5 [5/8]




『日が暮れて来たね』


宿から見える西に傾いてる太陽を目にして私――葉山瑞希が、ぽつりと呟いた。

この宿には昨日から泊まっている。


《ホントだー》

『そろそろ行こうか』


窓から振り返り、背後にいたジェットとヴァイスに声をかけ、今回依頼された場所へ行こうと告げた。

今回の依頼は山田に来たもので、依頼人は私がお世話になっている義理父の遥人さんから。

なんでも知り合いの息子さんが行方不明になったらしく、原因が肝試しに行った場所にあると言う。その方はこの地では有名な会社のお偉いさんで、メディアも面白く騒ぎ立て警察も勢力を上げて捜査をしたが見つからず捜査は行き詰っている。


と、あるが実際は――…。

まぁ、心霊現象なんてと警察は信じないし現在は事件性がないからと表立った捜査はしていない。 その事を遥人さんに相談した所、遥人さんが私にお願いしてきたってわけだ。


《トンネル、ね…》


意味深にジェットが私を見る。


『…何?』

《あの渋谷とやらの餓鬼にここに来ている事言ってないんだろ?》

『いちいち教えたりしないって』


依頼内容は容易に口にしない。協力してくれるなら話は別だけど。

でも今回の依頼内容は危険だ。確実に霊が関わっている。 県の名前を言っただけで内容もあのナルなら簡単に想像がつくだろうし変に興味を持って着いて来られても困る。……怪我してほしくないし、ね。

考えてる事が分かったのだろうジェットはそっぽ向いて鼻を鳴らした。


《どーでもいいけど、早く行こぉ〜。 さっさと片付けなきゃ!》

『なんかいつもより乗り気だね』


ヴァイスは白い着物姿のまま右手の拳を胸の辺りで握りしめ、意気込んでいる。 無邪気だけど面倒な事はやりたがらない彼女にしては珍しい。


《あいつは…暑いのが苦手だからな、早く帰りたいんだろう》

『あぁ!そっか』


ヴァイスは雪女、だから暑いのは苦手で寒いのを好む。年中一緒にいるから彼女が雪女だと言う事を忘れてた。 そう言えば最近家から出たがらなかったな。


瑞希は現在山田一族の正装を身に着けていた。 黒い着物に下は袴で、今回は霊が関連しているのでこの格好で向かう為だ。洋服でも別段問題はないのだが、こちらの格好の方が気は引き締まるので、力も使いやすい。

もう直ぐにでも現場に言っても困らない格好に出来上がっているので、ヴァイスは早く早くと私の腕を引っ張り急かした。


『じゃあー行こう………か、……』



ピーン



ヴァイスに苦笑していたら頭から体中に軽い痺れが走った。


『これは…』

《おい、どうした》

《瑞希様?》


ヴァイスに引きずられたまま固まった私にジェットは鋭い目線で伺い、ヴァイスは瑞希の顔を横から覗いた。


『……結界が破られたッ!』


走りながらそう叫ぶ。人の眼なんて気にしてられない。

いきなり走り出した瑞希に二人も素早く駆け出す。


《なに!》

《それって、昨日瑞希様が入り口に張ってたやつ?》

『そう』


昨日この地に訪れた時に肝試しに訪れる馬鹿共を排除する為と、これ以上霊が悪さをしないよう外に出れない為に結界を張っていた。

普通の人間は結界を破る事は出来ない。と言う事は、結界を破る事が出来るほどの力を持った悪霊がいるって事か…。 つまり昨日の様子見で、姿を現さなかった霊がいる。今この時に結界を破った理由があるはずだ。


――その理由をいち早く確かめなければッ!被害が人里まで及ぶ前に。

『ジェットっ!私をトンネルまで送って!早くッ!』

《っあぁ!》


瑞希の指示に頷いた瞬間、ジェットは本来の姿に戻った。

すかさず巨大な狼の姿になったジェットに飛び乗り、ヴァイスも私の後ろに飛び乗った。


《しかっり掴まっとけッ!――飛ばすぞ》


返事をする前に彼は私達が乗ったのを確認するとスピードを上げた。 私はしがみ付きながら気を引き締める。

想像以上に危険な霊がいるのかもしれない。






 □■□■□■□



「な…な、に……」


音の正体は車のクラクションの音で鳴らしたと思われる悟さんに全員の視線が集まった。



悟さん…?

クラクションを鳴らし終わり、ゆっくりこちらを向いた彼の眼は虚ろで意識がないのが一目で分かる。




ニタぁ


悟さんは焦点が合わない白い眼で、不気味な笑みを浮かべた。






――ゾっ


その笑みを見て背筋が凍る。それはあたしだけじゃないようで、ナル達も時が止まったかの如く固まって動けなかった。

一瞬でも動いたら喰われるッ! 首筋から背中に冷や汗が流れた。

身の危険を本能で感じとり誰も動かず、ひたすら悟さんの様子を窺う。


一歩、また一歩、悟さんがこちらに向かって近づいてくる。 ジリジリと。

背後はトンネルの入り口、あたし達に逃げ場はない。




「み、みなさん…」


絞り出した真砂子の声は小さく普段なら聞き逃していただろう声音で口を開く。 だけど、張りつめた空気の中では全員の耳にその声は届いた。

視線は悟さんから離さず耳を傾ける。 なにか助けがあるのかもしれない。希望が、と藁にも縋る想いで続きの言葉を待つ。


「けっ、結界が…クラクションの音で結界が壊れてしまいましたわっ! っあ、ぁ、ぁああ…」


真砂子は震える声でそう叫び、真砂子の目には何が見えているのか、あたしには分からないけど、彼女が何かを視て恐怖で、震えているのだってことは理解した。


「(そんなに怖いのがいるの…?)」


恐怖が伝染する。


「ぁ、ぁあ、――いやっ!いやあぁぁぁ!



――――真砂子っ!?


皮肉にも真砂子のその叫び声で金縛りが解けた。

直ぐに真砂子を庇うようにぼーさんが悟さんの前に立ちはだかり、そして背後にあるトンネルから守るようにジョンが真砂子の後ろに立った。 リンさんはトンネルの方に向き口笛を吹いていた。

真砂子は頭を抱えしゃがみ込んでいる。綾子も麻衣も恐怖で立ち尽くすしかなかった。


「ナウマク サンマンダ バサラダン カン!」


逃げれるきっかけになれば…とぼーさんは真言を唱える。 悟さんの動きが一瞬だけ止まっただけで、様子は変わらず悟さんはより一層笑みを深めた。


「くそっ!」

「トっトンネルは!? トンネルから逃げれないのっ!?」綾子が叫ぶ。

「っ元凶が中にいるんだぞっ、入るのは自殺行為だ!」ぼーさんが怒鳴る様に答えた。

「で、でもっ! このままじゃ…悟さんは……」


あたしは恐怖で足が震えた。 トンネルの中に例え霊がいたとしても通り抜けれるかもしれないじゃない!

あたしの考えはナルに一刀両断された。


「駄目だ、後ろをよく見てみろ」

「――え、っぁ、あ」


ナルの固い声に顔だけをトンネルの中を見ると――……何人もの青白い顔した霊がうようよ湧いていた。 次々にレンガで造られたトンネルの壁や天井から霊体が出て来る。

それらはみんな手を前に出してあたし達の首を絞めようと近寄ろうとしていた。



「な、によ…あれ」

――まるで、ゾンビじゃない…。


「リン、――リン?」


ナルはこの状況に顔色一つ変えずに対応している。

ナルに呼ばれたリンさんは、何やら構えを取ったまま固まっていたけど顔を左右に振り「――破られました」と答えた。

それを聞いたナルは「それは…危険だ」と呟いた。あんた今頃この危険な状況が分かったのっ!? どんな状況でも唯我独尊なナルはどこまでもナルだった。

前には悟さんがいて後ろには…ざっと三十人はいるゾンビの団体がこっちに歩み寄って来ている。絶体絶命。


「ぼーさん、悟さんをやれるか?(気絶させれるか?)」


ナルはぼーさんに尋ねた。 それはつまり悟さんと一緒に前から逃げるって事。瞬時にナルの言いたい事を理解し、ぼーさんは悟さんと距離を慎重に縮める。


「そんなっ…、ダメだよっ! ナルっ!悟さんを見捨てる気ッ!?―――っぼーさん!」


あたしはナルに詰め寄ったけど、冷たい視線が返って来るだけで絶望を覚えた。 直ぐにぼーさんを止めようとしたけど、リンさんに腕を掴まれる。 恐怖よりも焦りが上回った瞬間だった。


「っ、離してよっ!ぼーさんっ!止めてっ!! っ悟さんっっ」


もがきながらも尚も叫ぶ麻衣に、


「ちょっと!ヤバいわよっ! 近くまで来てるっ」


真砂子を支えながらトンネル内を警戒していた綾子が同時に声を荒げた。 麻衣とぼーさん以外の目がトンネルを見遣る。

いつもは穏やかなジョンも全く動けない真砂子の前へ立ち、攻撃に備えている。が、


「数が…多すぎるです」


対応してもどんどん数が湧いて出て来る。


「ぼーさん早くしてくれ」

「っ、ナルっ!」


もはや時間との闘いになってきた危機的状況に、ナルは眉を寄せぼーさんを急かした。 悟さんを見捨てると思っている麻衣は納得がいかず抗議の声を紡いだ。



いよいよ命の危険が高まった時、


「あぁ…」


あたしは映画のワンシーンにいるみたいに他人事のように全てがスローモーションに見えた。

ぼーさんが悟さんに蹴りを入れるのを横目に捉え、

綾子は真砂子を支えている、が、二人には三人の恐らく男性だった霊が迫っていて、ジョンは急いでそれらをどうにかしようとしていて、リンさんは目を閉じたまま何か呟いていて―――…ナルはただ冷静に立っていた。

あたしにも女性らしき霊が首を絞めようと手を伸ばして来ていて、自分の身にも死の入り口が迫っててて…だけどあたしにはどうする事も出来なくて。

ただただ全身の細胞から汗が噴き出る感覚を味わうだけだった。





どくん、どくん



「い、いや…(――死にたくないっ!)」



どくん、どくん、どくん



「(いやぁっ――誰かっ助けて!!)」




――ギュ

あまりの恐怖に目を瞑り視界からの情報を拒否する。 次に訪れるのはきっと想像も出来ない程の苦痛と仲間の悲鳴だろう。

その場にいた全員が諦めかけたその時―――…聞こえたのは誰かの悲鳴ではなかった。







暖かい光があたし達全員を包み込み、



それは、眩しくて何も見えなかったけど――…穏やかで優しい光だった。








*前 次#
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -