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それは――…私が最も嫌悪しているもので。

私を苦しめる悪夢の始まり、そして原点でもある。


 第四話【呪詛】





麻衣って、ふとした瞬間に的を得た発言をするから侮れない。

例によって集団で現れた滝川さん一行。

車を持ってる彼は、毎回綾子さんや、真砂子とジョンを現場に連れて来てくれているらしい。私と麻衣は電車だ。


「事態の様相がはっきりした」

「……なんだって?」


集まって早々に、ナルが口火を切って。


「この学校で起こっている怪現象が、何に由来する現象なのか分かったと言ったんだ」


慌ただしい集団の面子の中で唯一、一番早くに反応してくれた滝川さん。

なのに話が一向に進まなさそうな匂いを感じ取った所長様は、イライラした声音で、状況を知らない彼等を見渡した。あ、麻衣も分かってないかも。

ナルはともかく、私とリンさんはやっと事の真相に近付けてほっとしている。これから何をしたらいいのかもう分かってるから、すっきりと。



「これは呪詛だ」


真砂子と言い合っていた綾子さんと、真砂子の二人は、面白いくらいにぴくりと動作を止めた。


「呪詛ぉ!?」


滝川さんが声を大きくしてナルを凝視して。

ジョンと麻衣だけがきょとーんと瞬きさせていた。呪詛が分からないらしい、当然か。


「そうだ。ここでは人を呪うための呪法が行われている。――それがすべての原因だ」

「呪…って、そんなのホントにできんの!?」

「誰かが藁人形に釘でも打ってるってのか!?」


麻衣と滝川さんが、ナルに噛み付く。

まあ非現実的だし…信じられないのも無理はない。

ナルは冷静に、「近いが違う」と否定し、綾子さんが落ち着いた声音で、「呪詛と霊となんの関係があんのよ」と、ナルに尋ねた。


《人間は陰湿なンすぴねー》

『(弱い生き物だからね)』


全員の雰囲気が真剣味を帯びて――…ベース内は、霊と対峙した時みたいにぴりッとしている。

緊張感が漂う室内に、場に似合わない子供の高い声が聴こえて。その存在を思い出した。

のんびりとしたテイルを見て、体から力が抜けて。口元が緩む。――って…、テイルいつまでナルの肩に乗ったままなの。ナル…重くないのかしら。非情に気になる。


「人形に釘を打つ呪法は、もともと陰陽道からきたものだ。麻衣のために簡単に説明するが――」

「ムカッ」

「陰陽道には人を呪う方法に“厭魅”というものがある」


ナルによるプチ抗議が始まった。


「ヒトガタや呪う相手の持ち物を使う呪法で、そもそも“藁人形に釘を打つ”というのは、この厭魅の術なんだ」


詳しく知らない滝川さん達は茫然とナルの説明を聞き入っていた。


「普通呪いの藁人形というと、ヒトガタに釘を打った人間の恨みの念が相手に伝わることで害をなすと考えられるが――」

『(日本に伝わってるのはその方法よね)』


瑞希は、うんうんと相打ちを打った。


「呪者…呪いを行う人間は、ヒトガタに釘を打つことで神や精霊に呪殺を頼むんだ」

『(そう。本来はこっち)』


依頼、という形で。

頼む相手により、それ相応の対価も必要となる。人を呪うという行為は、呪う側も死と隣り合わせ。


「それを受け入れて神や精霊が相手を呪殺に向かう。つまり呪者は厭魅の法を行うことによって神や精霊――…果ては悪霊を使役することになる」

『または妖怪ね』


あっと思った時には既に言ってしまった後で。音にしてしまったのだと、全員の視線を浴びて気付いた。

誤魔化すようにへらりと笑う。だが、突き刺さる視線の数は、変わらず、溜息が出た。ナルの視線が一番痛い。


《ぼく?》

『神や精霊ならまだセーフ。話が通じる相手なので。悪霊は基本的に理性がないため危険性が増します』

「先輩、危険性って…」

『――最悪死ぬ』


麻衣が、悲鳴を上げた。


「危険性が増すというのは、呪う側の危険が増すんだろう。仕事の精度は、当然神や精霊の方が高い」

『そう、とても危うい』

「で?妖怪のケースは僕は詳しくない」

『妖怪にもいろんな種類があるから、あー…種族については詳しくは話さないわよ?長くなるから。――妖怪とどういう取り引きをしたのかが問題になるんです』


ナルに一言断って、耳を傾けてくれている滝川さん達に、説明を続ける。

どうしてそんなに詳しいんだって言われたとしても、私にはジェットとヴァイスがいるから幾らでも言い訳出来る。

真砂子は、私といる事で、何度か妖怪と会ってるから、彼等ほど無知ではない。余裕そうに微笑んでいるのがその証拠だ。


『質の悪い妖怪は、妖怪だと言わずに取引をしたり、何かと騙したりするんですよ』

「え、それだけ?」

『それが大問題なんです!奴等は、人間を食す生き物なんですよ!』


冷たい言葉を吐く際も、ナルのように無表情が当たり前だった瑞希が、目尻を吊り上げて声を荒げた。

思いもよらなかった彼女の剣幕に、ぼーさんは頬が引き攣った。慌てて頷くと、彼女は満足したのか目尻を吊り上げたまま、説明に戻る。

いつ足元をすくわれるか分からないと言っておきながら、妖怪を手元に置いているとは。

ぼーさんの中で、瑞希に対する疑念が強まった。


『奴等は、自分の中で決めたルールというものがあります。そういう生き物と言いますか…種族によって異なるので詳しくは話しません。そのルールから外そうと企んでるわけで……全ての妖怪がそうだとは言い切れませんが』


古からの掟に従って、手順を踏まないと人間を喰べなかったり。

人の想いから産まれた妖怪なんかは、人から忘れられたら存在が消えてしまう為、特に人に伝わる方法で人を驚かせたり喰ったりしている。

身近で言うとヴァイス――雪女などは、雪山を守る為に、山を荒らそうとする人間を積極的に喰ったり。まあ、雪女は滅多に山から下りないから、呪法の依頼を受けることはまずないけど。

依頼を受けるのも、善意からではなく、喰べる機会を窺っているからだ。彼等は闇で生きている。



藁人形、つまり丑の刻参りは、呪っているところを誰にも見られずに、七日間呪い続けなければならない。

時代によって呪う際の格好や、形代は変わる。現代は…呪いたい相手の髪が必要だったり、といろいろ人――術者によってやり方が違う。


『とにかく、人間の隙をいつも狙ってる』


抑揚のない声音で、半ば脅すようにそう告げた。

真昼間なのに、夜中に幽霊と鉢合わせしたみたいな錯覚に陥って――…麻衣はぶるりと震えた。心なしか、寒い。


『呪う為に妖怪を酷使したり、怒らせたり、呪う順序の上で間違えたりしても喰われます』


言葉を重ねる度に麻衣の顔が青褪めて。

滝川さんと綾子さんの頬が引き攣っていた。日本の妖怪に馴染みがないジョンは真剣に訊いてくれている。


『中には気まぐれを起こして依頼の最中に、依頼主を喰ったりする妖怪もいます。ね?質が悪いでしょ?』

「嬢ちゃん…それ笑って言う科白じゃねーから」

『あっすみません。力が入り過ぎちゃいました』


身近な存在の話題に。

それから、忌々しい呪法の話題に、途中から我を忘れていた。

ナルが、私の失態に、今、この学校で起こっているのは、間違いなく厭魅だと話題を軌道修正してくれた。皆の意識が私からナルへと移る。


「誰かがこの学校の関係者に対し厭魅の法を行い、呪われた相手のもとに悪霊が訪れる」

『悪霊の場合なら、一晩で相手を殺す力を持ってないから、』

「苦しめながら徐々に死に導く。そのせいで学校中に変な事が起こっているという噂が立ち――…、」

「神経質なお人やったら影響を受けてしまいますね。自分にもなんぞあるんやないかって」


打ち合わせしてないのに息の合った掛け合いに、微笑みながらジョンがナルの言葉尻を拾った。

若干、空気になりつつあったリンが、言葉なくとも通じ合っているように見える二人に、やきもきしていたなんて誰も知らない。

助手の恨めしい視線に気付かず、ナルはジョンに頷いた。


「極端な例が、あの狐憑きの女の子だ。かくて学校をあげての大騒動になってしまったというわけだな」

「…にしたって誰がそんな」


事態を呑み込めば、次に気になるのはここまで学校を荒らした犯人の事で。滝川さんの疑問に、


「そんなもの決まってますわ。笠井さんでしょ」

「!ちょ…、」


真砂子が一刀両断した。

笠井さんと仲良くなった麻衣は、言い切った真砂子に抗議しようと口を開いたけれど。

違う方向から、「そーねぇ」と、綾子が真砂子に同意したので、余計に麻衣は焦った。このままでは笠井さんが犯人にされてしまう。

あんなに心に傷を負って、友達さえ信じられず。同世代の人と喋るの久しぶりだと嬉しそうに笑った彼女が脳裏に浮かんで。

口を揃えて超能力を持つ笠井千秋の仕業だと言い合う霊能者達に、酷いと思った。ぼーさんでさえ綾子に頷いている。


「自分の超能力を否定された上に吊し上げでしょ。おまけに庇ってくれた先生も酷いめに遭って」

『う〜ん…、(私は違う…と思うんだけど……)』

「その上、“呪い殺してやる”って言ったわけじゃない?言葉通り呪詛をやってたわけだ」

「かっ笠井さんなわけないじゃん!」

「なーんでよ。他に誰がいる?」


皆を納得させられる理由が見付からなくて、麻衣は言葉に詰まった。

目に見えて落ち込んでるのに、わざわざ追い打ちをかける真似をしたのは、やっぱりこの男で。


「そ、そんなの分かんないけど……」

「一番怪しいのは笠井さんだ」


助けてくれそうな人はジョンと先輩だ。

ジョンはああ見えて情に流されないで、真相を見極めようとする人だから、頼んでも味方にはなってくれなさそう。それなら――…と、


「被害者の一人…吉野先生は朝礼で彼女を吊し上げた張本人だからな」


縋るように先輩を見つめたのに。

付け加えられた情報に、『えっ、そうなの!?』と、驚愕して。そちらで頭がいっぱいらしく麻衣に一瞥すらくれなかった。哀しい。


「…でも違うもん」

「絶対と言えるか?放っておいたら死人が出るかもしれないんだぞ?」

「…笠井さんじゃないよ」


あんな悲しそうにしていたのに、人を憎むなんてしないと思うの。

立て続けに起こる事故も、霊に悩まされてる先生方とかを見て、自分がスプーン曲げをするまではそういった類の噂なんてなかったからって――笠井さんは、自分のせいだって言ったんだ。

そんな人が呪い殺そうなんて思わない、思うはずがないよ。

悲しそうにしていたのは嘘には思えないもん。

絶対かとナルに問われ、変な確信があった麻衣は、「絶対」だと断言した。この場にいる全員が疑っても自分は、笠井さんを信じる。彼女の身の潔白を晴らして見せる!


「なーに言ってんのよ」

「…断言できるか?」

「できるよ」

「また麻衣の勘か?」

「そうだよ!」


ここで退いたら、笠井さんが事件の犯人にされてしまう。

なにがあっても退いてなるものかと見定めするようなナルの冷たい瞳を、麻衣はじっと見つめた。絶対に、逸らさない。笠井さんは犯人じゃないもん!

じ〜っと見つめ合って、たっぷり間が空いて。


「…いいだろう。信じてみよう」

「ほんと!?」


溜息と共に頷いてくれたので、麻衣の顔がパアァーっと輝いた。

あのナルに勝った瞬間だった。いやー粘ってみるもんである。ナルに負けない頑固者なのだと――…本人である麻衣だけが自覚してなかった。


「死人が出ても存じ上げませんことよ?」

「わかっている。呪詛を放っておけない。僕等は犯人を捜す。皆にはヒトガタを捜してもらいたい」

『そう。それ!』


私が一番気になってたのはそれよ!

見付けようとしたのに、ことごとく邪魔が入って、結局今日この時まで見付けられなかった。

外れて欲しいと思っていたから、呪法が行われたと断言できなくて。ナルのように皆に言えなかった。怪しいと思っていながら。

証拠が見付かったら、ナルに報告するつもりだったんだ。ナルがそうだと判断したら、更に産砂先生が怪しいと言うつもりで。

私は、笠井さんよりも産砂先生の方が怪しいと思う。それなのに麻衣が責められてるのに言えなかったのは、彼女が呪い殺すと言った事実があるから。百パーセント白だとは言い切れない。


――でもね…。笠井さん嘘をついているようには見えなかったのよね。

笠井さんが完璧に白だと皆にはっきりと断言をするなら、真犯人を見付けるしかない。で、産砂先生が犯人だと言い切る為には証拠がいるわけなのよ。


いきなり喰い付いた私と、ヒトガタを捜せと言ったナルに、滝川さんが小首を傾げた。


「厭魅を破る方法は二つ。呪詛を呪者に返すか、使ったヒトガタを焼き捨てるか……」

『(被害者の数を考えると……呪者に返せば、ただでは済まないでしょうね)』

「ヒトガタは相手にとって身近な場所に埋めるんだ。犯人が学校の関係者なら、この学校のどこかにある可能性が高い」


その中でも可能性が高いのは、二階にあるあの教室と陸上部の部室。


「おいおいおいっ。どんだけの広さがあると思ってんのよ。ぜんぶ掘り返せって!?」

「少なくとも犯人が僕と瑞希のヒトガタを埋めたのはこの二、三日のはずだ。まだ埋めた後がわかるだろう」


この学校…敷地が広いから。滝川さんがうんざりする気持ちも分かる。

特に滝川さんは、除霊が出来るから、今回の調査に入ってからずっとナルに扱き使われているのだ。


「そーでなくて!」

「やりたくなければ帰るか?」


冷気が込められた声音に、


「……やります」


ひっそりと涙を流す滝川さんから、私と麻衣は憐みの視線を送ったのだった。






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