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トンッと優しくベッドに倒されたのが何分前だったかもう分からない。
何十分経ってるかもしれないし、経ってないかもしれない。時間の感覚が興除さんによって狂わされてる。
『あっ……ん…、っぁ』
ぬるりとした感触が口内から消えて、ぼんやりと瞼を開ければ、近距離で興除さんが見えた。彼の双眸は、やや下に向けられていて、カッと熱が顔に集まる。
「――赤、ですか」
ワンピースを下から捲られ、胸元が人工的な明かりに晒されていた。
あんまりじっくりと見られるのは恥ずかしい。最近は修行をする時間はなかったし、ストレスも溜まり真砂子とケーキ食べ放題に行ったばかりだ。お腹はぽっこりだ。それに…。
『っ、これは…あの、綾子さんが…』
「そうですね、パステルカラーを好む貴女にしては珍しい」
それに、興除さんの黒曜石のような瞳は、冷ややかだと感じる人も多いだろうけど。彼の器の広さは凪いだ海のような穏やかさを持っている。
当然下から見える彼の瞳は二つで。そんな綺麗な両目が熱を持って、私の身体を見てるとなれば、全身の血液が沸騰しても仕方ないことだと思う。何度肌を重ねても、恥ずかしくて堪らない。
普段見る事の出来ない情事での興除さんは、女の私からしても美しくて、ため息が出る。
ナルと言い、ジョンと言い、興除さんと言い……整った顔立ちをしている人間を前に、……いや、興除さんだから羞恥心も二倍なのだ。何処を撮っても完璧な興除さんに、観察されるように凝視されると、不安になる。
『……変ですか?』
「いいえ、似合ってますよ……余裕がなくなるくらいに」
ワンピース脱がせやすくてイイな、などと一考していたとは顔には出さず、リンはしれっと微笑んだ。同時に彼女が身に着けていた花柄のワンピースの謎についても答えを導き出す。
実際、胸元までリンの手によって乱された瑞希さんは、とても煽情的で。隠された白い肌をもっと拝みたい欲求が鎌首をもたげた。
松崎さんに選んでもらったという下着は、攻撃的な真っ赤な色で、機能よりもデザインを重視したセクシーなもの。大方、お節介を焼いた松崎さんに、連れ回されたのだろうと推測。
『っ、興除さんっ、そこはっ…ン、舐めないで、ひう』
呼吸すらままならないキスによって涙目の瑞希さんと目が合うだけで、理性が一つ消え、めちゃくしゃにしたい欲望が一つ増える。
着衣のままコトに至ろうと決めたリンの脳内など露知らずな瑞希さんが、不安そうに栗色の瞳を揺らしてるのが最大の攻撃となって下半身を直撃している。
『ひゃ、う…、ン』
左足を持ち上げられ疑問符を浮かべる前に、足の指を舐められた。――な、ななななそんなとこっ!
批難の声は、甘い悲鳴に邪魔をされる。そんなトコ舐められたら、くすぐったくてお腹が痙攣しそうなのに同時にゾクゾクと肌が粟立った。
天井越しに見下ろしている興除さんの視線から逃れるように、ぎゅうッと目を瞑って、快感をやり過ごして。瞼を閉じても感じる明るさに、電気を消すのを頼み忘れていたのを思い出し、再び目を開けると――…。
「そそる光景なのですが…」と、全然残念そうに見えない興除さんの目線が更に下がり、
「ではここを舐めても?」
『えっ?!い、や……そこは、』
つうっと一番敏感な割れ目を下着の上から、興除さんの熱い指先が撫でた。その瞬間――頭から電気の事が吹き飛び、別の事を思い出した私は、顔を真っ青にさせた。あわわ。
『えっと、あのっなら!せめてシャワーを』
対してリンは、彼女の左足を持ち上げたことにより、赤い下着が湿っているのまでしかと視界が捉え、ごくりと生唾を嚥下していた。
男を誘う情熱的な真っ赤なソレは、白い肌に良く似合っていて。白さを寄り際立たせていた。
紐パンと呼ばれる下着…男の欲を煽るだけにしか見えない光景に、恐らくこれも松崎さんの差し金なのだろうと苦虫を噛みつぶしたかの如く、内心渋い感情が広がる。
「脚は御嫌なのでしょう?でしたら…こちらを舐めさせて下さい」
『えっと…だから、』
――ひぇぇぇぇ。
横にずらされた布の隙間から、ぴちゃりと水音がして。瑞希の背中は再びベッドに沈んだのだった。自然と彼女の手は、自身の顔を快感の波から逃げるように覆った。
『興除さんっ!』
「はい?」
『ん、っそこでしゃべらないでっ、ぁ…ん、き、汚いのでっ、ンぁっ、な、め、』
快感に理性が溺れるまでは、いつも強引な興除さんにタジタジだ。
私は興除さんが初めての人だったから、世の男性がどこまでがっつくのか知らないので想像の世界でしか比べられないけど。興除さんは、私よりも余裕だろうに、私を気遣ってがっついたりも変に余裕ぶったりしなくて。私のペースに合わせてくれる。
キスから肌を撫でる指先まで、優しさで溢れていて、大事にされているんだなとこの手に疎い私にも彼の想いは伝わる。
指を使わず興除さんの舌がナカを溶かして、私の脳もぼんやりと溶けていく。
わざと立てられる音に、羞恥心よりも快感が打ち勝って、自然と嬌声も大きくなって。じゅるりじゅるり、興除さんの舌が容赦なく思考を奪い去り高みを目指す。本番の抽送を想像させる動きによって、背中が浮き上がった。
『、ぁぁぁっ』
「気を遣りましたか」
ジャケットを脱ぎシャツ一枚だった彼が、シャツを脱ぐ様子が焦らしているのではと疑問を持ちたくなるほどの色気が、力が抜けた横たわったままの私の所まで流れている。
『こ、じょさん』
彼に内緒にしておきたい――…情事に於いて…ネクタイを緩める興除さんの仕草が官能的で好きだ。
シャツを脱ぐ彼も好き、疲労を隠さずネクタイを外す興除さんも好き、でもやっぱり自分の前でコトに運ぶ為に緩める興除さんが一番好き。恥ずかしいし、言ってしまえば次からじっくり見られなくなるから、今後も告白はしないだろう。
『わたしも…、』
「?」
『わたしも…その、えっと……』
聡い彼は直ぐに察してくれた。
「あぁ…次回にお願いしても?思ったよりも余裕がなさそうで、早く貴女をナカで感じたいんです」
下がった目線の先を理解したリンは、苦笑しながら、気を遣ったことにより更に男を誘う官能的な貌をしている瑞希の手をそっと掴み、「挿れますよ」と、宣言した。
リンの男根は、彼の身長を見る限り想像し得るだろう――…平均よりも大きく、彼女に負担が掛かっているのか、この時ばかりは快感に歪んでいた瑞希の眉が苦痛を訴える。
痛みを少しでも和らげようと、
「?痛かったですか」
リンは毎回恋人繋ぎをして、手を放さない。
それでもぐっと目尻に涙を溜める瑞希にドキリとした自分を戒め、リンは終始オロオロとした。
『違う、んです』
手を放さないで気遣ってくれる彼の不器用な優しさに触れて、とても嬉しいと思っていることをきっと彼は知らない。
『その、この瞬間…いつも、うれしいのに、切なくなって、泣きたくなる…と言いますか、……変ですよね』
「……変じゃないですよ」
心配が懸念に代わり、安心したリンの眉がへにょりと下がった。
「幸せだと感じたら無性に泣きたくなることもあります」
『しあわせ…』
「えぇ。瑞希さんはこうして幸せだと感じてくれているのですね」
『興除さんは?』
「幸せですよ」
汗で額に張り付いた彼女の前髪を、リンが優しく撫でた。
人一倍、人間関係に敏感で、ガチガチに壁で自分を守っていた不器用な彼女が、一歩踏み出して。
人一倍、自分の幸せに鈍感だった彼女が、自分の手によって幸せだと言ってくれた、それがリンの胸を激しく揺さぶった。幸せだと微笑みをくれて、瑞希はリンをも幸せにしてくれる。
くすぐったそうに、火照った顔で笑う瑞希が愛おしくて、二人で幸せを共有して、これ以上のない幸せを互いに感じてると理解した途端、苦しいほどにリンの眼に映る瑞希が愛おしい存在になっていく。瑞希もまた同じだった。
『ぁ、んっ』
「かわいい」
不思議なもので――…。
『っ、こ、ぅ…ぁ、じょ、さ』
「はい」
心を通わせて触れ合うと、強く感じてしまう。
愛し合うのはこういうことなのだと、言葉ではなく身体で教えてくれている。興除さんの体温に包まれて、鼻腔を擽る匂いを嗅いだだけで、ぴりっと電気が全身を駆け抜けた。
「っ」
『は、っ、…あ、はっ、ぁ、ぁぁ、』
終着を目指した動きに連動して、がつんがつんと脳内が揺れる。
お互いの荒い息遣いの音だけが室内に響き、彼の事しか考えられなくなって、息を詰めた興除さんに続き、目の裏でパチンと弾けた。びくんっと痙攣する。
息を整えて余韻に浸る興除さんが身じろぐと、しびれた身体に、ぴりっとした電気を達してしまった為に敏感になった肌が拾ってしまう、……あまり動かないで欲しい。快感から逃げようにも力が入らない。
『こうじょさん』
「はい」
疲労を労うように、髪を梳く興除さんの手付きが好き。
行為の後にドライに見える彼は意外とおしゃべりだ。もしかしたら、寂しがりな私に合わせてくれているのかもしれない。まあそれも興除さんの優しさに繋がるわけで。また好きが一つ降り積もる。
『明日お仕事は?』
「…午後からです」
『では朝はゆっくりできますね』
うとうととし始めた彼女が、寝まいと奮闘しているのがなんだか可笑しくて。笑いを噛みしめた。
一日のスケジュールを大方立てて行動する派のリンが、打算的なのは見て明らかだろうに。もちろん、明日…日付が変わって今日だが、今日、彼女に仕事も学業もない一日フリーだと知っていた。知っていた上でのお誘い。
瑞希は、リンとゆっくりできると喜んでいるその無邪気な笑みが、罪悪感を誘うのだが。
だからと言って――…狙っていたのだとは次が遣り辛くなる為言わない。時間割も把握しているという事実も教えない。打算的な自分は知らなくていいから。
恋人の時間(あなたといるだけで)
(心が穏やかになって、)
(満ち足りた気持ちになれる)
あとがき→
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