6-2 [25/28]
「ヒトガタは焼き捨てました。あれを作ったのは先生ですね?」
「………なんのことですかしら……?」
信じられないといった形相で生徒二人に見つめられ、依頼を受けたナル達全員に見つめられても尚、産砂恵は穏やかな顔から笑みを消さなかった。
犯人だと言われてるのに、その堂々としている様は、異様に人々の眼に映る。
びっくりしたり、笠井さんのように怒ったりしてもいい場面であるのに、彼女はナルから語られる内容が解っていたかのように表情に変化がない。麻衣はナルと先生を交互に見て、息を呑んだ。
「あなたが行った呪詛の道具は集めて焼き捨てました。…少なくとも空き地にあった分は、そうだな瑞希?」
『うん。私の家族が、ちゃんと燃やした』
《俺がな》
私は気絶していたから燃やした結果しか知らなかった。
ジェットの説明の後に、灰となったヒトガタを差し出されたのである。ナルに問われ、彼も燃やす様子を確認しなかったのねと何処か他人事のように思った。
「意味がわかりません」
「あれ以外にもあるのだったら教えて下さい。――そして、今後二度としないと約束していただきたいのです」
「…私は犯人ではありません」
疑われていた事からの解放の嬉しさよりも、尊敬していた先生が疑われる驚きの方が強くて、笠井さんは高橋さんと固唾を呑んで見守った。
穏やかに笑う先生が、自分の知らない先生に見えて。
二人は、真実を知るのが怖くなった。
自分達は果たしてそれを受け止められるのか。先生は違うと、絶対の自信を持つ所長さんに主張出来るのか、先生の濡れ衣を晴らせるのか…濡れ衣だと先生を信じたままでいられるのか――…。
「先生です」
「違います」
断言しているのにも関わらず、まだ認めにならない彼女に、
「…先生以外に考えられないんです」
ナルは溜息と共に、犯人だと思ったきっかけを――話し始めた。
見逃しそうな些細なきっかけ。小さな疑問が重なって産砂恵に辿り着いたのだ、彼女以外に犯人は有り得ない。
「被害者たちは笠井さんの超能力事件のときことごとく否定派でした。少なくとも犯人の動機はあの事件に関係あります」
「……あら」
産砂恵は、ふわりと綺麗に笑ってみせた。
「でしたら、私より笠井さんの方が怪しいのでは?」
平気で庇って来た生徒を差し出す産砂先生を、私は咄嗟に睨みつけた。
そう思ったのだとしても、教師である以上生徒の前で言うべきではない。笠井さんがどれほど傷ついて来たのか知っている彼女が、笠井さんの前でそれを言うべきではない。然も犯人はお前だろうが。
「…恵先生……」
と、信じていた教師に裏切りとも取れる言葉に、笠井さんの顔が絶望に染まる。
産砂先生の横で、硬直した笠井さんを見て――…私の心臓は悲鳴を上げた。やめて、そんなこと笠井さんの前で言わないでッ。
縋る者を失くした幼い私が、彼女に重なって見えて余計に心が苦しい。発狂するのを我慢するために、私は拳を強く握りしめた。
「…笠井さんではありません。何故なら例の席の最初の被害者、村山さんを笠井さんは知っているからです。――そうですね?」
「…うん。二年のときちょっとだけ文芸部にいて……そこで一緒で……」
音がなりそうな程、両手を握りしめる瑞希を、近くにいたジェットとリンが目聡く気付く。
「あの席に座っている人物が誰だかわかっていれば机の所有者に呪詛をかけるなどという回りくどい方法を取る必要はない。当人にのみかければいい」
ジェットの眼にも笠井千秋は、母親に捨てられた時の瑞希と、一族を一夜にして亡くした悲劇の渦中にいた瑞希の姿と重なって見えた。
ジェットにとっても、あの夜の事件は思い出したくもない忌々しい出来事だった。
瑞希の父親に結界が張られた地下へと閉じ込められて、何も出来なかったのだと嫌でも突きつけられるから。
瑞希を守りたかったのに、瑞希が大切にしていた一族の人間達を守りたかったのに。今の瑞希の父親――遥人がやって来るまで結界の中で瑞希を抱きかかえるしかジェットには何も出来なかった。
もちろん同じ瑞希の式神であるヴァイスもまた、襲われる場にいたのにと今でも苦い思い出として憶えているらしい――…瑞希が悪夢に魘される度に、そう零していた。
「なぜ、机に呪詛がかけられたのか――…犯人が村山さんの名前を知らなかったからです」
「そんなこと……私だって誰かに訊けば済むことですわ」
「しかしあの時点ですでに先生たちは周囲から訊ける状況にありましたか?」
ナルの厳しい追及に、
「では…他の誰かだわ。私達ではなく」
そう答えた産砂先生の返しは、人に村山さんの名前を訊ける状況ではなかったと言っているようなもので。
黙って聞いていたみんなの彼女を見る視線にも、疑念が込められた。滝川さんは冷静に傾聴している。ナルがそこまで調べていたのには私も驚きだ。
「それもありえません。動機の点においておいても、僕と麻衣に呪詛をかけた意味がわからなくなる」
詰問の手を緩めないナルに対して、産砂先生ではなく――なんでか私が冷や汗を掻いていた。心中穏やかではないのだ。
滝川さん達が納得がいかないと言っていたから、産砂先生の登場に飛んで火にいる夏の虫だと思った数分前の自分を殴りたい。すぐに犯行を認めると思った、だから笠井さんがいても大丈夫だと思ったのよ。
産砂先生が、笠井さんに罪を擦り付けるような腐った発言をするとは夢にも思わなかったから――…。言い訳にもならない。
「麻衣は僕が陰陽師だと笠井さんに誤って伝えた。彼女はそれを先生に伝えています」
『(誤って?…じゃあー麻衣の誤解だったの?)』
――なんだ。ナルは陰陽師ではなかったのね。
あ、今気付いた。そう言えば、屋上で鬼女に襲われて、力に集中する為に出していた式を解除して。その際に式の知識が術者の私に流れて来たんだけど、情報を処理するの忘れてた。いろいろあったもの。
式がナルを陰陽師だと勘違いしていたと麻衣が告白する場にいたではないか。あーびっくりしたー。
「笠井さんは麻衣と先生以外の人間とはほとんど口をきかない状態だそうですね。ということは、僕が陰陽師だと伝わったのは笠井さんと先生だけです。同じように麻衣の発揮した勘のことも」
「聞いてませんわ」
「……あたし、言ったよ、恵先生……」
笠井さんの震える声が、私の心臓を締め付ける。
「それに名前です。僕は自分のフルネームを全ての人に言ったわけではない。恐らく知っているのは校長だけです。そして校長は麻衣の名前を知らない。笠井さんが知っていれば先生にも知るチャンスはあります」
ナルはそこで一旦、言葉を切って。
「僕の知る範囲では、犯人は先生でしかありえません」
再び、産砂先生に犯人だと言った。
「動機がありませんでしょう?」
「…笠井さんの超能力が引き起こした……笠井さんと先生自身への攻撃がその動機です。たかだかそれだけのものが」
「あれは悪まで笠井さんの問題ですわ」
『(酷い)』
私達が調査に行くまでずっと笠井さんを守っていたのだろうに。
手の平を返したように、そうやって笠井さんを突き放すと言うの?
「私は確かに彼女を庇いましたけど、それは同情からで…」
『産砂先生』
久しぶりに聞いた冷気が込められた瑞希の声音に、ナルとぼーさんはぎょッと誰よりも早く瑞希を振り返った。
声と同じく冷たい眼をした瑞希がいた。
こんな表情をした彼女は、渋谷サイキックリサーチの面々と集められた霊能者達は見た事があった。
霊視の力があるとぼーさんが暴いた時や、彼女の領域に踏み入ろうとした時など、普段人当たりの良い笑顔を浮かべる瑞希は、ナル顔負けな冷たい表情を浮かべるのだ。直に向けられた経験がある綾子とぼーさんはぶるりと震えた。
瑞希の本質が何処にあるのかもう知っているからこそ、彼女の怒りがぼーさん達に鮮明に伝わり、恐怖したのである。
こんな顔をするような子じゃないのだ、瑞希は。本人も気付いていないが、本人が思っているよりもずっと優しい。
『私を佐藤瑞希だと思っているのは、貴方と笠井さんと高橋さんの三人だけです』
怪訝な顔をする先生を、軽蔑の眼差しで見つめる。
『そして私がスプーンを曲げられると知っているのは、その場にいた貴方と笠井さんだけ』
「なら笠井さんでしょう」
『…そう思わなかったのは、笠井さんには無くて貴方には有るものが私には“視える”から。だから、私は最初から貴方を警戒して偽名を使った。まさか事件の犯人だとは思いませんでしたが』
「偽名?」
『私の本当の名前は、葉山瑞希』
偽名だったのかと、高橋さんと笠井さんは、あんぐりと口を開けた。
スプーン曲げたのッ!?と驚いている滝川さんと綾子さんやジョンは黙殺。うん。隣から突き刺さる視線も黙殺した。
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