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「う〜〜あたしもう怖い話聞きたくないー」

「俺もやんなってきた」


次から次へと幽霊の匂いがする話に頭が追いつかなくて、後恐怖で、麻衣はぶるりと震えた。横でぼーさんも想い溜息を吐き出してる。

ぐったりと項垂れてると二人の耳に、女子生徒の話を聞く前と全く変わらない調子のナルの声がして、


「なんだ、何をそんなにふてくされているんだ」


麻衣もぼーさんも顔を見合わせて、音の発信源を見遣る。

ナルの声には、若干呆れたようなものが含まれていたから、気になったのだ。二人の視線の先には、何だか冷たい眼差しをした瑞希とナルの姿が。


『……何よ、コックリさんって』

「その顔は、知らない奴がするものではないだろう」


いろんな人の話を耳にして、まず思い出したはやっぱりあの集団の話。

何度思い出しても、イライラする。あんなの自業自得で処理したいくらい、お金貰ってる手前そんな中途半端な仕事はしないけど!苛々は溜まる一方だ。

調査を続けて行けば更に苛々が加速するような予感がして、瑞希は憂鬱になっていた。

百物語なんてのもそうだ。霊の話をしてれば、霊を集めてしまうなんて常識だろう。それを承知した上で行ったのだから、最後に来た女子生徒達のグループも自業自得だと言えよう。


『コックリさんするとか、何なの。馬鹿なの?低能なの?』


この苛立ちを外には出さないように黙っていたら、ナルから人を小馬鹿に…否、私を馬鹿にした眼差しを貰った。思わず気持ちが吐露してしまう。

このタイミングで話しかけて来たナルが悪いのだと自分を正当化させて。

ああホント今日はジェット達を連れて来なくて良かった。

私よりももっと苛立って、何を仕出かすか分からないもの。この状況で彼等がいたら、きっと私は苛立つだろう式神の二人を宥めたりはしないと思うから。


『あんな…素人が、なんの対処も出来ない人間が、コックリさんをしたとか、何、あの子達バカなの?』

「僕に当たらないでくれるか。まぁ、低能なのは頷けるが」

『それで霊に憑りつかれたから助けてくれなんて都合が良過ぎるわ。自業自得でしょう』


ナルから肯定の返答があるとは思ってなかったから、言葉の勢いが緩やかになった。

そうよね。ナルもまたこの道のプロ、彼女達がした行為がどれだけ愚かな行為なのか、解らないはずがないのよね。

ナルのお蔭で冷静になれて、一人だけ興奮していたのが恥ずかしくなって、ごほんと自然に咳を零した。


「……」

『何?』


とりあえず私の苛立ちは治まったので、話は一旦終わったと思ってたけど……ずっとこちらに視線を寄越したままのナルに、まだ続きがあるのかと小首を傾げた。

もしかしてナルも、あの子達にイライラしていたのかな?


「霊視が出来ると周りに漏洩して本性を隠す必要がなくなったからって、毒を吐きすぎじゃないか」

『……』

「初対面では儚い雰囲気をしていたのに…こうも人の印象は変わるとは驚きだな」


「確かに変わり過ぎだな」とぼーさんが頷く。彼もまた、瑞希の変わりように少なからず驚いていた一人だ。

隠していた一面を暴いたのは滝川さんなんだけど、誰も彼に突っ込まなかった。

瑞希は大声で笑ったりはしない、静かに笑う。落ち着いた雰囲気で、黙っていれば、何処か儚い印象を受けるのだ。

その色素の薄い亜麻色の髪が肩でふわりと揺れる度、男心をくすぐってると思う。

天真爛漫な麻衣に比べて、大人の女性に近付いている彼女の雰囲気は、放っておけないような感情を見る人に与える。蓋を開けたら、真逆とは言わないけれど、白黒はっきりつける性格だった。

遠慮がいらなくなったからなのだろう、こんな彼女の一面が見えるのは、喜ぶべきなのか。

ナルのように冷たい一面を持ってる瑞希は、懐に入れた麻衣や原真砂子には、冷たく当たらない。寧ろ穏やかな笑みを零すわけで。普段浮かべてる笑顔とはまた違った、笑みを見せる。

最近は、その笑みを綾子にも見せてるんだよなーっと、ぼーさんは我関せずっと言った具合に、眉を顰める瑞希を一瞥した。


『驚いてるの?無表情だから分からなかったわ。あ、もしかして表情筋が欠落しているんじゃないの』

「瑞希の猫かぶりには頭が下がる」

『皮肉?』

「いや素直に感心してるんだ」


ホントかよっツッコミたかったが、寸前で堪えた。

ナルにしては意味のない会話を続けてることに気付いたから。本当に、感心してるのかもしれない。まったく嬉しくないはないが。

冷や冷やする言葉の応酬が止んだので、麻衣は恐る恐る「はい」っと挙手した。

ぼーさんのおおーと気の抜けた声と、六つの瞳が麻衣に集まった。


「コックリさんって…そんなにヤバイものなの?」


ナルに対して舌打ちでもしそうだった瑞希の顔が、麻衣を視界に入れて、いつもの先輩に戻る。

ほっとしたのも束の間、ナルから人でも殺って来たんじゃって感じの視線が――そんな簡単な事も分からないのかと言ってる、絶対言ってる眼を向けられた。


『降霊術の一種だから。霊を返せない人が呼び出したりするとそのまま憑かれてしまうの』


怪奇現象に幽霊が関係してるかもしれないと怯えていた麻衣だけれど。

所長様の絶対零度の視線に新たな恐怖を植え付けられて、先輩の説明は耳の中を通り抜けて、何処か遠くへ消えた。




――トントン


「ほんとに来てくれたんだー」


ベースの扉をノックする音と共に現れた元気の良い女子生徒に、強制的に談話は終了されて。

彼女達は誰なのか――…その疑問は、ショートヘアーの女の子が滝川さんを見てにぱっと笑ったので、いとも簡単に解決した。

滝川さんのファンで依頼して来た子なんだろう。彼女達のグループで、依頼人は最後。


「こっちの顔のいいのが“渋谷サイキックリサーチ”ってとこの所長で渋谷。横の嬢ちゃんが、その助手で麻衣」


休む暇もなくまた話を聞かなくちゃいけなくなった。って、仕事だから仕方ない。


「そして麻衣の反対の渋谷の席に座ってるのが、瑞希でこれまた助手ね」


親しい間柄じゃないのに下の名前で呼ばれるのは、慣れない。

滝川さんの紹介に訂正しようと口を開いたが、三人の女子生徒の眼が集まっているのに気付いて、閉口して微笑んでおいた。何事も最初が肝心。第一印象は一瞬で脳裏に刻まれるのよ。

ナルを挟んで麻衣も私も席につく。


「あたし高橋優子ってのーよろしくねー」


対面する形で椅子に座った彼女達の内一人――…滝川さんの追っかけの高橋さんが、にぱっと私と麻衣に笑みをくれた。うん、麻衣と同じ匂いがする。


「早速ですが…問題の席に座って事故にあった人はいますか?」

「あ、ハーイ。あたしです」


高橋さんの隣に座った子が、元気よく手を上げた。元気のいい高橋さんの友達もまた元気だった。

女子高校生特有の元気さに、私もナルも後退しそうになった。私は、見たよナルの背中がぴくりと動いたのを。


「あたしが事故に遭ったのは二番目なんだけどー電車を降りて歩き出したら、急に腕を引っ張られて、ドアにはさまれちゃったのね、」


話し始めた女の子をじっくりと見つめると、コックリさんをしたと言っていた伊藤さんのグループと同じように、彼女もまた瘴気を纏っている。

伊藤さんよりも、濃い瘴気。それでもやはり霊の気配は感じられない。解せぬ。


「したら電車が走り出しちゃってー。一緒に走ったけどコケちゃってそのまま引き摺られて、五メートルくらいかな…いったところで電車止まったけど、肩脱臼してー足折っちゃってー先週ギプス取れたとこ」


間延びした声で淡々と話す内容じゃないんだがなと、滝川さんが横で苦笑した。

隣りにいた私にしか聞こえなかったみたいだけど、私もそう思った。人生において…十代において事故って入院なんて一大事だと思うよ。助かったから良いようなものの。


「…その時、ドアの側に誰かいませんでしたか」

「ううん。誰も。ちょうど電車が空いてて、人が少なかったからちゃんと見たもん」

「例の席で変なことが起こる原因について心当たりは?」

「ないよ…ねぇ?」

「うん」


とある席が呪われていると、高橋さんから滝川さんに依頼があった。

その席に座ると、事故に遭うらしい。実際に事故に遭った人から話を訊いて、信憑性が一気に増した。彼女に纏わりついている瘴気が何処から来ているのかも気になる。

事故った後だからかな?攻撃的な感じがしないので、とりあえず事故に遭ったと言っていた女の子は、もう事故に遭うなんてことはないだろう。


「問題の席を見てみたいな」

「あ。じゃ、あたしが案内したげるー」


ナルから一瞬だけ視線を寄越されたが、黙殺した。

人がいるような場所で、意味深な発言は出来ないって。したら私、電波な先輩として扱われるじゃないの。

私ここの高校とも生徒会として何度か来た事あるのよ、卒業するまで何が何でも視える人だってバレたくはない。穏便に、平和に。誰にも奇異な眼で見られないで、ひっそりと過ごしたいのよ。と、心の中でつらつらと言葉を並べた。


「あそこだよ」

「…今はここには?」


高橋さんに案内してもらって辿り着いたのは、二階にある教室。

室内に入って、高橋さんが口を開く前に、私は問題の席が何処にあるのか判ってしまった。


「いないよ。誰も。こないだまでいた子は今病院」

「机の位置は変わってない?」


ナルがそっと机に触れた。

事故に遭ったと言っていた女子生徒と同じ…否、それ以上の濃い瘴気が椅子と机から放たれている。絶対座りたくない。


「うん。ずっとそこ」


答えてくれた高橋さんを、「……担任の様子がおかしいというのは?」とナルが振り返る。


「そーなの!準備室に幽霊が出るから、学校来るのやだって!以前はそんなものいないって言ってたくせに!…入院しちゃったけど」


滝川さんは、高橋さんの話に相槌を打ちながら、問題の席を渋面で見つめていた。

彼は彼で、視えなくても何か感じてるのかもしれない。滝川さんもその道のプロだから、何かあれば肌で感じられるようだ。

ただ…やっぱり解せないのは、無機物である席からなんで瘴気が放たれてるの?怨念も感じる。怨念なんて、生きた者や霊の負の感情が集まったものだ。無機物から放たれるなんてあるはずがない。

そう否定する私を嘲笑うかのように、ゆらゆらと、近寄りたくないソレが揺れている。


「病院にも出るとかって、もうノイローゼみたいだって」


霊が視えると言った担任の先生は、この席と関係がある霊を視たのか……定かではないけど、確実に何か視てるわね。

霊の力や怨念が強ければ強いほど、普段視えない人間もソレを見てしまう。人間の動物としての本能が危険をキャッチしたとも言える。それにしても…。


『(瘴気や怨念を感じる場所が…)……多すぎる』





 □■□■□■□



「――ねぇ、こういうのって…伝染するものなのかなあ」

「げー、やなこと言うねお前。学校中で怪談に感染ってか?」

「えーだってー」


滝川さんと同じく私も麻衣の伝染説に異議を唱えたい。と言うか、嫌だ。伝染とか。除霊してもしても増えるってことでしょ、キリがない。

キリが無いと言えば、ベースに戻って来た私達三人を待ち構えていたのは、数人の生徒と教師陣だった。

渋谷サイキックリサーチや滝川さんに依頼して来た人の話は訊いて、現場もとりあえずは見た後だから今日はそのままお開きだったのだけれど。

私達を目にした途端、顔を輝かせた彼等に、嗚呼…まだ異変があるのねと麻衣と一緒にぐったりしたのである。ついでに滝川さんも。ナルは話を訊いた後でも、疲れた様子は見せない。ぐっ何だか悔しい。


「どーなっとるんじゃああああー!この学校はっっっ!!!!!」


集まった人を順番に話を訊いていくと、車のミラーに霊が見えるとか。

誰かに後をつけられてるような気がするとか。

音楽室で変な音が聞こえるとか。上げ出したらそれこそキリがないくらい、怪現象の情報が寄せられた。


「こんだけの量、誰が除霊するんってんだよ!俺か?俺なのか?もーいっそ泣かせてー」


訊いてるだけでも頭が痛いんだもん、そりゃあ…滝川さんにとったら溜まったもんじゃないわよね。

このメンバーで調査を続けるとしたら、除霊が出来るのは、滝川さんだけだもの。私も似たようなことは出来るけど、まだ内緒にしてるし。


「――尋常じゃない」


うううと泣き真似をする滝川さんを麻衣が慰めていて。遠目からその様子を眺めて苦笑した。

不意にずっと押し黙っていたナルが声を発したので、意識が自然とそちらに向かう。何、独り言?そう思った半眼の私と、やや後ろにいる二人にナルが振り返った為、話しかけられたのだと理解した。紛らわしい。


「一つ一つの事件じたいはそうたいしたものじゃないと思う。でも、この数は普通じゃないと思わないか?」


いきなり何を語り出したの?とは思っても、空気を読んで口を噤んだ。

言ってみたら…あれよ、すぐさまナルの眼から、殺人的な光線が飛んでくるわ。

滝川さんがさっきからそう言ってるじゃない、何を今更…とも思ったが、ナルの言葉の続きを待った。


「同時期に同じ場所でこれだけの数の事件……これが全て事実だとしたら、絶対に原因があるはずだ」


――何かきっかけとした物がある筈。

何か大きなものがあった前提で、そこから霊が流れて学校に辿り着いたとしか考えられない。

私もナルと同じようにそう思ってるのに、小骨のように引っ掛かってるのは――…きっと霊の気配が感じられないから。力を持った霊の仕業にしては、起こった事件の詳細が小さすぎる。疑問は尽きない。


『校舎内を調べ上げるのなら、人手が足りないわよ』


依頼人達と、ベースに押し寄せて来た人達の共通点をあぶりだすにしろ、地道に校舎内を隅々調べ回るにしろ、私達メンバーではキツイ。もう一人の助手、リンさんが加わってもキツイ。

ナルは霊が絡んでると考えているようだし、それなら霊視が出来る人物が必要。後、除霊が出来る人もね。数が多いから滝川さんだけでは酷だ。

そう思っての親切な私の発言に、ナルの視線が心なしかジト目になってるのは気のせいだろうか。






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