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『誠かッ!?』

「いいよ、ちょうど人手が足らなかったんだよぉー」

『では、よろしくお願いします』

「こちらこそ、よろしくね。アンタみたいな、べっぴんさんがいてくれたら、ウチも繁盛するよう」

『う、うぬ…』



なんて会話がなされたのは四日前の事。





「サクラちゃ〜ん、こっちこっち」

『は〜い』


こじんまりとした、まさに食堂という言葉が似合うようなお店で、注文を訊いて料理を運ぶ、看板娘なるものをしております。

新参者の私にも、ここの人達は笑顔で迎えてくれて、お客さんも温かく受け入れてくれた。

ここ数日で、私もこの街に馴染んだと思う。


『ご注文決まりましたー?』

「うん、これと、あとこれね」

『――判りました』


メニューを広げて、指を差す青年の指を追い掛けて、何を頼むのか頭に入れる。

微笑んでくれておる青年に、こちらからも微笑み返して、厨房にいる私を雇ってくれたおばちゃんと旦那さんに注文を告げる。

おばちゃんは――エノキと言う名で、笑顔の似合う朗らかな方で、その旦那さんは無口な職人さんのような人。 旦那さんは、シメジって名前。


――実に…愉快な名前だ…。

二人とも優しくて、見知らぬサクラを泊り込みで、働かせてくれている。

訊くところによると――…何回か人を雇っているみたいで。だが、すぐに根を上げて辞めていくみたいだと、お客さんから教えてもらった。

お店の名前は“ようこそ!パプリカ”だ。――この街の名前がパプリカで、唯一の飲食店を営んでいるのが、このお店で善く旅人が訪れるのだと。それで、この名前にしたらしい。




カラン、カラン


『いらっしゃいませ』

「サクラちゃん、今日も会いに来ちゃったよ〜」

『ふふ、そんなにここに料理が好きなんですね』


明るい笑みを携えて来店した中年くらいの男性に、ニッコリ微笑む。

いや〜しかし…私が敬語を使ってるって、なんか違和感を感じるな、うむ。


「違うよ〜サクラちゃんに会いに来たんだって」

『お世辞がお上手で。――あ、こちらへどうぞ』


店内は狭いのと、ちょうど昼時なのもあって混んでいた。空いている席へ案内する。

中年男性はここ数日毎日来ておる客で――その客の後ろにも人がいたので、連れだろう。故に、二人席へ促した。


「おい、どうした。早く座れ」

「……」


そんな会話を耳にしながら、新しい客へとお冷を渡さなければと、厨房へ。

あの中年男性が来店されると、いつも店内はわずかにぴりッと緊張に包まれるのだが…それが何故だかは私にはわかぬかった。彼は嫌われているのだろうか?


『はい、どうぞ〜。――お座りになられ……』


中年の男性は座っておるのに、連れはまだ座っておらず。何故?と不思議に思いながらも、席を勧めようと――ここで初めて連れの顔を見たわけだが――…。


『――!』

「……」

『き、貴様…って、あッ!おいッ!』


男の顔を見上げて、ピキッと表情筋が固まった。

私を見て固まったままだった連れの男性は――…私と目が合った途端、硬直から解放されて、すかさず私の右手を掴み外へ連れ出す。


――仕事中なのにッ!

己の抗議の声は、店内にも響いたが――程無く私は外へ連れ出された。


「おっ、告白か〜」

「一目惚れってやつかい?」


なんて客同士が、面白く愉しげな声だけが風と共に耳朶に届く。


――誰も助けてくれぬのかーッ!

この男の表情は、どう見ても惚れたはれたの顔はしておらぬぞー!!むしろ…己の命の危険が……危うい気がするのだが…。

目の前を歩く男の背中を見て、サクラは引き攣った笑みを漏らした。







「――で?」

『う、うぬ?』


連れて来られたお店に裏側の壁に、背を向ける形で目の前の男と向き合う。

サクラを、鋭く空のような碧い瞳が捕らえた。


「何してるんすか!こんな所でッ!」

『な、なんの事で、しょ、うか…?』 


射抜くように鋭く見られて――目を泳がせながら、すっ呆けてみる。

途端、目の前の男の醸し出す空気が鋭くなった。―――恐ぇ…。


「恍けるのやめてくれませんかねぇ〜ネタは上がってるんですよ。サクラ、さ、ま?」

『………(ひぃ〜)』

「閣下も隊長も貴女がいなくなって、慌てて探してるんすよ!?」

『なぬ!?』

「なぬ!?じゃないですよ! 訊きましたよ、嬢さん置手紙しただけで家出したって」

『家出ッ!!私がか? なわけあるかッ!自立するために抜け出して来たのだ!働きたいのだ!貴様は私が働いてはダメだとか申すつもりかー』

「いいませんけど…。ですが…よりによってこの店で…」

『よりによって?この店? そう言えば…ヨザックは何故、ここにおるのだ?私を連れ戻しに来たのか?』


陛下といい…この姫といい…。思いもよらない事をしでかしてくれる。姫なら姫らしくしてればいいのに。

大体、いきなり高い身分を与えられたからと言われたって、今までの歴代陛下たちは権力にものを言わせて、豪遊したりしていたのに。

自分の目の前で小首を傾げているサクラにしろ、ユーリにしろ…規定外だ。――まぁ…そんな二人に忠誠を誓ったのは、何より自分だけど。

ヨザックは溜息をついて、頭を掻いた。


――これも嬉しい誤算なのかねぇ



「オレは、別件の仕事ですよ」

『――!それは…』


己を連れ戻しに来たのではないと判り、安堵したが――…直ぐにヨザックを見据えた。

ヨザックはお庭番だ。彼が仕事でここに来ておるのだとすれば――それは懸念しておる問題を知る為に、潜っていると言う事。


――ヨザックが動く問題が、この街にあるのか?


視線で、話せと促した。

その揺るぎない瞳に――今は紅い瞳なのに、漆黒の瞳で見られた気がして、ヨザックは胸が震えた。


「ここでは詳しく話せませんよ。それと、閣下には見つかったって、鳩飛ばしますからね」

『う゛、致し方ないか…こうなったら直に意義申し立てしてやろう!』

「(それは…隊長が却下するでしょうけど)」


ヨザックは、仕えている長男閣下の弟である次男を脳裏に浮かべて―――ぶるっと身震いした。


『それまでは、この店で働いておるから、用があればここに来い』

「あーいいですか、判ってるとは思いますが…用心して下さいね」

『…うぬ』


ヨザックは、よりによってこの店でと言っておった。

つまり――…ヨザックが潜伏する羽目になった原因が、“ようこそ!パプリカ”と、何らかの関わりがあるのだろう。与えられた情報からそう推測する。

ヨザックは、真剣に頷いたサクラを見て、少ない情報で状況を判ってくれたんだろうと、微笑んだ。

後は、この漆黒の姫が何も問題を起こさなければ、安心なんだけど。


「(…無理だろうな)」


ユーリに負ける劣らず厄介ごとに首を突っ込むサクラだから――…



「(すみません閣下…姫さんを止められなくても…オレのせいじゃ〜ないですからね)」



____ヨザックはそう遠い目をしてそう思った。



『うぬ?何を黄昏ておるのだ貴様は。――早く店内へ戻るぞ!怪しまれるではないか』







(姫さんが大人しくしてくれたら…)
(オレの仕事も減るんだけど)
(この切実な願いは、伝わってはいないんだろうなー)

(心配するな)
(もしもの時は私に任せとけ!)




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