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『そして貴方はまんまと私の張った罠に引っ掛かってくれた。私が犯人に狙われたのは、スプーンを曲げてみせたのと、犯人の琴線に触れたから』


「犯人の琴線って」と、復唱する麻衣の声が、私を少しだけ冷静にしてくれる。小さく息を零して、湧き上がっていた怒りを落ち着けた。


『スプーン曲げなんて特別な事じゃない、寧ろ嫌いだと発言しました。貴方は否定的な発言をした私が許せなかったのでしょう。それに、早朝にあの席を確認しようとした私が、ヒトガタを見付けるのを恐れた』

「そうか。だから瑞希も狙われた」


そうナルが私の言葉に付け加えてくれて、『うん』と頷く。


『犯人は貴方以外にはあり得ない』

「こじつけですわ」

「先生が犯人だと言う理由はまだあります」

「笠井さんを庇っていた私が怪しいと言うのなら、こじつけだわ。生徒を庇いたいがためだけに、呪詛を行うなど馬鹿ではありません」


認めない産砂恵に、イラッとしたのか腰を浮かしかけた瑞希をナルは視線で止めた。


「先生自身の問題でもあったんです。先生は超心理学に理解が深かった。知識も豊富で専門的なことに詳しい…珍しいなと思っていたんです。なのに笠井さんの超能力を興味本位でおもしろがっているようには見えなかった」

『………』

「今から二十年前、来日したユリ・ゲラーは、二本にゲラリーニを産み落としました。ゲラーのスプーン曲げを見て、マネした子供達がスプーンを曲げはじめたんです」


ナルの抑揚のない声を聴いていたら残っていた怒りが治まった。


「そのうちの幾人かはマスコミの注目を集めました。――産砂恵もその一人だった」


驚く笠井さんと同じく私も驚いた。

ナルってばいつの間に、そこまで調べてたの!?産砂先生が犯人だと疑い始めたのは昨日でしょ、今朝まで病院にいたのに――…、


「ゲラーの権威の失墜にあわせて日本でもサイキック狩りが始まりました。子供のほとんどはトリックを使ったと決めつけられ、何人かはそう告白し……あるいは告白を強制捏造された」


あぁリンさんか。またリンさんを酷使したのね。相変わらずリンさん使いが荒いわ。


「産砂恵はトリックを告白した子供の一人だった……」


「私は!」と、ずっと笑みのままだった産砂先生が、感情を露わにした。


「私は……絶対に、インチキなんてしなかった」

『……』

「本当に曲げたのよ。だけど出来るときと出来ない時があって……なのに雑誌の記者が、“本物の超能力者なら曲げられるはずだ。ここでやってみせてくれないか”って……言うから…、」


――先生も…私と笠井さんと同じだったのか。

誰にも理解されなくて、裏切られて、白い眼で排除されて。そして力の使い方を間違えた。

人を憎んではいけない――…その当たり前の事を、父に口を酸っぱくして言われていた意味を、私は改めて痛感した。


「そこで出来なかったらますます信じて貰えないと思って、同じゲラリーニの友達に習ったトリックを一度だけ使ったんです。その一度をたまたま撮られていて……」

「エスパーのペテンを暴くという古い雑誌の特集に載っていた記事ですね。連続写真で先生が椅子を使ってスプーンを曲げるシーンが写っていました」

「…私には」


顔を顰めていた産砂先生が、そっと瞼を伏せた。彼女の瞳に哀しみが宿っていたのを私は見逃さなかった。


「笠井さんのように、そんな事をしてはいけないと言ってくれる人はいませんでした」


――私にはお父さんや、一族の人達がいた。

笠井さんには産砂先生がいた。産砂先生には、守ってくれる人がいなかった。正しい方向へと導いてあげる人がいなかった。


「誰も…出来ないときは出来ないと言っていいのだと教えてくれなかった……」

「あなたの……日本の不幸は、ESPの判定をマスコミに任せた事にあります」


産砂先生は、のっそりと顔を上げた。


「権威のある研究機関が日本にはなくあなたがたの能力の真偽をはかる方法がなかった、マスコミなんかに任せてはいけなかったんです。彼等が欲しいのは話題性であって、真実ではない」


ナルには珍しく、傷つけないように配慮して言葉を選んでいる。ショックを受けていた笠井さんも、先生の名を呟いて、複雑そうに見ていた。

呪う行為は許せないけれど――…産砂先生の過去を知った今、彼女だけを責めるなんて出来なかった。きっとみんな同じ気持ちだと思う。

もしかしたらナルは、そういった過去を持っている彼女を視線の嵐から守りたかったのかもしれない。滝川さんや綾子さんは、思った事を言葉にしてまう人だから、傷つかないように。ひっそりと犯行を認めさせて、事件を解決に導こうとしたんだ。


「…私は……できるだけ……笠井さんの才能を守ってあげようと思いました」


ぽつりと呟かれたそれには、懺悔が込められてるように私の耳に届いた。


「それがいつの間にか周囲から騒がれて……教師まで一緒になって朝礼で笠井さんを攻撃したその前にも何度も笠井さんを叱っているんです、私にもなんできちんと指導をしないんだと」


視線の先で彼女の顔が歪む。


「勝手に大騒ぎして持ち上げて、そして今度は罵るのよ。笠井さんだって、別にスプーンを曲げられる、なんて吹聴したわけじゃないでしょう?私だってそうだった。それで世間に振り向いてもらいたいなんて思ってたわけじゃなかったわ。なのに周囲がまるで奇蹟扱いして。呼びもしないのに記者やらテレビ局の人が押し寄せて。すごいすごいって持ち上げて、表舞台に引っ張り出して――そのくせ、魔女狩りが始まると、同じ口で罵るのよ。やっぱり、とか最初から怪しいと思っていたとか、易々と裏切ってみんなと一緒に石を投げるの……!」


彼女の叫びは、痛いほどに理解できた。

私も…昨日まで仲良くしていた友達に石を投げられた。冷たい言葉や視線を浴びせられた。なんで私が、って思った。


「地元ではどこに行こうがすぐに私の話が広がるの。学校を転々として、教師になるのだって無理だとか笑われたわ。だからこっちに来たのよ!地元では私の居場所なんてないの!」

「…それで、ですか?」


私と産砂先生の視線が、ナルに集まった。


「えぇ…ほんのイタズラだったんです。私…悔しくて」

「イタズラで済むのですか?厭魅というのは、人を積極的に害するための呪法です。幸い死人は出ませんでしたが、それも時間の問題でした」

『(そうよ、)』


――人が死ぬかもしれなかった。

産砂先生に自分を重ねて、感傷にひたるなんて私もまだまだね。私と産砂先生は違う。私は間違えない。私にはジェットとヴァイス――テイルもいる。

産砂先生は、私が最も許せない方法で人を陥れようとした――…いくら同情しても現実は変わらない。人を呪う行為は愚かなことだ。私はそれを知っているじゃないの。


「少なくとも、あの席だけでも次に座った生徒こそは電車に巻き込まれて死んだかもしれない」

『(もしも最悪な状況になっていたら……、)』

「確かに、そうなれば不幸なことですけど……」


産砂先生は、あと一歩で取り返しのつかないところまで来ていた、のではと考えたのだけれど。

ナルの言っていることが、理解出来ないと自分は間違えてなかったとこてんと首を傾げる産む砂先生に、


「でも、そうしたら、みんな思い知るでしょう?」

『(あぁ…)』

「この世には科学なんかじゃ割り切れないものがあるって」

『(先生はとっくに、道を外れていた)』


人としての理を外れた。

父はこうならないために私に憎しみを捨てろと、決して人に力を使ってはいけないと――言ったんだ。

人に対する憎しみは…残念ながら消す事は出来なかったが、代わりに人を信じることを諦める事で、私は私を保つことに成功した。結果、私は産砂先生のようにはならなかったのだ。

これからも彼女のように道を外さない。私には止めてくれる人がいる。

それになにより、大切な者達を奪った呪詛なんて死んでもしない。たとえ依頼であっても人は呪わない。それは結界師としての絶対の信念だ。


「呪詛があるなら、超能力だって存在する……」

「そういうことになるでしょう?そうしたら、もう誰も私を嘘つきだとは言えなくなるわ。笠井さんだって責められない。そうなると素敵ね?」


茫然といった具合で呟いた麻衣に、嬉しそうにそう言った産砂先生から、全員が視線を逸らした。

彼女は、もう善悪の付け方を忘れてしまっている。何を言っても無駄だった。

尊敬していた先生の成れの果てに泣き崩れる笠井さんを、視界の端に捉えて、私は顔を歪めた。後味が悪いとはこの事か。救いがあればまだ良かったのかもしれない。





「ぼーさん、校長に報告を。この女性にはカウンセラーの力が必要だ」

「……了解」


暫く静寂が室内に流れていたが、ナルの言葉に滝川さんが立ち上がった。

ナルも滝川さんも、苦虫を噛んだようなそんな表情をしていて。この不快な感情は、産砂先生以外が感じているのだと――私は周囲を見渡して、嘆息した。

先生だけを責められないからこその不快感、霊能者としての力を使って…道を外れたら彼女みたいになるのかと自分達を当てはめて考えての不快感。と、自分達も一歩間違えれば堕ちてしまうのだと思い知らされての、少しの恐怖。


「失礼な。あなたは超心理学の研究者ではないの?なのに私をノイローゼ扱いするつもり?」

「……先生は疲れていらっしゃる。休息が必要です」


ムッとした表情の産砂恵に、ナルは口を開いた。


「呪詛には……体力と気力を使いますから」

「ああ――そうね、そうかもしれないわ……」




――コンコン、と。

ナルに指示された滝川さんが扉を開けようとした瞬間、来訪者を知らせる扉を叩く音がした。

他に誰か来る予定だったのかと、滝川さんがナルを振り返って。ナルは片眉を上げて首を左右に振った。彼等を見遣った私と麻衣も小首を傾げる。

このタイミングで…。次は一体誰なんだとほんの少しうんざりとしたのは私だけじゃないと思いたい。


「あ、あの方だわ」

『…ぇ』

「誰か呼んだのですか」


扉を叩いて知らせた来訪者に心当たりがあったのは、ナルじゃなくまさかの産砂先生だったらしい。

まるで恋する少女のように顔を輝かせた彼女に――ナルは隠しもせずに、不快を露わにした。まあここは彼の病室だし、あー…そうだったナルは病人だった。あまりにも通常運転だったから忘れていたわ。


「えぇ。私に厭魅を教えて下さった方なんです」


次はどんな戯言を言い始めるのかと、全員が思っていた。その言葉を聞くまでは。

扉を開けようとした滝川さんもぴくりと固まって、私も硬直した。

ナルまでも一瞬固まっていて、硬直した面々に、産砂先生は気付いてなかったようだが。いつも穏やかなジョンの顔にも緊張が見えた。ぴりッと緊迫した空気が流れた。


――その人をここに呼んだ理由は、何?


「彼に、渋谷さんが陰陽師だと話したら、紹介してくれと言うので…ここへ来る途中に連絡したんです」


滝川さんは、「どーするよ」って……言ってないけど、振り向いた顔に書いてあって。

ナルは産砂先生を迎い入れた時と同じく、入室を許した。



『…………ぇ』



そして瑞希にかつてない衝撃が走った。






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