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『――という事があったの』


レギュラス・ブラックの朝は早い。

前日に学んだ勉強の復習や予習など、することが沢山あるから早めに起床している。スッキリとした脳で朝食を食べ、一日を始める方が性に合っているし、一日を快適に過ごせるような気がするからだ。

今日も今日とて早起きし、反りが合わない同室を無視して、朝食の場に席に着いたら、待ってましたとばかりに自分の先輩――セブルス・スネイプが隣に座った。

珍しい。…彼もまた自分と同じく、必要以上に人と慣れ合ったりしないのに。待ち構えていたらしい。

何か用だったのか――…もしかして、例のあの人絡みかと、身構えたが。繰り広げられた内容にただただ耳を傾けていたレギュラスは内心首を捻った。


『いや、という事があったんだ』


どうにもスネイプ先輩の様子が変だ。

時折女言葉を口にし、慌てて訂正している様を横目に、レギュラスの眉間に皺が寄る。不審な点は多々あるが、話に答えてやろう。


「はぁ…それは大変でしたね」


会話の着地地点と目的が見えない為、適当に相槌を打つ。

しかし…何故、彼の恋人リリー・エバンズではなく、シルヴィ・カッター視点なんだ?


『どう思う?』

「どうとは」

『リリーの言いたいことはわかる。しかしな…』

「シルヴィ・カッターにはその気がないのですよね。それなら別に放っておけばいいじゃないですか」

『う、う〜ん』


青白い彼の頬が僅かに赤く染まったのを目撃してしまった。ぎょっとしたのをここに記しておく。


「まさかまんざらでもなかったり?」

『知らん、知らんッ!私は知らん』

「わかりました、分かりましたから落ち着いて。後、声が大きいです」


スネイプ先輩はチラリとレギュラスを見た後、グリフィンドールのテーブルを見つめ、悩まし気な吐息をついた。重症である。

彼がこうやってコッソリとグリフィンドールの席を眺めるのは、珍しくない。なぜなら彼の恋人とは寮の性質上、あまり近付けないからで。

普段と違う様子を挙げるとすれば、彼の焦点がエバンズではなく、悪戯仕掛人のリーダー的存在に向けられているところだろうか。


『だいたい、ジェー…、ポッターにはリリーがいるし……』

「エバンズはあなたの恋人でしょう」

『ポッターの一時の気の迷いに、真剣に答えるのは』

「傷つくのが怖いのですか…彼女は」

『?何故そう思う?』

「リリー・エバンズの事は一旦横に置いておきましょう。何故彼女がリリー・エバンズを重点的に考えているのか理解に苦しみますが……リリー・エバンズを抜きにして、彼女はポッターをどう思ってるんでしょうかね」

『考えてなかった……のではなろうか』

「ふぅん」


レギュラスは、聞いていないかのか疑いたくなるような返事をした。


『それに…あの様子じゃあ断る以前の問題のような……』

「僕が思うにポッターは告白を断ったからといって、友達を止めるなど言わないと思いますよ」


正直こんな話を…グリフィンドールだし、聞いてやる義理はないのだけれど。彼、否――彼女にはお世話になってる上にこれからの恩がある。

だから僅かばかりの親切心を働かせて、傾聴している。というのに、煮え切らない曖昧な音吐に、眉がぴくりと動く。

隣に堂々と座っているコウモリのような男…に見える人間は、呑気に食パンをかじっている。どうでもいいが、この人間はカリカリに焼いた食パンの耳が好きらしい。本当にどうでもいい情報だが。


『断ろうと考えたこともあったらしいが』

「それで?」

『いざ行動に移そうとする日に限って、不整脈が起こって体調が悪くなる』

「…それって」

『体全体が重くなるんだ。その日は不調になって保健室にも行くんだが、普段の行いが裏目に出てサボリ扱いにされる……といつだったかボヤいていた』


食事中にあまりおしゃべりはしたくない派のレギュラスの心境など露知らず。

眉を寄せてぽつりと呟いた――そんな彼に見える人間の表情は、とても“彼”らしくて、レギュラスは違和感が払拭したような錯覚に陥った。しかめっ面は彼に良く似合う。


――…それよりもなんて?言った?

聞き間違いであってほしいと願うも、厳しい形相を目に留め、無理かと嘆いた。

レギュラスの爽やかな朝がドロドロしたものに塗り替えられていく。全ては隣にいる人間と、“彼”が一心に見つめているジェームズ・ポッターと雌猫のせいだ。

レギュラスにとってジェームズ・ポッターは、苦手な人物で。兄を取った忌々しいグリフィンドールという位置づけにいる為、嫌いである。

もちろんそれは、張本人にも、彼に近しいシルヴィ先輩にも薄々気付かれている……だろうと思う。プライドがズタズタだ。


「アレを見て彼女はどう思うのでしょう?」

『モテるな〜とか?』

「奴等は、理解に苦しみますが、非常に理解に苦しみますが、僕が入学した頃には既に人気でした」


灰色の瞳に苛立ちを乗せ、忌々し気に吐き捨てたのに。

横にいる人間はリスを思わせる頬の膨らみをもぐもぐさせて、『そうだったな』と首肯してくれた。

ふと、“彼”らしくない反応を見せるこの人間もまた最初はポッターが苦手だったと言っていたのを思い出して。ふっと頬が緩んだ。

意見が一致するというのはとても嬉しい。尊敬する先輩だからこそ。アレに何かしらの感情を抱いている様子なのは、解せないし許せそうもない――…自分のもやもやした感情は一旦忘れよう。話が進まない。


「例えばですよ?一般的に人は恋をすると心の蔵が速く脈を打つらしいです」

『へぇ。レギュラスは恋をしてるのっ?』


キラキラとした眼差しの奥に、紫暗色が見えた気がした。当然無視。


「……シルヴィ・カッターはポッターとどうなりたいんです」

『ジェームズのコトはずっと友達でいたいと思ってるよ…あ、らしいよ』


もう口調がぐだぐだである。成り切るつもりはあるのだろうか。


『頼もしくて皆の中心に常にいてキラキラしてるよね。私にはもったいない……って、ごふんッ思ってるのではないか?』


レギュラスの灰色の双眸が自然とシラケていく。

フォークでベーコンを何気なしに突き、思いの丈を紡ぐ彼――否、彼女に、次の瞬間――…。


『最近はそれも怪しいな』

「――ぇ」


目を見開かせる羽目になった。


『友達なのにね、一緒にいるとたまにイライラする。イライラ?ムカムカ…うん胃がムカムカする感じって言ってた』


考えもしてなかった彼女の本音に、息が詰まる。


『消化器官が上手く機能してくれなくて、こう…ムカムカする。歳かな』


ムカムカすると何度も呟く彼女は、気付いているだろうか。

スネイプ先輩に見えるその土色の顔が、切なげに染まっているのを。……できれば先輩の顔でその表情を拝みたかったと胸中で零す。なにが悲しくて男の恰好した人間の苦しそうな姿を見なければならないのか。爽やかな朝から程遠い。

めんどくさがり屋で、意外と努力家で、人混みを嫌う彼女を自分は存外気にっている。

こうやって日常を…全てを忘れて笑い合って、苦労を掛けて掛けられて。これからもずっとそういった間柄でいたいから――…そっと手を差し伸べるんだ。あれこれ考えるよりも先に、自然と両手を差し出す。


「アレンの話を聞いてくれませんか」

『え、誰』

「何を今更、僕の友達じゃないですか」


スネイプ先輩だったら知ってる知人の名前。


『そうだった…(なるほど、わからん。ていうか友達いたんだね)』


目を白黒させ慌てて頷く彼女がバカ可愛い。現在の姿はアレだが。


「で、アレンのヤツ。幼馴染に最近男友達が出来たとか言ってましてね」


彼に成り切るにはあまりにも勉強不足。

スネイプ先輩は、僕の話にうんなんて可愛く相槌を打ったりしない。良くてなんだ、だ。それに眠たげな目元も描かなければ、穏やかに表情がくるくる変わるはずもない。

彼が穏やかに目尻を下げるのは、リリー・エバンズの前だけだ。彼女に近しいこの先輩はそれが当たり前だと考えているだろうから、スネイプ先輩に成り切れていると思っている。アホだ。


「あまりにも仲が良くて、以前のように二人っきりで話ができなくなったと、苛々したり落ち込んだりと情緒不安定なんですよ。どうにかしてあげたいんですけどね、僕にはサッパリで」

『ふむふむ』

「あ。解決の糸口見つかりました?教えてください」


『いや若いっていいな〜』なんてアホな感想を零す先輩――シルヴィ・カッターは、へらへらと笑っている。黒髪のつむじにアホ毛でも生えてそうなアホ面である。


『アレンはその幼馴染と仲がいい男友達に嫉妬してるんだろう。自覚しているのか?しているなら積極的にアプローチをかけろと言っておけ』


ここぞとばかりにスネイプ先輩っぽく、ふんッと鼻を鳴らされても……もう笑いしか込み上げて来ないんですが。

もう少しこのアホな先輩の茶番劇に付き合ってもいいかもしれない。そして暫くこの話題で彼女を弄るんだ。一つ楽しみが出来たと心が躍る。


「なるほど。………あなた、鋭いのか鈍いのか」

『はぁ?』

「そう、要は嫉妬なんですよ」

『あ、あぁ。?』


大量の疑問符を飛ばすシルヴィ先輩、何度でも言うがバカである。

事あるごとに面倒だめんどうだと呟く彼女は恐らく、自分の感情と向き合うのも面倒だと本能的に避けている。もう一度言っておこう、バカだ。


「嫉妬をすると、面白くなくて胸の中がどす黒くなってイライラしたりするんです」

『なんだなんだー。やけに詳しいが…ほほう。さてはレギュラス、君も嫉妬を経験した過去があるんだな〜』


にやにやと笑みを零すスネイプ先輩の姿をしたシルヴィ先輩に、イラッした。――スネイプ先輩はそんな笑顔なんてしないッ!



ダンッ



「いいから最後まで訊け」


苛立ちの衝動に従い、右手でテーブルを叩く。

隣にいた彼女を驚かせる威力の音は出せたようで。途端びくつかせる小動物……姿はコウモリだが。眼力に冷気を漂わせて告げる。


『ハイ』

「知ってますか?あの二人、昨日から付き合い始めたのだそうです」

『………ぇ』

「今の心境はどんな感じですか?胸の奥がムカムカしてるでしょう?おかしいですね、嫉妬と似た症状です」


――彼女のお陰?せいで?

スネイプ先輩のクールなイメージがガタガタと現在進行中で崩れている。


『なにを言ってるんだ。私は男だぞ』


視線を左右に揺れ動かして。冷や汗を流す男の姿など……見たくなかった。悪夢である。

一つ大げさに溜息を吐いてみせたら――考えていたよりも深いものが出てしまった。気にせず続ける。


「あなたこそ何言ってるんです。ポリジュース薬を飲みましたね」

『うっバレてらぁ』

「あそこにいるシルヴィ・カッターは、スネイプ先輩ですね。あなた先輩にポリジュース薬を作らせて、挙句飲ませたんですか」

『うっバレてらぁ』

「シルヴィ先輩が魔法薬学が苦手なのは、先輩から耳にタコが出来るくらいに聞かされてますからね。ポリジュース薬の入手方法など簡単に想像つきました」


そこまで指摘されて、セブルス・スネイプもといシルヴィ・カッターは、『セブは魔法薬学が得意だからね〜』と、自慢げに胸を張った。


『(なんせ未来の教授だ!)』

「おや。どうやらエバンズもポッターも、あなたがあなたではない事に気付いたみたいですよ」


正体がバレてしまっては仕方ない。

こうやって面と向かって話すのは久しぶりだから、授業なんて出ないでゆっくりしていたんだけど――そう甘い考えを巡らすシルヴィの意識を、レギュラスは指をさして前方へ向けさせた。

促された方向を見ると、飛びこんで来た光景は、シルヴィの姿をしたセブルスをリリーが必死で詰め寄るジェームズから庇っているところで。

リリーは、アレがセブだと気付いたみたい。セブが喋ったのかな?

無理やり薬を作らせて飲ませちゃったから、後でリリーとセブの二人から説教があるに違いない。後悔はしてないよ。

はっと顔色を変えたジェームズが此方――スリザリンのテーブルを端から端まで鬼気迫る形相で見渡して、眼がメガネ越しにバチリと合った。ひくっと唇が引き攣る。


『嫌な予感がする』

「奇遇ですね、僕もです」


二人揃って身を寄せて、こそこそと話し込めば、不思議や不思議。

ジェームズの目尻が怒ったリリーと同じくらい…ううん、それ以上に吊り上がったのを見て、ぶるりと震える。え、私ジェームズにはまだ何もしてないよね?


「そうそう。ポッターに付きまとっているあの雌ね…女性、愛の妙薬を使ってジェームズ・ポッターを手に入れたのだと噂が流れていました」

『えっ、え?』

「あれは定期的に飲ませないと効果はありません。時期にポッターも正気に戻るでしょう」


ゆったりと立ち上がった彼は流石ブラック家。とても優雅で気品に溢れる仕草だ。

ふふふと笑い声を手で隠し、出来れば最初の方で欲しかった真実を小声で教えてくれた。情報通な彼だから教えてくれた内容は確かなのだろう。力強い眼力が物語っていた。えぇぇ。


「あの様子を見ると既に正気に戻っているようですね、良かったじゃないですか。彼は貴女の事が好きな彼だ」


おいおい兄ちゃんよ、なんでソレ早く言わねぇんだよ。なんでか物凄い勢いで近付いて来ているジェームズが恐ろしいんだよ。助けてくれよ。


「ほっとしました?――それがシルヴィ先輩が知りたかった答えです」


息つく暇もなく爆弾が投下された。思考が急ブレーキで停止する。


「逃げるも逃げないも貴女次第です。くれぐれも僕を巻き込まないでくださいね。一応…僕たち敵対している間柄なんですから」

『そうだった!いやいやだからセブルスになって来たんだけどね!』

「さぁ何処へでも逝って下さい」

『ねぇ字の変換間違えてない?違くない?』

「僕はお悩み相談室なんて開いてはいないんです、貴女の敵なんです、わかりましたか?」


――待って、待って!

後生だから背中を押さないでッ!


「さぁ逝ってらっしゃい。さよなら〜また逢えたらいいですね」

『なんで願望系ッ?』





初めまして

(そしてこんにちは私の恋心)
(そっか、私…)
(ジェームズの想いを否定したくなかったんだ)
(奥底で求めていた恋心)

あとがき→



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