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ヨザックが仕事で潜入していたのは、今日知らされておったから…彼が、見張り役として目の前にいても驚きはせぬ。

驚きはせぬが…私を視界に入れた途端、バカなどと暴言を吐かれた事には驚きだ。 余りにもサラっと言われて…怒りも湧かぬかった。


――うぬ?ヨザックはこんなヤツだったろうか…。

まあ…しかし、注意されたのにも関わらず、こうして、まんまと捕まってヨザックの仕事を増やした事は事実であるので……何も言い返せぬかった。

ヨザックは、こちらを呆れた風に見てからは、静かに入り口に立っている。



「お、おねぇちゃん…」

『うぬ?』


未だ、己が抱き込んでいた――…震えていた女の子の顔を見遣る。

どうやら恐怖からの震えは治まったらしい。琥珀色の瞳に溢れん限りの大粒の涙を浮かべながら、真っ直ぐ私を見て来ておる。

恐いだろうに、気丈にも怖さを堪える姿に、サクラは安心させる微笑を浮かべて、何も言わず、少女の頭を撫でた。

訊かなくとも判る。恐らくこの少女も、ここに売られて来たのだろう。そして、ここからまた違う人に売られる。

愛する家族から売られたのか、誘拐されて連れて来られたのか――…現実を知るのは、この小さな少女には酷だろう。下手に蒸し返せぬ。



…―――この少女だけではない。

薄暗い牢獄のような、この室内には――私と、この女の子の他に――…男の子だと思われる可愛らしい顔した、これまた己の弟と同じくらいの子供が二人と――、7歳くらいの少女が二人、部屋の隅で震えていた。

己を入れて、全部で六人。

この光景に、サクラは眉を顰めた。――こんな事が、ユーリの治める国で、行われておるとは…許せぬ。

ポン、ポンと腕の中の女の子の頭を撫でながら…そんな事を考えた。

腕を動かす度に腕についた手枷がじゃらじゃら音を立てる。…この音にも慣れてしまったな。


「さっきは…ありがとう」

『…名は、何と言う?私は、サクラと言うのだが…』


お礼を言ってくれた女の子に、優しく微笑みながら、名を尋ねた。

名が判らぬと何と呼べば判らぬし…こんな状況だからこそ会話して恐怖から遠ざけたかった、だからこその行動な訳なのだが――……ヨザックから咎める視線を貰った。


『(何故だ…何がいけなかったのだ…?)』


姫であるサクラの正体が、何処でバレるか判らないので、滅多に外で名乗るような事はしないように―――散々注意されていたのにすっかりと忘れていた。

気付いた所で、名字は申しておらぬのだから、何も問題はないであろうと反論された事だろう。

ヨザックの心配は、可哀相にこれまたサクラに伝わらなかった。


「あ、あたし…」

『うぬ』

「あたし…レタスって言うの」

『レタス、か…善い名だな』

「!うん」


ニパっと笑った女の子――もとい、レタスの笑みは太陽のようだった。琥珀の瞳に、空色の髪をしてたレタスは、可愛らしい。

ヨザックの瞳と髪の色が逆になったような色をした子だなーと、ヨザックとレタスを交互に眺めながら思った。

外は昼過ぎで明るかったのに、室内は薄暗く時間の感覚が狂いそうだ。この部屋には当然の様に窓がない。

これだと全員で逃亡を図るのは無理である。ヨザックがおるから…この子達は、下手な事にはならぬであろうが……。それでも逃亡経路を探してしまうのは、もはや癖だ。

この倉庫の中に、まだあの男達はおるのだろう。主犯もおるなら一網打尽なのだが。


『(袋叩き)』


サクラはニヤリと企みの笑みを浮かべた。

こんな幼い子供達を集めたあげく…商品扱いした輩は許せぬし、大切な友達が治める国で犯罪を犯した輩は許せぬ。


「おねえちゃん…」

『――大丈夫だ、心配するな』

「あたし…あたし」

『……?』

「もう…いいかなって思うの」

『……なにが?』


ポツリと悲しそうに言ったレタスの言葉に、室内にいた全員の視線が集まる。もちろんヨザックの視線も。


「母ちゃんも…父ちゃんも…もういないの。だから…」

『だから?』

「このまま、どこかに連れていかれても、もう…いいかなって……」

『……』


そう言ったレタスは膝を抱えて、顔をも膝に乗せて包まった体勢で、何もかも諦めていた。

私はいつの世でも、頑張って生きて来たし……周りだって、そんな境遇でも足掻いて生きて来たヤツらばかりで。

だから――…何もかも諦めた発言は聞き捨てならぬのだが…相手は小さな女の子。何て、言って善いのか判らぬ。

人間と魔族のハーフであるヨザックも、苦渋の日々を耐えて来たのだろうと容易に想像出来る――。…だからだろう――ヨザックは呆れた表情に、蔑みの色を瞳に宿してレタスを見ている。


「帰る、場所…ないの」

『……』


ここで甘い言葉を言うのは簡単だろう。だがそれはこの子の為にならぬし……。


『それで善いのか?』

「――ぇ」

『そうやって諦めて流されて…。己の足で立って懸命に生きようとは思わぬのか?』


――小さい子に難しかったか…。

私の言葉に、レタスは口をぎゅっと噛み締めて、視線を下に向けた。


――嗚呼…でも…。


『(人の事は言えぬか…)』


こっちで生きる目的を作りたくないとか言って…だけど、人のお金ではズルズル過ごしたくないとか言って、矛盾した事ばかりで。

だけど…、やっぱり……尺魂界は忘れる事は出来なくて、私は自嘲した。


『…まぁ〜私も人の事言えぬがな』


気になったのか顔を上げたレタスと視線を合わせる。


『居場所がないなら作れば善いであろう。私もな…丁度、居場所を求めてこの街に働きに来たのだ』

「…おねぇちゃんが…?」

『うぬ。――あ、…レタスが私の居場所にならぬか?』

「…ぇ」

『レタスにも居場所が出来て一石二鳥であろう。…母親もいないのなら…私がレタスの姉になっても善い。私もこっちには家族がいなくて寂しくてなー』

「――!ホント?」

『ああ』


琥珀色の瞳に光が戻って来たのを確認して、ふわりとサクラは笑う。

気休めでも善い。ただ元気で流されずに生きて欲しかった。――のだが…、


「ちょ、嬢ちゃん!」

『…ぬ?』

「ぬ?じゃないですよ!何言ってんすか!?」

『何がだ』


ここで、声を荒げたのがヨザック。――って…ヨザックよ…貴様、仕事中だろう。

一応敵同士な私達が親しく話してはマズいのでは?と、その意味を込めてヨザックを見たが、私の言いたい事は伝わっておらず…――何故か、彼は打ちひしがれていた。


『己が申した事ならちゃんと責任は持つぞ?――もとより自立するつもりだったのだ。善いではないか』

「そうじゃなくて…」


見張りの男が打ちひしがれる様子に、レタスや他の子達も困惑気に私を見て来る。


「(オレが閣下や隊長に怒られるー)」

『??』


私も小首を傾げる。思わず拘束されている事を忘れてしまいそうだ。








(閣下ー!)
(隊ちょー!)
(オレでは姫さん止めれませーん!)



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