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結界師として産まれた私は、良くも悪くも力に翻弄される。

例え人間を嫌いになったとしても、力を背負う責任から逃げてはならない。


 第二話【超能力少女】





今日は、お供を連れず一人で湯浅高校へやって来た。

完全に私が受験生だって事を皆忘れてるな…と思いつつ、廊下を走る生徒達を横目で見遣る。和気あいあいと談話している生徒もいて中には私とその隣に立つ無表情且つ高身長の男を指差してひそひそ囁いている生徒もみられた。


「次は職員室に行きましょう」


窓から見上げた先にある空は、肌寒いのに憎いくらいの晴天だ。

休んでいる間のノートは数少ない友達の優花に頼んであるからその心配はないけど……自分は一体何をやってるのかと溜息が出そう。学生の本分は勉強でしょう。

現実逃避しても、隣を歩いている人物は変わらない。


『多いですね』


テノール声に短く返す。

昨日の内にナルが皆に連絡をしたらしく――…今日は、霊視が出来る真砂子、除霊が出来る綾子さんとエクソシストのジョンも来てくれていて。

私とナルとリンさんは、そのまま調査を、ジョンと滝川さんは狐が憑りついたという女の子の家へ、その後はまた別の被害者がいる病院へ。真砂子と綾子さんは、私達が昨日までに聞いた証言の場所を見て回っている。

麻衣はベースで待機で、私達三人は別々に聞き込みをするのかと思っていたのに、ナルの奴…私とリンさんをペアにして、ナルは一人でどこかへ行きやがった。で、今に至る。


――リンさんと二人っきりなのは気まずいのよー!

って仕事には…いやナルの知ったことではないのでしょうけど…私をリンさんと二人にしないで欲しかった。


「証言者がですか?それとも霊がですか?」

『被害に遭ったっていう人の数が、です』


朝一番に職員室で話を訊いて回ったけど、まだ聞けてない先生方もいるので、私とリンさんはお昼休みのこの時間を狙って職員室に向かっていた。

怪奇現象に遭ったという生徒や先生と事務員さん達を一人一人訊いて回るだけで時間がかかる。それも全てが本物の証言だとも限らない。中には気のせいってケースもある。


「…これだけ人が集まってるんです、仕方ないですよ」


リンは、瑞希が霊について触れなかった点に違和感を抱いていたが、敢えてリンもそれには触れなかった。

彼女は現段階で確証がない事については、調査が混乱するのを恐れて発言を控えている節があるから。

ここには渋谷サイキックリサーチの一員…つまり山田としているわけではないため、霊視の能力を使わないようにしているのもあるだろうけど。

それにしても…事情を知るリンに言葉を濁しているのは、何かあるのだろう。


『個人的にはジョンと滝川さんが向かった子の方に私も行きたかったんですけどねー、』

「すみません、……ナルからです」


会話が途切れて顔を上げると、リンさんが携帯電話の画面を見つめていた。ナルからの電話らしい。

すみませんって高い確率で仕事の電話なんだろうからリンさんってば眉を八の字に下げなくてもいいのに。うん、ナルからの電話…仕事以外になにがある。あやつが仕事以外でわざわざ電話してくる、なんて想像が出来ない。しかもリンさんに。


――朝から沢山の話を耳にいれたんだけど…。

瘴気を感じている筈の幽霊の類が視えないのは、何かを隠れ蓑にしてるから見えないのかしら?とリンさんの声を横目に考察する。


「瑞希さん、」

『ナルなんて言ってたんです?』

「それが――…」





 □■□■□■□



『(いきなり生物準備室へ来い、とか横暴だわ)』


――まあリンさんと離れてそれはそれで助かったかな。


「理由もなく切れてしまいました」ってまたも眉を八の字に下げて、困ったように私に告げたリンさんのせいじゃないのに。

ナルの横暴な発言のせいで行先が変わっただけで、リンさんが謝る必要はないのに律儀な人だ。

そもそも私に無線機を渡したのはナルなんだから…リンさんのケータイよりも無線機に繋いでくれればいいのよ、だったら二度手間にならないんだから。


『で、呼び出した理由はなんなの?』

「中へ入れば解る」

『理不尽だわ』

「お前は助手だろ」


職員室がある一階にいたから、階段を使って上って来た私を待っていたのは、相も変らぬ無表情なナルと苦笑した麻衣の二人だった。

冷たい視線と冷たい言葉が揃って返され、ぐうの音も出ない。麻衣が「ははは」と乾いた笑みを薄目になった私にくれた。

ナルは私達に目もくれず「失礼します」と、教室の扉をノックした。


「笠井さんはおられますか」

「……何の御用かしら?」


柔らかい声の持ち主らしく柔らかい物腰の女性の先生が、扉を開けてくれて。

ナルの質問に質問で返したその上で部屋の中にいたもう一人の存在を隠すように立った彼女の仕草が――…彼女の背後に座っている女の子こそ“笠井さん”だと教えているようなものだった。


――笠井さん?それって…。


『(カサイ・パニックの?)』

「渋谷サイキック・リサーチの渋谷と申します。笠井さんに話を訊きたいんですが」


ふわりとした髪をゆらして彼女は後ろにいる女子生徒をチラッと一瞥した。


「…どうぞ、入って下さい。私は生物を教えています、産砂恵と言います」

「……珍しいお名前ですね」


麻衣に、「タカから…あ高橋さんから教えて貰ったんですけど、笠井さんって超能力が使えるらしいんですよ!」そうこっそり耳打ちしてくれたんだけど。ゴメン、私その情報知ってたわ。

親切心で教えてくれた後輩に、知ってたとは言えず、へぇと頷いてみせる。

リンさんと校舎を回っている際、あるグループの生徒達が何か言いたげだったので、此方から声をかけて噂になっているという“笠井さん”について教えて貰ってたのよね。

笠井さん――三年の笠井千秋さんは、夏休み明けにスプーンを曲げられるようになったとかで。

それからこの高校は一時スプーン曲げが流行ったらしく、それを快く思わなかった先生が、全校集会を開いて彼女を皆の前で笑いものにしたのだ。

全校生徒の前で、先生に差し出された鍵を曲げてみせたらしんだけど、それでも信じたくなかった先生方は笠井さんを集中攻撃したのだとか。その事件を生徒達は“カサイ・パニック”と読んでいる。

先生方の中には、信じる人と信じない人、どちらでもない人に別れていて、産砂恵と名乗った彼女は笠井さんを過激一派から守ってくれている先生の一人なんだろう。


「笠井さんに……ということは九月の事件についてですのね?」

「なにも話すことなんてない!ほっといて!」

「変な誤解をされないためにもきちんとお話したほうがいいわ」


見た目の容姿から受ける印象を現したような柔らかい声音は、おっとりした性格なのだと自動的に頭にインプットされる。

十人この場にいたら十人とも産砂先生を悪く言う人はいないだろう――かくいう私も“視えなければ”そちら側にいたと思う。


「いや!どうせ嘘つきよばわりされるだけだもん」

「でも心霊現象の調査をしてらっしゃるのよ?頭からあなたのいうことを否定したりはなさらないわ」


ヒステリックに叫ぶ笠井さんを宥める産砂先生は、ホントにいい先生に見える。そう…彼女を包み込む瘴気が視えなければ。

注意深く見てると、心配そうに眉を寄せている産砂先生の眼が笑ってないのに気付く。

声も表情も生徒を心配してる良い先生なのに、眼が笑ってなくて、私には不気味に見えた。

彼女の身体から放たれてる瘴気は、まるで妖怪のよう。彼女は人間…だよね?と確認したくなるくらい濃い瘴気、昨日から話を聞いて回った人達が纏っていたものよりも産砂先生のは濃い。彼女には近付きたくない。


「…なにが訊きたいわけ?」


自然と眉間に縦皺が刻まれそうだったのを、低い声で顔を上げた笠井さんによって、堪えられた。

笠井さんが話を聞いてくれる体勢になったため産砂先生の目線も此方へ向けられる。不自然にならないように、そっと表情を切り替えた。

こんな時、ナルみたいに無表情を保てることが出来たら苦労しないんだけどね。


「この学校で怪事件が頻発しているのは、あなたがきっかけになったのじゃないか――という話を聞きました。…超能力でスプーンや鍵を曲げたという噂も」

「噂じゃなくてホントだけど。どうせ信じてくんないでしょ!超能力なんて」

「なぜです?」


産砂先生にも霊の類が憑りついているから、瘴気を纏っているのか、そうじゃないのかまだ判らない。

目を凝らしても、霊を視る事が出来ないなんて異常だ。こういったケースは久々。明らかに霊の仕業なのに霊が視えない感じない、そういったケースの時は大概……うん。私の嫌いなケースだったりする。


「スプーン曲げくらい僕だってできます」

「…出来るの?」

「出来ます。PKを信じない心霊研究者なんかいません」


笠井さんと麻衣の息を呑んだ音が準備室に響いた。産砂先生もナルの言葉に目を剥いている。

ナルの正体を知っている瑞希はというとそれほど驚いてなかった。

オリヴァー・デイヴィス博士は、ESP以上に強力なPKの持ち主で有名だから。スプーン曲げなんて簡単に出来て当たり前なのだ。


「やってみせて」


作業台に置いてあるペン縦に数本のスプーンが刺さっていて。笠井さんは一本抜き取って、ナルの前へと差し出した。

疑いの眼差しの産砂先生と、同じく疑心に満ちた瞳の笠井さん――彼女はほんの少しの期待を瞳に乗せていて。

二人の視線と、助手の麻衣のキラキラした眼差しと、出来て当たり前だと信じきっている瑞希の眼差しを受けたナルは、溜息を一つだけ吐き、「…しかたないか」と了承した。


『……』


普通の人にはない力を、認めたくない人間や信じない人間がいるのは私にとっては今更なこと。

テレビの特集を見て何気なくスプーンを手にした笠井さんが、冷めた現実を知っているはずもなく。素直に感動して友達に話して学校に広まったのだろうけど。

どうしたって信じない人間が出て来るのは仕方ない。

判ってる、でもね…だからって、全校生徒を集めて皆の前で晒しものにする必要ってある?信じる信じないは人の勝手だと思うの。信じなくてもいいからそれを生徒にまで押し付けないで。

教師は、生徒の心も守るべきでしょう。それなのに、頭ごなしに叱って見せ物にして。一歩間違えば、笠井さんが虐めの標的になるのよ?

長年教師をしているならそれくらいの流れは想像できるでしょうが。知っていて、生徒の晒し者にした名も知らない教師陣を私は許せそうにない。


――私は知っているのよ……排除され蔑まされる行先を。

誰も信じられなくなるボロボロの心を。

だって他でもないこの私が、異端者が排除される現実を身を以って経験したのだから。


「……」


笠井さんから受け取ったスプーンを手にして、ナルが瞼を伏せたその瞬間――…。


「っ」

『!』


カランッと音を立てて、丸みを帯びたスプーンの先が床に転がった。

熱を持った鉄がぐにゃりと曲がるような感じで、不自然に曲がり真っ二つにわかれた。これには、笠井さんも産砂先生も驚いて、言葉を失っている。


「すご……」

『(流石、デイヴィス博士)』

「信用する気になれましたか?」

「……うん」


笠井さんは、ナルが持っている取っ手の部分と、冷たい床に転がる頭の部分を交互に見てこくりと頷いた。

彼女の瞳から疑心の色が消え、やっと信じてくれる第三者の登場に安堵した様子だった。

数秒間項垂れた彼女は、転がったそれを拾い上げて。ナルも手に持っていたソレを作業台に置いた。

警戒を解いてくれたってことはナルを信じてくれたんだろう、最初は刺々しかったけど笠井さんは本来は素直な子に違いない。ナルを信じた彼女の眼は何処までも澄んでいた。

あそこまで警戒させるまで追い込んだのは、集団の眼に晒した教師や信じなかった生徒達だ。

憑き物が落ちたような表情と表現した方がしっくり来る笠井さんに、ようやく瑞希も柔らかい笑みを浮かべた。






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