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――ママ?
一人の少年が喋ったと思ったら、杖を構えていた隣の少女と少年も杖を仕舞い、後の大人である男性二人はこちらを見守っている風だ。
警戒が解かれたのには安心だけど……どうにも状況が呑み込めない。
「メガネ」
『ポッター君?』
全く知らないと思っていた五人組の一人にジェームズがいた。いや…ジェームズに瓜二つなんだけど……何故か違和感を感じる。
だから私は杖を構えたまま、リリーの手を掴んだ。
『リリー、そいつはポッター君じゃないッ!気配がまるで違うッ!』
「…ぇ」
シルヴィの言葉に、リリーか顔を険しくさせて、杖をジェームズに瓜二つな彼に向ける。姿を偽っている可能性もあるわけで。
杖を向けられたジェームズに似た少年は、傷ついたようにママと呟いた。
『(ママ…?)』
「シルヴィ」
状況を把握しようと険しい顔を浮かべる二人に、鷲色の髪をした穏やかそうな男性に名前を呼ばれて、杖を少年に向けたまま目だけを男性に向ける。
「何故、シルヴィの名前を知っているの!シルヴィの知り合い?」
『……いや知らない、はず…だけど』
男性を見たまま、リリーに答えた。
初対面の筈なのに、鷲色の髪をした男性の瞳は慈愛を宿していて、私はその瞳に妙な既視感を感じて、戸惑った。だけど、何度、男性を見ても知らない人で。
チラッと隣に立っている精悍な顔した男性を見たら、視線がかち合い、彼にも笑いかけられてまた戸惑う。
――知らない人達なのに…何でこんな親しげに…。それに全く彼等から悪意が感じられない。
戸惑うシルヴィを余所に、リリーは眉間の皺を深くさせて、高圧的に言い放つ。
「ここはホグワーツみたいだけど、こんな準備室は見たことが無いわ。貴方たち何者なの?悪いけど、校長先生の元までついて来て貰うわよ!」
「リリー」
「なんで貴方、私の名前まで…」
鷲色の男性はリリーの名前まで知っていて、穏やかに名前を呼ばれたリリーは動揺した。
視線を感じて私は目の前の少年に戻し、隣にいた赤毛の少年と視線が合い、私は目を見開く。…――アーサーに似ているっ!?
そしてまたその赤毛の少年にも妙な既視感を感じて、私は何が何だか分からなくなった。
『(私はこの人たちを知ってる…?)』
「シルヴィは薄々気づいてるんじゃないかい?」
鷲色の男性に見透かされて、息を呑んだ。男性は真っ直ぐ私を見ていて、男性の姿と私の知っている人物の姿がダブって見えた。
「シルヴィ」
『まさか…いや、でも…』
男性の言葉に、リリーは困惑気に私の名前を呼んだけど、私は答えられる余裕はなかった。ぐるぐる考える。
仮に、鷲色の彼が私の知っている人物だとして、その隣の精悍な顔した男性は――これまた知っている人物の姿とダブる。
『だ、としたら……』
私が構えた杖の先にいるジェームズに似た少年と、アーサーに似た赤毛の少年、それから知らない筈なのに見た事がある気がする少女を、順々に見て思考する。
この少年二人が私が思う人物達の息子なのだとしたら――…。
「ちょっとシルヴィ?」
『リリーちょっと待って、確認したいから』
痺れを切らした声がしたけど、私は構えていた杖を仕舞った。警戒を解いた私に驚く気配が隣からしたけど、構わず、鷲色の男性を見据えて口を開く。
室内にいる全員の視線がシルヴィに集中していた。
『今、』
私は、そこで言葉を切ってごくりと唾をのんだ。
『……西暦何年ですか』
「ふむ。実に的を得た質問だね。――答えは、1994年だよ」
笑みを深くさせた鷲色の男性は、予想を裏切らない答えをくれた。シルヴィは軽く唸った。
「!!そんなの有り得ないわ!」
『……』
「時間を越えるのは違反だし、何もしてないのに時間を操ったなんて有り得ないわ」
そう。リリーが叫んだ通り、鷲色の男性の言ってる事が正しければ、私達は未来にタイムスリップしたことになる。
本来なら魔法具を使わないで、時間を渡るのは出来ない。出来たとしても、過去、未来に干渉してはならない。だからリリーは認めたくなかった。これは起こってはならない事だ。
声を荒げたリリーに私は苦笑して、とあることを告白する。
『あー…リリーここに来る前に誰に会ったか覚えてる?』
「ええ」
『私、あの時……サッカーボール使っちゃったみたい』
「…ぇ、えッ!まさかそれが原因!?」
大げさに驚いたリリーに深く頷く。うん、もうリリーは未来にタイムスリップしたって信じてくれたみたい。
私の魔力を込めたサッカーボールが、ここにないのは……多分、私の意に反して勝手に発動しちゃったに違いない。これもシリウスが放った魔法のせいだ。あれがきっかけに違いないのだ。
――だから…私のせいじゃないと思いたい。
頭が良いリリーは、今の言葉で言いたかったのを全て理解して、呆れて脱力している。杖はもう既に仕舞っていた。
『たぶんねー』
「それじゃあホントにここは…。この人達は未来の私とシルヴィを知ってる…?」
『たぶんねー』
「もうっ、シルヴィ!」
困惑する親友を放って椅子に座って寛ぎ始めたシルヴィに、リリーは頬を膨らませた。しかも返って来るのは生返事で。
『いやー、もう警戒するの疲れちゃった』
「もーシルヴィってば」
仕方ないわね!とか言いながら、ちゃっかり私の隣に着席したリリー。
あれだけ警戒していたのに…もう気を許してる二人に、ジェームズ似の少年達は困惑しており、大人組の二人は苦笑した。意外と度胸があるリリーとシルヴィ。
「紅茶、飲むかい?」
鷲色の男性は杖を振って、用意していたティーカップに紅茶を注いだ。
真実薬とか入ってるんじゃ…と片眉を上げるリリーの横で、呑気に紅茶を口にしたシルヴィに、リリーは呆れてまたも溜息を吐いた。
――コクリ
淹れて貰った紅茶を飲んで、味わう。…――うん、私の知っている味だ。やや甘すぎるこの味。
シルヴィはふっと表情を緩めて、自分に他人の目が集中しているのを感じながらも、――さて、と言葉を発した。
『ここで、質問です』
私達が座ったので、それまで立っていた三人も席に着いたのを確認し、五人の顔を見渡す。勿体ぶってゆっくり右手の人差し指を見せながら立てた。
三人の少年は顔を疑問符でいっぱいにしていたけど、大人組の二人は真っ直ぐ私を見ている。
『私とリリーがここに来る前に出会った人物たちと、初めて出会ったのはどこでしょう』
「シルヴィ?」
何を言ってるんだと怪訝な顔をしたリリーを、まぁまぁと宥める。
「一年生の時、キングズ・クロス駅の九と四分の三番線から発車された蒸気機関車の中で」
「!」
シルヴィがリリーから視線を鷲色の髪の男性に戻した時、彼はそう答えた。
その答えは第三者が知る由もないもので。的確に答えた男性にリリーは目を見開いた。…――それを知ってると言う事は…。
「だけどシルヴィとジェームズはペットショップで、シルヴィがソラと出会った時」
『正解です』
シルヴィとジェームズの出会いまで当てた鷲色の男性。その際、リリーもペットショップにいたから、正解だと分かる。
彼の返答に、私は深く頷いた。
「じゃあ、次は私から」
『どうぞー』
「シルヴィが好きなのはジェームズが淹れたホットチョコレート。これは私が頼んでも、ジェームズは淹れてくれない…悲しい事にね!」
彼の一人称が“私”になっているのに気付いて、時の年月を痛感する。
「それから、リリーが嫌いなのは、メガネことジェームズ。―――さ、ボクが誰か判ったかい?」
「まさか…リーマス?リーマスなのっ!?」
リリーはガタッと、驚きから腰を浮かせた。私は、あー若干空気イスになってるーって場違いな思考で笑みを零した。
笑みを深めて頷く鷲色の男性――もとい、リーマスを見て、ぽかんと口を開けたままリリーは椅子に座りこみ、次にリーマスの隣に座るニヤニヤしている男性を見る。
リリーと同じく私も“ソイツ”に視線を向けた。
「それじゃあ〜…」
『うん。多分、シリウス』
「おお、正解だ!」
ニカッと笑うニヤニヤした男性――もとい、大人になったシリウスを見て、私達が知るシリウスの悪戯が成功した際に、良く目にする笑みと重なって見えた。
『リリー…』
「……そうね」
シリウスの笑みをじっくり眺めた私が発した低い声に、リリーも低い声で頷いた。
二人の会話は成立してないように聞こえるけど、私もリリーも以心伝心している。分かってないのは目の前で呑気に笑っているシリウスと少年三人のみで。リーマスは予想しているらしく苦笑していたのが見えた。
「おいおい、なにを…」
静かに立ち上がって、再び杖を構えたシルヴィとリリーを見て、シリウスは頬を引き攣らせた。
「何を?ですってッ!?」
『白々しい。私たちがここに来るはめになった事の発端が誰のせいか――…お忘れで?』
怒りで据わった眼で睨まれて、シリウスは焦る。だけど、二人の怒りは止まらない。
だって、シリウスが放った魔法のせいで、ここに来てしまったのだから。まあ…私が作ったサッカーボールのせいで威力が上がったのだ、ってことは、この際横に置いておく。
――うん。全てシリウスの責任で。
「馬鹿そうだから忘れたんじゃないかしら」
『なるほど。んじゃ、まー…力任せで思い出させますか』
「ええ、そうしましょ」
シルヴィとリリーは小悪魔のような笑みをにんまりと浮かべて、シリウスに向かって杖を振る。
この瞬間に――…ホグワーツにシリウスの悲鳴が響き渡った。
(過去の悪戯とて)
(未来のシリウスもシリウスなので…)
(怒りは、目の前にいるシリウスに!)
後編に続く。
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