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※第二十一話と第二十二話の間の番外編。


□□□



ジュリアを介して大地立つコンラートをツェリ様から頂いた。


『すまぬ、ありがとう』


この時代のツェリ様は大声では言えぬが苦手だ。

息子の身を案じている癖に、自分には才がないからと政務を兄へと丸投げ。戦争が始まれば、嘆くばかりで何もしない。彼女の一声で戦争を終わらせることなど容易いのに。

とはいえ、ここまで広がった戦火は戦いでしか終結できぬだろうと諦めている私も同罪か。

血に濡れた己ではユーリのように争いではない形で戦争を止める方法など思いつかぬ。思いついても実現できぬ。


「直接頼めば良かったのに。ツェリ様だって喜ぶわよ」

『…嫌いではないが苦手なのだ』

「嘘」

『はぁ。正確には現魔王陛下のお考えは嫌いだ』


鋭いジュリアを前に溜息一つ。

フォンウィンコット卿スザナ・ジュリアと、現魔王陛下はお友達の仲らしい。たまにその間に私も招かれるが、あまり加わりたくないのが本音だ。

ジュリアとアニシナがいなければ会話もしたくない――そんな相手が現魔王陛下だ。

憤りをぶつけてしまいそうで怖いのもある。きっとそれさえも目の前にいるジュリアは感じ取っているのだろう。勘がいい友達を持つとこんな時厄介だなとひっそりと感想を零した。


『分かってはいるのだ。事態は引き返せぬところまで来ている、今更物申したところで無駄だとな』

「貴女の気持ちもわかるわよ。前線で戦っているんだもの、愚痴も出るってものよ」

『軍の士気にかかわるからな、あからさまには表情に出しておらぬから安心してくれ。それに私の隊は前線では戦っておらぬ』


いつも危ない土地へ真っ先に向かわされるのは、コンラッドの隊だ。

私はそれを阻止して、名乗りを上げているだけ。


「サクラ…貴女またそうやって抱え込もうとする。そういうところ似てるわよね」


――誰にだ。

考える前に出そうになった音を寸前で飲み込んだ。

ジュリアと私の間で浮上する名前などたかが知れている。頻度の高さで言えば、彼女の婚約者であるアーダルベルトかコンラッドだ。今、彼女が言っているのはコンラッドのコト。

何を言う。コンラッドの方が抱え込んで、痛みを痛みだと思わぬ莫迦者で、両手いっぱいなのに更に荷物を抱え込もうとするそんな不器用なヤツだ。私の方が効率的だと思うぞ。

そうつらつらと零し、返って来たのはよくコンラートの事知っているのねと喜ぶジュリアの満面の笑みで。

白が一房交ざった鮮やかな水色を波打たせたジュリアは、ことあるごとに己とコンラッドを結び付けたがる。何を考えておるのか。


「奇想天外な行動を起こすのは貴女だけだけど。彼は武人だし…貴女と比べるのは、ちょっと可哀相だったかしら」

『ジュリア、私の事そのように思っていたのだな。ちょっとショック』

「そこがサクラのいいところじゃない!甘味が切れたとか言って街へ飛び出したり、双黒なのに戦へ出るとか言い出したり、いなくなったかと思えばメイドに紛れて城の掃除をしてたり、恋仲でもない相手の名前が入った花が欲しいとか言い出したり……」


ジュリアが途中で言葉を切って、己の手の平へ。視線に促されて私も目線を下した。


「コンラートの事好きなの?」

『っ、』


はっきりと尋ねられたのは二度目だ。最初に聞かれた時も、近くに大地立つコンラートがいた。その際、ジュリアから花の名前を教えてもらったのだ、昨日のように思い出せる。

それからはずっと、コンラッドの話になっても、いつも意味深に瞳を細めるだけだったというのに。構えてなかった故、動揺して、眼球が左右に泳いだ。

僅かに感じた気配に、『そんなはずなかろう』と、サクラは、否定し弱弱しく笑った。最初とは違い、否定するまでに時間がかかったのに本人は気付いていない。

ぴくりとほんの一秒も満たない間停止した彼女を見逃さなかったジュリアは、わざとらしく深い息を吐いて、


「じゃあソレはなんなの?苦手なツェリ様に頼んでまで欲しかったんでしょ、ソレ。なんで?」


普段は触れたくても直接触れなかった核心に切り込んだ。

コンラートはまだ自分の恋心の芽に気付かない様子、ならサクラは?サクラは指輪をくれた男性が好きなのだろうという憶測は、本人に聞かなくても把握出来る揺るぎない事実。

それでもコンラートの隣で嬉しそうに笑ったり、はにかんだり、コンラートを心配したりする様子や仕草は、恋する乙女のソレだ。

伊達に長くは生きてない。同じ女だもの、彼女がコンラートに寄せる感情がなんなのかくらい見てて分かる。ジュリアは二人の間に流れるゆったりとした空気が好きだった。

友達として好きな二人だから二人で幸せになってほしいと思うのはいけないこと?


『コンラッドはいいヤツだ。あやつなら伴侶にも困らぬだろう』


ジュリアが口を開くタイミングで、『だが』と否定を放つ。


『コンラッドは友達だ。それ以上でも…それ以下でもないのだ。変な勘繰りはやめてくれ』


進行方向から感じ取った気配は、もちろんジュリアにも察知できるもので。

ジュリアの真剣な問いに、同じく真剣に答えてくれたサクラはジュリアにわざわざ向き合ってくれていたから――…“彼”からはサクラの表情が見えない。

本心じゃないと誰もが見ても一発で見抜ける、隠せてない表情が。辛そうに眉を八の字にさせているその表情が、ジュリアの胸をぎゅうッと切なく鷲掴みにした。


――この時代だから?決まった人がいるから?

サクラの本音を貌から受け取ったジュリアは無理に笑った。彼女が笑っているなら、おかしくなくても笑っておかなきゃいけない気がして。

強くないのに、強がる親友にも、いつか幸せが訪れますように。そっと瞼を伏せてそう願った。



「その花、どうするのか聞いてもいい?」


一瞬、どうしようか考えて。


『いくらジュリアでも秘密だ!』


と、大きく弾んだ声で、ぴょんと跳ねるように中庭に出たサクラの笑顔は、同性から見てもドキリとする破壊力だった。

チラリと横目で見遣ると、やはりそこに突っ立っていたウェラー卿コンラートは、硬直していて。

ジュリアはやはりお似合いの二人なのに――…とやるせない気持ちになった。


「ですって。まるで恋する乙女みたいじゃない?」


茫然と見送って残っされた二人。

サクラに躱されてモヤモヤするコレをコンラートにぶつけてもいいわよね。人はそれを八つ当たりと言う、その行為をさらりとコンラートに投げつけた。


「…気のせいだろ」


一拍置いて返ってきた何かを押し殺した声音に、内心分かりやすいのよと悪態を吐き、彼女は彼にもわざとらしく深い息を吐き出した。

乾いた風がサクラの去った方向へと吹いた。

ばさりと髪が乱れるのを抑えて、「あーあ、こんなに寒い日にこ〜んな場所にいたら風邪を引いちゃうわ」と、白々しく言う。これで追いかけなかったらただの馬鹿よ!なんてジュリアがぷりぷりしていたとは、サクラはもちろんコンラートでさえ気付かなかった。


「なんの意図があってその花が欲しかったのか、ちゃんと聞くのよー!」

「うるさい!」


誰に聞かれるか分からない裏庭に面した回廊で、叫んだジュリアを睨み付け、コンラートはやけくそで叫んだ。




「あたくしは――…」


彼の姿まで見えなくなって、背後から艶のある声がかけられたが。


「あの子達に幸せになって欲しいと思ってるのよ」


いきなりの闖入者の登場に、驚くことなくえぇと頷き返した。


「あたくしのせい、なのかしら」

「ツェリ様…」

「あたくしには、二人が悲しい道を選ぶ…そんな予感がしてならないの。それもきっとあたくしのせいなんだわ」








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