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ジュリアの詰問を掻い潜り、やっとの思いで辿りついたのはここ!

未来で見惚れた大地立つコンラートが咲き誇っていた裏庭のある一角だ。この場に、この花が植えられていないのを知って、いつか植えたいと思っていたのだー。

ふうっと一息ついて、両手の中にある花は、まだ蕾で。

ここに植えたら、綺麗な青の花弁を己に見せてくれるかもしれない――と、咲くのを想像して。一人でふふふと笑った。


「お前、一人でなに笑ってんだ。悲しいヤツだな」

『ぬおっ!ってコンラッドか、ついてきたのか』

「別について来たくて来たんじゃない!お前がその花をどうするのか見たかっただけだ」


ふむと頷く。

特に返答せず、大事に抱えていたまだ蕾のこの子を、柔らかい土を選んで掘り、根っこが引っかからないように慎重に植えた。

終始無言だったが、居心地は悪くなくて。

そよそよと流れる風が、彼の存在を私に知らせてくれて、その度にどきどきしながら。

ジュリアとの会話は彼に聞かれている、反対側から現れた彼の母親にも聞かれている――知っていて私は唇を止めなかった。コンラッドへの気持ちをこの時代で認めてはダメだから。

なにがあっても伝えぬと、万が一彼がまた想いを寄せてくれたとしても――…受け取らぬと、この土地へ飛ばされてから決めた己のルールだから、揺らいだりなどしない。私には二十年後で彼が待っているのだ。余所見はしない、しなければならない事を成すだけ。


『よしっ!どうだ!』

「どうだって…俺に聞くのか」


ふんと鼻を鳴らされ、カチンと頭にきた。

貴様以外に誰に聞くというのだ。自分の母親が、品種改良して作った花に自分の名前をつけられたのがそんなに嫌か。まだ思春期なのか。


「そんな花をそんな場所に植えてなにが楽しんだ」

『ここに意味があるのだ』

「ここに?こんな誰も通らない場所に?ああ野草みたいに貧弱な癖に生にしがみついている様が、ここのような場所がお似合いってか」


疑問文を提示しておきながら自分で勝手に納得し、嘲笑したコンラッドにカチンとした。体操座りの体制のまま彼を睨み上げる。

怒りを買ったのだと理解したが何故怒りを買ったのか理解できないコンラートは、柳眉を吊り上げた。居心地の良かった空気は消え去り、一触即発へと早変わり。


――未来では一緒に笑い合えたのに、どうしてこうも嫌悪しておるのか。

怒り狂ったままでは話にならぬと己を窘め、私は好きだと意思表示をした――…のだが。頭上に放たれ落ちた数々の羅列に、怒りの頂点を超えることとなる。

所為、自己満足でしかないのだと言われてるのだと、他でもないコンラッドに突き付けられたのが余程応えたらしい、自己分析してへこむ。


「みすぼらしいこの花にはお似合いの場所だな」

『私はこの場所が隠れ家のようで好きだと思ったから、心安らぐこの花をと』

「誰の目にも止まらないそこでか」


私とコンラッドの秘密の場所のようにしたかったのだと言いたくても言えなくて。もどかしくて土まみれの手を握り締めた。

大事な人に、大切な想いを伝えられないってホント辛い。

以前は、あふれる想いに蓋をするのに苦労しおったが、現在は真逆の悩みで心がすり減ってる。コンラッドの想いを袖にした過去の己へのバツが今来たとでも申すのか。


「お前…この花が好きだとか言っていたな。この花の名前を知ってるんだろ」

『うぬ』

「他の花に比べて華やかさがなく地味なこの花が好きだって?同情から言ってんだろ、笑わせてくれるなよ。漆黒の姫様は御優しい――…な、……ぇ」


空気を切る音が目の前に迫り来るのを、コンラートは目を見開かせて、避けることも叶わず彼女からの可愛らしい攻撃を受け入れた。

普段のコンラートであれば避けるのは簡単だった。更に言えば、避けた上で、攻撃を繰り広げたサクラの腕を空中で捕まえる事など朝飯まえだった。

目前に迫る彼女の攻撃の一手が向かう先を計算してはじき出された途端、脳が働くのを放棄したのだ。パチンと音が身近で聞こえた。


こちらを睨む小動物が不思議な生き物に見える。


「――っ、」


じわりと脳が正常に機能を始め、遅れて左頬がじくじくと痛みを訴えた。

唖然とする脳内の片隅で、どんだけ力を込めてんだよと呆れる冷静な自分もいて。様々な自分が脳内で会話を繰り広げ、コンラートの脳は急速で動いていた。

ぼけっと左手で頬を押さえ、斜め下で顔を真っ赤にさせて怒っている小動物を見つめる。

理解不能な事態に脳内がいっぱいいっぱいなのに――…頭の中のどこかでパチンッと何かが弾けた。


『同情などではないッ!私は誠にこの花が日陰だろうと日向だろうと頑張って太陽に向かって咲く様に感銘を受けたのだ!地味などではない、華やかで上品だ!華美過ぎず、ひかえめで、上品さを損なわれてないところが好きだ!透き通る青が綺麗で目を奪われたっ!』


彼女に述べた理由で本当はついて来たのではない。

前に、忌々しいその花を好きだと慈愛の眼差しで嘘偽りない笑顔と共に言ってくれた彼女が知りたかったから。

フォンウィンコット家で剣の指南役になってから、接する機会も増え、彼女の人となりを知れば、貪欲に彼女の心が知りたいと思った。

故に、わざと彼女が好きだといった俺の名前がついたソレの暴言を吐いた。彼女の真意が知りたくて、試した。

嫌いな花も彼女が好きだと言うのなら、視界に入れてもいいかと――変わっていく自分に気付き、困惑し否定して認めて、たくさん彼女に心を乱された。振り回されて怒って許される立場だと思われる自分が、ちっとも怒りを覚えたなかったのが謎だった。

謎を解明できるかもと思ったから、ついて来た。

つらつらと理由を上げておいてなんだが一番の理由は上記にはない、彼女に風邪を引かれたら困るからだった。

ジュリアに叱咤されてなんで俺がと思ったのは嘘じゃない。その俺よりも、彼女に風邪を引かせたくないと思っている俺の気持ちの方が上回ったのだ。いろんな感情がせめぎ合って、俺はここにいる。不思議と謎でいっぱいいっぱい。


『ここにひっそりと植えるのは、私が彼を独占したいからだ!私が見付けた隠れ場所で!私が惚れた花を植えてなにが悪いっ!』


彼女の事は、しなやかで力強い娘だと思っていた。

弱いのを隠して頑張って甘々な考えを現実にしようと頑張っていて、目を逸らしたら倒れそうな危うさもあって。自分より小さくそして守らなければならないと何度も思った。


けれど。


――この小動物はなんだ。

今まで見ていた者とは別の生き物に見えた。イヤ、見えなかった本来の姿が見えるようになったと表現すべきか…なんだか視界も脳もクリアになったと思えた。

この不思議な感覚をどう表現していいのか分からない。的確に表現できない。

今までよりも遥かに、眼下でぷるぷると震えている小動物は、もっと弱く見えた。


『同情心なんて二度と言うなッ!この花は私の大切なっ大切な花なのだ!また文句でも言ってみろ、今度は蹴りまで入れるからなッ!』



こんなにもサクラは小さかっただろうか。

こんなにもサクラの腕は細かっただろうか。

こんなにもサクラの身体は儚げな雰囲気だっただろうか。

こんなにもサクラは、愛くるしい生き物だっただろうか――…。


わけがわからない。

世界がキラキラと?いや、違う。彼女の周りがキラキラと輝いて見える。俺の錯覚か。

サクラに叩かれたことで、俺の視角に異常をきたした、そうに決まっている。叩かれた?そうだ、叩かれた。何処を?左頬…。


「わかった…わかった」


コンラートは我に返った。


『ホントに分かっておるのかっ?!貴様は普段から自分を顧みないところがある、コンラッドだってこの花と同じく綺麗で真っ直ぐと生きておるではないかッ!侮辱するな』


なんだか支離滅裂な主張になっているのに気づいていない彼女に、笑いそうになる。

花の事を言っているのか、俺の事を言っているのか――…どちらにしても嬉しいことには変わりないが。計算の入ってない口舌は、心臓に響くのでそろそろ止めて欲しい。

誰かに見られたり、聞かれたりしていたら、取り返しのつかなくなるというのに。


「お前こそ分かっているのか…今なにをしたのか」


サクラも我に返った。





『あーぬ…ば、なにを言っておるのだ?』


変な空気を払拭しようとして、


「お前…嘘つけない性格してんだな。まあいい、それは問題じゃない」

『(問題ではないのか。流してくれるのだな)』


失敗したが、古式ゆかしき伝統を〜の流れにならなくてよかったと胸をそっと撫で下ろした。ちょっとドキっとしたなんて認めてはならぬぞ!


「問題なのは、サクラのせいで瞬きの回数が増えたことだ」


私が好きなのは、未来のコンラッドだ。

同一人物だけれど、この時代のコンラッドではないのだ。

いろんな経験を積んで穏やかに笑うあのコンラッドが好きなのだ。いくらこの時代のコンラッドが放っておけぬと心に引っかかっていたとしても、認めてはダメなのだぞ。

同じ人物なのだと開き直るな、あちらのコンラッドを裏切る結果となってしまう。


「サクラが訳が分からないことを叫び続けたから、キラキラして見える」

『………、え?え?すまぬ考え事をしておって、聞いておらぬかった』

「だから!サクラの周りがキラキラして見えるって言ってんだ!一度で判れよ」


二度目の変な空気が流れた。

なまぬる〜い温度を肌で感じて、コンラッドを凝視した。

ああああダメだ、考えるなああああ。コンラッド、貴様も意味深な発言は控えろおおおお。勘違いしてしまうぞ!図に乗ってしまうぞ!自惚れるぞ!後生だやめてくれえええ。


「直視できない、離れろ、近寄るな」

『あーあーあーあぁぁぁ』

「奇声を発するな!俺が奇声を上げたい」


耳をふさぐ私の腕が強く掴まれた。


『あーそれ以上喜ばせるような発言はやめい』

「喜ぶ?」

『ちがーう!今のはそこら辺にぺいっしろっ!いいな!――それはアレだ、熱中症のような症状だな、うむ。もしかするかもしれないから医者に診てもらった方がいいぞ』


ぺいっ?小首を傾げ、疑問符を飛ばすコンラッドなどこの際無視だ。

『あ!』と、『閃いた、閃いたぞっ!』と、強引に話題を変更して、意識を違う話題へ。澄んだブラウンの双眸が己の頬に集中しているのをしかと見て、得意気にうむうむ頷く。


『コンラッド約束しよう』

「話を急に変えるな」

『この花がここで沢山咲くようになったら、再び花見をしよう』


俺とお前がいつ花見なんぞした――そう反論しようとして、腹の底へと沈めた。

いつ死ぬか分からないから、未来を思っての約束を結ぶのも悪くない。幸せな未来なんて思い描いて戦ってなんてなかったからサクラの提案は、目から鱗だった。

過酷な戦いへと赴いても、何が何でも帰りたいと思えるのかも。

俺一人がいなくなったところで悲しむ人などいないと思っていたが、俺なんかでも価値があるらしい。ふっとコンラートは口角を上げた。

約束を果たせなかったら――…甘い考えの持ち主のサクラは泣くだろう。

彼女の泣く姿を想像して、泣かせたくないとこの地へ帰ろうとするだろう、これから辿るだろう自分の心情や彼女との約束が果たされる未来を思い描いて。

ああ…なんだか、剣を握る意味を、フォンクライスト卿が最後まで俺に教えたかった戦う理由の答えの欠片を今やっと掴めそうだ。


――俺の剣、いったいなんの為の剣?

サクラはサクラの誇りを守る為の剣。彼女の誇りの中に、眞魔国が入っているのは当の昔に知っている。

今までも、これからも…混血の者達の無念を晴らす為や居場所を作るために、剣を振るうのは止めない、そこにほんの少しだけ光が見えたような気がした。


「――あぁ」


明確にはまだ分からない答え。

まだ分からなくていいのかもしれない、コンラートは瞼を閉じて、必ずサクラとの約束を果たすと、この場で、たったこの瞬間まで忌々しいと思っていた青い蕾に誓った。


『約束だぞ』

「あぁ、約束だ」


サクラのお陰でこの花を好きになれそうだ。

コンラッド、約束が果たされるその時――…答え合わせをしよう。





青色の蕾

(俺は誓った)
(私は誓った)
(必ず、サクラと二人で花見をするのだと)
(必ず、コンラッドの元へ帰るのだと)
(いつか花開く未来を思い描いて)

あとがき→



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