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あの調査の日――…。
帰り際、あたしと瑞希先輩が最後に玄関から外へ出た。その時ナル達は先に出ていて。
「どうして彼に逢わせてくれないのッ」ぼーさんのお陰で一度は落ち着いた依頼主の女性が髪を乱しながら、あたし達に掴みかかって来たんだ。この出来事はナル達には話せてない。先輩に内緒だよって言われたから。
「彼に逢わせてくれないならあれを返してっ」
『いけません、あれは然るべき方法で処理致します。呪いは絶対にしてはいけない禁じられた行為ですよ』
「私がなにしようがアンタには関係ないでしょっ!返しなさいよッ!」
『人を呪わば穴二つ。呪いはいつか御自分にも返ってくるのですから…今後はあのような藁人形を作るのは御止めになって、』掴みかかって来た女性からあたしは先輩に庇われて、あたしの身長は先輩とそれほど変わらないから、後ろからでも女の形相が良く見えた。
どう考えたって、先輩の言ってることは正論だ。
呪いの恐ろしさは、学んだばかりだから。その方法を選ぶ人がいるって少なからずショックだったけど、遊び半分でソレをしてはいけないって学んだから。
どれだけ憎くてもしてはいけない――憎んで、憎んで、その身を憎しみに染めてしまうといつかは妖怪にだって変わるんだよって瑞希先輩に教えてもらったから。あたしの眼に映る依頼主だった女性はとても醜く映った。
――どうして人は、人を憎んでしまうのだろうか。
「なによアンタだったらどうにかしてくれるって思ったのにっ!とんだ期待外れだわ」
『そうですか。では依頼料として人形を頂きますから結構です、(と言っても消したからないんだけどね)』
「えっ先輩いいんですか?(ナル達に協力してもらってるから料金発生するんじゃ…)」
「当たり前でしょ!彼を呼び出さなかった挙句の果てに、器になるはずだった人形と、あの女の息を止めてくれる人形を盗って行ったんだから」
『藁人形の方は後日支払います』
「お金はいいわよ、人形を返して」
『それでは、男の子の人形は依頼料ということで頂きます。正常になった藁人形を後日お返し致しますね。もう人を呪ってはいけませんよ』喚く女性に背中を向けた先輩に体を押されて、すぐに後ろを向くと、先輩は無理やり玄関のドアを閉じた。
まあ納得してなかった彼女がまた喚きながら、ドアを開けて追いかけて来たわけなんだけど。先輩の取り付く島もない様子に諦めたのか、女性は大きな声でヒステリックに叫んだのだ。
「化け物のくせにッ」言ってはならない単語を叫んだのだ。
「なによっ正論ぶっちゃってッ!化け物のくせにッ!化け物は化け物らしく、こんなときこそ人様の役に立ちなさいよッ」あたしは彼女が何を叫んでいるのか、フリーズした頭では分からなくて。
優しく背中を押されてエレベーターの中に促されて、はっと我に返り後悔した。大好きな先輩がの目の前で罵られたのに、見ているだけで、何も言い返せなくて。悔しくて、強く拳を握り締めた。
瑞希先輩は、いつもと変わらないあたしに向ける柔らかい笑顔で、
『大丈夫よ、慣れてるんだから』と言って、悔し涙のあたしの頭を撫でた。
人間が嫌いだといっていた先輩は、昔からあんな風に言われていたのだろう。それってなんて辛くて悲しいことなんだろう。
笑顔で自分を守って人と距離を取って。先輩は昔からそんな悲しい生き方をしているのだろうか。
悲しいけれど――…それはとても人間らしく当然な行動にも思えて。想像してあたしの心が泣き声を上げる。
ずっと悲しい場所で、あんな風に冷たい言葉を送られて。
大丈夫ですよ、今はあたしがいるよって言いたい。けど、あたしではダメなんだ。きっと、彼女からしたら加護するべき後輩という立場にいるあたしでは先輩は頼ってくれない。歳の差って歯がゆい。
――だからねリンさん。
あたしだって頼られたいけど、今日のところは譲ろうと思うの。
傷つけらることに慣れているって言った瑞希先輩を助けてほしい。支えてほしい。
きっとそれはあたしや真砂子ではかなわないから。
「リンさんっ」
変に思われないように応接間から出て、所長室に入っていくナルの手前で、機械室に閉じこもろうとしているリンさんの呼び止めた。
走ってもないのに気が急いているから自然と息が荒くなる。
扉を開いたままこちらに顔を向けるナルも、こちらの様子が気になっているのかもしれない。
あたしは顔を上げて、長身の彼を見上げた。普段は仲がよろしくないあたし達だけど、あたしの話を最後まで聞いて欲しくて。まっすぐ片目を見つめる。優柔な助手様は、片眉を上げていた。ちょっと怯む。
「リンさんっ!先輩、依頼主から帰り際に化け物って!あたしっ、言い返せなくて、それでっ」
「谷山さん、落ち着いて。ゆっくり喋って」
久しぶりに交わした会話がこれとか。
先輩の事で頭がいっぱいだったあたしは、普段だったらリンさんと会話してるって喜ぶけど、現在進行中で余裕がないあたしはリンさんの腕を強く掴み、揺らした。
「先輩、あの人に化け物って言われたんです」
リンさんの後ろで話を訊いていたナルの眉がぴくりと動き、リンさんの表情が変わったのに――あたしは必死で気付けなかった。
「きっと泣いてると…いや泣いてないと思うんですっホントは泣きたいはずなのにっ、でも慣れてるって、先輩言われ慣れてるとか言って」
まるであたしが言われたかのような錯覚に陥って、涙腺が崩壊した。ぐずりと鼻を啜る。
「だからリンさんが、瑞希先輩を泣かせて下さいっ――…ってあれ?」
支離滅裂で言い続け気付けば目の前にいらっしゃったのは所長様で。リンさんの姿はなかった。あれ?
「リンなら麻衣が泣き始めてすぐに出て行った」
コートも持たずにと教えてくれたナルは、時々夢に出てくるような貴重な笑みを浮かべていて。珍しい事もあるもんだと呟くナルに、別の意味で同意した。
寂しさと執着、時々嫉妬(コート忘れる程、)
(先輩が心配だったのかな)
(あ。励ましてって頼めば良かった。ま、いっか)
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