5-4 [23/28]



麻衣の情報から、体育館周りにいた滝川さん達と合流して。


「…すっげえ。これだけの数のヒトガタをよくもまあ……しっかしマンホールの中とは。盲点だったな」


滝川さんの驚いた声に耳を傾けながら、意識が遠のく感じがした。

マンホールの中へ落ちた時に出来た麻衣の擦り傷の手当をしていた綾子さんが、


「瑞希、あんたも霊に襲われたんでしょ?怪我とか――…瑞希?」


と、遠くで尋ねてくれたけど、瞼が重くて答えられそうになかった。

ナルやリンさんにバレないように、捕まえていた悪霊を滅して。

一食触発だった鬼女を解放させ、文字通り逃げるように走って去ったんだ。鬼女を前に生きた心地はしなかったよ。

不自然にならないように、ナルやリンさんと麻衣の三人を走らせるのには苦労した。だからか、とてつもなく今になって疲れを感じた。


「瑞希?どうしたんだー」

「寝てるわ」

「しょうがねーなー……っと、……お前さん」


椅子の上で器用に丸まって眠る瑞希を呆れたようにだけどどこか優しい目で見つめたぼーさんの前に、彼女の式神――ジェットが姿を現す。

いたのかと驚くぼーさんを尻目に、ジェットは瑞希の額に手を添えて、体温を確認して。

彼が今日瑞希の側に控えていたのを知っていたリンとナル、麻衣の三人は特に驚かなかった。

麻衣は、ジェットの周りをきょろきょろと見渡したけど、うるさいくらい元気なティちゃんの姿が視えなくて、少しさみしく思った。

テイルは、ぼーさん達に合流する前に、人型はまだ完璧ではなく尻尾や耳が出たままだった為、瑞希に姿を消しててねってお願いされてた。真砂子には視えてるんだろうけど、またそれを考えると酷く悔しくなった。


――ティちゃんの力は、瑞希先輩によると不安定らしいので、もうちょっと喋ってたかったけど仕方ないかな。

短時間の会話で呆れたりイライラしたけど、テイルと仲良くなれたと思っていただけに、麻衣に一種の寂しさを植え付けていた。



「大丈夫なんですか」


麻衣の思考は、リンさんの声によって浮上した。そうだった、瑞希先輩…寝てるだけなの?

誰が、とはリンさんは言わなかったけど、先輩の式神さんはリンさんをチラリと見遣って、ぼーさんに視線を向けた。


《こいつ昨日家に帰ってこなかったんだ》

「はぁ?」


瑞希以外の人間を目の敵にしている節がある黒狼にいきなりそう言われ、何を言われるのか身構えていたぼーさんは呆気に取られて。綾子とジョンは、揃って小首を傾げた。

麻衣は、そうだったと呟き、彼等の視線を集めた。


「瑞希先輩、幽霊に狙われてたからって…家に帰らないでここに一人で泊まったんだって」


ぼーさんはまたもはぁって間抜けな声で驚きを表現した。綾子も片眉を上げてる。

ジョンは、「それは…危険だったのでは…」と、彼にしては硬い顔で瑞希を見つめた。先輩の顔色は、青白くて。寝不足によって出来た隈が際立っていた。


「こいつも無茶するな」

「麻衣と同じで怪我してばっかだしね」

「確かにそうどすね」

「あたしは先輩ほど無茶してませーん」


ぼーさんに、はいはいって投げやりに頭を撫でられて。頬が膨らんだ。――何さ、あたしは子供じゃありません!!


《それだけじゃねぇ。あの餓鬼とこのガキが穴に落ちる前に、屋上から突き落とされそうになったんだ》

「っえぇ!?」

「――リン、僕は訊いてない」

「すみません。いろいろありましたから忘れてました」


驚く面々の表情を一人ずつ見遣って、ジェットは一つ溜息を落とした。騒がしくなりそうだったベースは、ジェットの溜息に途端、静かになったのだった。

今回は脅しもなにも言ってねぇのに、びくんッと肩を揺らす麻衣に、ジェットは何とも言えない視線を送る。どうやら、前回会った際に暴言を吐いたのを今でも覚えているらしかった。

ナルに責められているリンに目を向けて、言いたい事をさっさと放った。


《だから疲れてんだ。悪いが寝かせてやってくれねェか》


特に断る理由もないし、彼女を寝かせたかった想いは皆一緒で。否定する人は一人もいなかった。

ベースにいた全員から同意を得て、ジェットはそっと息を吐いた。

偏見があったが、彼等は話は通じる輩のようだ。リンという人間もそうだが、彼等もまたまだマシな人間なのかもしれない。

少しは信じてもいいのかもしれない――と、主の瑞希と同じく人を信じられなくなっていたジェットは、本人の自覚のない所でそう思い始めていた。





「――で?これで呪詛はパアになったわけか?」

「ああ。後は水に流すか、焼き捨てればいい」


ナルから視線を感じて、ジェットはゆるく顔を向けた。


――大方、狐火で燃やしてほしいとか良いてェんだろうがな、俺だって火を使えんだよ。


《俺が後で燃やしてやる。ありがたく思え》


黒狼は、言い方はアレだが、協力してくれるらしい。

ナルとぼーさんの視線を受けても、だるそうに瑞希の横に居座ってる彼を、少しは溶け込んで来たんじゃないの…なんて綾子がひっそりと考えていたなんて、誰も知らない。

綾子もまた瑞希の壁を感じていた一人だから、彼女の狭い世界にいた式神の態度が軟化しているのは良い兆しのような気がして。

本当の意味でこの調査も彼女の壁もまだ解決はしてないのだけれど。綾子は、眠っている瑞希と彼女に寄り添って座っている式神の姿に、なんだか嬉しくなった。

だって、緊張の糸がここへ来て切れたってことは――…それだけ、瑞希が自分達に気を許し始めたって事でしょ?これほど嬉しいことはないと思う。

人見知りの激しい猫が懐いてくれたくらい、嬉しい。


「…そやけど。犯人がこれでやめるでしょうか」

「だな。肝心の犯人もわかんねえし」

「言っとくけど笠井さんじゃないからね!」

「わーったって」


綾子が瑞希とジェットから、ぼーさんに抗議をしている麻衣に意識を映した――その時、





ドスンッと音がして。

ナルの身体が床に倒れたのだった――…。


「ナル!?」


悲鳴を上げたのは、いったい誰だったのか。

冷たい床に転がってぴくりともしないナルに駆け寄らなきゃいけないのに、今見ている光景を処理できなくて綾子と麻衣は茫然とただ突っ立っていた。真砂子は、口に手を当てて悲鳴を抑えてる。


「動かさないで下さい。救急車を」


唯一、ナルの容体を確認していたリンの言葉にジョンが我に返って、ベースを出て行った。きっと職員室で電話を借りるために。

あたしのせいだと怯える麻衣の横で、ぼーさんがお前のせいじゃねーと慰めていて。瑞希は寝たままだった。

瑞希の横に座っていた黒狼は、珍しく目を丸くさせてナルを凝視していた――…それはまるでナルを心配してるようだった。

喋らなくなった所長の姿に、瑞希を除く全員の顔から血の気が引いて、まさかの事態にこれからどうすればいいのかと麻衣は途方にくれた。彼の不在は想像できなくて。途端不安になる。

ほどなくして救急車によってナルが病院に連れて行かれ、神妙な表情を浮かべる一面を見渡し、ぼーさんだけがしっかりと次にすべき事を指示してくれた。

犯人が野放し状態では何が起こるか分からないため、ベースはこのままにして。

麻衣と綾子と真砂子の女メンバーは、家に帰され、残ったリンさんを除いた男メンバーはベースにて不寝番。リンさんはナルに付き添いで、ヒトガタについては黒狼に、任せて――今日はそれでお開きとなった。

居残る男メンバーに見送られ、瑞希はヒトガタを持った式神によって家に送還された。

こんな騒ぎになったのに――…まったく起きなかった瑞希先輩は、ある意味凄いなんて、麻衣が失礼な感想を心の中で零していたのは、本人しか知らない事だった。



 □■□■□■□



「……」

『……』

「………」

『どういう状況よ』


起きたら自分の家だったとか、置いて行かれた感を通り越して、寂しさよりも先に笑ったわッ!


「式神に訊いてないのか?」

『訊いたわよ!』


寝ぼけ眼な私に、ジェットは朝から私がベースで眠りこけた後に起こった詳細を話してくれて。

ナルがいきなり倒れたと訊き、いてもたってもいられなかった。当然、頭を過ぎった疑問は――…彼の正体を考えれば、すぐに解決したわけで。

マンホールに落ちる際に力を使ったのは、もう仕方が無かったと諦めて。

力を使ったのならば、使ったとリンさんにでも言えばよかったのに、言わずに溜め込むナルに謎の苛立ちが腹の底で湧き上がった。


――ナルの事は任せてとジーンに言い切った私の立場はどーなるのよ!

ジェットに教えて貰ってすぐに、ジーンに謝った。平謝りよ、土下座の勢いだったわ。

ジーンは、ナルが勝手にした事だから気にしなくていいと言ってくれたけれど、豪語しただけに、ジーンの寛大さに居た堪れなくなった私の気持ちを察して欲しい。他でもないナルに。


『体調が悪くなってたならすぐに言ってくれれば、よかったじゃない』

「…倒れるまでとは思わなかった」

『心配した』


ナルの返しに半眼になる。嘘つけ。超能力を使えると私は知っているのよ。

使った代償として体に疲労が溜まって倒れたのだろうに、まあ隠している身なんだから正直に言えないのだとしても……分かってはいるが、誤魔化されるのはこんなに胸が痛む事だったらしい。初めて知った。

私には、正体まで話さなくとも、PKを使ったって言えばいいだけなのに、黙るナルにモヤモヤ。

強すぎる能力は、ナルの身体に悪いようだ。


「打ち所が悪かったんだ」

『…今はそーゆー事にしといてあげるわ』


本音がぽろりと口から出そうだった。

時間差で倒れてしまったから自分ではどうにも出来なかったんだと弁明し始めたナルに、頷いてやった。

私としても秘密を抱えたままなわけだし、ナルだけに打ち明けろというのは可笑しな話よね。誰に言うでもなくひっそりと独りごちて頷く。

ナルが奇怪なものを見る眼で私を見遣ったのが、視界に映ったけれど、今は突っ込まないことにする。自分に言い聞かせてはいるが納得はしてないのよ。


――どうしてこんなにイライラするのかしら?そう思考して気付いた。

信頼関係が築けていると思っていたのは私だけだったのかと思い知らされて。人嫌いだと言っておきながら、ナルに期待している自分に気付き愕然とした。


『我慢強いとやせ我慢は、同じ意味じゃないからね』


自嘲が零れそうになるのを頬の筋肉を使って堪えて、ナルに不信に思われないようにする。ついでに、話を振って誤魔化した。


「僕のはやせ我慢だと言いたいのか」

『解ってるじゃない。そうよ、これを機に抱え込む癖も止めたらいいのよ』

「……」


何もかも見透かしたような瑞希の眼差しに、ナルは沈黙を返した。

彼女が自分を想って言ってくれているのは理解しているからこそ、黙るほかなくて。何も言い返せなかった。


『周りを少しは頼ったら?』

「……それは瑞希にも言えることだな」


今度は瑞希が押し黙る番。

事情を知らない人が、ベッドに腰掛けて冷やかな眼差しを送るナルと、備え付けの椅子から冷気を帯びた光線を送る瑞希を見たら、二人は仲が悪いのかと思ったことだろう。

二人は冷戦を繰り広げているように見えて、二人は互いに心配していたのである。

不器用が故に突き放した言葉を選んでいるだけで。別に口喧嘩をしているわけじゃない。もちろんそんなこと当事者の二人は理解していた。


「徹夜明けで体を酷使したから、気絶するように眠ったんだろう。それに瑞希、君が何を隠したがっているのか知らないが…、」


――そう言えば、瑞希は陰陽師なのか?

彼女が、とてつもない秘密を抱えて生きているのを薄々気付いていたナルは、ふと彼女の姿をした式を思い出す。

秘密を抱えている同士、気付けることもある。


「少しは周りを信じて見たらどうだ。僕とか……少なくともリンには」

『リンさんは…、………あぁもうっ!とにかく!ナルは抱え込む癖があるんだから、年下なら年下らしく周りを頼りなさい!』


忘れがちだが、瑞希はナルより一つ年上である。


「やせ我慢をしているのは瑞希の方だ」

『いいや、ナルの方ですぅ!』

「瑞希の方だ」

『ナルの方よ!』


仕様もない言葉の応酬を繰り広げる二人の頭を一旦冷静にさせたのは、



「――どっちもどっちですよ」


個室から外に繋がる扉から入室したリンの冷やかな御言葉だった。

心なしか、いつもより冷たさを瞳に宿っているような気がしてならない。ナルも瑞希も仲良く口を閉じて、二人してそっとリンから視線を逸らしたのだった。





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