3-7 [15/28]



何処から聞かれていたのか悶々としている瑞希と麻衣を余所に、


「…ずいぶん親しくなったんだな」


てっきり瑞希がこの学校の怪奇現象を解決する何かしらの手掛かりに気付いたのかと思って、尋ねたのに。だんまりを貫く瑞希に違ったかと落胆した。

彼女達はまったく違う話に花を咲かせていたようだ。

それもそうか。麻衣がいるんだから、あのメンバーで原因追究についての話題なんてしないか。と、ナルは本人達が訊いたら心外だと怒りそうな事をつらつらと脳内で繰り広げていた。


「まあね。人徳よ」

「そう」


ふふんと胸を張る麻衣に、短く返答。


「眼、赤い。寝てないの?」

「ああ。朝まであいつと睨み合ってた」

「……昨日の奴?」

「そう。麻衣の勘は当たったな。ゆうべ、僕の部屋に出た」


――ナルのところにも出たってことは…。


『(私とリンさんが視た霊とは別の霊か)』


私が知りたかった答えは、麻衣によって解決された。

寝不足なら熱いコーヒーにしよう。いつも紅茶を好んでるナルも、今日はコーヒーの方がいいだろう。私も飲みたい。リンさんは紅茶でいいかな。

麻衣とナルの会話に耳を傾けながら、私は二人に飲み物の用意をする。

ナルは心なしかぐったりとしているようにも見えた。


「私をお呼びくだされば、よかったのに」

「ああ……そうは思ったんだけど。視線を逸らしたら拙い気がして。それで朝まで睨み合ってた」


おおう。後ろでリンさんの詰問が始まった。


「壁を叩けば聞こえました。どうして呼ばないんです」

「うん。まあ、……何が起こるかなと……ちょっとした好奇心で。せっかく眠っているのを、起こすのも悪いじゃないか」


いかなる時でも表情に変化がなく冷静に対処するあのナルがたじたじになっている。

とばっちりに遭いたくはないが、珍しいもの見たさで、そろりとナルを視界にいれた。


「ナル。何かあったらどうするつもりだったんです」

「いや、もちろん拙い状況になったら呼んだが。べつに何でもなかったし……それに何かに警戒したように一定の距離を保ったままで近寄ってはこなかったんだ」


私と同じ気持ちなのか、麻衣がナルから距離を取って遠目に眺めていて。

ばっちりと視界に飛び込んだリンさんの顔は、険しかった。

あの顔は見た事がある。ミニーの事件で、体調が悪かったのに危険を顧みず霊の集団に飛び込んだ時に見た。


――あの時の記憶は昨日のように思い出せるわ。

ジェットとリンさんの説教は、耳に痛くて、誤魔化しも聞かない相手が故に地獄だったもの。

あ、因みにジェットは散歩してくるとか言って、ふらりと何処かへ行ったから今はこの場にはいない。乙女の会話に耐えられなかったんだと思う。今頃、校舎内を彷徨ってるだろう。




「瑞希、何かしただろう」


傍観に徹していた私にまさかのナルからの確信めいた問いが投げられて、反応に遅れた。

私よりも、麻衣が「ぇ」っと声を上げて反応していて。


《そうなンす!ぼくが頑張って威嚇してたのに、この人間ずっと起きてたんスぴよ!ぼくがいたのに!》

「昨日、リンと瑞希の前にも霊が出たと言っていただろう。朝、リンに変わった様子はなかったから、昨夜瑞希のところにも出たんじゃないのか」


訊いている癖に、そう断言したナルの前で、リンさんの顔がはッと表情を変えた。

ナルって、本当頭の回転が速いわ。そこまで確信してるなんて脱帽です。朝のリンさんの様子も、注意深く見てたんだろうなー。

ナルの肩の上に乗ってる新しく式神となった――テイルの姿は今は見えなかったことにする。きっと体に疲労を感じているに違いない。ゴメン、それテイルのせいであって、霊のせいじゃないからね。


「僕に式神を?」

『流石ナル。鋭いね』

「どっちだ」

『どちらも正解。ナルが心配だったから式神をつけた。で、私のところにも出た……』


――今もいるけど、彼等には視えまい。

念糸で繋がったままの女の幽霊は、ペットよろしく私の背後でずっと唸ってる。今度はテイルが私から…否、私の後ろからそっと視線を逸らした。

因みに、麻衣とリンさんが霊を視えたのは、襲う瞬間の霊の怨念が強く出たからだろうと思う。現に、今ここにいる人達は私の背後で拘束されている悪霊を認識できていない。


「そうかやはりな。瑞希も寝てないんだろう。隈が出来てる」

『えっホント?一応、朝鏡を見て慌てて化粧で誤魔化したんだけど…、』


リンさん目聡いからと化粧で隈を隠して来たのに、リンさんではなくナルに指摘されるとは。普通に焦る。


「ふっその様子じゃあ僕と同じで、一晩中睨み合ったのか。僕が言うのもなんだが、危なかったな」


ポケットから手鏡を出して確認してる瑞希に、ナルは口角を上げた。

彼女とは価値観が似ているらしく、共感が持てる。自分と同じく睨み合ったと訊いて、笑いが込み上げたのだ。理解者が出来た嬉しさかもしれない。

ナルの考えている内容を知らない瑞希は、目尻を吊り上げて、ぷんぷんし始めたではないか。…いきなりなんだ。


『まあね。って言うかね、せっかくナルを守ってもらうように式神に頼んだのに、何徹夜してんのよ!人の親切を無駄にして』

「僕は知らなかったから。――お蔭で助かった」


案にお礼を告げているらしい。

そう言われてしまえば、もう責めることは出来なくて。放とうとした言葉たちを胃の中へと引っ込めたのだった。


『そう言ってくれると私としても一人で頑張ったかいがあったと思えるわ』


――確認したいことも出来たしね。徹夜して霊との攻防戦もあったが、今は気分が良い。

私は、しみじみと誰に言うでもなく呟いた。

「一人で?」と訊いて来たナルに、気分よく『そう』と返すと、


「どういうことです。ナルに式神を一人つけたとしても、貴方にはもう一人残るはず」

『あぁだって家には帰らなかったから――…』

《狼のやろーが良く許したッスね。うるさそーなのに》


ナルとはまた違う低い声音に疑問を持たずに、ナルだと思って肯定して返事をしていたら、


「帰らなかった?」

「瑞希やるな。僕より無茶をする」


数分前の険しかったリンへと逆戻りした。

その変化に気付いたのは、野生さながらの鋭敏な危険察知能力を発揮した麻衣だけ。


「ナル、貴方は少し黙っていて下さい。瑞希さんも、ナルも。少しは人を頼りなさい。貴方達は一人でなんとかしようと人を頼らない節があります」

「………」

「しかも瑞希さん貴方は女性なんですよ?無茶をするにも限度というものがあります」


リンさんにきつく言われ、素直に黙ったナルを見て、麻衣は心の中で絶叫した。


「二人とも何かあったらどうするつもりだったんですか」

「何かあったらって…、」

『どうするもなにも…』

「そもそも死んだら何も出来ない」


反省しているように見えて実は反省してないナルと瑞希。

二人で顔を見合わせて、互いの言葉を拾って、思ったことをぽろりと吐露した。


「揚げ足を取らないで下さい。私が言いたいのは、そういうことではありません」


それを耳にして更に険しい形相になったリンを目撃してしまって、麻衣は冷や汗が止まらなかった。

何が凄いって、絶対零度の眼差しにケロッとしているナルと瑞希先輩の鋼の心が凄い。ある意味、二人を尊敬する。


「……すまなかった」

『次から気を付けます』


と、感嘆していたけれど。

口達者なナルと瑞希も、リンさんの剣幕に怯んだようで。

義務的な謝罪だったが、威圧感のある空気が払拭され、ようやく息を吐き出せた――…麻衣の苦労は、きっと三人とも知らない。結構あせくせしてたんだけどね。だってリンさんの怒りが爆発しそうな空気だったんだもん。




「ねぇ、ナル?」

「ん?」


リンさんを極力視界に入れないようにして。麻衣は恐る恐る口火を切った。


「つかぬことを訊くけど、ナルってリンさんと一緒のとこに住んでるの?」

「……そんなものかな。それが?」

「あ、そーだ。笠井さんが、何か手伝うことあったら言ってって」


私もリンさんを極力見ないようにして、二人に紅茶とコーヒーを差し出した。


「彼女が?」

「うん。産砂先生も」

「素人に手伝ってもらって、なんとかなる状況ならな……」

『そうね…それなら私達は最初から呼ばれてない』


笠井さんはともかく、産砂先生がこの学校を改善しようと思ってないんじゃないかしら。

その気があったら、私達が来る前に何かしら行動できてるはずだし。彼女がしたのは笠井さんを生物部の部室に閉じ込める事くらいだ。

それに産砂先生は、どちらかと言うと、黒に近いグレー。私の中ではだけど。決定的な証拠がまだ見つかってない…どうしよう。いつ報告しようかな。


「素人じゃないんじゃない?笠井さん、すごくいろんなことに詳しかったよ。産砂先生からの受け売りだって言ってたから、先生はもっと詳しいわけだ」

「……ふぅん」

「――ねぇ。まさか笠井さんがほんとに呪いをかけてるなんて……」

《呪い??》


ベースで一人で留守番する事が多かった後輩は、何度か笠井さんと高橋さんの二人とじっくり話をする機会があったようだ。

高橋さんをタカとあだ名で呼んでるし、笠井さんとは私が家へ一旦帰ってる間に、超能力について詳しい話をしたらしい。初耳だった。


「ないだろうな。いくらPKでもこんなに大人数はどうかしたりはできないだろう。ましてや被害者のところには霊が現われているわけだから」

『それに笠井さんは、ちゃんとした修行をしてないわけだし…せいぜい出来て物を動かすくらいかしら?』

「あぁ。落下物で怪我をしたとかなら話は判るが、霊が出てるからな。笠井さんには悪いが彼女の力は害はないだろう」


ナルと瑞希の否定の言葉に納得がいかず、


「呪いの藁人形…とか。最近、おまじないとか多いじゃない。悪趣味なものだってあったりするよね?本とかも豊富だし、通販で売ってたりしないのかな」


麻衣は、でも…とか、だけど…とか、もしたらばを並べた。


「優秀な超能力者は優秀な呪術者になれるという話だが……、しかし、いくら何でもそれはないだろう。通販の藁人形に効果があるとは思えない」

『うん。笠井さんは開花したばかりだからねー本気で呪うなんてのはちょっと無理ね』

「……呪術の能力者が作らなくては意味がない」


修行してない笠井さんはね…。と、その道に詳しい発言をした瑞希に、ナルは一瞬視線を鋭くした。

それは、自分は修行したとも取れる発言。

そう言えば…典子さんから受けた依頼で、後輩である麻衣が居間に飛び込んだ時――…瑞希は、妙な動きをしていた。その時も疑問に思ったのを思い出す。スプーン曲げも難なくしていたな。

これまでも、瑞希には隠しているものがあるのではないかと疑問を感じることが度々あった。

霊視能力と式神を隠し持っていた、秘密はそれだけなのだと、その度に疑問は消していたが。やはり、瑞希にはまだ隠している事があるらしい。人間嫌いになった決定的な何か。


「だよねえ。お手軽すぎるもんね。第一、呪いの藁人形って言ったら、人形に釘を打った場所が痛くなったりするだもんね」

「そうだ。藁人形のせいで、霊が出現したなんてことは……」


途中で言葉を止めたナルを一瞥して、彼も私と同じ答えを弾き出したのだと悟る。


「リン……」

「その可能性はあります」

《ん?ンンン??》

「なぜ今まで気付かなかったんだ?」


事実を知って愕然と、いくつかヒントがあったのにも関わらず気付けなかった悔しさで。

プライドの高いナルとこの中で一番ソレに詳しいだろう道士のリンさんは、いろんな意味で苦虫を噛んだような表情を浮かべた。






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