[sideユーリ]
空から憎たらしい程――照らしてくれている太陽から顔を隠し、馬に揺られながらおれは口を開いた。
「結局さー」
「……なんだ」
「今、向かっているパプリカって街は、そんなに危ないとこなの?」
おれの問いかけに、答えてくれたのは――眉間に皺がいつもより倍になっている、フォンヴォルテール卿グウェンダルだった。
サクラが、家出してパプリカに向かったと、アニシナから教えてもらってから早四日。
直ぐに馬を走らせたのに、未だ街のまの字も見当たらない。これまで獣道を走って来た。
――平和な日本育ちのおれには、堪える道のりです…。本当にこの先に街は、あるのか…?
ユーリは疲労困憊で力のない眼差しで、グウェンダルを見遣った。
「今頃、それを私に訊くのか」
「…う゛」
大事な事を今頃訊くのか――とグウェンダルは呆れた目で、おれを見て来た。しょ、承知しております。
この魔族似てねぇ三兄弟である長男は…眉間の皺と溜息はセットで彼の特徴である。
「街自体は、こじんまりとしたいい街だ。大きくもなく、小さくもない、治安もいい。 だが、最近その街を中心に周辺の街から、若い女性達が消えるという事件が起きている。恐らく人為的によるものだ」
「え!大変じゃん!ヨザックは、それを調べるためにパプリカへ?」
「正確には、ある商人の下へだ。その商人が人売りをしているんじゃないかと。確証はないが」
――なるほど…。
溜息を吐きながらも、丁寧に説明してくれたグウェンダルに、ユーリは神妙に頷いた。
「そんなところにサクラが…」
丁度、ヨザックが潜伏している街だと訊いて、ホッとしたユーリだったが……その街自体が危ない噂の絶えない危険地帯だと知って、複雑且つ不安だ。
それはここにいる誰もが同じ心境で。
「ああ。まったくアイツは何を考えているんだ…」
「はは、まぁまぁ。働きたかったんだよ、手紙にそう書いてあっただろ?」
「フンっ、姫としての自覚がないんだ!」
「…ヴォルフラム…」
城を出る際に、実家に帰っていたヴォルフラムと鉢合わせになって。彼と、ユーリ、コンラッド、サクラの護衛のオリーヴとオリーヴの部下たち、そしてグウェンダルの――…相も変わらずなメンバーで漆黒の姫を追い掛ける事となったのだが――。
どうやらヴォルフラムは、城ではなく外を選択したサクラに、御冠のようだ。
「(でもな〜おれもサクラの気持ち判るんだよなー)」
馬に揺られながらそう思う。因みに…ユーリはヴォルフラムと、仲良くタンデム。
「おれさ〜思うんだけど…サクラきっと城にいずらかったんじゃないかな」
「なんでだ?」
今度は、おれが乗っている馬を動かしているヴォルフラムが、反応した。
同時に――オリーヴとグウェンダルは、サクラが言っていた言葉を思い出す。
『己で働いて稼いだお金で贅沢するのなら構わんが、人様が稼いだ金を使いたくはない。ここまではユーリと同意見だ。 後一つは…私がお客だから、だな』
あれは…グウェンダルがユーリとサクラに、贅沢したりしないのかとか、やたら首を突っ込むのは何故だとか、尋ねた時だった。
『だ、か、ら、ユーリは王だけど、私は何も意味がない存在だろう。 ただ髪も目も黒いからと言って高い身分が与えられるのは納得がいかぬ。 働いて城に身を寄せておる訳せはないのだから、客だろう? そんな招かざるお客が我がもの顔で我が儘など言えるか』
『私はこちらにいる理由を作りたくはないのだ…またここに来たいと思ってしまうであろう? 私は…私には……戻りたい場所があるのだ』
静かに尋ねたグウェンダルに、サクラは悲しそうにそう答えていたのが、オリーヴもグウェンダルも衝撃で…、サクラがそう思っている事に悲しくなった。
その場にいた、ユーリも遠くに行ってしまいそうなサクラを見て――衝撃だった。
そんな会話がなされてたなんてヴォルフラムも、コンラッドも知らない。
「サクラ言ってたんだ…。おれみたいに役割がないから、意味がない存在だろって。だから、人様のお金で暮らしていけないって」
「なに!そんなことを言っていたのか」
「それに…サクラはここにいる理由を作りたくないって言ってた。なんか…サクラには戻りたい場所があるみたいで…多分、それは地球でも得られるモノじゃないんだ、きっと。…サクラ…悲しそうな顔をしていたから。……コンラッド、なんか知らねえ?」
「……いえ…」
隣を走るコンラッドにそう尋ねたら――目に見えてコンラートはその爽やかな顔を曇らせた。
それを見て焦るおれ。
「(訊いたのはマズかったー!)」
「フンっ、くだらない」
「くだらないって」
「そんなものっ!コンラートが、その理由とやらになればいいだろう」
「!」
サクラの悩みを、鼻で一蹴りした我が儘プーに、口がヒクリとしたが……その後、続いて言われた言葉に、ユーリは感嘆の声を上げた。
ヴォルフラムの言葉は、いつだって真っ直ぐで――胸に響く。
意外な所からの叱咤激励に、コンラッドは目を見開いて固まったけれど。
「言われなくても、そのつもりだよ」
弟の言葉に嬉しそうにコンラッドはそう言った。
グウェンダルもオリーヴも、コンラッドの様子にサクラの未来を想像して――安堵して、笑みを浮かべた。
「サクラ様を掴んでないと、あたし許さないからねっ!」
「オリーヴに言われなくても判ってるよ」
「あたしのサクラ様だったのに…」
「俺のだから」
本人がいない所で、繰り広げられるケンカ。ここに彼女の魂から出来た刀――朱雀と、青龍達がいなくて善かったな、とおれは嘆息した。
「(それ、サクラに言ってやれよ…)」
そう二人に呆れたおれだったけど、サクラの愁いが少しでも晴らせるなら嬉しいな〜と、おれの心も晴れていく。
「なあなあ、まだ着かね〜の?」
「……時期に着く」
「昼ごろには着くだろう」
グウェンダルとヴォルフラムの声が重なった。
(なぁーおれ思ったんだけど…)
(何です?)
(サクラが使った、そのアニシナって人の魔導装置を使って行った方が――…着くの早かったんじゃないの?)
実に善い案だと思ったユーリだったが……。
言われた臣下達は――ソレの光景を想像して一斉に青ざめていた。
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