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それはこの世界の軸のようなもので。

それはこの世界の常識みたいなものだった。


「ねえ、聞いてるのッ」


だから、


「ちょっと!エイミーの話をちゃんと聞きなさいよ」

「ホントとろいわねっ」

「見てるだけでイライラするわ」


だから、ジェームズの告白まがいな言葉も、意味ありげな眼差しも、私を労わる優し気な手付きも、全て、私の勘違いなのだと。もしもそれが真実だとしても、その先を想像して受け入られなかった。


『ちゃんと聞いてるよ』


悪戯仕掛人の四人は、すごくモテる。

こうやって女の子のグループに呼び出されるのも初めてではなかった。

真っ赤な髪を持つ大人女性へと成長したリリーは、女の本能で勝てないと察知しているからか、私やアリスみたいに呼び出しをくらったりはないようだ。

アリスは、リリーとは違って可愛く成長したのだけれど、お人好しそうな雰囲気だから、彼等にラブレターを手渡してと良いように扱き使われることも度々あるらしいと訊いた。

私は押し切ればイケると、こうやって度々呼び出しをくらう。のそのそついていくの面倒。



特にこのグループは、これまでも何度か私を事あるごとに呼び出して、気が済むまでイチャモンを付けてくる。

一度、スリザリンらしく過激な洗礼もあったんだけど…。それは何故かタイミングよく現れたジェームズによって、制裁された。それ以来こうやって私を罵って帰るのが通例となったのである。


――毎回呼び出しに応じるなんて自分でもバカだと思うよー。断るのも面倒だったんだ。

断った先にある洗礼もまためんどくさくてね。


「見てなさい!その余裕そうな間抜けな顔も今だけなんだからっ」

「そーよ、そーよ!」

「明日にはエイミーのモノになるのよ」


恋をする女の子はいつだって可愛くて、応援したいと思う。相手がジェームズでなければ。だってジェームズには、リリーがいる。

今はリリーの矢印がセブルスに向いていたとしても、未来はわからない。いつジェームズの方向に向かうか分からないのだ。方向転換してしまえば、それは確固たる赤い絆となるだろう。

叶わない恋の行方を知りながら、彼女を応援など出来ない。彼女の想い人がシリウスとかだったら、私は喜んでキューピット役に徹しただろう。


『ん?』


――今、聞き捨てならない発言をしてなかった?


「屈辱に染まった顔のアンタを見るのは楽しみだわ」


ふわふわとしたブロンドを肩で揺らす彼女を凝視する。

彼女は勘違いをしている。ずっとその勘違いを訂正してこなかった私にも比はあるのかもしれない。

めんどうだからしなかったの。彼女の本当の恋のライバルはリリーなのに、彼女達はずっと思い違いをしている。

いつだったか――…突然悔し気な表情で突っ掛かって来た彼女の名は、エイミー。改めて自己紹介もしてない為、ファミリーネームは知らない。調べる手もあったのにしなかったのは、面倒だったから。



「何してるんだい」

『!ジェ、』


今日は、廊下を歩いている最中に呼び止められたので、


「あら、ジェームズじゃないっ」


第三者――ジェームズ・ポッターの目にも簡単に止まったわけだ。彼の意中の人を囲んでいた面々を、渋い顔で見つめる。


「また君達かい。僕言ったよね、シルヴィに二度と絡むなって」

『(そんなコト言ってくれてたのか…)』


寝耳に水だ。そう思考して、じわりと胸の中があたたかい何かで満たされて戸惑う。たまにこの現象が、ジェームズと話していると訪れる。またか…と私は思った。

彼女達は、ちょっと世間話をしていたのよと、冷ややかな空気を醸し出したジェームズに言って去っていく。

脱兎のごとく小さくなる彼女達の背中を眺めていたら、当然ジェームズに話しかけられた。


「大丈夫かい?」

『ん?うん』

「ホントに?」


ハシバミ色の瞳が細くなる様は、とても怖い。まるで見透かされているかのよう。


『ホント、ホント。あの人達と世間話してたのは本当だよ』

「ならいいんだけど…なにかされたらちゃんと言ってね」


仮に何かされたとしても、ジェームズには言わないよ。

そう思ったが、素直に喋ったら怒られそうな予感を察知した私は、頷いておいた。私の危機察知能力は、動物並に優れているのだ。えっへん。


『わかった』

「………」

『?なにかな?』


――え?なんか顔についてるかな?

ぺたぺたと自分の顔を触ってみるが、それらしいモノには行き当らなくて、更に疑問符が飛び交う。ならば、寝癖でもついてるか?その考えの元、髪も触ってみたが、そういえば今朝リリーがヘアーセットしてくれたからその心配がない事に気付く。


「シルヴィは、アイツ等の相手はちゃんとしてるよね。相手する必要もないのに」

『?うん?相手って言うか…話を聞いてる感じかな。え、それがどうしたの?』

「どうして?」


ジェームズの切羽詰まった音吐にぎょっと目を剥くと。

斜め上にあった彼のかんばせは表現するには難しい――切なそうな、不服そうな、でも眼の奥は熱が籠っていて。じわりとそこから私の胸を焦がす威力があった。


「シルヴィは僕の気持ちを気のせいだとか冗談だとか言って、ちっとも受け取らないのに、なんでアイツ等の相手はしてるの」

『――え、』

「知ってるんでしょ、アイツ等…アイツが僕のコト好きだとか言ってるの。それでいつも絡まれてるんでしょ」

『そうだけど……それは、』

「ねぇなんで?僕の想いは気付かないようにしてるのに。なんで?」


ゆっくりと近寄ってくる彼が怖くて。

心なしかいつも安心するハシバミ色が据わっていて、私の知るジェームズには見えなくて怯んだ。ざわつく胸中からも逃げたくて、適当な口舌を吐いて、ジェームズとその場で別れた――…その行為がいけなかったのかな。

毎朝、談話室で私が下りて来るのを待っていてくれる彼が翌日はいなくて。

ぽつーんと冬の吹き抜けの廊下の肌寒しさのような侘しさが、胸の中を横切った。




「シルヴィ…アレを見てどう思う」


朝が弱い私が心配だからだとか、実は異性で自分が一番に毎日私に逢いたいのだとか、朝待っていてくれる理由を聞かされていた。

どれも嬉しくて、今はそうだとしても未来では変わるのだろうなと把握していても、手放しにくれる好意は純粋に嬉しかったのだ。くすぐったくて毎回身悶えする程。


『いや〜朝からお熱いですな』


廊下でジェームズと気まずいまま別れた昨日は、一日中口を聞いてくれなかった。避けられていたのだ。…うん、避けられてると気付いたのは、たった今だ。我ながらバカだと思う、誰か私を罵っておくれ。

翌日――つまり本日は、ジェームズと話せるかな〜とか朝起きて考えていた私は甘かったね。

談話室に彼の姿がなくて、昨日から続いていた不信感にいよいよおかしいと考えていた私と、一緒に大広間へと行くつもりだったリリーとアリスは、寮の出入り口から出てすぐに足を止めるはめになった。で、今に至る。


「ちがーうッ!そうじゃないでしょ!」

『なーにー?ちょっといきなり怒鳴んないでよー』


キッと目尻を吊り上げたリリーの先にいたのは、探していたジェームズで。

そのジェームズの腕に自身の腕を絡ませ豊満な胸を押し付けている女性は、よく私を呼び出すスリザリンのエイミーだった。やあ昨日ぶりなんて言える空気じゃないのは、流石の私にも分かった。

にんまりと笑うエイミーは、私に勝気な笑みをくれた。いつもの倍、見下した笑み。

引っ付かれているジェームズは、嫌そうどころか、頬が下がっていて嬉しそうで。遠目から見てもお似合いの一組だった。

片割れがリリーじゃないのが残念だと一人ごちる。……ホントに?ツキンと切なく胸が痛んだのはどうしてなんだろう。

香る甘い雰囲気から目を閉じた。


「アレを見せられてなんとも思わないの?」

「リ、リリー…落ち着いて」

「これが落ち着いていられますかッ」

『(うわー)』


カルシウム足りてないの?なんて言ったら最後、日の目を見られなくなりそうだ。


「毎日毎日メガネのアプローチはウザいと思ってたわよ」

「う、うん…リリーがうざがってるの…み、皆知ってるよ」

『(私も知ってた)』


鼻息を荒くするリリーから目が離せない。否、本音は、ここからほど近い場所で引っ付き合う彼等を見たくなかったから。

彼等の周りには、悪戯仕掛人の残るメンバーもいて。当然ながら、一つの塊となっているわけで、嫌でも視界に入るのだ。しかも、ジェームズを除いた仕掛け人の彼等から強い視線を感じる。私に突き刺さってる。

リリーから逃げたら、今度は彼等に捕まりそうな気配。


「でもアレはないわッ。あんな女に取られていいの?ねえいいのッ?シルヴィバカにされてるのよ?ここで黙ってたら女が廃るわ」

「リリー…それ論点ずれてない?」

「ちょっとアリス、黙ってて」

「ハイ」

「いいの?シルヴィ。女のプライドはないの?」

『あー…リリー?』


問題はソレでいいのかと私が指摘してもいいのかな。うーん、指摘したらしたで、爆発されそう。

心配は杞憂だった。「それよりもっ」と、リリーが興奮したまま続ける様子を見せたから。


「シルヴィいい加減に逃げるのは止めなさい」


ひゅうッと息が詰まった。


「メガネに気がないのなら、ちゃんと断りなさい」


「それがせめてもの情けってやつよ。その気がないのに、生殺しって…真っ直ぐなメガネには可哀相だわ」そう忠告されて。言い返せなかった。その通りだと思った。

エメラルドグリーンの瞳が、先日のハシバミ色の瞳と重なって、胸にズシリと重みが増した。

反論は許さない、此方を見透かす強さがそこには宿っている。私には到底放てない光。言いたいことは全部吐き出したリリーが、何も言わない私に一つ息を吐いて、


「良く考えて。私達、先に行ってるわよ」


と、先に行ってしまった。

リリーに引っ張られているアリスが、心配そうに眉を八の字に下げているのを茫然と見送って。

気付くと廊下には私一人だけだった。ぽつーんと物寂しい。まるで私の心の中のよう。









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