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「ここです!このトンネルです」


途中、依頼人の田中悟さんを拾い、問題のトンネルに到着した。

現在は使われていないそのトンネルは、周りはちょっとした崖に囲まれていて、やや低い位置にあった。中は薄暗くて、入り口から覗いても暗すぎて出口が見えない。


「(まっすぐなトンネルのはずなのに…)」


まだ一四時になったばっかりで、夏も終わりに近付いているこの時期でも、残暑の日差しは明るい筈なのにここ辺りは薄暗い。とにかく暗い。

気持ち悪い寒さが肌を撫でた。

その薄気味悪さに麻衣はゴクりと生唾を呑み、綾子とぼーさんは顔をしかめた。


「なに、ここ…肌寒いわね」


夏なのにと、綾子は両腕を擦った。

ぼーさんが運転する車に乗ってきた真砂子は、車を降りるなり悟さんを見て眉を寄せた。


「…あなた……」


パンクな服装に身を包んでいる悟さんは全身黒いが、ナルとリンさんと違って全体的に軽い人に見える。ぼーさんとはまた違った雰囲気の人。 元はどんな人か知らないけど、今の表情は徹夜明けみたいなゲッソりと頬がこけて青白かった。


「原さん?」


そんな真砂子の様子に、悟さんと会話していたナルは、何かあったのかと目で尋ねた。

うすら寒いこの場に逃げ腰の綾子とぼーさん、ジョンも含めて真砂子を見る。


「…何か見たのかな…」


そっと、あたしも遠目から見守る。


「あなた…腰が凝ったり、歩きづらかったりしません?」

「あ、はい」


初対面の着物姿の真砂子にいきなりそんな事を言われて困惑する悟さんは、思わずナルに助けを求めた。真砂子もナルに視線を向ける。


「この方の腰に……三人の子供がしがみ付いてます」


真砂子の言葉に唖然とする悟さん。真砂子と悟さんの間にひゅるりと生暖かい風が漂う。

だけど、真砂子の実力を知っているナル達は、霊が憑いている事に驚かず納得した。

依頼人は見るからに何かに取り憑かれているのでは…と、疑いたくなる程ゲッソリしていたし、何より腰痛持ちのような歩き方をしていたからだ。


――霊が憑いてるなんて…。

あたしは思わず口を手で隠した。

ナルは直ぐにジョンを呼び、落とすよう頼んだ。だけど、


「ちょっと待って下さいまし」


____真砂子がそれを止めた。そして非常に言いづらそうに告げる。



「その子供の霊は……悪霊になってますわ」

「それならジョンでも落とせるだろう」

「はいです」


自信満々に頷くジョンに、真砂子は唇を噛み締めながらナルを見、そして地面に視線を落し、少し震える声で、「子供たちの霊が…その方の魂の領域まで居座っていますから、もし落としたりしたら……その方の魂も肉体から出てしまいます」と、告げた。


――その後、戻したりは出来ないでしょう?

言葉を選びながらジョンに尋ねると、ジョンからも苦虫を噛み潰した表情で肯定の答えが帰って来た。

真砂子達の間に沈黙が訪れる。いつもは自信満々な二人も、ぼーさんは目を瞑り沈黙し、綾子は悟さんから目を逸らし思案気に言葉を放たなかった。


「そんな…じゃあ、じゃあどうしたらいいの!?どうしたら悟さん助かるのっ?」


専門的な事は分からなかったけど、真砂子やジョン、そして話を聞いていたぼーさんや綾子の表情を見て、事の重大さが分かった。

思わず、無情な事を告げた真砂子とジョンに詰め寄る。


「そんな事って…、なんか手はないの!?」


尚もあたしは興奮気味に詰め寄った。ぼーさんが「落ち着けっ」って言ってるけど、そんな事にも構ってられないくらいあたしは真砂子しか見れなかった。



――そんなの…死刑宣告したようなモノじゃないっ!

直情的な麻衣は、何も悪くない真砂子を攻め立てる様に嘆く。その様子にリンさんは眉を顰め、ナルは頭を抱えた。

今日は麻衣の暴走を止められる瑞希がいないので、ナルは頭が痛くなった気がした。

まだ麻衣の目には悲しみの涙が溜まっていて、興奮から頬が赤かった。




「あの、」


当の本人である悟さんは、思い当たる事があったのでやっぱりと少しは驚きはしたけど、それよりも納得の方が大きくて。それに、自分より騒いでる人間を見ると意外に冷静になるもんで、自分は助かるのかもう手遅れなのかその答えだけが気になった。


「浄霊をすれば…あるいは、この子供たちを操っているモノを取り除けたら助かると…思いますわ」


不安な顔をしている麻衣とナルを交互に視線を動かしながら、真砂子が思う最善の解決策を口にした。


「操っているモノ?」

「えぇ…ただそれは……あのトンネルに入らないと」


冷静に質問したナルにトンネルを見ながら真砂子は頷く。入ってからでないと詳しくは真砂子にも分からない。

最初の予定でもトンネル内にマイクや温度計の機材を設置して、霊が原因なのかそうでないのか把握するつもりだったわけで。


――それなら、当初の予定通りの算段で構わないだろう。

ナルはそう思考した。



「リン、麻衣、機材を設置してくれ。今日は機材を設置したら時間になるまで車で待機だ」


これからの指示を出したナルは麻衣を一瞥して、残りのぼーさん達にも指示を飛ばした。




 □■□■□■□




問題は次々起こるもので、すぐに次の問題が発生した。


「痛っ―――ちょっと何コレ!中に入れないじゃない!」

「どーいうことでっしゃろ?」


先にトンネルの中を調査しようと中に入ろうとしたジョンと綾子。だけど、何かに阻まれて先に進めない。ジョンが試してもトンネルの中に入る事が出来なくて困惑した。

綾子の甲高い声に、何事かと呆れながら全員が重い腰を上げる。かく言うあたしも車からぼーさんと運び出していた赤外線カメラを一旦置き、そっちに向かおうとした。


「ホントだ、中に入れねー」

「でしょっ? なんなのかしら…」

「拒絶されてんのかねー。ナルちゃん、どうするよ?」


ぼーさんが綾子の側に立ち確かめると、トンネルの入り口に手を当てるとまるでそこに壁があるみたいに先へと進めない。彼は軽く息を吐きながらナルに指示を仰いだ。

それには答えずナルは興味深げに、その“何か”に触れる。ぼーさんが確認していた姿はパントマイムのようだったが、実際にナルの手も見えない壁に拒まれた。


「これは…。――リン」

「えぇ、恐らく」


何か心当たりがあるのかナルはリンさんと意味深な会話をしていた。 リンさんは少し雰囲気が柔らかくなった。……何故だ?

それが理解出来なくてぼーさん達は怪訝な顔をし、ジョンと素人の悟さんは困惑した。 真砂子は何かが視えるのか、ナルに微笑みながら頷いている。


「どういうことどすか…?」


意味が分からなかったメンバーの代表としてジョンが尋ねた。


「これは恐らく結界だろう」


ナルは恐らくと発言しておきながら、態度は自信満々にジョン達にそう言い切った。


「結界ですって?」

「それって…」


結界。普段ぼーさんが張るような結界ならば術札が何処かに張ってあるはず。 だけど、結界が張られているトンネルの入り口付近には札の類は見当たらなかった。

札を張らずに結界を張る事が出来る能力の持ち主なんて、我々の中では思い当たる人物は一人しかいない。



「―――瑞希!?」



綾子の顔が輝いた。

こちらの業界で知らない人はいないと、有名な結界術を使う“山田家”。瑞希先輩が言ってたけど一族の中で今生きてるのは瑞希先輩だけらしい。

と言う事は、この結界を張ったのは瑞希って事になる。―――そうか…だからリンさんの雰囲気が柔らかくなったのかー。


「…瑞希先輩がここに来てるってこと?」

「あぁ恐らくな」

「良かったな、嬢ちゃん」


あたしの表情も輝く。瑞希先輩に会える!?

皆の雰囲気も穏やかになって、ぼーさんがあたしに小突いてきた。それを言うならリンさんに言ってよッ! 露骨に嬉しがったからそれを言われると恥ずかしくなって頬を膨らまして拗ねた。

それを機に周りにも笑いが伝わる。


「そろそろ作業に――…」


―――戻ろう。ナルが冷たく言葉の刃を放とうとしたら、突然、







ビッビー!






大きな音が辺りに響き渡った。










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