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「全員だと窮屈に感じるでしょうが」と、連れて来られたのは、女の自宅。

同棲をしていたのだと耳にして、いいな〜同棲。らぶらぶって感じ…あ、もういなんだっけ。と呑気に構えていた数分前のあたしはホント安易に考えすぎだ。

瑞希先輩の言っている意味が分からなかったが、一歩入って、徐々に悟る。

あ、これヤバいやつだ。霊云々のヤバさじゃなくて精神的に逝っちゃってるヤバさ。皆も無言だ。

うわぁ…と知れず声にしていて、はッと慌てて口を閉じたが、依頼主の女は気にした素振りはない。またそれが不気味でさ。瑞希先輩は遠い目で悟ったお貌をしていた。分かります、今ならワカリマス。


「事故で死んだんですよ、あの人」


玄関を開けて入れば、中は、真っ黒だった。文字通り真っ黒。

電気を付けてないから暗いのかと自分に言い聞かせたくなるほど、異様で目を疑う光景。

壁一面、黒く塗られていて。多分、あたし達の眼下でギラギラしたおめめで薄く笑う女が、上から黒く塗ったんだろう。床も黒く木目すら見えない。ぞわりと背筋が寒くなった。

闇の道を迷うことなく歩く女に、狂気を感じ、正直これ以上進みたくなかった。女に続いて瑞希先輩が足を進めたので、あたしも追いかける。

更に奥へと扉を開けて案内された室内も――…真っ黒だった。どこを見ても、黒、黒、黒。

昼間なのにまるでここだけ夜が訪れたみたいに一切の光はなく、暗闇に慣れた両目が捉えた“モノ”に、悲鳴を上げた。思わず後ずさる。


「信じられます?私を置いて死んだんです」


カーテンも黒、壁も床も黒、家具もすべて黒で上塗りされて、あちらこちらに黒のビニール袋が散乱していて。

扉が開いたままの隣の部屋の中心には、ほのかに照らされたろうそくの炎の下で、大き目の人形が円で描かれた中に“いた”。ぎょろりと開かれた瞳は来訪者を見ており、無機質なものには見えない。

人形の髪はまばらに切られ、髪だったものが円の外に散らばっていた。もうなにがなんだか分からなかった。脳の許容範囲を超えている。


「私達、結婚の約束をしてたんですよ。それなのに私を置いて。許せない」


――この人…正常じゃない。

憎しみに染まった形相から一転、瞬きした次の瞬間には笑顔でどうぞお座りくださいと言われ、あたしも皆も硬直した状態からなんとか抜け出し、ぎこちない動作で各々座った。本音は誰もが居座りたくなかっただろう。

女の肩越しに、壁に等間隔に様々な人形が五体、釘で刺されているのが見える。それに…テーブルには、恋人のものだと思われる指輪と毛束。もうイヤっ、帰りたい!


「?皆さんどうしたんです?顔色が優れないみたいですけど…」


子供を思わせる無邪気な笑みが返って怖い。

かしこまって正座のあたしの隣に座っていたぼーさんが代表していや…と言葉を濁していて。ぼーさんの震えが、あたしにも伝わる。

来た事ある先輩が、『気のせいですよ』って、フォローしてくれた。


「ありゃあ〜なにをしてたんだ?儀式のように見えるが…俺の――っぐ、ッいてっ」


表面上は穏やかに笑みを浮かべていた瑞希先輩が、すばやい動きでぼーさんの腰を攻撃するのを、あたしはしかと見た。

二人のやり取りに、強張っていた身体から少しだけ力を抜くことが出来た。そっと小さく息を吐く。手に平に嫌な汗がじっとりと纏わりついていて。あたしは一刻も早くここから逃げ出したかった。

痛みに呻くぼーさんの腕を容赦なく掴み、瑞希先輩は営業用の笑顔で、依頼主ににっこりと笑い、『滝川さんが具合が悪いようなので、少しお手洗いを借ります』と言った。

有無を言わせないナルを思わせる物言いをした先輩に依頼主は、怯みながら頷き。

立ち上がってぼーさんを勝手知ったるなんとやらでトイレに立ち上がらせた彼女は、一瞬だけナルに目を向けた。誘われるようにあたしの視線もナルに向かう。

今回は、渋谷サイキックリサーチと山田への依頼を合同で調査するようにしたのかな、今は助手の立場ではないのに、先輩はナルにこの場を任せるつもりらしい。

視線の意味を、何度も死線を潜り抜けたメンバーだからかな、あたしも理解した。

当然、頭の回転も速いナルも、依頼主に不自然に思われない程度に頷き、なぜかリンさんをチラリ。


「あ、あたしもトイレ〜」


すかさず立ち上がったリンさんに続いて、逃げるように離れる。

そっか。ナルってば詳細はリンさんに頼んだってわけね。流れるような目配せの連続に、さっきまで怖がっていたのに、くすりと笑ってしまった。

背後で、ナルが探している男性は成仏した可能性が高い、だからここで降霊術を行いたいと説明と許可を取っていて。

結局、依頼主の彼氏を呼び寄せるのは真砂子となった。

薄ら寒いリビングを横切って、廊下へ出れば、待っていたとばかりに先輩達が立っていた。


「あれはなんだ。俺にはとても良くないものに感じるんだがね」

『判りますか』


心なしか青白い顔で呟いた彼女に、ぼーさんは出かけた文句を飲み込んだ。

初見で裸足で逃げ出したくなる空間に何度も足を運んだらしい彼女を前にしたら、文句すらも追い込んでしまうと気付いたから。とりあえず返事として、分かるっつーのっと零す。


「先輩、アレなんなんですか。壁にある人形も不気味だったけど……隣の部屋にある人形はもっと怖い、恐ろしくて」

『…麻衣の感じ方は流石ね、うん。…正しいわ』

「――で?」

『そうですね、時間がない。壁のアレは儀式の練習の残骸みたいなもの』


先輩に褒められて頬を染めたのは、一秒にも満たなかった。説明を始めた抑揚のない喋りが、戻って来た緊張感も相まって薄気味悪く感じ、情けなくもひいッと悲鳴が口から出てしまったのである。

「なんの儀式だ?」息を潜めたぼーさんが尋ねて。同じく小声で先輩は続けた。


『探している男性を呼び出す為の儀式ですよ』


薄々気付いていたリンさんが異を唱える。


「なんでまたそんな愚かな事を?あなたに依頼したのであれば、その行為は無駄になるでしょうに」

『正確にはアレは、呼び出して閉じ込める為のもの。いわば器、人形は空っぽですから最適、でしょうね』


皮肉のように付け加えられた先輩の語尾は、いまいち理解できてないあたしへの説明も込められていたのだ。

不意に、ミニーの事件の際に知った人形の知識が脳裏を過る。

なるほど。中が空洞だから憑依されやすいんだったっけ。ふむふむって……え、あの人仮にも恋人だった人を呼び出そうとした挙句閉じ込めようとしてるのっ!?うわ〜女って怖い。あたしも女だけど鳥肌立った。


「閉じ込めるったってよ、依頼主は素人だろ?」

『……生前の彼の一部を使っていたとしたら?』

「……話は変わってくるな」


低く唸ったぼーさんと、瑞希先輩を挟むように立っていたリンさんの顔も苦虫を噛み潰したようなもので。

良く分からないが、分からないなりに、事態は深刻なものなのだろうと、壁沿いに立っている三人を眺めた。

直後、はッと顔を上げたぼーさんに釣られて、思考の渦に巻き込まれそうだったあたしの意識も、瑞希の意識も、ぼーさんに集まる。リンさんはぼーさんと同じく、静かに顔色を変えていたのだった。


「てっこたあ、真砂子ちゃんが“彼”を呼び出してしまったら、やべぇんじゃ……おいおい、何で呼び出させてんだよ」

『呼び出すだけだったら大丈夫だと思ったんですよ!呼び出すだけなら!』


最悪な事態を把握したぼーさんと、答える瑞希先輩も荒くなっていて。時は一刻を争うのだと、あたしも焦る。

「状況が変わったのですか」と、この場において一人だけ冷静なリンさんに、二人とも口論している場合じゃないと落ち着いた。

頭を落ち着かせている二人が押し黙って、数秒間だけ冷たい廊下は静寂に包まれ――あたしの中で恐ろしさが一層増した。ぶるりと身震いする。


「はぁ〜それで俺に彼女の心のケアをとか言ってたんだな」

『そうです。男性を呼び出して現実を受け止めてくれたら、立ち直ってくれると思って……』

「今日来てみたら最悪な方へ転がったのですね」

『…そうです。私が甘かった…すみません』

「謝るのは後だ、俺達は何をしたらいいんだ」


指示を待つぼーさん、リンさん、あたしの顔をゆっくり見た先輩は、苦々しく口を開いた――…。









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