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大量のふくろうが、頭上を行き交っている。
ばさばさと羽を動かす音が、四方八方から聞こえる。生徒のペットや、学校外のふくろう、学校で管理しているふくろうも元気よく魔法がかけられた天井の下を飛び回っている。
白や黒、茶色など様々な色の羽が、朝食と共に散らばっていた――食欲も失せるわ。
『………』
皿の上には、世話焼きなリリーが装ってくれた、目玉焼き、ジャガイモのマッシュ、マッシュルームのソテー、ベーコン、トーストが乗っていたというのに。
昨日一日お菓子作りに奮闘していた私は、珍しく朝からお腹がすいて、がっつり食べれそうだったのよ!
美味しそうなプレートの上に、………羽が。羽が落ちてる。目玉焼きの黄身の部分にある意味綺麗に着陸している羽を憎々し気に見下ろした。
『………』
ふくろう達は、食べ物の悲惨な状況に目もくれず、カードやバラを目的の生徒達に落としていく。
そしてまた一匹、一匹と、一仕事終えたとばかりに翼をバタつかせ、テーブルの上に羽がひらりと舞う。ひくりと頬が引き攣った。
――鳥アレルギーの人がいたら大変だろうなーと、現実逃避しながら。ふとジェームズを見遣る。
イギリスのバレンタインは日本と違って、大切な人に愛や感謝を伝え合う日。
片思いの人がカードを送るのは珍しくはなく、差出人の欄に自分の名前を記入しないというのが粋な贈り物とされるようだ。告白の返事は求めない、けれど愛は伝えたい。ここら辺が日本と違うよね。
これが、ホグワーツで何回か経験したバレンタインを振り返っての独断と偏見による私の感想である。
悪戯仕掛人の四人には、毎年カードを贈ってる。今年も例に漏れずふくろうに日頃の感謝の念を込めて、カードを託した。
混雑している様子だから、四人に…ジェームズに届くのは夕方になるかもしれない。届いていたとしても、彼は読む暇あるのかなって。
『(むかぁ)』
フォークを持つ右手に力が入る。
ジェームズは、付き合う前から毎朝談話室で待っていてくれて、リリーとアリスと悪戯仕掛人の皆と一緒に、大広間へ来るのが日課だった。今日も今日とてジェームズが待っていてくれたのである。
私はジェームズの人気を舐めていた。
辿り着いた途端、黄色い悲鳴と共に女の子の波に呑まれた――あまりの勢いに、若干引いた。どこまで必死なのと思ったのは最初だけで。
――面白くない。
彼に群がる女の子は後を絶たず、頭上はふくろうが、テーブル付近にはネクタイの色関係なく女の子達が彼を中心に犇めき合っている。
私とジェームズを無理やり引き離した彼女達と、離れた場所へ渋々席についた私のこの差。離された距離は、縮められず。出遅れた感がスゴイんだけど。戦う前に負けている。屈辱的。
『(なにさっ。あ〜んなに鼻の下のばしちゃってさ)』
イラッとして、唯一無事だったベーコンを突き刺した。大口を開けてもぐもぐ食す。怒りのまま、羽をどけて残りも食べる。
リリーはセブルスに会いに行ってて、アリスは妹に会いに行ってる為、朝食は別行動。つまり、誰もシルヴィの行儀が悪いと咎める人はいない。一心不乱に食べた。
頬を染めて喜々としてセブルスに会いに行ったリリーや、同じくスリザリンのテーブルへ向かったアリスの二人は、生チョコを渡している頃だろう。
ガタッ大量生産できる生チョコを作った経験がない二人に一から丁寧に教えた昨日の自分は偉い。誰も褒めてくれないから、自分で褒めてみる。
なんだかんだ言ってお菓子作りは楽しかった。きゃぴきゃぴ女子らしく作ってたよ。昨日は女子力が高かったよ。
ただ渡すだけなのは味気ないから一緒にお茶しようと決めて、アフタヌーンティースタンドに乗せれるサイズで。ブラウニーやマカロン、チョコタルト、チョコクッキーを頑張って作ったのに…ジェームズめ。恋人をそっちのけかよ。
眉を八の字にさせて応対してるジェームズの表情は、遠目から見ても心なしか嬉しそうに見えて、イライラが増す。
あーやだやだ。こんな気持ちでここにいたくない。きっと今私の貌サイコウに不細工になってる。もともと不細工だろというツッコミは受け付けない。
「シルヴィ!」
『…なに』
ジェームズなんて放って退室しようとしたが。チッ、ジェームズってば目敏い。
「もう食べたの?」
うん。誰かさんが鼻の下を伸ばしてる間にねと嫌味を言いそうになってしまい、慌てて出そうだったものを呑み込む。口角が震える。
怒りのまま急いで食べたから、食べ物が逆流しそう。
『うん』
「あの、シルヴィは…僕に何もくれないの?」
『ソラに届けてもらってるはずだよ。……あんなにたくさんの山から探すのは困難かもね』
もの言いたげなジェームズの目線を、群がっていた女の子の軍団がいるテーブルへ指をさして促す。ちょっと嫌味も込めてしまった。言わずにはいられなかったの許しておくれ。
視線の先では、沢山の不満げな眼と嫉妬や憎しみの眼が、なんということでしょう!私に向けられていた。
ジェームズが座っていた一角には、カードの山と直接渡されたのだろうプレゼントで溢れ返っていて。それ等の山を見て、カードも直接渡すようにすれば良かったかなと後悔した。
気後れしたのを見逃さなかった数人の女の子から勝ち誇った眼差しで嗤われ、
「あ、ちょっと待って」
『授業があるから』
むっとして、そそくさとその場を後にした。テンションが一気に下がる。
「僕もあるから…って一緒の授業じゃないかッ!」
背後で聞こえた残念がる彼の、恋人しか見えてないとも取れる呟きに、黒かった感情が少しだけ晴れた。
対してジェームズの、あ。でも嫉妬してくれたのかな――…誰の耳にも届かないよう口内で転がされた独り言は、もちろんシルヴィの耳にも届いてなかった。
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