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※本編「公園の怪談」と「放課後の呪者」以後の話。
上記の話をまだお読みになってない方はご覧にならないでください。
※若干ネタバレです。


□□□



都会の喧騒を忘れ、木の温もりが奏でる穏やかな喫茶店。

和を想わせるむき出しの木材に、アンティーク調の調度品。照明は眩し過ぎずかといって暗すぎないムードを感じさせるには調度いい明るさで。

ストレス社会を忘れ憩いの一時を求める者が羽を休ませる為だけに作られたかのような居心地の良さ。

だからだろうか、店内に御客がちらほらと腰を落ち着けているのにも関わらず、人の視線も声も煩くない。まるで来るお客一人一人が教育されたのではと思ってしまう程、行儀がいい者しかいない。

そんな現実から離れ、のんびりとした時間を過ごすに相応しい場所に、一見不釣り合いな派手な恰好をした男二人組がいた。彼等もまた店の雰囲気に合わせ、ゆったりとコーヒーに舌鼓を打っていたのだった。特有の香ばしい匂いが身を包む。


「美味いな」


たまにはこんな時間を設けるのもいいなと、頬も緩む。


「当たり前だろ」


一人の男がほうっと息を吐いて感嘆の声を上げ、もう一人の男が簡潔に返した。

軟派な服装に身を包む二人の職業は、見た目を裏切らないミュージシャンで。つまるとこ二人は仕事仲間だった。仕事帰りにここを何度か利用していたから、今日も自然と来店していたのだ。

余談だが、茶髪の男はベースを担当していて――…この男の副業こそ驚くべきもので。意外や意外、彼は拝み屋だった。その道では割と顔も知られているというのに、頑なに副業だと言い張る彼は、実は“昔は視えていた”人だったりする。

まあそちらの業界で昔は視えていたのに〜って嘆く人は珍しくない。

不思議なもので、子供の頃というのは視えないものを視る力が強いのだ。七つまでは神の子という言葉があるくらいだからだろうか?


「お前ここ最近調子がいいなー羨ましいぜ」

「そうか〜?」


茶髪の男の前に座っている男がのそりと顔を上げた。対して茶髪の男は、きょとんと瞬きをした。

ジャズでも流れていそうな店内の雰囲気を楽しむ茶髪の男を、彼は頬杖を突き眺め、わざとらしく溜息を贈る。

特に話すこともない為、暫しの沈黙の後、来店を知らせる風鈴のような上品な音と共に入店した一組のカップルが視界の端に映った。何気なしに見詰める。


「おい見ろよ」

「あ?」

「なにアレ、脚長すぎ。そんで全身黒すぎ。短足な俺に対する嫌味か」


人を見て文句を言い始めた仕事仲間を、変な言い掛かりはやめなと諫めてみたが。

変わらず茶髪の男の背後を見つめたままの仕事仲間に、今度は茶髪が溜息をついてみせた。時々コイツは、カップルを見るとリア充爆発しろと騒ぐのだ。入店してきたばかりの人間は、十中八九カップルなのだろう。


「いいから見てみなって」


穏やかな空気を換える気かと顰めた眉を一瞥した連れは、カップルを冷やかす気満々な態度を改めてくれない。声を潜めているのがせめてもの救いか。

自分にも彼女がいないから、その気持ちは痛い程理解出来る。けど、世の恋人同士を別れさせようとは思わない。

きっとデートを楽しんでいるのだろうに、嫌な気持ちにさせちゃうのは申し訳ない。自分の連れが原因であれば尚の事、罪悪感を感じるわけで。


「お前だってあの男のようにはクールに着こなせないだろ?」


こんな会話をするのは初めてじゃない為、慣れた様子で不自然にならないよう連れの視線を辿れば――…。


「――!?」


だらしなく府抜けた茶髪の男――滝川法生のかんばせが、一変した。目を見開き硬直したのである。それは何故か、答えは来客の二人の男女にあった。

二人組なのは連れの呟きから察せられたけれど、仕事仲間である連れと同じくらいの頻度で会っている見覚えがある貌が二つ、店員に案内されていたのである。

滝川が知りえる情報を辿らなくても、男女の二人は恋人なんて甘い間柄ではない。

あくまで仕事上の関係であるはずの彼等が親密そうに、それも滝川からほど近い席に座ったのを確認して、思考が停止したのは致し方ない事だと言えよう。


「女の方は若いな。大学生くらいか?」

「……」


――高校生だっつうの。まだ大学生にもなってねぇって!

音にならなかった叫びは、喉の奥に閉じ込められた。

似たような波長を醸し出している二人を見て、幸せな吐息が出るのは判る。解るが…なんであの二人だけなんだ。ナルはどうした。ここに何しに来たんだ。いやいや今までどこにいたって言うんだ。仕事?仕事だよな。まさかデートじゃねえよな。

外へ吐き出せない音の羅列が、頭で鳴り響く。

と、同時に、友人でもある彼が自分を貶した言葉にも頷けた。

185cmと、日本の成人男性の平均身長よりも高いと自負する滝川であっても、更に上を行く高身長の持ち主であるリンが着ているスラリとしたブラックジーンズは確かに自分には履きこなせない。

そう。カップルだと思われた男と女は、滝川が度々助力している渋谷サイキックリサーチの者達――リンと葉山瑞希だった。


「(まあ〜瑞希は落ち着いてるから大学生に見えなくもないな)」


あれでまだ高校卒業前だ。

俺達のように仕事帰りであってほしいと願うも、リンの本日の服装は、いつものスーツではなくラフなジーンズ姿で。

相変わらず黒づくめではあるけれど黒だからこそ上品且つ謎めいた姿の……いやリンはいつも謎めいた出で立ちだな。涼し気なあの感じは、彼の雇い主である年下の少年と似ている。


「社会人には見えないよな?あか抜けてないってわけじゃないんだけど〜、変に擦れてない感じ?」


調査の際は、動きやすさを重視したパンツスタイルが多い瑞希は、今日はスカート姿だった。冬なのにまー…お洒落なんかしちゃって寒くないのかねーなんて親父クサイ感想を零す。

二人掛けのテーブルから動く気配のないリンと瑞希。

ここで第三者と合流するための待ち合わせ場所として喫茶店に立ち寄った感じではなかった。うん、あれ間違いなくプライベートだ。


「社会人と大学生のカップルかー。歳の差を感じさせないあの空気……付き合って長いのかね」


リンは通路側。奥に瑞希が。


「見たか、あの流れるような紳士的行動を。モテる男はああいうのをさらりと出来んだな…あーくそっイケメンめ滅びろ」


恋人のいない男の嘆きが耳に痛い。

あの二人は付き合ってなんかいないと言えないのが辛い。言ってもいいんだが…まるで落ち込む連れを慰める形になりそうなのが癪であるし、どこで知り合ったのかとかの説明が求められそうなので、言わなかった。面倒ごとはめんどうだ。


「あーあ。なんで俺には彼女がいないんだろ」

「知らねぇよ」

「あーあ。なんで俺、お前と向かい合ってんだろ」


強まる嘆きを、


「…やめろ虚しくなる」


ぽつりと制したら。「お前も彼女いねぇもんな」と、訳知り顔でうんうん頷かれた。くっそ。

男の恋人状況を把握している滝川もまた恋人状況も把握されていたのである。無念、そんで虚しい。男二人でなにを言ってんだって話だ。


「知ってっか?」


きりっと真剣な面差しにつられ、「あ?」と。濁声が出た。


「俺達もういい歳なんだぜ。恐らくあそこに座るリア充な男と同世代――…なのに俺達には連れがいねぇ出来る気配すらないときた」

「やめろって」


まだ続いていたのかー!

やめてくれ、心のダメージが。てーか、あの二人に気付かれて気まずい空気になりたくないから、いい加減黙ってくれないか。


「そうだな。俺達は音楽が彼女だったな」

「…それも虚しい」


話題を変えたいのに、自分自身に言い聞かせる独身男の寂しい呟きを逸らす事なく、そっと止めた。だと言うのに。俺、結構気遣ってやったのに。


「お前には俺には視えない彼女がいるんかもしれねぇが、俺はそう考えないとやっていけねぇよ」

「いねぇよ!お前、普段そんなコト思ってたのかよ」


聞き捨てならない事を言われ、小声でやり取りしていたのが台無しになってしまった。

心のツッコミに比例して大きくなった自分の声に、心臓がひやりと縮む。恐る恐る振り向き心配は杞憂だったと胸を下す滝川の様子を全くスルーした彼の連れは、「あー彼女ほしー」本音を追加した。つかさず、音楽が全てじゃなかったのかよとツッコまれたがそれもスルーして、あっと明るい声を出して見せる。

キラキラとした子供のような眼差しを真正面から受け、嫌な予感を察知した滝川法生の口元がひくりと痙攣した。


「あ、あの男を参考にしたら俺にも女が出来んじゃね?」

「はぁ?」


何を言い出すんだ――隠しておきたかった本心が裏返った声に露骨に出てしまった。

もしも――…なんてもしたらばを想像して現実逃避すんのはナンセンスだけど。こんな時考えてしまう。もしもここへ瑞希がリンじゃない男と来たのならば、俺はもっと素直に出歯亀していただろう。

連れの耳は既にダンボになっていた。

なんだかんだ言いつつ自分の耳も聞き入り態勢になっていた。目の前に座っている出歯亀男につられたんだ、俺の意志じゃない。そう言い訳を心の中で誰に弁解するわけでもなくひっそりと呟いて。


「(…デートか?)」


改めてみると、二人は浮世離れしているように見える。

片や片目で秘密主義者のリンと、人間嫌い且つ妖怪に心を寄せる瑞希。事情を知らない人が見ても、恐らくあの二人には近寄りがたいと思わせる――そんな何かを彼等は持っていた。

リンもまた誰かと仲良くするような人間ではなくて、上司のナルとも仕事の付き合いって感じだ。

仕事中、瑞希とはナルと同じくらい会話をしているところを見るが、何処かへ出かけるほど親密には見えなかったから、素直に驚いた。まだプライベートで会っているリン達を本人だとは思えなかった。


…――本人だけどな!つい凝視してしまうくらい信じられねぇ。

視線に気づかれないように、知れず慎重になる。

バレても構わないが、後々の事を想定して、出来るだけ覗き見しているのは気付かれたくなかった。瑞希はさり気なく嫌味をくれそうだな。リンは…どうだろうか、目で何か訴えかけてきそうだ。


「(デートにしか見えねぇ)」


暖房がきいた室内で。程よく温まったからか、コートを椅子にかける瑞希の姿をある意味ドキドキと見守る。リンは来店した時から上着を脱いで腕に抱えていた。

リンが慣れた手付きで、ナポリタンやカルボナーラが美味しいですよと口添えしている。手慣れている。ぶっきらぼうな男の癖に、エスコートが手慣れているのは気のせいか。気のせいであって欲しい。

社会性も俺の方が上だと自負しているのにも関わらず、俺よりも女性に手慣れているなどと。俺の矜持が許さない。

謎のイライラに苛まれている間に、瑞希はカルボナーラを選びリンがナポリタンと共に注文した。


「レディーファースト…紳士気取りかよ!」

「おい、声を小さくしてくれ。気付かれんだろ」

「なんだよ…お前も乗り気じゃん。ああもさり気なくこなされると鼻につくな」

「参考にするんだろうが。やっかみは抑えろ、とりあえず抑えろ」


さり気なくを装ってチラ見しても、彼女の栗色の瞳はこちらに一度も向けられない。と、いう事は……彼女は式神を連れていないのだろう。助かった。連れも俺も命拾いしたなホント。








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