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※夢主とジェームズ恋人同士(上級生)
※若干ネタバレ。
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「聞いたわよ!」
バーンッと大きな音に、ソファに寝そべっていた人物は、顔だけ上げた。
視線の先に、真っ赤な髪を揺らして逃がさないとばかりに立っているのは、シルヴィ・カッターの親友のリリー・エバンズで。彼女の後ろからひょっこりと顔を出しているのは、もう一人の親友アリス・ボルトンだ。
『え、えぇー』
柔らかいソファに身を沈めて、だらだらしている私はダメ人間だと自分でも思う。
でもいいじゃん?リリーとアリスが現れるまでは私一人だったし、誰にも見つからない自信があったし。
ゴロンっと再び枕に頭を預けて、リリー達を見上げる。リリーの形の良い眉が上がったが、見なかったことにする。この時間はだらだらすると決めていたのだ、誰にも邪魔させないぜ。
――ってそうだよ、なんでリリーとアリスがここにいるの。
私のオアシスがああああ。
図書館からほど近い場所の廊下に空間を作って、私だけの部屋を作成したのは結構前の事。目眩ましの術と人除けの術をかけたから見つからないと思ったのになー。
侵入者避けの呪文も唱えておけば良かったかな。
『なんでリリーとアリスが…』
「そんなことはどうでもいいのよ!」
『いや、良くないよ。私の完璧な魔法が……』
――サボリに適した私の為の隠し部屋がー。
「シルヴィ!聞いたわよ!」
『…その言葉、私もさっき聞いたよ』
「あ、あのシルヴィ…ポッターに聞いたの」
あーなるほど。なるほど。リリーの影から添えられた説明に、首肯した。
アリスは誤解され易い。喋り方はおどおどしてるけど中身はしっかりと自分を持っていて、優しい性格の持ち主なのにね。見た目に騙されて、バカにするヤツ等がいたら私に任せてね!悪戯という魔法に隠れてお仕置きして来るから!
ああ駄目だ。アリスの可愛さに思考が脱線するところでした。軌道修正をば。
ブロンドの彼女からルビーのような赤に目線を戻す。
『あー、リリー?どうしたの?』
何の用かと言えば、リリーの目尻が吊り上がること間違いなしな為、無難にそう尋ねた。
うん。忍びの地図で私の名前から居場所を突き止めたジェームズによってやって来ただろう使者の用事を大人く呑もう。そうでないときっと話は先に進まない。私のだらだらした憩いの時間も戻って来ない。
リリーとアリスの話を訊いて、問題解決したら、だらだら出来る。――流石、私!懸命な判断だよね。
「どうしたの?じゃないわ!あなたこそ何してるのよ!」
だからだらだらしてるのですと言いたい。いややっぱり言ったら怒られるから、言わないよ。
変に琴線に触れない様、首を傾けるだけに留めた。あーマグルのお菓子が食べたい。特にポテトチップスが欲しい。因みに私はのり塩派。う〜ん塩味も捨てがたい。
「……まさか忘れてるの?」
『ぇ。何か約束してたっけ?』
授業をサボったりする私でも、友達との約束は忘れないよ。
予想してなかった御言葉に、きょとんと瞬きして処理するのに数秒かかってしまった。リリーからアリスを見遣ると、アリスが首を左右に振って否定していたので、更に疑問に思い、そしてまたリリーを見る。
見た先にあったエメラルドグリーンには、呆れた色が宿っていて。知れず冷や汗をかいた。
「シルヴィあなた明日が何の日か覚えてないの?!」
「リ、リリー…それは流石にないよ。ホ、ホグワーツ中が、浮足立ってるんだから」
「シルヴィて、照れてるんでしょ。な、ななにか用意してるんじゃないの?」と、リリーを慰めつつ出されたフォローが、何故だか私を責め立てているように聞こえて。
ぐさりと刺されたような錯覚を抱いた。胸のあたりのローブを握る。
その仕草こそがアリスを裏切り、リリーの疑惑を強くしたのだとも知らずにね。
「明日はバレンタインでしょう!」
「まさかホントに、わ、忘れてた…なんて……」
『さ、最近忙しかったから』
目が泳ぐ。二人からジト目が注がれた。
毎年ちゃんとバレンタインカードを友達に贈ってるじゃない。疑わないでよ、二人とも知ってるでしょ。反論したいのに、今年は前日まで忘れていたのは事実なので、反論できず。心の中でぶつぶつと呟いた。
友達や、お世話になった人、先輩や後輩にも、毎年バレンタインカードを贈ってる。
カードだからね。今から頑張れば、明日には間に合うね。うんサヨナラ私のだらだらした時間よ。そしてこんにちは大量の白紙のバレンタインカードよ。
『大丈夫、心配しないで。ちゃんと今からカード用意するから!二人ともありがとね!』
結果的に助かったと笑顔を向けたのに、二人から返って来たのは重くて長い溜息だった。……なんで。
「シルヴィ…今年に限って忘れるなんてありえないわ。ねぇアリス」
「う、うん。シルヴィゴメンね、きょ今日はフォロー出来ないよ。じ、自業自得だよ」
『今年に限ってって………あ、』
くしゃくしゃ頭のメガネ少年が突然脳裏を横切って納得。
何度も頷く私に継がれた内容に、「あぁ。良かった。それでも気付かなかったら、喝を入れるとこだったわ」、そっと頬を引き攣らせた。
「メガネの恋人になってから初めてのバレンタインでしょ!カードくらいはちゃんと愛の言葉を書きなさいよ!」
天敵だと言い合っているリリーにしては、珍しい。ジェームズを応援してるなんて明日は雨かな。
それはともかく、う〜ん…そうだねーリリーに言われなかったら、通年通りの差し支えない文面しか綴る気なかったよ。私の行動を読んで、天敵に聞きここへやって来た、と。リリーのその行動力に感服です。
アリスも私とジェームズの仲を心配して来てくれたのかな。
セブルス・スネイプと恋仲になったリリーとジェームズを応援していた私は、数年ジェームズのアプローチを冗談として流してたから、余計に心配になったのかも。
私とジェームズの攻防戦はホグワーツでは有名な話になっていて。アレだ、地味に学校生活を過ごしていた私はともかくジェームズは悪戯仕掛人としてホグワーツで有名人だったから。自然と私の名前と顔が広がったのだ。解せぬ。
学年や寮問わず、攻防戦を見ていた者達は、私がジェームズを受け入れたのが衝撃だったらしい。未だに信じていない人がいるのだとか。
だからかな。モテるジェームズは、私と付き合うようになってからも、変わらず女の子から告白の呼び出しがある。
ジェームズが今まさに開心術を使用したら――シルヴィもでしょ!と、言われただろう内容をつらつらと思考した。本人だけ知らない、表立ってはないがジェームズと同じくらいシルヴィにもファンがいる事を。
『分かってるよー』
「う、歌でも書いたら?」
『それはない。恥ずかしい』
アリスの提案にすかさず返事をし、リリーから溜息を貰う。
「私シルヴィの奥ゆかしいところは好きだけど、愛を伝え合う日にシルヴィだけ伝えないのはメガネが可哀相よ」
「わ、わたしも…そう思う」
『……善処します』
またもアリスとリリーのため息が揃った。
「と、とりあえず」
「そうね。ほらシルヴィ。だらけてないで行くわよ」
『……ぇ、?』
疑問に思うよりも先に制服の襟足が後ろへ強く引っ張られ、ぐるりと景色が回る。
焦った吐息が零れ、状況を理解した。床に無様に転がる私を上から真っ赤な彼女が杖を振って、呪文を唱えたのだ――すると、重力を感じてないようにリリーの杖の動きに合わせ私の身体もズルズルと床から数センチ浮いて移動した。え、マジで。
私の体重を軽くさせる呪文を唱えたのか?それとも重力から自由にさせる呪文?リリーってばいつの間にそんな呪文を覚えたの。
――まるで猫の首根っこを掴む仕草で、私の身体が〜。
有無を言わさずあの憩いの空間から連れ出され、肌寒い回廊に出されてしまった。突き刺さる視線の数々に、羞恥心を感じる。拘束されたまま浮いて移動している私、恥ずかしいことこの上ない。
うわ〜ん!こんな情けない恰好を、全生徒に見られるのは、私の低いプライドでも許さないんですけど!ちょっとリリーさん!
『リリー何したのっ?!私の腕ってか全身動かないんだけど!』
「秘密よ」
大丈夫?と心配して眉を八の字に下げたアリスさん。心配してくれるなら、この魔法を直ちに無効化して下さい。今なら土下座でもしますから〜。
『じゃあせめてどこに何をしに行くのか教えてよ〜』
バレンタインカードは見られたくないから、自分で隠れて書く。リリーもアリスもそれを知ってるから、贈る前に覗き見たりしない人達だし…でもそれ以外に話の流れから連れ出される意味が分からない。
これから身に降りかかる危険を予め教えてほしいの。対処したいし心構えの時間も欲しいのっ!
と、わーわー呟いたら、歩きながらの返答があった。
「言ったでしょ私聞いたのよ!」
『ソレ聞いたけど。なにを聞いたのか聞いてないんだけどね〜』
「そうだったかしら」
「そ、そうだよ。リリー話してないよ」
エメラルドグリーン越しに、高い天井が見えた。ゆらゆらと揺れて、気持ちが悪くなってくる。
ローブが揺れて、パンツが見えたのは秘密にしよう。見たくて見ちゃったんじゃないもん。リリーのせいでこうなってるんだから、自業自得ってことで。
リリーのパンツはピンク色でアリスは白だった。私のパンツの色は……どうでもいいかな。私優しいから心の中だけに記憶をそっと仕舞っておくね。もしかしたら交渉の為にセブに耳打ちする未来があるかもしれないけど、その時はリリーゴメンね。
「日本では女の子が好きな男の子にチョコレートを渡して告白する日なんでしょう?」
『あー…そうだね。それでうきうきしてたんだー』
「そうよ」
「う、うん。だからね、い、一緒にチョコレートつ、作ろう」
頬を赤く染めて視線を彷徨わせるアリスは、下からのアングルで眺めても可愛い。
『なるほどなるほど。それで私は問答無用でこうなってるわけですね』
「そうよ」
「う、うん。で、でね…わ、わたし達…お菓子作りしたことなくって、で、でで出来れば教えて欲しいなって」
『あーなるほどなるほど――…えッ?!私が教えるのっ?!』
リリーとアリスは生チョコを作りたいと声を揃えた。
教えるのはいいとして、今から作っても間に合うから問題ないとして――…肝心の材料がないよと指摘したら、一月前に二人で計画してふくろう便で用意しているらしい。用意周到デスネ。ワタシの意思は反映されないのデスネ。
『(生チョコかぁ〜ジェームズにはどのお菓子を作ろうかな)』
私だって、ジェームズが好きだから。
親友に御膳立てしてもらったんだ、プレゼントしないと女が廃るってもんよ!よ〜っしやってやる〜!めらめらと闘志を燃やした。
「うわって?!おい……シルヴィ?い、生きてるかお前」
『生きてるよ!――その声は、シリウス?』
いつの前にかグリフィンドールの談話室に私はいた。
頭上から聞こえる耳慣れた音の方向に顔を向け、「あぁ」と頷くシリウスと、「シルヴィになんて真似をしてるんだッ!エバンズ、君が犯人だろっ!」と、リリーに怒鳴っているジェームズの二人を拝む事が出来た。
『どうして誰も助けてくれないのか』
「日頃の行いのせいだろ」
『それシリウスに言われたくないんだけど』
よよよと自分の口で泣き声を出して、哀しさを表現してみた。
戻る道のりで一体何人の生徒に目撃されたのか、真実は知りたくないので考えないように見ないようにしてたんだとぶつぶつ恨み言をリリーにぶつける代わりにシリウスにぶつけた。
態度は横柄なシリウスは案外優しくて、なんだかんだ愚痴を聞いてくれる大切な友達だ。軽口を叩き合って二人して笑った。
「ちょっとシリウス!僕が目を離した隙にシルヴィにちょっかいかけるの止めてくれるかい?」
「かけてねーよ」
「誰の許可なく喋ってるのは誰だい。全く油断も隙もあったもんじゃないな」
「シルヴィに喋りかけるのにジェームズの許可がいるのかよ。――嫉妬深い男は嫌われるぜ」
都合の悪い事は耳に入れないジェームズのハシバミ色の瞳に見下ろされて、どきんッと胸が高鳴った。
御付き合いするようになってから、ジェームズを真正面から見る勇気がない。心臓がやられる。誰か助けてください。彼から送られる熱視線に身が焦げそうです。
「――フィニート・インカンターテム。大丈夫?」
『うん。ありがとう』
差し出された手を握って。腰に手を当てて立ち上がる手助けをしてくれた恋人は中々紳士だ。
さり気なさに隠された温かさに照れて顔面に血液が集中した。もちろん近くなった距離で彼女の顔を覗いていた彼が見逃す筈もなく、抱き着かれそうになった。
「邪魔しないでくれる」
「シルヴィは私とアリスの先約があるの。邪魔なのはあなたよメガネ」
シルヴィの腕を掴んで天敵から引き離したリリーは、まあでもと続きを継いだ。
「明日は、楽しみにしてなさい!今回は私が許すわ」
親友の愛情が込められたチョコレートが憎々しいコイツに渡るのは忌々しいが。シルヴィの幸せが一番だから、今回は手助けしてあげるわ。明日は邪魔もしない。
ふんッと鼻を鳴らして、シルヴィとアリスと一緒に、一旦部屋へと荷物を取りに向かった。
「意味が分からねーんだけど」
「僕も。ああシルヴィってば手を振ってくれてるよ、僕のシルヴィはいつも可愛いな〜そう思うだろ?」
「へいへい。…ん?明日?」
遠くなる二人に――否、ジェームズに向かって手の平を振った。
遠くからだったら真っ直ぐ見れるのに不思議――…然し。ふわりとした彼の笑顔は遠くからでも凶器だ。
凶器にやられた私は予想してなかった。てっきり調理場で屋敷しもべと一緒に作るのだろうと、その考えが甘かったのだと知ったのは、実際に連れていかれた必要の部屋でだ。さ、マグル式で一から作りましょう、さぁ教えてと言われ、魔法という名の手抜きのカードが使用できないと知り絶望した。
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