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ぽつり、


「――夏休みにテレビの深夜番組を見てたの。そこでスプーン曲げをやってて……」


ぽつりと説明をしてくれる笠井さん。


「それでなんとなくマネしているうちに曲げられるようになったんだ」


と、それを優しく見守ってる……ように見える産砂先生。

麻衣とナルの意識は、椅子に座ってる笠井さんに集中していて。私はバレないように、産砂先生を注視していた。

笠井さんは喋りながら、ナルが真っ二つにしたスプーンをくっつけて、それを見てた麻衣の驚いた息遣いが鼓膜を震わした。


「何回かやってるうちにどんどん深く曲がるようになったの。あんたみたいに折ったりはできないけど」

「ゲラリーニ現象だね」

「へ?」


笠井さんに頷くナルの横で麻衣が素っ頓狂な声を上げる。

調査先ではお決まりになるつつパターンに、苦笑して。可愛い後輩に教えてあげたかったけど私も“ゲラリーニ現象”について知識はなかった。


「…昔、ユリ=ゲラーという超能力者の放送を見たり訊いたりした人が超能力に目覚める現象がおきたの」

『ぇ、』

「そういう人をゲラリーニと呼んだのよ」


どうやら笠井さんも知らなかったらしいのだけれど。何故、そんな知識を生物部の顧問らしい産砂先生が知っているの?

ナルの代わりに知らなかった笠井さんや私と麻衣に親切に教えてくれた先生に、疑心の念を抱いた。裏のない言葉には思えなかった。


「…お詳しいですね」


――私が人間嫌いだから?

ナルは、素人なら知らないだろう知識を披露した先生に対して感嘆していたけど。人を信じられない私だから、素直に凄いと思えないのかな?

僅かに目を見開かせたナルに向かって、謙遜するわけでもなくただ微笑んだ産砂先生のその笑みは、綺麗なはずなのに背筋がぞくりとした。


「笠井さん。今でも曲げられますか?」

「できるよ!」


所長の問いを挑発と受け取った笠井さんは、カッと目尻を上げてスプーンを我々に見せた。

これまでの彼女の態度と話を聞いて、私は笠井さんが超能力者だって疑ってないんだけどなー。恐らくナルと素直な麻衣も。

ただ我々の所長様は、確証が欲してるだけで、疑ってない。そうフォローしようかと一瞬考えたけどそれをしなかったのは、憤慨してくれた方が彼女も力を出しやすいかなと思ったから。

気力を込めてるからか、段々と険しい表情でスプーンを握る彼女をじっと見つめる。

ナルは一瞬で真っ二つにしてたけど、やはり才能が開花したばかりの彼女は時間がかかるのかな?

笠井さんはスプーンを両手で掴んで、体がどんどん俯いていく――…ん?ここからではスプーンが見えなくなった、その時。


「そんなことをしてはだめだ」


ナルの落ち着いた声が耳朶を打った。


「そんなことをしているとほんとうにゲラリーニ達の二の舞になる」

「?」

『もしかして今のは…、』

「ああ。トリックだ」


笠井さんを傷つけないように何とか言葉を発した私の言葉尻を、ナルが拾って答えをくれた。


「スプーンが体の陰に入ったところで先を椅子のふちにあてて曲げようとした」


彼女が目の前でトリックでスプーンを曲げない様に、手を掴んで止めたナルは凄いと思う。彼はそっと笠井さんから手を放した。

びくんと怯える笠井さんを、ナルの感情の見えない瞳が捉えた。

彼女より付き合いの長い私と麻衣には分かる、ナルはあれでも優しげな眼差しをしている。ナルも同じ能力者の笠井さんを傷つけたくないんだ。誤解されやすいけど意外と優しいとこあるわよね。


「ゲラリーニたちはほとんどがきわめて短い期間で超能力を失った」

「っ、」

「それをカバーしようとして、トリックに頼ったが、そのうちのいくつかが暴かれて彼等はペテン師の落胤を押されたんだ。今彼女がやろうとしたのは、彼等が使った典型的なトリックの一つだ」

「で、でも曲げた事あるのはホントだから!」

『笠井さん…』

「そういうトリックを一度でも見つかってしまうと何を言っても信用されない」

「!」

「ゲラリーニの能力が不安定なのは研究者なら誰でも知っている。出来ないときは出来ないと言って良いんだ」


同じ超能力者の男の子に、そう言ってもらえるなんて。と、笠井さんはぐっと目尻が熱くなった。

悔しくて屈辱ででも認めてもらえて信じて貰えて嬉しくて。


「それで信用しない人間は頭から信じる気がないんだから無視していい」


スプーンを真っ二つにした彼だからこその重みがある科白に、誰も口を開かなかった。

しんみりとした空気が流れる。


「………」

「私が教えたんです。他の教師たちから睨まれてどうしてもスプーンを曲げなきゃならない状況だったので……」


瑞希とナルの視線が、項垂れる笠井さんの背中に手を添えている産砂先生に移動した。

なぜそこまで詳しいのか、二人の脳裏に疑問が過ぎる。が、「……最近うまく曲げれなくて……」と、力なく自嘲する笠井さんに意識を戻した。


「恵先生に相談したら教えてくれたの。全校朝礼で先制に逆らっちゃったから余計風当たりキツくなっちゃって」

『…そのトリックは…友達や先生の前でもしたの?』


もしもそれがトリックによるものだとバレてしまったら、一度のズルでも本当の力まで信じて貰えなくなる。

自業自得だと言ってしまえばそれまで。でも、彼女は被害者だ。

いきなり超能力に目覚めて、知識もなくて、日常ががらりと変わってしまったのだ。戸惑って当然で。卑怯な手に縋ってしまうのも当然の流れ。

人に信じて貰えない辛さは痛いほど身に染みてるから、笠井さんには私のようになって欲しくない。

尋ねた私の質問に、笠井さんが首を左右に振ったので、ほっと安堵した。


『良かった』

「……恵先生だって生物部は何をやってるんだとか言われて」

『うん』

「あたし我慢できなくて、…焦ってるのに出来ない回数が増えてっ、」

『…うん』

「信じてほしくてっ」

『うん。頑張ったね』


ナルが後ろに下がってくれたので、一歩彼女に近付いて。震えてる両手を包み込んだ。

隠したかっただろう秘密を暴いたせいで、彼女の手の平は冷たい。

私と同じ学年の彼女を他人だとは思えなくて、不安を払拭させるように体温を分け与えた。うるっとしてる笠井さんは、可愛い。


「他の部員はやめちゃうし…なんでこんなめにあわなきゃなんないのかな」

「…それで例の発言を?」

『例の発言?』


珍しく事件の中心にいる疑いがある人物の味方をしている助手を一瞥して、ナルは笠井さんへと視線を促した。説明するのも面倒らしい。


「ああ“呪い殺してやる”でしょ?あんまりムカつくんでつい言っちゃった」

「…言っただけ?」

『ナル!』


ついさっきまで笠井さんを気にかけてた癖に、手のひらを返した発言に思わずナルを睨む。

カサイ・パニックは小耳に挟んでた私でも、笠井さんが全校集会の場で教師になんて啖呵を切ったのかまでは知らなかった。ナルと麻衣は知っていた模様。


「やだ。ホントに呪い殺せるわけないじゃん」


引き攣った笑みで笑い飛ばそうとした彼女に、ナルは納得してなさそうな声色で「そう」と短く返した。

冷涼な雰囲気と相俟って彼の言葉は、氷の刃のようで。

これ以上、笠井さんを追い詰めたくなくて、所長である彼を睨む行為で責めた。

ナルの冷たい空気に、周囲の反応に敏感になっている彼女は、やっぱり的確に伝わってるみたいで、包み込んだままの彼女の手の平がふるりと震えているではないか。ナルのせいだ。


『分かってるよ。最近までそういった知識を持たなかった人が、急に人を呪う方法なんて知らないだろうし考えもしないでしょうから』

「当たり前じゃない!みんなの前で、馬鹿にされて、あたしが暴力を振るうのを待ってたのよ。そしたら警察に連絡するつもりだったのよ!魂胆みえみえで、悔しくて。売り言葉に買い言葉で呪うなんて言ったの。信じてもらえなかったからって呪ったりしないわよ!」


思い出して苛立ったのか笠井さんの声が段々と荒くなる。


「大体っあたしが呪ったって人なんて殺せない!そうでしょ!?」

『…うん、そうだね』


PKつまり念力が使える笠井さんは、気力を使ってスプーンを曲げている。

少なからず気力が使えているんだ。彼女が誰かを呪おうとしたら、呪うことは可能だ。まあコントロールはなってないようなので、何人も呪うのは無理でしょうけど。

ああでもこうも考えられる。信じてくれなかった生徒や教師を呪ったから、気力を使ってしまって、スプーンを曲げることが出来なくなってる、と。

くっつけてはいたから、力の使い方が判ってないだけ。うん…彼女は無意識に気力を使っている。失ってはないから不安に思う必要はない。


――人を呪った人間の眼はこんなに綺麗じゃない。

笠井さんの瞳は澄んでいて、その瞳がなによりの証拠だ。ナルに教えても彼にとっては確証にはならなくても私にとっては大きな証拠だ。

そもそも呪うなんて愚かな行為は…相当な憎しみがあって素人でも可能で……ん?呪う?


「はっきりと断言するのは…、」

『ナルはちょっと黙ってて』


ナルが否定の言葉を紡ごうとしたので最後まで言い切る前に止めた。

すぐさま眉をひそめる所長なんて知らない。見てないわ。

彼は人の心を学んだ方がいいと思う。知的探究心を補うばかりで、欠如してるんだわ。優秀な人って何処か欠けているよね…まあ完璧な人間なんていないから納得できるけども。


『笠井さん…最近不登校気味だって訊いた。学校に来ても、ここに閉じこもっているんでしょう?』


怪現象を辿って行きついたのはカサイ・パニック。

笠井さんが一連の事件の犯人じゃないとしても、これがきっかけなのは間違いないと思う。今のところは。


『笠井さんはここに閉じこもって、どうしたいの?卒業まで授業に出ないで逃げ続けるの?』

「っそれはっ…でも、みんながっ先生も…」

『信じてくれない人の眼が気になるなら、超能力何て披露すべきじゃないわ』

「……なによ…僻みっ!?あんたに関係ないでしょッ」

「ちょっと笠井さん!瑞希先輩は、あなたのためを想って言ってるのにそんな言い方はないんじゃないんですかっ」


私の代わりに憤怒してくれる後輩に、頬が緩みそうになる。

激情に駆られ暴走しがちなところは短所でもあり長所でもある。

私ではなく、力を見せたナルが同じ言葉を吐いていたら、笠井さんは素直に言葉を聞き入れていたに違いない。関係ない私に言われて納得がいかない笠井さんの気持ちも判る、でも怒ってくれている麻衣の気持ちも嬉しい。


『皆が皆、不思議な力を信じるはずがない。たとえ目の前でスプーンを曲げられたとしてもね。それはもう経験したから判ってるでしょう』

「っ」

『で、笠井さんはこれからどうしたいの?またスプーンを曲げれるようになるまで殻に引き篭もるの?それとももう曲げれなくなったと周りに打ち明けて、過去のものにする?』


瑞希は、麻衣を宥めた後、しゃがみ込んだ姿勢な為、下から彼女の顔を覗きこむ。


『その道に進むわけじゃないのなら、超能力を使う必要はないよね。どうしたいの』


ゆらゆらと揺れる笠井さんの瞳。


『私達は怪奇現象を解決するために来てるけど、何かが明らかになっても笠井さんがそのままでは何も変わらないよ』


もしも能力を安定させたいと望むのなら、素人でも出来る気力のコントロールの仕方を教えよう。

力に固執する必要はあるの?ないでしょう?あるとしても、人に蔑まされる覚悟はないでしょう。厳しく聞えるかもしれないけど、これはちゃんと言っておかないと彼女のためにならない。

思春期の過ちで一歩踏み出したら、後はお先真っ暗よ。力を手にしても、失ったとしても、待ってるのは嘲りだけ。そんな未来簡単に想像できる。


『その力を極めるのが悪いとは言わない。だけどね、その力を見せるだけで社会から白い眼で見られるという覚悟あるの?覚悟の上ならもう止めない』

「……、」

『ないでしょう。現にこうやって先生に縋って閉じこもってる』

「あんたに何が解るって言うのよッ」






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