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「付き合わせてしまってすみません」
『…本当にそう思ってます?』
しれっとしたリンの声と、呆れた風の瑞希の声が大きくないのに鮮明に聴こえた。
間を置かずに瑞希が、『リンさんって変な人ですよね』と、しみじみ呟き。リンがすかさず「心外ですね」と、ふっと口元を緩めた。
「(え、えっ)」
叫ばなかった俺を誰か褒めて欲しい――あの鉄仮面なリンが!僅かだが笑ったんだぞ、あのリンが!
そういや〜麻衣がいつだったか、瑞希と一緒にいるリンは少しだけ雰囲気が柔らかくなるとか言ってたっけ。
『お礼として差し上げた物に対して更にお礼がしたいだなんて』
「それは口実ですよ」
――お礼?
興味を惹かれる話題へと突入した為、意識が背中に集中する。
連れの男も俺と同じく俺の後ろの一組をガン見している様子だった。その証拠に俺達の間に会話は一つもない。ひたすらコーヒーを飲んでいた為、カップの中は既に空になっている。
「こうやって休日に瑞希さんと会える言い訳が欲しかったんです」
目の前で身を乗り出して様子を窺っていた男の顔が、輝いた。その面差を文字で表すと「キタ――(゚∀゚)――!!」だな。
何も知らない他人だったのならば、俺の心情も「キタ――(゚∀゚)――!!」で彩られていたに違いない。甘くなる空気を察知して、知り合いのそんな空気に苦いコーヒーが恋しくなった。おかわりしたい。
「この後は、パンケーキを食べに行きましょう」
リンらしからぬお誘いに、俺は思わずバッと振り返ってしまった。
視界に飛び込んだのは、頷きかけた瑞希で。頷き終わる前に、ん?と小首を傾げる瑞希の横顔がはっきりと見えた。
『お昼をご一緒したらサヨナラなのでは…』
「えっ」
『えっ』
漂って来た気まずい空気に、俺も友達も顔を見合わせて押し黙る。
えっと…デートではなかったんだ、やっぱり。話の流れから察するに、リンが強引に約束を取り付けたようだ。リンもそんな事するんだなー意外だ。
話のネタとして使えるなと麻衣を含めたいつものメンバーを脳裏に浮かべて、にんまりと笑った。
「お昼だけでは味気ないと思いませんか?瑞希さん午後もこれといって予定はないと仰ってましたね」
――ふむふむ。つまり暇だろと遠回しに言ってんだな。
「ウィンドウショッピングでもしましょう。女性はウィンドウショッピングが好きだと伺いました」
誰にだよって心の中だけでツッコミを入れる暇もなく、「その後に…小腹がすくでしょうからデザートにして、最後にご自宅までお送りいたしますよ」と、言葉が続く。
「(お前…誰だよ)」
やり取りだけ聞くと、男が女を口説いているようにしか聞こえない。
実際、これは口説いているのか?だとしたら…リンは瑞希に好意を寄せている、と?いやいやまさかな。相手は未成年だぜ?ないない。……ないよな?
「…随分と余所余所しかったけど付き合い始めなのかね」
「…さぁな」
空気に耐えられなかったのか、一旦トイレへと席を外した瑞希を見届けて。
仕事仲間である彼が声を潜めて、俺にそう問うた。俺のカップも彼のカップもコーヒーはなくなっているというのに、出て行かない。ふと視界の端にいた黒が動いたので、俺達はまたも口を閉じた。
何をするのか――…息を呑んで見つめる四つの瞳の先にいるリンは、ちょうど注文していた品がテーブルに並べられたタイミングで、会計をしているではないか。
なんて奴だ。彼女がいない間に、スムーズに会計を済ませやがった。
『あ、すみません。先に召しあがって下されば…よかったのに』
「いえ、今来たんですよ」
「嘘つけ」
今一瞬、俺の心の声が出てしまったのかと焦ったが、心の声を出していたのは俺の連れだった。
いただきますと声を揃えて食べ始めたリンと瑞希は、行儀が良くて品がいい。さぞ育ちがいいんだろうなとどうでもいい考えを巡らせた。あーそういや瑞希の父親はいないんだっけ…。
――俺って瑞希の事もリンの事も詳しい事は何も知らないんだな〜。
知りたいと思っても、特に瑞希から嫌われている俺は、一つ込み入った質問をすれば更に嫌われるだろうから下手に聞けないのが痛い。
人間が嫌いだと言っていた瑞希に慎重に動けば良かった、過去の俺を現在の俺は心底恨むぞ。
『ウィンドウショッピングと言ってましたが、リンさんは何か見たいものとか買いたいものとかありますか?』
「そうですね…」
物を食べてるリンの姿を目視して初めて気付く。リンもナルも仕事の際に食事をしているのだろうか。
泊まりの時もあったからそりゃ食ってんだろうが、改まって見たことがなかった為、アイツも人間だったんだなと感慨深い。しかもちゃんとした食事だ。
同時に、リンのヤツ…食べる暇もないほどナルに扱き使われてんだな、そう考察して生温い視線を贈った。次があれば休憩くらい取れと優しくしよう声をかけよう。
「マフラーを選んで欲しいんです」
「女子か!」
――お前ホント誰。
本日何度目かの心のツッコミ。連れの渾身のツッコミはスルーさせて頂いた。
あの男、リンのツラをした別の誰かじゃねぇのか。瑞希はなんで変に思ってねぇんだってーの。今日のリンはぜってー変だろ、可笑しいだろ。『寒くなりましたもんね』って頷いている場合かッ。
え。もしかしなくても…瑞希の前だと、あれが普通だったりするのか?いーやーあんなリンは知りたくなかったー!別人であってほしかった。
「瑞希さんは?」
『私ですか?私はー…んー』
んーんーんーっと、一旦カルボナーラを食べる手を止めて唸ってるトコ悪いけどな、リンと食事したらサヨナラする気満々だっただろお前。なに無理やり行きたい場所を絞り出そうとしてんだよ。
あっと閃いたらしい彼女が子供のように顔を輝かせた。
普段大人っぽい彼女の珍しい笑みを真正面から受けたリンは、普段から無表情なため硬直したのに。彼の感情は第三者にもちろん見ていた俺にも彼女自身にも、伝わらなかった。
というか俺は、珍しい彼女の表情の変化に、目を瞬かせて瞼に焼き付けようとしていたから気付かなかっただけだが。
『私もマフラーが欲しいのです!私のはリンさんが選んでください』
『誰かと選び合いっこするの初めてなので、楽しみです』そう頬を染めて喋る瑞希は文句なしに可愛い。
これを断るなんざ男じゃねぇ。レディーファーストを地でしてしまうリンも頷いている。良かったな瑞希……人が嫌いだからか?友達ともこれまでそんな事をしなかったのかとあれこれ妄想をした。
――おじさん涙が出ちゃう。
マフラーを選び合いっこすると喜んでいる相手は俺と同年代だけどな!
白のコートに似合う上品なワインレッドのマフラーをリンが選び、瑞希が黒に合う赤と紺のギンガムチェックのマフラーを選んだと知るのは――…
「(あれで付き合ってないとか…逆に驚きだろ)」
渋谷サイキックリサーチにて、真新しいマフラーを首に巻いている二人を見た俺だけだった。
そしてにやにやとしてしまった俺に、太陽すらも凍らせる威力を持った眼力が突き刺さる現実が待ち受けているとは――…今の俺は知らなかった。眼だけで心は殺せるのだと俺学ぶ。
出歯亀しました(覗き見ですか、良い御趣味ですね)
(!滝川さん?偶然ですねー)
((リンの絶対零度コワイ、リン怖い))
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