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前から気になってはいた。


『――というわけで、リンさんを尋ねて来たのだけれど』


瑞希先輩と同じく助手のリンさんの話だ。


「どういうわけだ。省くな。ちゃんと話せ」

『リンさんいる?』


外は現在も乾燥した風が吹き荒れている――…厳しい寒さに耐え忍んで渋谷サイキックリサーチをノックしたのは、本日は私用で休みを取っていた同じ学校の葉山瑞希だ。

先輩は今は引退しているが、元生徒会会長で、頼りになる御人で。その道では有名な山田一族の出なのだそう。

いまいち霊媒と霊視が出来る人の違いを理解できてない馬鹿なあたしでも、彼女は霊能者として有能なんだと、この前知った。

ここでアルバイトを始める以前も先輩とは仲良かったけど今ほどではなくて。前よりも先輩のことが知れて、身近に感じている。良き事だと思える。

人間嫌いだと知ったときは驚いたけど。だってそんなそぶりは全くなかったし、学校でもみんなに慕われているし、あたしにはいつもやさしい笑みをくれていたから。

瑞希先輩の作り笑いと本物の笑顔の見分けがつく今になって振り返っても、以前もらっていた笑顔は作り笑いではなく姉が妹に向けるような笑みだったなーって。だからあたしは瑞希先輩が好きだ。オカルトの類を身をもって経験するのは遠慮したいが、ここナルの事務所で働けて幸せ。給料もいいもんね!


「い、いますけど…」


真冬の寒さよりも厳しい眼光をスルーした瑞希先輩が、一直線にあたしに問いかけた。おいおい、そんな目であたしを睨まないでくれよ。

せんぱい…奴の眼が視界に入ってないのですかあ!チラリと吹雪を一瞥して、答える。一層、寒さを感じて、ぶるりと震えた。おかしいな、エアコンの温度上げたはずなんだ。いやあー寒いなあ。


「どういった要件だ。僕が訊こう」


瑞希先輩の外見は、儚い感じを受ける。

透き通るような白い肌に亜麻色の髪。本人は癖毛だと嫌っているその綺麗な髪は、いつもふわふわと肩口で揺れている。

そして色素の薄い栗色の瞳、あれに見つめられたら世の男共の庇護欲をくすぐられるに違いない。あたしはあの泣く子も黙る全身黒づくめなリンさんもそこにやられたんだろうと踏んでいる。

眼前にいる本日の彼女は、白のハーフコートとワインレッドのマフラーを巻いて下はパンツの出で立ち。シンプルな恰好でも魅力は損なわれないなんて凄い。

因みに先輩は見た目スカート履いてそうな感じなのに、仕事の時は絶対にパンツ派だ。

室内の温かさに吐息を溢す瑞希先輩の色気が凄いのなんのって!ぽっと赤くなってる頬も相まって、女のあたしでもどきどきする。あたしにはない色気だ。羨ましい。


「俺も気になるー」

「あたしもー」

「僕も」

「あたくしも」

『御察しの通り山田への依頼で、依頼主は女性』


瑞希先輩は、今日も今日とて椅子でくつろいでいるぼーさんと綾子を見て呆れたように笑い、先を知りたいと目が語っているジョンと真砂子を目に留め、降参の意味を含め一つ小さい息を吐いて呼吸を整えた。

彼等よりももっと知りたそうにしている男をスルーしている先輩、流石です。歪みないです。あたしにはこわくてできません。

ナルと先輩はどこか似ている。本人達もそう思っている節があり同族嫌悪とまではいかないが、度々ケンカっぽい口論してる。っぽいと表現したのは、ケンカではないし綾子とぼーさんの口論とはまた雰囲気が違うから。

先輩達のは、似てるから衝突しているように見えて、やり取りを楽しんでいるようにも見えるのだ。なんでわざわざケンカっぽい態度を取るのかあたしには分からない。頭のいい人の考えはわかりませんな。


『依頼内容は亡くなった恋人に会いたいから探して欲しい、と』

「どうやってだ?」


ぼーさんのもっともな横やりに曖昧に微笑む瑞希先輩。


『リンさんなら呼び出せる…かもしれないと思いまして』


先輩の家の事情で、依頼内容は勿論のこと一族の情報は絶対に外に洩らさないと徹底している。

最初は、あたし達にも山田だって秘密にしていたくらいだ。いろいろと知られると危険を伴うらしい。危険…知りたいようで知りたくないような。

なのにこうやって依頼に行き詰ってここを訪れる――あたし達を信頼してくれているんだろう、ちょっとくすぐったい。

あ、そうそう。びっくり仰天!実は初めてではないんだなーこれが。数週間前も、リンさんを頼ってアルバイトは休みなのに来ていたのだ!

んーなんだったっけ…呪い?呪われたトラのぬいぐるみを何故かリンさんに持ってきた。リンさんってそんなに呪いに詳しいの?湯浅高校の調査の際に、リンさんが陰陽師のようなものだって露見したけどさ。あたしゃあ〜さっぱりだよ。

今にも動き出しそうなトラのぬいぐるみにミニーを思い出し、恐怖心を抱いたのは誰にも秘密だ。


「依頼は探してほしいなんだろ?ってこたあ依頼主は彼氏が何かしら心残りがあると確信していて、探せって言ったんじゃねぇの?ポルターガイストが起こるとかよ」


瑞希先輩の相談にお金が発生しているのかどうかはあたしは知らない。


「ぁっ…成仏できてない?」

「そう」


――そっか。探してほしいって、幽霊になってると思ってるから依頼したのかな。

思考に耽りながらも、ちゃんと話を訊いていたんだから!あたし偉い。


「そうね、必ずしも成仏してるとは限らないよね」

『あー…』

「いそうな場所は探したの?」

『うーん』


ぼーさんよりは心の距離が近い綾子にも曖昧な返事で、あたしは小首を傾げた。所長様も怪訝な顔をしている。


「ははーん。思い出の場所を歩き回るのがめんどくさくて、手を抜こうとしてるな?」

『いや…回るには回ったのですが、なんて言うか…、』


どうも歯切れの悪い。

苦虫を噛み潰しましたってな感じの表情は、あたし達全員にきな臭い印象を与えた。すると、


「あたくしが!」


滅多に大声を出さない真砂子が、あの淑女な真砂子が、勢いよく立ち上がったではないか。いきなりでぽかーんとしてしまう。


「あたくしが口寄せ致しますわ!このあたくしがッ!」

「(出たよ)」

『ホント!?助かるー…あー……けど、』

「(先輩大好き人間が)」


驚いたのは一瞬だった。

真砂子はなにかとあたしを敵視している――ナルに恋慕の情を寄せているから。それと真砂子は瑞希先輩の一番の友達だと自負しているから、可愛がられているあたしが邪魔なのだ。取ったりしないのに。

周りを威嚇する野良猫と同じ雰囲気を醸し出し、リンさんを睨んでいる………ってリンさんいたんですか。気付かなかった。え、いつの間に出てきたの。


「瑞希さんは私を尋ねていらしたのですよ」

「霊を呼び出せれば誰でもいいのでしょう?それならあたくしでも事足りますわ。ここは瑞希の親友であるこのあたくしが、ね?瑞希」

「仕事に私情を挟まないで頂きたい」


御察しの通り、真砂子とリンさんは不仲だ。ま、まあ…リンさんが誰かと親しくしているのは想像できないが。瑞希先輩を除いてね。


「あら?私情を挟んでいるのはどちらですの」


二人の間でばちりと火花が散った。

キッとまるで親の仇を見るような眼光の鋭さで見上げる真砂子から、二人から争われている先輩をそっと盗み見れば、リンさん達の方を見向きもせず思案顔で。来てからずっと浮かない顔をしている。

ナルも瑞希先輩の様子が気になるんだろう、「待て」と、静かに口火を切った。空気を換えるという意味でナルは頼りになる。あたしは無意識に詰めていた息を外へと出した。


「依頼の途中なんだろう?依頼主はどうした」

「えっ、」

『良くわかったね。下の喫茶店で待たせてる』

「腕時計を何度も見てただろう。馬鹿でもない限り気付く」


下で?待たせてる?ここのメンバーを頼って来たんだからどの道、依頼主の女性と顔を合わせるだろう。なら、一緒に連れてくれば手間が省けるだろうに。

先輩が意味もなく依頼主を待たせて事務所の扉を叩いたとは思えない。

仕事をサボるように見えないし、一族の任務だって言ってたから成果を上げないと先輩が悪く言われそうだもの。手を抜かないだろう。それがなくとも先輩は真面目だから。

無駄なことはしない瑞希先輩がそうしたってことはだ、ただならぬ事情があるのではないか――…普段の様子と異なる先輩を見て、そう考察したのはあたしだけじゃない。…鈍いあたしが気付けたぐらいだ、みんな考えは一致しているだろうよ。


「僕も話を聞きたい。呼んで来い」


――なんでお前が乗り気なんだ。

瑞希先輩が気になるので、ナルへの抗議の声は飲み込んだ。

誰もツッコミを入れないまま唯我独尊な所長様のペースへと流れて、瑞希先輩も一瞬口を開いたが何処かほっとしたような表情を浮かべて頷いたのだった――…。





 □■□■□■□



外に面した場所でコーヒーを飲み寛いでいる噂の依頼人は、黒髪ロングヘアーの涼しげな美人さん。

彼女を一目見て、あたしの横で口笛を吹いたぼーさん…の足を、横切った綾子がヒールで踏み潰していた。おおナイス!仕事の時くらいヒールは止めろと常々言ってるけどね、今は感謝してるよ。綾子、ありがとう。

整った顔に見慣れているからか、それとも自分が容姿端麗だからか――ナルもリンさんにも表情に変化は見られない。

ジョンは素直に「えらい美人な方ですね〜」と、言っていた……うん。なんでかジョンには腹が立たなかった。


『お待たせしてすみません』


美人だったり可愛かったり、自分よりも容姿が優れているのを許せる相手とそうじゃない相手がいる。

必ずしも世の中の美人さん全てを排除したいと思っているわけではなくて。

男にもてはやされて当然だと思っているような、またはあからさまなぶりっ子だったりすると、無性にイライラするって言うか。女という生き物は、途端そいつを嫌悪するものだ。妬みも含まれているんだと思う。

女に好まれる女性像と男に好まれる女性像が異なるのも、そういった理由だよね。あからさまな態度は、集団行動を大切にしがちな女の習性から省かれやすい。

何が言いたいかって?目の前でにこりと含みのある笑みを見せた依頼主は、許せないタイプだ。なんか鼻につく、腹黒そうな感じと、あたしの中の本能が察知した。

男性からしたら艶のある仕草に目が釘付けなんだろうけど。現にぼーさんの目がハートになってる。


『とりあえず思い入れのある場所へ行きましょう』


先輩もそう思ってるのかな?依頼主の女に聞かれない音量で溜息を一つ落としていたのを、あたしの耳が拾った。


「…瑞希先輩?」

「どーしたんだ、今日はなんだか変だぜ」


ゾロゾロと大人数で駅に到着し、依頼主に言われるがまま切符を購入。

人の流れに乗って改札口を潜った遠くなる背中を視界に入れつつ、あたしは先輩の反応を待った。

女の近くにナルと綾子が歩き、こちらを気にしつつも真砂子もナルの横を歩いていて。瑞希先輩は、見失わないように流れに乗ろうとしていたリンさんの腕と、ぼーさんの腕を掴み、歩みを止めさせた。当然、あたしも。

初対面での態度と秘密を暴かれた過去から、ぼーさんに心を開いてない感じの先輩の突然の行動に、ぼーさんは目を丸くさせていた。


『彼女が探している恋人は、既にこの世にはいません』

「……は、?亡くなってんだから……ちょっと待て、それって成仏してるって?確証はあるのか」

『彼女から依頼を受ける少し前に、偶然接触してしまいまして』

「まさか滅したとか言わねぇよな」

『失礼ですね。私は妖と霊には寛大なんですよ。――問題の恋人は、私の前で成仏しました』


通行人の邪魔にならないように避けつつ、二人は小声で尚且つ会話が早く終わるように早口で。

ふと左を見遣ると、こちらの様子に気付かれないように――綾子と真砂子とジョンが女に積極的に話しかけていて。ナルも珍しく相打ちをしているのが見えた。……なにこのファインプレー。

「あぁ、だから歯切れ悪かったのか」、先輩にぼーさんが返す。リンさんは、「それで私を?」と静かに問いかけた。

瑞希先輩は、ぼーさんとリンさんの腕を掴んだまま、自身よりも高い位置にある顔を見上げて、更に声を潜める。


『依頼されれば、私は彼女の意に従わないといけません』

「その言い方だと、」

「成仏をしたのを見届けたばかりに…死霊を呼び寄せるのは、あまり気乗りしませんか」


そうだよね…せっかく成仏できたのに、この世に縛り付けるのは……。『そうではなくて、』……ん?

否定してから押し黙った先輩を三人でじっと見つめて、先を待つ。重々しく口を開いた先輩の唇から出た音は、苦々しく染まっていた。


『呼び出すかどうかは…リンさんと真砂子に任せます。少しでも嫌だとか…危険だと感じたら断って下さって構いません。滝川さんは、』

「俺はなにをすればいいんだ?」

『彼女の…心のケアをお願いします』


ぼーさん曰く、霊能者や拝み屋達に手に負えない悪霊などの依頼が山田一族に舞い込むらしい。

差し支えない程度での瑞希先輩の話を訊いていても、渋谷サイキックリサーチに届くものよりもハードで恐ろしいものばかりだ。それに比べればさ、今回のは比較的簡単な案件に思えるのは、安易な考えでしょうか?

そう思考しつつ、あたしの目は、ぼーさんの腕を解放したのに、リンさんの腕は未だ掴んだままの先輩の白い手の平に釘付けだった。

本人は気付いてないだろうけどさ、やっぱりリンさんを無意識に頼ってるに違いない。無意識とか先輩可愛すぎ。普段は誰にも頼らない瑞希先輩だからこそ、余計に微笑ましく思ってしまう。



「呼び出すだけでなんで?なんで、先輩あの人の心配をしてるんですか?」


ぼーさんもリンも素朴な疑問に同意して頷いたのを見て、


『知らない方が幸せなケースも時にはあるって事よ。――麻衣と真砂子にはついて来て欲しくなかったかな』


瑞希は苦笑し、麻衣も知らない方が幸せなんだよと示唆した。







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