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「はぁ〜、何で、ここにいるんですか?バカなんですか?」

『う、うぬ…』


――どうしてこうなったー!


失礼な事を言ってくれた、太陽のような髪をした男を前に――室内には私を含め、小さい男の子や女の子が震えていた。

私の両手には手錠がしてあり、室内におる全員が身動きが取れぬ状態で。

ただ一人、目の前にいる男だけは入口を塞いで、自由に立っていた。

その男から半目で見られながら―――こうなる羽目になった出来事を思い返していく。



そうそれは――…丁度、ヨザックを別れて、昼時も過ぎ“ようこそ!パプリカ”の店内が昼時のピークから、落ち着きを取り戻した頃であった。







「サクラちゃん」

『――はい』


エノキのおばちゃんと、シメジのおじちゃんに名を呼ばれて、二人を見たら――二人は気まずそうにしていて、特にシメジはサクラと目を合わせようとしてくれなくて。

そんな二人に、どうしたのかと思って口を開こうとしたら、エノキが先に口を開いて、私に御遣いに行ってくれぬかと告げた。

何でも、ヨザックと一緒に来店したあの男性が、お財布をここに忘れて行ったのだとか。

忘れ物がお財布なので、相手も困るであろうと、私もソレを届けるのを快く引き受けたのだ。――それが間違いだったと気付いたのは、後になってから。気付いた時には後の祭りで。


「この先にある宿に、泊まっているはずだから…頼まれてくれるかい?」

『うぬ。その男性の名とか…』


運よくヨザックに会えれば、あやつに渡せば善いのだが。会えるか分からぬので、念の為にと訊いた。個人情報が〜…と普段なら訊かぬが、今は必要に迫られているので、致し方ないだろう。


「えっとー…」

「ゲスだ」

『……な、ぬ?下衆?』



――それは…私に言ったのであろうか…?

エノキと同じく複雑な顔したシメジが、ここで初めて静かに言葉を発言したのだが。ゲスって…。

何とも言えぬ空気の中――サクラとシメジの視線が交じる。


「違う。その男の名前だ」

『あぁ!なるほど。――ゲスさんね…』


――この街には…変わった名の輩しかおらぬのだな。

私は引き攣った口元で、無理やり笑みを浮かべた。ここで、笑ったら失礼かと思って。頷いた己に、エノキは問題の財布を渡してくれた。

お客の――しかも、お金が入った物を私に託してくれるという事は、これは二人に信頼されておる証であろう。私はそう思って、嬉しくなった。

これは、しっかり任務を遂行せねば!

任せてくれと、エノキを真っ直ぐ見て、深く頷いて見せた。

だから気づかなかった。――エノキとシメジが、顔を見合わせてゴメンねと呟いていた事に。






昼時を過ぎれば、少しはお客の数も減る時間帯だってのは、ウチだけでないようで――外に出れば、歩いている人はまだらで、少し静かだった。

全くの静寂、ではなく…耳を澄ませれば、働いておる人々の声や、子供の声を聞こえる。

空では、太陽が燦々と輝いていて、散歩日和な天気で、食後のこの時間では、こっくりこっくり眠気を誘うようなポカポカ温度。

家の前のベンチに座って、日向ぼっこしておるご老人夫婦も、見受けられた。私の歩く足も、心なしか軽い。

目的のゲスさんが泊まってると言う宿は、民宿のようでこじんまりとしていて、ここもきっと家族で経営しておるのだろう。

丁度、入り口で打ち水をしておる若めの男性に、近付く。――従業員であろう。


『すまぬ』

「――はい?」

『ゲスさんって名の客が泊まっておろう?あぁ、あの、ようこそ!パプリカで働いておる者なのだが…ゲスさんが財布を店に忘れたみたいでな、届けに来たのだが……案内してはくれぬか?』

「っ!?…あ、あなたもっ…」


ここに来た目的であるゲスさんに、早く会ってこの財布を無事に渡さなければと、言えば――…目の前のコンラッドと同じくらいの年齢の青年は、目を見開いたのち悲しみをその瞳に宿した。

青年の反応に、サクラは訳が分からず、小首を傾げる。

暫く、固まったままだった青年だったが…下唇を噛み締めるようにして、「この宿の裏にある倉庫に、いる筈です」と、消え入るような声で教えてくれた。

そして建物の中へと消えてゆく青年。 その背中に『ありがとな!』と礼を告げて、思わず振り返った青年に――サクラは、ふわりと笑った。


「――!あっ」


誰もが、見惚れるような笑みを零した、裏の倉庫へと向かうサクラの背中を―――青年は彼女の姿が見えなくなるまで、その場で動かず見つめた。

そんな青年に気づかずサクラは、教えられた通路を一歩、一歩、足を進めると―――……


キャぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


薄暗い通路の先から――突如、鳴り響いた甲高い悲鳴。



『――!?』


切羽詰まった叫び声が、今まさに己が向かわんとしておる方向から響いている。

何事ッ!?と、悲鳴が聞こえる場所に走る。後ろで、ゲスさんの居場所を教えてくれた青年が「あっ」と、声を漏らしたが――私は構わず走った。

視界に映ったのは――…、大男二人に引きずられている、己の弟と同じくらいの女の子。

女の子の顔は涙で濡れていて、何処からどう見ても連れの男二人に、誘拐されておるようにしか見えぬ。


「いやぁぁぁぁ」

「チッ、早く歩け」

「おい顔に傷は付けるなよ?商品になるんだから」

「――っ、ぁ…いや…」

『!』


嫌がる女の子の腹目がけて、蹴飛ばそうとした男の足が動いた途端、――助けなければッと、攻撃すれば善かったのに、女の子を上から包み込んで、代わりに攻撃を受けた。


『っ』

「……ぇ…」


痛みの代わりに温かい何かに包まれた女の子は、衝撃に備ええて閉じていた瞼を開けて、その瞳に映ったサクラの姿に目を丸くした。 温かい体温に強張った小さな体も力が抜ける。

いきなり現れたサクラに、大男二人は第三者の登場にあからさまに舌打ちした。


「なんだ、てめぇ」


背後から放たれた低い声に、腕の中にいる女の子は、またガクガク震え始めた。

私はそんな震える女の子の背中を、優しく撫でて、背後の男二人を睨みながら見上げた。


「おい、こいつ…」

「ああ」

『……』


視線が合った二人の大男は、サクラの顔を見て、目を見開いて何かに気付いたのか、下品な笑みをその顔に浮かべた。

その笑みに、生理的にゾワッとしたが――その二人の態度に、私は眉を顰めた。


『貴様等…こんな小さい女の子に、今何をしようとした!』

「あ゛?」

「躾だよ、躾!」

『躾だと?』

「ああ、商品を引き渡す時に、不備があったら、俺たちゃ〜困るだろう?」

「そうそう」

「っ」

『貴様等ッ!』


男の言葉に、怒りがふつふつと湧き上がる。

こやつらは…この己の腕の中で震えておるまだ小さな女の子を、商品扱いして、それだけでなく躾と称して暴力を振るおうとしておったのだ。――加護すべき小さな子供を、大の大人がだ。

こんな事をして恥ずかしくはないのかと思う。だが…こんなクズ共に、背徳感など微塵もないのだろう。

ニヤニヤしておる二人を見上げて、湧き上がる怒りを目に込めて、鋭く睨む。 私は怒りで、体が震えた。


「おっと、そいつを助けようなんて思うなよ?」

『なに?』

「お、ねぇちゃん…」

「そいつだけじゃなく、てめぇも商品なんだよ」

『……はぁ?』


余裕の笑みを受かべておる二人に、そう言われて、意味が判らず眉間に皺を寄せた。


――私が商品だと…?こやつらは何を言い出しておるのだ。…――しかも、尚も人を商品扱いしおって!

私に向かって伸ばされる手から、女の子を庇いながら、じりじり後ずさる。



「逃げんなよ。てめぇの店がどうなってもいいのか?」

『……店、だと…?』

「てめぇ、どうせここに頼まれて、ノコノコ来たんだろーが…てめぇはあの店主二人に売られたんだよッ」

『…な、に…』


到底信じられぬ事実に、目を見開く。

固まった己に、ニヤリと笑って一人の男がサクラの腕を引き上げて無理やり立たせた。同時に、立たせられた女の子も、震えながら、固まったサクラを心配気に見つめた。


『私は…』


ここにシメジとエノキの二人に、ゲスさんの財布を届けるようにと、ここを訪れたのだ。


――売られたって…。


『まさか…』


そのゲスさんとやらが…否、待てよ…。

ヨザックは、そのゲスさんと一緒に、今日店を訪れたんだったな。仕事だと言っておったヨザック。そして、ゲスさんの忘れ物を届けに来た筈の私が売られたらしい、この状況。


――あのゲスさんが人売りのグルなのかッ!

辿り着いた真実に、舌打ちしそうになった。

大人しくなった私と、腕の中で震えておる女の子ごと、二人の大男は倉庫の中へと引っ張る。


『(…どうしだものか…)』


この女の子を、今逃がす事は可能だが…敵が何人いるかも判らぬこの状況では、下手には動けぬし、女の子の身の安全を確保出来ぬ。

ここまで道を教えてくれた、宿の青年や、私を何も言わずに雇ってくれた二人を脳裏に浮かべて――…この街全体が組織なのかもしれぬし…と、恐怖から震えておる女の子の背中を撫でながら、サクラはその瞳に悲しみを宿して――だけど…頭の隅では冷静にそう判断した。



そして連れて来られた倉庫の中で――乱暴に体を投げられ、震える子供達と一緒に、手足を拘束された。


『(こんなに…子供が売られるのかッ)』


一旦は静まった怒りが、またふつふつと湧き上がる。

あの不快な笑みを浮かべておった大男二人は、牢獄と化した室内を出てった。――代わりに入って来た見張りの男と視線がかち合い―――




「はぁ〜、何で、ここにいるんですか?バカなんですか?」

『う、うぬ…』



____馬鹿にされた。






(仕方ないであろう)
(…不可効力なのだ!)




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