな気持ちで聞いていたんだろう)」


皆から恐れられていたら、今は苗字が違うといっても実は血を引いているんだって、打ち明けにくいよね。

瑞希先輩がひたすらに隠してあたし達に内緒にしていたのは、分かってあげられるんだ。そりゃあ最初は言ってくれてもよかったのにって、真砂子も先輩の事情を知っていたみたいだから、そう思ってたけど数日頭を悩ませて考え直した。

あたしが先輩の立場だとしても話せないわ。だって少なくとも山田一族の力について、あたしもぼーさん達も勝手に怯えていたんだから。

瑞希先輩も聞いてていい気分にはならなかったに違いない。人が嫌いだと言っていたから余計に。あたしが先輩を守らなくちゃ!


「な〜に百面相してるのよ」

「どうしたんどす?悩み事がおありなら相談に乗りますよ」


ぷんぷんしていたかと思えば、今度はしょぼーんとし出した麻衣を、綾子は紅茶を飲みながら見遣った。

感情豊かな麻衣だが、数秒もしない内に目の前で落ち込まれたら、きっと我関せずなナルでさえ気になるって。自然な流れで麻衣の悩み相談となってしまい、当の本人は内心焦る。


「気にしないでって言われても、目の前でしょぼくれた顔されたら嫌でも気になるわよ」


こう見えて綾子は他人を放っておけない性分なのだ。姉御肌。


「おにーさん達に話してみ?」

「と言われてもね〜悩み事っていうか、ちょっと気になることがあったって言うか」


歯切れの悪い麻衣のくりっとした瞳が、一瞬真砂子に向けられたのを、綾子達は見逃さなかった。

年の功というやつで、ははーんと勘づく。ナルは数日前に退院したと耳にしていたから彼の事ではないと端から除外。

事情を知っているからと麻衣から羨ましがられている真砂子もまた、友達だと思っていた瑞希が父を亡くしていたと知らされてなかった事に落ち込んでいたのだが、全て知っていたと勘違いしている彼等の知るところではなかった。

真砂子は明良さんという分家の人も知らなければ、瑞希の父がいつ亡くなったのかも知らない。知っているのは彼女の前の苗字が山田だってだけ。

友達だからと言ってくれる瑞希に、根深いところまで尋ねてもいいのかしら――真砂子はここ数日、麻衣とは違った悩みで頭を悩ませていた。


『え。ホントにする気?』

「いいだろう別に。瑞希も気になるだろ」


自分を心配してくれる視線や好奇心が宿った視線の数々に、珍しく弱っていた麻衣が一つ溜息を落としたところで。

悩みの種が唯我独尊男と何やら争いながら、資料室から出てきた。二人の後ろから、長身の男も頭をひょっこりと見せた。麻衣の視線につられてお邪魔していた面々の意識もそちらに移る。


『それはまぁ…でも、』

「少し調べるだけだ」

「一度火が付いたナルはもう止められませんよ」

『それは言外に諦めろって言ってます?』


話は見えないが、瑞希先輩がナルの行為にいい思いを抱いていないのは確かだ。第三者であるあたしにも悟れた。

彼女が眉を顰めるくらいだ。またナルのなんでも知りたい病が発動して、瑞希先輩を困らせている。これはいつもの口論に発展するか?それと、ここへ来て先輩とあたしと同じく家庭事情を知ってしまったぼーさん達の初めての対面に、正直穏やかじゃない。

一波乱あるかとハラハラしている。先輩がナルに怒るのが先か、ぼーさんや綾子が追及と名のケンカを吹っ掛けるのが先か。

あたしの頭の中では、どちらに転がってもこれから事務所は氷河期になるのは決定事項だ。ごくりと生唾を飲む。

ゆったりとした動作で、瑞希先輩に否定されても顔色一つ変えない男の黒目がまっすぐと向けられ、悲鳴を上げそうになった。


「麻衣」

「はい、何でございましょう」


一直線に歩いてくるナルと四角い機械を持ってナルに遅れて歩いてくるリンさんを直視し自然と背筋が伸びる。

えぇぇぇぇ。あたし一体なにを言われるのー!?いやいや調べるって!あたしを?!いやいやいや。


「ちょっと実験に協力してもらう。いいか?」

『それ拒否権あるの?』

「(え、じ実験?じっけんって)」


恐らくあたしの味方だったのだろう先輩が、ナルの背中を見て呆れたように小さく息を吐いているのが、ナルの肩越しに見えて。

あたしは心の中で先輩に助けてと叫んだ――、まあ通じるはずもなく瑞希先輩は、奥へと姿を消したのである。終わった。みるみると顔から血が引いた。たぶん死人のように青白くなってると思う。


「この機会が四つのライトのうちどれかを勝手に光らせる。どれが光るか予想してスイッチを押すんだ。できるな?」

「できるけど…なにこれ?」


大小それぞれ四つずつスイッチがある四角い機械。

想像したような恐ろしい実験じゃなさそうだとソレを凝視、リンさんが持ってたのは実験に使う機械だったのかと、ぼーさん達が事務所を訪れている間は絶対に姿を出さないリンさんがナルと共に出てきたのに納得。


「サイ能力のテスト」

「超能力テストっ!?」

「やだよ。なんでそんなの!あたしに超能力なんてあるわけない……」


驚きからあんぐりと開いた大きな口を動かして、嫌だって言ったのに!

途端に、ギロリと睨み付けられ、実験に協力する返事をしてしまった。ホントっナルってば自分の思い通りにならないとすぐ人を睨み付けるんだからッ!あれ結構心臓に悪いんだからねッ!


「始めるぞ」




 □■□■□■□



流れるような動作で後ろを歩いて来ているなーと思って振り返れば、居心地悪そう…いやなにか言いたそうな…そんな感じの真砂子がいてきょとーんとする。

真砂子とはナルみたいに言い合ったりしないし、こんな微妙な空気が二人の間で流れることはない。ここでトイレはあっちだよとか言ったら私は空気の読めない人間だと思われる。言葉の選択は間違えないわ。

とは言え、真砂子の様子に心当たりがないから、どうしたの?くらいしか出てこない。お茶のお替りだろうか?私の行き先は給湯室。

私か麻衣のどちらか出勤した早い方が、ポットに水を入れて沸かす。滝川さん達が来てたけどお湯は十分足りるだろう――真砂子のことを考えてる隅でそう思考した。


『あ、そうだ。真砂子、今度いつが暇ー?』


えっと戸惑いが乗せられた反応を受けて、再度口を開く。


『真砂子も私もお互い忙しいから〜って全然遊べてないじゃない?』

「えぇ。瑞希がアルバイトを始めて仕事で御会いする機会は増えましたけど、遊べてませんわね」

『だからさ、ゆっくりと遊びたいなーと思ってね』


市松人形みたいにくりくりとした黒の瞳と栗色の瞳がくすりと笑い合う。


「今月は休日なら融通が利きますわ」

『私も。一族関連の仕事の依頼は入ってないし、こっちも依頼なさそうだし、土日なら遊べる』

「それなら今度の日曜は如何?」

『うん、じゃあその日に。どこか行きたいところとかある?』


とんとん拍子に二人で出かける話が進む。

問われた真砂子から、「ケーキを食べに行きたいですわ」と返ってきたので私も同意した。

ケーキかあ、久しぶりだなあ。真砂子と駅前のケーキ屋さんに行って以来だから、ケーキ自体食べてなかった。久しぶりに甘いものが食べれると今からテンションが上がる。

前回行った駅前のショートケーキは美味しかった、けど同じところに行くのもなんだか面白くないという話になり、最終的に何店かケーキ屋を梯子するに決まった。甘いものは女子の必須アイテムなのよ!太る太らない云々は考えないようにしよう。


『モンブランが食べたい気分だわ』

「ふふっ沢山食べましょ」


ころころと鈴を転がしたような笑みに、見惚れそうになる。女の私でも真砂子の仕草にどきりとする瞬間がある。

私もこんな風に上品に笑えたらなー。無理だろうけど。自分で言ってて悲しくなり自嘲した。


「知覧茶?」

『うん美味しいよ。この前鹿児島に行ったナルが買ってきてくれたの』


湯呑にあつあつのお茶を注いで、その場で口に含んだ。

椅子がある場所に戻ったらまだ実験している最中だろうし。ナルに釘を刺してるから、流れで私に実験を…なんて言わないだろうが、あの場には好奇心の塊の綾子さんと意外と観察したがる滝川さんがいる。

あの人達に対して知られたくない秘密なんてないのだけれど。見世物になるのはあまりいい気がしないから。

ふと、そう言えば真砂子には話してなかったのを思い出して、


『そうだった、真砂子に父親のこと話してなかったよね。今度遊びに行く時ゆっくり話すよ』

「!分かりましたわ」


と、喋れば――…真砂子の笑みが更に輝きを増した気がして、小首を傾げた。

なんかの拍子で彼女には母からの虐待などの話や一族の情報を話していた。ただの友達には話せないような内容も、真砂子には話せた。

父親が既にいないと…教えてなかったから、遥人さんのことも言ってない。それも含めて今度打ち明けようと思う。突然の暴露だったから病室で驚いたんだろうなー…。申し訳ない。

全てを話すのが友達とは言わないけど、真砂子とはお互いに曝け出した間柄だから――逆の立場だったら寂しい気持ちになるかも。

もしかしたら、気にしてくれていたのかもしれない。キラキラと彩られた彼女の両目に、じんわりと胸に熱が広がった。


「あたくしも話したいことが沢山ありますの!」


余談だが、ナルが鹿児島に行ったのは彼の兄を探す旅で。本人からまだジーンの話は出てないので私からは触れられない部分だ。


――麻衣は、ナルは旅行が趣味だと思ってるみたい。

怪しまれたくないように私達にお土産を与えたのだろう。変なところで律儀というか誤魔化し方が下手というか――ナルは不器用さんだ。きっとナルが訊いたら、お前もだろうとツッコまれるに違いない感想を胸の内で零した。






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