1-1 [2/8]
【時を超えて】




『リリー』

「あ、シルヴィ用は終わったの?」

『うん』


秋も深まるこの時期に、身震いしながらグリフィンドールの談話室に戻ってきた私は、ソファーに座っているリリーを見つけた。

暖炉の前に座っている赤毛の彼女の傍に、近寄る。…寒い。


『あれ?アリスは?』

「先に行って席取ってるわよ」


ぱちぱちと温めてくれる火を暫く見てたけど、ふとアリスがいない事に気付いて、リリーを見た。

席と訊いて、今日はハロウィンだから普段と違うご馳走とお菓子が出て来るんだったと、思い出す。三人で固まって座れるように、先に行ったのね。

私は今の今まで二人に内緒で、必要の部屋にいたので、二人を待たせてしまったみたい。


『あらら、それは悪いことをしちゃったね』


仕方ないわね、みたいな空気を纏って苦笑するリリーに、早く行くわよと急かされた。

ハロウィンだからいつもと違って、全校生徒全員が揃ってから食事が始まるのだ。全員が集まって、ダンブルドア校長先生の号令で食事をするのはその年の組み分け帽子以来になる。

私は今年二年に進級したため、二度目のハロウィン。クリスマスの時のメニューも好きだけど、ハロウィンのご馳走も好き。かぼちゃの色んな料理が食卓を飾るのだ。


――この日に出されるパンプキンスープは美味である!


『昨年もすごかったけど……今年も結構な甘い匂いがするね』

「うん。ハローウィンだから当たり前よ」


広間から大分離れた廊下にも、甘い匂いが漂っていて、食欲をそそる。


『ここまで甘い匂いが充満してたら、匂いだけで胸やけしない?』

「そう?」


廊下を照らす蝋燭も、今夜はかぼちゃの灯りに変わっていて、宙を沢山のかぼちゃが浮いている。沢山のこうもりの飾りも、天井付近をふわふわ回っており、至るところでハロウィン仕様の飾りになっていた。

それらを見るだけで心がウキウキ浮き立つ。 かぼちゃの灯りに照らされた先で、リリーが小首を傾げているのが見えた。


『でもお菓子は食べるけどね!シリウスは今頃、この匂いで死んでたりして』


甘い物が大の苦手なシリウスを思い出して、ふふふと笑みを零した。

私はシリウスと違って、ここまで甘い匂いに包まれると胸やけしそうだとは思うけど、甘い物は大好きである。だって女の子だもん。


『(甘い物は別腹!)』

「だといいけどねー。案外、あのメガネと悪戯でもして回ってるんじゃないかしら!」

『あー否定できない』


私よりも悪戯っぽく笑みを深めたリリーに、深く同意する。

そう言えば、ジェームズ達は朝からコソコソしていた。私は私で、したい事があったので、彼等を気にも留めなかった。そこまで思考して、自分が抱えているモノを一瞥したら、リリーの視線も私の手元に。


「それより、それサッカーボールに見えるんだけど…」

『これ?うんサッカーボールだよ。見た目はね』


――流石リリー。これが一目でサッカーボールだと判るとは!

見た目はねと意味深な言葉を言ったシルヴィを、リリーは訝し気な眼差しを送った。


「(サッカーボールにしか見えないのに、何か仕掛けがあるってこと?)」

『さっきまでこれに魔力を溜めてたの』


そう必要の部屋で、私は虎視眈々と魔力をこれに溜めていた。云わば媒体のような物。

シルヴィの返答を耳にして、リリーは呆れた風に笑った。朝から姿が見えないと思っていたら…そんな事をしていたのね。


「それで姿が見えなかったのね。でも、それ何に使うの?」

『まだ決めてないんだけど…多分ポッター達に使うと思う。何かされそうになったら、あの四人を纏めて跳ね返し魔法を使おうと思って、これ作ったの』


不意打ちに悪戯の魔法をかけられたら、杖では一人にしか対応出来ないし……と、言葉を続ける。


「シルヴィ…変な所で、抜け目ないわね。でも、あのメガネ達をギャフンと言わせるのは楽しみね」

『使わなかったら、狸…ゴフッ、……ダンブルドア校長先生に使うつもり』

「まあ!怒られても知らないわよ?でも、罰則にならない程度にしてね」

『リリーも楽しみにしてるじゃん!』


真面目なリリーもこの日は、私のイタズラにも目を瞑ってくれるみたい。ジェームズ達の事は…別みたいだけど。

あの狸にイタズラ出来るなんて、何て素晴らしい日なのだろうか!!イタズラしても罰則を貰う事はない、……と思う。

リリーも満更じゃないような楽しそうな笑みを浮かべていたので、私は声を上げて笑った。


『女装とかさせてみる?』

「ぷッ、それいいわね。あのメガネ達にスカートをはかせるのも有りよね」

『あ、それいいね。リーマスとか似合いそう』


脳裏に、セーラー服を身に着けた四人組を想像して、二人でブッと吹き出した。

あの四人は顔が整っているから、絶対女装は似合うだろう。見てみたいかも。ダンブルドアの女装姿も見てみたいけど、あの四人の恥ずかしがる姿も見てみたい。

私はイタズラの内容とターゲットを悪戯仕掛け人の四人に決めた!


『待って!』

「シルヴィ?」


ふふふと笑い合っていたけど――…見知った気配に気づいて、リリーに鋭い声を上げてしまった。


『ポッター君達の気配が……』

「大丈夫、お菓子は持ってるわ」


リリーはああと頷いて、ポケットからクッキーやら、カップケーキやら飴やら出して、シルヴィに見せた。


『…よくそんなに準備出来たね』


明らかにポケットに入る量じゃないんだけど……魔法でもかけてたのかな?


「お、シルヴィ」


私は――…とポケットに手を入れる前に、左の通路から、シリウスが右手を上げながら現れたので、そちらに意識が向いた。

シリウスの隣にはジェームズがいて、二人の背後にはピーターとリーマスが笑みを湛えて立っていた。


「シルヴィ!?こんなとこで会うなんて奇遇だね!」

「広間に行くんだから、廊下で会っても不思議じゃないでしょう」

『確かに』


ジェームズがハシバミ色の瞳をキラキラさせて、両手を広げていたがリリーに鋭いツッコミを貰っていた。思わず頷いてしまう。


『リーマス達は、いつもの悪戯?』


一歩引いて、穏やかに笑っているピーターとリーマスに問いかける。この二人が一番常識があって、話が落ち着いて出来るのだ。

シリウスとジェームズは……なんかね、うん。やんちゃだよね。


「Trick or Treat!」


リーマスとピーターに返事を貰う前に、にんまり悪どい笑みを浮かべたシリウスに、戸惑う。

さっきポケットに手を入れようとして、結局お菓子を出せなかったんだっけ。ジェームズ達の登場に、ポケットに手を突っ込めなかったんだ。


「あ!シリウス!君ね、抜け駆けはダメじゃないか」

『待って、今…』

「ダメ!タイム切れーって事で、悪戯な!」


慌ててポケットに手を当てたんだけど、愉しげな声を上げたシリウスに杖を向けられて、思考が停止する。

どんな悪戯にしようかなーなんてヤツは、ニヤニヤ笑っていた。その笑みと向けられる杖に、心臓がヒヤリとした。


「シリウスッ!!シルヴィには――…」


シルヴィに杖を向けるなと怒るジェームズを横目に、リリーはシルヴィに彼女の手元を見てジェスチャーしていて。

目だけを動かしてリリーに向けたシルヴィの視線と、リリーのグリーンの瞳が交じる。


『あ』


リリーの必死なジェスチャーに――ああそうだった!だからポケットに手が届かなかったんだっ!!

と、私は今更ながらに、サッカーボールの存在を思い出した。

だが、用意していたアイテムを使う前に、シリウスの口から何か呪文を唱えたのが耳朶に届いて、顔を上げると、眩い閃光が私ではなく何故かリリーに向いていて――…。


『リリーッ!!』


閃光とリリーを目視した瞬間、その場にサッカーボールを落として、シルヴィは親友に向かって手を伸ばした。


「シルヴィ!」


リリーもヤバいと危険を察知して、シルヴィに向かって手を伸ばす。

二人の手と手が触れた瞬間に、光がより一層強くなり、眩しくて目を閉じた。


「シルヴィッ!!!!!」

「っ、エバンズッ!!!!!」

「シルヴィッ」


次に目を開けたジェームズ達の瞳に、映ったのは、シルヴィとリリーの姿が跡形もなく消えた、ガランとした壁だけだった。

サアッと冷たい風が廊下に吹き抜ける。

残された四人は、唖然と床を見つめていて、何が起こったのか思考が追いつかなかった。



「シルヴィ…?」


ジェームズの震える声だけが、寂しい廊下に木霊した。

彼の呼び声に、答えてくれる声は一向に聞こえなくて――…四人はようやく、シルヴィとリリーがシリウスとジェームズが揉み合って、二人に向かった魔法によって消えてしまったと知る。

彼等の足元には空気が抜けたサッカーボールがコロコロと転がっていた。





- 5 -
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -