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『見た感じ、あの人形には既に中にナニカが入ってます』あの後、怒涛の勢いで事件は解決した。
『だから、彼女が欲している男性を呼び出しても、あの中に閉じ込められるようなことにはならないでしょう。問題は、依頼主の理性がどこまで持つかです。――狂った人間は止めようがない。良からぬモノも呼び寄せてしまう』主に、ぼーさんとリンさん、そして瑞希先輩の活躍によって。
『あの人形は……もう一つの生き物に生まれようとしています。完全に生まれる前に私が滅したい』そして今、瑞希先輩による事件の詳細報告会が開かれている。……ナルに強制されて。
勿論、依頼主の情報は守る先輩だけれど、今回は協力関係に当たる彼等に秘密にするのは、そうは問屋が卸さないわけで。……ナルが。
で、今に至ります。
先輩はナルに拘束されているから、あたしが人数分の飲み物を用意して、ナルやリンさん。そしてぼーさん、綾子、真砂子、ジョンの順に飲み物を配り、ナルの近くに座る。
彼等に囲まれるように、中心に座って……否、座らされた瑞希先輩は、あたしが出した紅茶を一口飲んで、詳しく語ってくれた。
『依頼主が結婚予定だと話していた男性は、実は全くの赤の他人。恋人関係でもありません』
「えっ」
思わず驚いたら、やっぱりナルから辛辣な眼光を頂き、口を閉じます。
あたしってば何度も同じ過ちを繰り返しちゃう。話の腰を折ったらナルに睨まれるって分かっているんだけどね〜。驚いたら自然と声に出るってもんでしょ。静かに聞いてるナルがおかしいの。
話が気になるのはあたしも同じなので、頷いて先輩を見つめたら、先輩から呆れた苦笑が返ってきた。解せません。
『彼女、ストーカーだったんですよ』
「えぇぇぇぇッ」
「麻衣」
「あっ、スミマセン」
今度は立ち上がってしまった。
えー驚くあたしが変なのー?なんて心の中で不貞腐れていれば、察したぼーさんに、「そう言われた方があの部屋の惨状に納得が行く」と言われ、小首を傾げた。
――察しが悪いあたしが悪いのでしょうか。
周りに目を向ければ、トイレになんて言って少なからず事情を聞いていたリンさんやぼーさんを除いた面々――真砂子も綾子も、ジョンも納得してる顔をしていて。更に混乱する。
「あの部屋に、男の気配なんてなかっただろ。恋人を亡くして霊に逢いたいとか言い出すくらいだ、同棲してたっつーなら、男の私物くらいあるはずだ。なかっただろ?」
「そういわれると…そうだった気がする」
「彼氏ができたことないお子ちゃまには、まだ分からないわよ」
「それもそうか」
「ぐっ」
ホントの事だけどっ!上から目線で言われると腹が立つ!
ぼーさんも綾子も、恋人いないくせに!絶賛募集中のくせにっ!あたしより寂しい大人じゃないかっ!
澄ました顔をしている真砂子と、申し訳ない程度な笑みのジョンの姿が、余計にあたしを惨めにした。いやいや、真砂子もジョンもあたしと一緒で恋人なんていないでしょーよ。なんで頷いているのさっ。
「でもでもっ指輪!男の人の指輪見ました!」
挙手をしてアピールしてみたのに、先輩の頭は左右に動いた。
曰く、『あれは恐らく亡くなった直後に手に入れたんだと思う』と。ストーカーだったから、いつ盗ろうとも簡単だっただろう、と。
『彼女から依頼を受ける数か月前に、男性の霊と偶然会ってしまってね、彼女よりも先に依頼を受けた』
「内容は」
『呪いの人形を探してくれ』
「えっ」
またも口出ししてしまったが、ナルからお咎めはなくて。ここぞとばかりに口を挟む。
「呪いの人形って?それ、今回の調査と関係してたんですか?」
「だからそれを説明してくれてるんだろうが」なんて、ため息交じりの所長様なんて、怖くない。霊の方がよっぽど怖い。
「呪いの人形が、あの家にあった?ぁ…隣の部屋にあったあの不気味な人形?でも誰を呪うつもりだったんです?恋人だって言ってた…男性は亡くなっていたんですし」と、喋りかけて途中で噤む。もしかして男性が呪い殺された…とかッ!?ひぇ〜。
あたしの考えを読んだ先輩に、違う違うと首をまたも左右に振られた。
『男性には彼女がいた。依頼主ではないわよ?』
こくりと頷く。
『密かに男性に恋心を抱いていた依頼主は、男性の恋人になるには、彼女が邪魔。だから彼女を呪い殺すことにした』
「それで呪いの人形の出番ってわけか」
『そして隣にあった男の子の人形ではなくて、呪いの藁人形は別にあったの』
「でもそんなものあった?回収できたの?」
すかさず質問を投げつけるぼーさんと綾子。疑問に答えたのは、リンさんだった。
「私が回収致しました」
まさかの人物の登場に、あたしもぼーさんも綾子も、ぽかーんと間抜けに口を開けた。
ナルは知っていたのか、表情を変えてなくて。またあたしの知らないところで三人が結託していたッ!と、頬を膨らませた。仲間はずれダメ、絶対!
『本当は人の家を探し回るのはいけないんだけどね、それらしい物があるはずだからって』
「ちょい待ち。短時間で、いつリンに頼んだっつーんだ。あの場には俺や麻衣がいただろ?」
数日前の出来事を振り返り、ぼーさんを応援するようにあたしも激しく頷いた。
依頼主の機嫌を損ねないように、数分で廊下から依頼主の元へ戻ったのだ。先輩がリンさんに、隠れて頼むところなんて見てなし、聞いてない。
――ぼーさんやあたしもいたのに、なんでリンさんに?
先輩、とても納得がいきません。
リンさんに頼むにしても、あたしとぼーさんの前だって良かったじゃないですか。何故にわざわざ隠れて…。まるで隠れてこそこそしているみたいで、なんだかもやっとした。
『?いたじゃないですか』
「えっ」
『えっ』
現在進行中で、話が脱線しかけている。そう、視界の端にどんどん不機嫌になっていく所長の姿を捉えたが、驚きに固まって、目を丸くする先輩を見つめた。
「あ、他にも何かあるかもしれないからってリンに頼んでいたのは…」
『そうそれです』
「呪いの人形があるってお願いしたわけじゃないんですね…」
『?そうだけど。リンさんが一目みたら分かるだろうから。本来は家捜しなんていけない事なんだけど、依頼人もう自分の瘴気に呑まれかけてたから、致し方なくね。――ふふ、麻衣は真似しちゃダメよ?』
お気づきでしょうか。
リンさんを全く信じて疑ってない栗色の済んだ瞳をしている瑞希先輩の姿に、なんだかおもしろくないと思ってしまった。
少しずつあたし達を頼ってくれるようになった先輩だけど、比べ物にならないくらいあたし達よりもリンさん個人を頼っているような気がしてならない。無自覚だからたちが悪い。
詳しく説明しなくても、リンさんなら目的だった呪いの人形を見つけてくれるって?信じてたんでしょ。
ナル相手だったら分からないけど、あたしやぼーさん相手だったら、もっと言葉を付け加えていたと思う。リンさんにしたように、言葉少なくても無条件に信じてくれるはしなかったと思う。と考えれば考えるほど、リンさんに対して謎の怒りが込み上げた。
「俺には依頼主の注意を引いておけって頼んで、麻衣には扉を閉めてくれと頼み、」
『ええ。隣の部屋へ続く扉は開いたままでしたから、あの人形を始末するところを見られたくなかった』
「で、その間リンは――…」
「他に、怪しい人形があるかもしれないと、家の中を探して回っていました。何もなければ、瑞希さんはあのように言わないだろうと思いまして」
もやっとしたのはあたしだけじゃなく、ぼーさんもだったらしく。
あたしやぼーさんにはなかった瑞希先輩がリンさんに向ける信頼度を目の当たりにした、あたし達は互いの顔を見て、同じタイミングで互いにそっと視線を逸らした。
「話を戻してくれ」
『どこまで話したっけ』
「男性の霊からの依頼までだ」
『あぁ、そうだった。それでその後、偶然に生前の男性をつけ回していたいた女性から依頼を受けた。これが今回の調査の流れかな』
ナルと瑞希先輩が二人で話し始めたので、残ったあたし達は耳を傾けるだけに徹した。うん、いつもの流れになっちゃった。
「偶然?山田に依頼したくらいだ、依頼主とは知り合いだったのか」
『まぁね』と、言葉を曖昧に濁した先輩に、調査が終わってからずっと感じていた小骨がのどに引っかかっている…この後味が悪い感覚が、形を変えてあたしを襲った。
ナルは瑞希先輩の態度をさらりと流していたけど。
あたしは知っているから。
聞いてしまったから。
ナルのように、曖昧に誤魔化した瑞希先輩を、特に気にせずなんて流せない。
「(そっか…そうやって先輩は、一人で抱え込んでしまうんだ)」
『隣の部屋に転がっていた人形は、妖として生まれ変わろうとしていたから滅した。ただの器のままだったら、真砂子が呼び寄せた男性の霊からこっぴどくフってもらって、現実を見て欲しかったんだけどね』
「(先輩、いまさり気なく怖いコト言った)」
『ま、実際行ってみると、あの人が準備した人形が偉いことになってるわ、呼び出ししてしまったら男性の霊は“エサ”として喰われるかもしれなかったわで、私の考えが甘かったのが露呈したわけだけど』
「(え、えさ?エサってなに…ひえぇ先輩にはあの部屋はどう映ってたんだろ、気になる)」
『――他に知りたいことありますか?』
「呪いの人形とやらはどーしたんだ」
「それならリンが処理した」
先輩に言われた通りに、依頼主の元に戻った時、ちょうど真砂子が口寄せをするところで。
ぼーさんが慌てて止めて、依頼主の注意を引き付けて。あたしは、依頼主の背後を素早く通って隣の部屋に入った先輩を追いかけて、見えないように扉を閉めた。
一連の動作を見ていたナル達は、話はあとで訊くからとあたし達にその場をあわせてくれたのだ。
その後、男性の霊を呼び出すのを止めたと知った依頼主の女性が激昂して、ぼーさんが宥めるという事件も起きた。
彼女の白目に血管が浮き上がっているのを見てしまって、先輩があたしや真砂子を連れて来たくないといっていた真の意味を理解した。生きた人間の粘着質な執念はホントに恐ろしくて、奇声を上げる依頼主の女性を視界に入れるのも怖かった。
『質問がなければ、私帰りますね』
今日はアルバイトの日ではない。先輩の話を訊く為ナルが皆を集めたのだ。
コートの袖に腕を通しながら帰る支度をする瑞希先輩。いつもだったら、途中まで一緒だからあたしもっと引っ付くんだけど。お疲れだろうし、空気を読んであたしは座ったまま。
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