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「シルヴィ!」


心なしか早歩きで逃げ去る恋人を呼び止めたのは自分ではない。

明らかに低い男の声色を耳にして、彼女を追いかけようとしていた脚が中途半端に止まる。シルヴィに駆け寄る長身をただ見ていた。

いい度胸じゃないか。この僕の前で、彼女に一声かけるとは。その心意気は褒めて進ぜよう。だが然し!


『あ、』

「カードありがと!」


許せん。僕のシルヴィと親し気に喋りやがって。何、アイツ。許せん。ヤツの貌は覚えた。名前と学年を絞り出して、後で絞める。


『あ。無事に届いたんだねー良かった、良かった』

「うん、嬉しかったよ」

『またまた〜モテるんだから、他の子からも貰ったんでしょー大げさなんだから』


男はとろくさそうなふわふわとした笑みを浮かべている。何だアイツへらへらとしやがって。

僕の可愛いシルヴィにそのへらへらが移るから、即刻その気味の悪い笑みを止めてほしい。僕だってシルヴィからカード貰いたいのに。

完全なる八つ当たりをジェームズは心の中で黒い炎を燃やしていた。

シルヴィもシルヴィだ。そんな男に、魅力的な笑顔を見せなくてもいいでしょ!


「それでね、そのシルヴィ…僕からもシルヴィに渡したいものがあるんだ」

『?なーに?』


小首を傾げるシルヴィ――小悪魔さんめ。っと余裕でいられたのはここまでで。

渡したい物があると男が言い出した時点で気付くべきだった。杖を振って手元に現れた一本のバラを見た途端、考えるよりも体が勝手に動いた。自分を隠してくれていた壁から出て、ズンズンッと早歩き。


『――ぇ』


バレンタインで男が女にバラを贈るのは主流。別段おかしくない光景だろう。たとえ彼等が付き合ってなくても。

然し、男が持ってるバラの本数が、ジェームズを早くと急かす。

贈るバラの本数によって、意味が変わるのだ。一本のバラは――…あなたが運命の人。


「(シルヴィの運命の人はこの僕だ。僕以外認めない)」


――赤いバラは、僕以外からは受け取らないでっ。


『…それ』

「うん。一目惚れだったんだ」

『…ありがとう。あー…でも、』

「いいんだ。シルヴィに恋人がいるって有名だからね」


「僕が持ってても意味がないから…受け取ってくれない?」と、眉を八の字に下げてお願いされたら、断るのも可哀相で。

気持ちを受け取れない代わりに……そう断って、受け取ろうとしたら、右手を誰かに掴まれて驚く。


『っ、』

「…ジェームズ・ポッター」

「そこまでだよ」

「やれやれ恋人の御出ましか」


残念だと肩を大げさに竦めて見せた男をジェームズが鋭く睨んでいる。

数分前に見たばかりの恋人の登場に素直に驚いて言葉が出ない。私からはジェームズの後頭部しか見えなくて、彼とジェームズを交互に見た。

あれ、冷静に考えてみると……会話が聞かれてなかったとしても、受け取ろうとしたバラで、聡いジェームズなら展開が読めたのでは。心なしか冷ややかな空気を纏っている恋人の後ろ姿にどっと不安が押し寄せた。

差し出していたバラごと手を引っ込めた元凶の彼が、一瞬だけ哀しみを帯びた双眸を私に見せた。気のせいかな?っと逸らした視線を戻した時には、いつもの彼で。


――どんな言葉をかけて場を和らげたらいいのか。

修羅場だ…他人事のように感想を零す。

きっとそう思っているのは私だけじゃない。玄関へと続く広い廊下でのやり取りだ。私達を遠目から見ている群衆が。ああああ目立ってるよおおおおお。


「シルヴィにそのバラは受け取らせないよ。ね、シルヴィ」

『ぇっ、え。あー…』

「受け取るくらいなら別にいいよね」

「ダメだよ。シルヴィは僕の恋人なんだから僕以外から貰ってはダメ。――ね、シルヴィ」


振り返ってにっこり笑うジェームズのハシバミ色は、ちっとも笑ってなかった。怖い。

ぶんぶんと頭を縦に振ったけど。彼からして否定の返事をしたんだけど、彼は気分を害した様子はなく、しょうがないって顔をした。瞠目する。


「意外だなって顔してる」

「シルヴィのコトあんまり見ないでくれる。それとさっさと消えてくれないかな」

『ちょっとジェームズ…言い過ぎだよ』


敵意むき出しの恋人の様子は、裏を返せばそれだけ私を想っての行動なわけで。

嫉妬も嬉しいが、行き過ぎた嫉妬は、時に人を傷つけてしまう。特に、ジェームズの嫉妬は、尾を引く。やんわりと窘めたのに…ばッと振り返ったジェームズを取り巻く温度が下がったのを感じ取って、大人しく閉口。

「じゃあまたね」と、手を振って離れていく彼を見向きもしない恋人は、どうやら相当お怒りのようだ。

彼への報復は、後日に悪戯としてするに違いないと見た。自惚れじゃないよ。それだけジェームズは私のコト想ってくれてる。想ってくれるのはありがたいんだけど……時々その気持ちを重く感じる私は贅沢者なのでしょうか。


「シルヴィもシルヴィだよ」


おっと、やっぱり怒りの矛先は、私にも向けられるのね。


「あんな見え透いた下心になんで気付かないの。だいたいシルヴィは隙が多すぎ」

『そう…かな』


これ以上怒らせたくはないので、火に油な否定は返さない。私、これでも学んだの。


「そうだよ。なに大人しく告白なんてされてんの」

『…まさか告白されるとは思ってなくてね』

「いいかい、シルヴィ。近寄ってくる男は皆シルヴィを狙ってるんだ。狼なんだ。シルヴィは可愛いからね!いい加減自覚してくれないと怒るよ」


――もう怒ってんじゃん。とは言わない。叱られる。

ジェームズは惚れた欲目って言えばいいのか……私を絶世の美女かなんかに見えているのか本気で彼の視力と頭を疑う。

ちょっと話しただけで、私目当てだと思えって…どんだけ私を自意識過剰な女にしたいのさ。

これこの場にシリウスがいてくれたら、同情の眼差しをくれたと思う。リーマスだったら、肩を叩いてくれる。ピーターだったら、困ったように笑って励ましてくれる。うん。

「修羅場?」「修羅場」と、こそこそと囁く声を、耳ざとく拾った。やめてー見てるんなら誰か助けてー。


「訊いてる?」

『うん、聞いてる聞いてる』


返って来た生返事に、ジェームズの眼差しが鋭くなった。


「シルヴィは僕のでしょ!」


そう言われて強い独占欲に物申さなかったのは、彼の気持ちと比例したような強い腕に抱きしめられたから。

ジェームズに包まれて、カッと一気に体温が上がった。こくこくと頷くだけ。思考が回らなかった。

見せつけるように頬にキスを落とされても反応しなかったのは、テンパってたからで。シルヴィ可愛いと熱が籠った唇が反対の頬にも落とされて、なにがなんだか。


――注目の的は嫌だ。通常なら。

今日はこのままこの腕の温かさに包まれてもいいかなって気になるから不思議。ジェームズマジックだ。

目を閉じて、全身でジェームズを感じた。ここ廊下だよ、普通の私だったら抵抗してただろうけど、今の私は通行人なんて気にならなかった。


『後でソラからカードが届くけどね、』

「うん?」

『ジェームズにはもう一つ別に用意したものがあるの!特別だよ』


パァァっと少年のように顔を輝かせたジェームズの方こそ可愛い。機嫌が治ったみたいで良かった。ひっそりと胸を撫で下ろす。


『マグル式で作ったんだから、ちゃんと食べてね!』

「!シルヴィが?」

『うん』

「めんどくさがりなシルヴィが?」

『だから私はめんどくさがりなんかじゃないの』

「ただやらないだけ、なんでしょ。もう何度も訊いたよ」


シルヴィに手を引かれて。可愛い手の平に導かれる先を想像し、ジェームズの頬がだらしなく緩む。案内されたのは、必要の部屋。

この部屋は、悪戯仕掛人と彼女、彼女の友達の面子で集まったりする際によく使用する。

シルヴィと逢引きする際にもたまに使うが、仲間と鉢合わせになる可能性が高いこの場所は滅多に使わない――…なのに彼女がここへ連れてきたという事は。お節介なシルヴィの友達…真っ赤なあの子が根回しをしてくれたのだろうと考察する。

シルヴィと付き合うに至るまで、幾度となく真っ赤なあの子は試練として立ちはだかっていた。その頃は、なんて邪魔な存在なんだと悪態吐いていたが、こういう日は役に立ってくれるから今では邪険に出来ない。

何事にも長い時間をかけて行動に移す彼女が、自分を想って色とりどりのお菓子を作ってくれたらしい。彼女の友達の影響を受けたのだろうがそれも想定の範囲内。

彼女自ら企画した行動でないのだと差し引いても、シルヴィの手でしかもマグル式で作ったらしいお菓子は、ジェームズの瞳に宝物のように輝いて見えた。食べるのが勿体ないくらい。

『はやく食べて、食べて』と急かすシルヴィが可愛くて。

僕はシルヴィが食べたいと言ったら、彼女はどんな表情を見せてくれるのだろうか?まあ今はまだ、この関係のままでいいけど。焦らないよ。手に入れるまで長かったから、これで逃げられたら、本気で泣く。


「沢山作ってくれたんだね」

『へへへ、スゴイでしょ〜。全部食べ切れなくてもいいよ、私も食べるから』

「いや、食べるよ」


シルヴィがせっかく作ってくれたんだ。量があっても、全種類食べ切ってやる。何日かけてもね!

一通り食べて、シルヴィといちゃいちゃして、ゆっくりしたら――…僕は、彼女に十二本のバラ、“ダーズンローズ”を贈るんだ。

来年も、更に翌年も、しわくちゃなお年寄りになってもずっと。バレンタインにはダーズンローズを贈ろう。





ハッピーバレンタイン

(ジェームズ好きだよ)
(っ!僕もだよ!ずっと好きだよ)
(来年も一緒にいてね)
(シルヴィ再来年もね!ずっと、ずっとだよ)

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