4-2 [17/28]
肩を落とす滝川さんとジョンのペアと、綾子さんと真砂子のペアを見送って。
私、リンさん、ナル、麻衣の四人がやって来たのは、二階にある教室――2−Bだった。前回は産砂先生の乱入により確認できなかった教室である。
「ち、ちょっとナルなにする気!?授業中だよ今!やばいって……」
『麻衣、大丈夫だから』
「あ、あり?」
ズカズカと一人先を歩いたナルが躊躇いもなく扉を開けたのを見て、麻衣が制止の声を上げた。
だが、今の時間は大丈夫なのである。
「あ。そーか。移動教室かな」
と、呟く麻衣の横をすり抜けて、教室に入る。
『体育の授業で着替えの途中だった、とかだったら面白いのにねー。主にナルが』
忘れがちだがこの学校が女子高だから。
あ…私達の学校と違って更衣室で着替えるのかも――…とか考えてたら、リンさんがくすりと笑った。
「それは面白いですね」
瑞希とリンの呟きを間近で聞いてしまった麻衣がブハッと吹き出そうとした瞬間、
「――何か、言ったか?」
閻魔大王もびっくりなおどろおどろしい形相のナルが振り返った為、飲み込もうとした空気が気管支に入って咽てしまった。
しれっといいえと首を振ってとぼけた瑞希先輩とリンさんに恨めしい視線を送るのを忘れずに。
「っ、けほっけほッ――ってナル!?何してんのっ」
『一応、女子生徒の机なんだけど…躊躇いないわね』
「…あった」
ナルの手によって出された、中に入っていた教科書たちが散らばっている。
うわ〜っと思わず呟いた麻衣の眼が、人の形をした板を捉えた。ソレはナルの手の中に収まっている。
「――ヒトガタ!?」
「…よく出来ています。間違いなく厭魅ですね」
ナルの手からリンさんの手に渡る。
麻衣は、こんなもの一つで人を不幸にするのかと、木の板を見つめた。
「ただこれは特定の個人ではなく、この席の所有者を呪うためのもののようです」
『ホントですね。――ナル、“此れを占有したる者”と書かれてある』
「だろうな」
さも知っていたと言わんばかりのその言葉に、麻衣と瑞希の視線が集まる。
「この席は特定の人物ではなく、ここに座った人間を事故に遭わせる。それで呪われてるのは人ではなく机だろうと思ったんだ」
『流石…』
「この分だと陸上部の部室も特定の個人ではなく、部全体を狙ったものだと考えられるな」
リンさんからヒトガタを受け取って、私はまじまじと見つめた。
リンさんが言っていた通り、素人にしては良く出来ている。筆跡を見ると…この字はとてもじゃないが私達の世代が書ける字じゃなかった。立派すぎるのだ。
もしかしたら笠井さんの字が達筆なもかもしれないけれど、彼女の字を見ない事には何とも言えない。丸を帯びている字なら笠井さんが犯人の線が濃厚になるが、これは達筆だった。
冷静に考察する私が自分でも知らずの内に、ほっと小さく息を吐いた時、ナルに名前を呼ばれて、思考から浮上する。
「昨日、この教室と陸上部の部室をやたら気にしていただろう?ここで厭魅が行われていたと気付いてたな」
気付かれたか――…麻衣が目を見開くのを視界の端で捉えつつ、渋々『まぁ』と肯定した。
「気になることがあったら、ちゃんと言えと言っただろう」
『外れて欲しかったから…証拠が出て来るまで言うつもりはなかったの』
「……そうか。確認できなかったと言っていたが…」
『あぁそれは…人が来たから、中断せざるを得なかったのよねー』
悪気があって黙ってたんじゃないわよと言葉を重ねれば、溜息が返って来た。怒ってはないみたいだが、呆れてはいるらしい。ゴメンと心の中で呟く。
リンさんにヒトガタを返して、さっと教科書を元に戻し、次行くわよ!と、全員を教室の外へ押した。
麻衣がいるから、実は産砂先生を怪しいと思ってる――とは言えなくて。言葉を濁したのだった。言ったら最後、きっと麻衣は笠井さんを庇いたいが故に暴走する。
そう思考していた瑞希は、ナルが今何を考えているのか知らなかった。
何故、彼女が偽名を使ったのか、ずっと疑問だった。
その疑問も、瑞希が呪法に気付いていたのなら納得がいくわけで。同時に、あの場で偽名を使ったという事は、本名を知られたくない人間がいたという事に繋がる。
瑞希の行動で、笠井千秋が犯人だとい線がより濃厚になった。
だからなのだろうか?麻衣が笠井さんを気にしているから、彼女が怪しいと言わなかったのか。
それとも……落ち込む笠井さんをしきりに気にしていた瑞希の姿を思い浮かべて、瑞希も笠井さんが犯人だと思いたくなくて、態と言わなかったのか。
偽名を使って、犯人をあぶりだそうとした瑞希の行動は褒められた事じゃない。
黙っていた腹いせに、瑞希の事をやたらと気にかけている節があるリンの前で言ってみようかと思ったが――…自分も隠したいアレがあったと大人しく瑞希に従ったのだった。リンは怒ると怖いのだ。
本人の預かり知らぬ所で命拾いをしていた。
□■□■□■□
「…コンクリートか」
《なンで、いるんすぴかッ!》
《あぁ?》
ナルの独り言とテイルの叫びが重なって、耳を劈いた。
部室へやって来たら、ちょうどそこにいたジェットと遭遇した。嫌な気配がするとかで、入ろうかどうか考えていたとこだったらしい。
――相変わらず…二人は仲が悪い。
「普通は床下の地中だな?」
《ぼく一人でじゅうぶんなんス!狼はかーえーれー》
《おめーが帰れ。役立たずのドチビが》
ナルの右肩から毛並みを立てて威嚇するテイルと、
《ぼくはこれから伸びるンすー。既に伸びきった狼とは違ってカッコ良く成長できるんスぴっ!だーかーらー、狼は直ちにかえれっ》
《チッ。うぜェ》
舌打ちするジェットの喧噪に、ナルの問いが聴こえなかった。
二人は事あるごとにケンカするから頂けない。式神同士、もうちょっと仲良くしてほしいものである。
「そうです。天井裏のこともありますが……」
「天井から見てみるか」
『あー…ナル』
「なんだ?」
『あの辺から、瘴気を感じる』
室内の隅に近寄りたくない、産砂先生が纏っていた空気と似たようなものが漂っている。
先輩の指を辿って、隅っこでしゃがみ込んでみれば、床に亀裂が入っていて動くのに気付いて。麻衣は、「あっ、動く…」と、先輩を振り返る。
「ありました!」
「よくやった。麻衣、瑞希」
コンクリートの下から出て来たのは、予想と同じく人の形をした板。
ナルは麻衣の手から受け取り、文字を読んだ。
「やはり厭魅のに間違いないな。呪われた席と陸上部――…その延長線上に犯人はいるはずだ」
『犯人…か』
「瑞希先輩?…笠井さんを疑って…るんですか?先輩だって人と違う力を持ってるから、笠井さんの気持ちが分かるんじゃないんですかっそれなのにっ、」
《ぴ!》
《あァん?このガキ》
大切な主を責める声に、テイルとジェットはぴたりと口喧嘩を止めた。二人揃って、ぐりんと声がした方向を見遣る。
麻衣は、両手を握りしめて、ぷるぷると震えている。きっと怒りからなのだろう。
『仕事に私情は禁物だわ。真実を見る眼を濁らせてしまう』
「っ、でも」
『ジェット!』
顔を上げた麻衣の横に、眉間の皺を増やしたジェットが見えたので、後輩の声を遮った。途端びくつく彼女の姿に目線を戻す。
『とは言ってもね、私は笠井さんを犯人だと思ってないわ』
「…ぇ、え?」
「……」
てっきり瑞希も、皆みたいに笠井さんを犯人だと決めつけていると思っていた麻衣とナルは、真意を見極めようと彼女を見つめた。
ナルから鋭い視線を寄越されて、瑞希は苦笑した。所長を一瞥して、麻衣には分からず彼だけに分かるだろう言葉を選らぶ。
『仮に笠井さんが呪っていたのだとしたら、纏っている空気も瞳も綺麗すぎるのよね』
《笠井とは誰だ》
《…えー知らないっスぴー。ま、知ってても教えないすぴけどね》
《アーうぜェ。てーかやっぱり役に立たってねェじゃねーか》
《なんですと!?》
またも始まった喧嘩に、思わずうるさいと一喝してしまった。
はッと麻衣達に目を向けたら、全員びくっりした顔をしていたが、嫌悪な色は見受けられず。あ、そっか式神の存在知られてたんだっけと内心頷いた。視えない式神がいる環境に、慣れたらしい。
ナルなんて「今日は式神連れか」とか冷静に呟いているし心配して損だった。
『それに筆跡がね…』
「ヒッセキ??」
『んー…麻衣の周りにこんなに立派な字を書ける友達いる?』
「…………イマセン」
ナルはなるほどと呟いた。
彼女が笠井さんを白だと判断した上で偽名を使った、次に達筆な字を指摘。と、言う事は…偽名を使ったあの場にいた大人はただ一人だ。
笠井さんじゃないなら、その人が怪しいと瑞希は思っているらしい。
交差した瑞希の瞳に、ナルが考えた通りだと込められていて。もう一度、なるほどなと呟いた。
しかし、瑞希がそう考察しているからといってナルもそうだとは思えなかった。
笠井さんを否定する人物の周りにこうやってヒトガタが見付かっている――それこそが笠井さんが犯人だと言っているようなものだから。
いくら助手二人が否定しても、ナルの頭の中で今回の犯人は笠井さんだと確定しつつあった。状況証拠全てが、笠井千秋が犯人だと訴えている。
けども、一つの可能性として瑞希が犯人かもしれないと思っている人の事も頭に入れた。
『ってことで、今のところ私の中では笠井さんはゼロよ』
「はー安心しました!」
ほっと安堵の息を零した麻衣に、笑って。
「次、行くか」と、言ったナルに、『りょーかい』と返した。
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